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第35話
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十数分が経過し、ギルが寝返りを打ったのを目にしてフレドが指示を出す。
「もうすぐ熱で外には出られなくなる。そろそろ行ってくれ。総合管理センター前の小型BELを使えば早いだろう」
「フレド、本当に……?」
「そんな顔をするな、ハイファス。重力場に捕まった時点でメモリをダイレクトワープ通信で流すから、宙艦に乗ったらギルを叩き起こしてリードを繋がせてくれ。流し終えたら俺は痛くも痒くも哀しくもないんだ」
茶色の瞳を暫し見つめたシドは、コタツの天板の上に手を差し出した。フレドがその手を握る。次にハイファと握手をした。シドがギルの様子を見つつ立ち上がる。
「宙艦は格納庫のB‐3を使ってくれ。メインスイッチを入れれば、勝手に離艦するようにプログラムは組んである。ギルが起きるまではモニタしてこっちと同期してアステロイドは避けてやるから心配するな」
「分かった。頼んだぞフレド」
「ハイファスと末永く仲良くしてくれ。くれぐれもギルを頼む。シロも」
「フレド、ごめんね。ありがとう」
「炙り焼きチキンになる前に、さっさと行け」
AIでの並列思考でスターダストを避けながら、シドとハイファが揃って挙手敬礼するのをフレドは微笑んで見た。そして思いついて掴んだものをシドに放り投げる。シドは左手でキャッチしたそれを対衝撃ジャケットのポケットに突っ込む。
それから現代の科学の粋を結集させたともいえるギルをシドは覚悟して担いだ。だが金属骨格にメカニカルな体内を予想していたにも関わらず、ギルは普通の大人の男性と変わらぬ重さだった。
人間用のあらゆる機器がぶち壊れるようではアンドロイドとバレバレである。当たり前かと思いつつ、それでも大人一人の重さをしっかり肩に担ぎ直した。
シドとシロを抱いたハイファが頷き合って出て行くと部屋の扉が閉まり、玄関からも三人の気配が消える。
「ああ、愉しかったよなあ――」
独りフレドは呟いてみた。アンドロイドの自分がテラ人の犠牲になるのだとは思わない。人にはありえない長さを誰よりも人らしく生きてきたつもりだ。悔いはない。
バグなどなくても自分の躰が耐用年数を超えているのはもうずっと前から百も承知していた。鼻の奥がツンと痛み、喉が詰まってきて制御不能なのは、何が原因なのかと考えてみる。
するとフレデリック=エリス博士、フレドと呼ばれた男は、自分より300歳も若いギルが言った通りだと気付く。
「悔いがないだって?」
世界を愛して、明日を愛して……ここにきても『あった筈の明日』が惜しくて堪らなくなっていた。どれだけ自分は貪欲なのかと呆れるばかりだ。
彼は『あと一日』でやりたいことをひとつひとつ数え上げながら、頬に伝う濃い涙を流れるに任せた。
◇◇◇◇
ハイファがBELのオートパイロットをセットすると格納庫まで数分だった。
「B‐3、どれだ?」
「あっち、床に書いてあるよ」
小型宙艦にシドとハイファは乗り込んだ。シドがパイロット席にギルを下ろし、ハイファがメインスイッチを押した。
アビオニクスが息を吹き返し、気密が保たれていることやメイン航法コンに異常がないことをコンソールモニタに表示したのち、ふわりと宙艦は浮き上がる。
格納庫から出た宙艦は一直線にスターゲイザーから距離をとり、スターゲイザーから貰ったままの慣性に逆らって自力航行を始める。TF557からもスターゲイザーからも充分に距離をとった辺りで反重力装置は作動を一時停止して滞空した。
コンソールを弄ったハイファが大型モニタに艦外映像を映し出すことに成功する。輝く恒星に向かって速度を上げたスターゲイザーとウイルス艦が、どんどん小さくなりつつあった。
《――こちらスターゲイザー、フレドだ。B‐3、聞こえるか?》
「ああ、クリアだ」
《五分後、重力場までショートワープを敢行する。直後、メモリを流す》
「ギルはまだ起きてないぜ?」
《ダイレクトワープ通信が直接ギルに流れればそれでいい。起きると却って厄介かも知れん。寝ててもいいからギルのリモータのリードを通信系統の端末に繋いでやってくれ。AIが勝手に必要な情報を取り込む筈だ》
ギルのリモータからハイファがリードを引き出し端末に接続する。
「準備はできたよ」
《コピーは不可、きちんと繋いだか?》
「間違いなく繋いだ、問題ないよ」
《そこに留まるだけならアステロイドの危険も少ないが、観光旅行するなら早めにギルを起こすことをお勧めするぞ》
「起きたらさっさとワープさせて還るさ。そっちの状況はどうだ?」
《順調だよ。少々ホットになってきたが、スターダストも減ってなかなかに快適だ》
「でも重力場はとんでもない熱さでしょ、大丈夫なの?」
《重力場を突き破る強電通信は一瞬で送れる。電力もTF557から変換して採り放題、心配はない。だがここの耐熱機能の使用試験がこんな風になされるとは思ってもみなかったよ》
「そうか。メモリ以外にギルに伝えたいことはあるか?」
シドの問いに対してフレドは口を開きかけて僅かに喋り、ふと声を途切れさせる。
《そうだな……》
それは逡巡でも、言葉に詰まったのでもなく、はっきりと発声する為の数秒だった。そして告げる。
「もうすぐ熱で外には出られなくなる。そろそろ行ってくれ。総合管理センター前の小型BELを使えば早いだろう」
「フレド、本当に……?」
「そんな顔をするな、ハイファス。重力場に捕まった時点でメモリをダイレクトワープ通信で流すから、宙艦に乗ったらギルを叩き起こしてリードを繋がせてくれ。流し終えたら俺は痛くも痒くも哀しくもないんだ」
茶色の瞳を暫し見つめたシドは、コタツの天板の上に手を差し出した。フレドがその手を握る。次にハイファと握手をした。シドがギルの様子を見つつ立ち上がる。
「宙艦は格納庫のB‐3を使ってくれ。メインスイッチを入れれば、勝手に離艦するようにプログラムは組んである。ギルが起きるまではモニタしてこっちと同期してアステロイドは避けてやるから心配するな」
「分かった。頼んだぞフレド」
「ハイファスと末永く仲良くしてくれ。くれぐれもギルを頼む。シロも」
「フレド、ごめんね。ありがとう」
「炙り焼きチキンになる前に、さっさと行け」
AIでの並列思考でスターダストを避けながら、シドとハイファが揃って挙手敬礼するのをフレドは微笑んで見た。そして思いついて掴んだものをシドに放り投げる。シドは左手でキャッチしたそれを対衝撃ジャケットのポケットに突っ込む。
それから現代の科学の粋を結集させたともいえるギルをシドは覚悟して担いだ。だが金属骨格にメカニカルな体内を予想していたにも関わらず、ギルは普通の大人の男性と変わらぬ重さだった。
人間用のあらゆる機器がぶち壊れるようではアンドロイドとバレバレである。当たり前かと思いつつ、それでも大人一人の重さをしっかり肩に担ぎ直した。
シドとシロを抱いたハイファが頷き合って出て行くと部屋の扉が閉まり、玄関からも三人の気配が消える。
「ああ、愉しかったよなあ――」
独りフレドは呟いてみた。アンドロイドの自分がテラ人の犠牲になるのだとは思わない。人にはありえない長さを誰よりも人らしく生きてきたつもりだ。悔いはない。
バグなどなくても自分の躰が耐用年数を超えているのはもうずっと前から百も承知していた。鼻の奥がツンと痛み、喉が詰まってきて制御不能なのは、何が原因なのかと考えてみる。
するとフレデリック=エリス博士、フレドと呼ばれた男は、自分より300歳も若いギルが言った通りだと気付く。
「悔いがないだって?」
世界を愛して、明日を愛して……ここにきても『あった筈の明日』が惜しくて堪らなくなっていた。どれだけ自分は貪欲なのかと呆れるばかりだ。
彼は『あと一日』でやりたいことをひとつひとつ数え上げながら、頬に伝う濃い涙を流れるに任せた。
◇◇◇◇
ハイファがBELのオートパイロットをセットすると格納庫まで数分だった。
「B‐3、どれだ?」
「あっち、床に書いてあるよ」
小型宙艦にシドとハイファは乗り込んだ。シドがパイロット席にギルを下ろし、ハイファがメインスイッチを押した。
アビオニクスが息を吹き返し、気密が保たれていることやメイン航法コンに異常がないことをコンソールモニタに表示したのち、ふわりと宙艦は浮き上がる。
格納庫から出た宙艦は一直線にスターゲイザーから距離をとり、スターゲイザーから貰ったままの慣性に逆らって自力航行を始める。TF557からもスターゲイザーからも充分に距離をとった辺りで反重力装置は作動を一時停止して滞空した。
コンソールを弄ったハイファが大型モニタに艦外映像を映し出すことに成功する。輝く恒星に向かって速度を上げたスターゲイザーとウイルス艦が、どんどん小さくなりつつあった。
《――こちらスターゲイザー、フレドだ。B‐3、聞こえるか?》
「ああ、クリアだ」
《五分後、重力場までショートワープを敢行する。直後、メモリを流す》
「ギルはまだ起きてないぜ?」
《ダイレクトワープ通信が直接ギルに流れればそれでいい。起きると却って厄介かも知れん。寝ててもいいからギルのリモータのリードを通信系統の端末に繋いでやってくれ。AIが勝手に必要な情報を取り込む筈だ》
ギルのリモータからハイファがリードを引き出し端末に接続する。
「準備はできたよ」
《コピーは不可、きちんと繋いだか?》
「間違いなく繋いだ、問題ないよ」
《そこに留まるだけならアステロイドの危険も少ないが、観光旅行するなら早めにギルを起こすことをお勧めするぞ》
「起きたらさっさとワープさせて還るさ。そっちの状況はどうだ?」
《順調だよ。少々ホットになってきたが、スターダストも減ってなかなかに快適だ》
「でも重力場はとんでもない熱さでしょ、大丈夫なの?」
《重力場を突き破る強電通信は一瞬で送れる。電力もTF557から変換して採り放題、心配はない。だがここの耐熱機能の使用試験がこんな風になされるとは思ってもみなかったよ》
「そうか。メモリ以外にギルに伝えたいことはあるか?」
シドの問いに対してフレドは口を開きかけて僅かに喋り、ふと声を途切れさせる。
《そうだな……》
それは逡巡でも、言葉に詰まったのでもなく、はっきりと発声する為の数秒だった。そして告げる。
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