上 下
17 / 36

第17話

しおりを挟む
 とぼとぼと廊下を歩き、階段を上る。三〇一ルームはすぐに見つかったが、イヤな予感がする捜索に着手する前に、まずは与えられた三一一と三一二の検分だ。
 流されたキィコードで三一一のロックを解き、オートでないドアを内側に開ける。

「あ、空き部屋にしては結構まともだね」

 グレイッシュブルーのカーペットが敷き詰められた空間は一人部屋だったが、畳んだ毛布の置かれたベッドはワイドサイズで寝心地も悪くはなさそうだ。

 壁は柔らかなクリームベージュに塗られ、窓際には端末付きのデスクと椅子、あとはクローゼットとキャビネットなどの調度がある。シドは目敏くデスク上に小さな灰皿を発見して安心した。

 奥の左のドアをハイファが開けると、洗面所にダートレスがあった。その左右がバスルームとトイレだ。足元のかごに無造作に薄いガウンのような服が積んであるのを見ると、ここは元から来客専用の部屋なのかも知れない。
 
 奇をてらわない造りはビジネスホテルのようにも思えて、なかなか安らげるものがあった。

 部屋を一巡りしたハイファはベッドに座ると、パタリと上体を倒した。

「あーもう、このまま眠りたいよー」
「徹夜明けで、もう二十時半だもんな。お前、少し寝ててもいいぞ」
「慣れた腕枕がないと眠れないんです」
「じゃあ、ちょっと待ってろ」
「何処行くの?」
「廊下の途中にオートドリンカがあった。コーヒー買ってくる」
「ん、お願い」

 すぐにシドは戻ってきたが、ハイファは横になったままだ。ぐんなりとした細い躰を抱き起こしてやり、ソフトキスを奪ってからコーヒーの保冷ボトルを突き付けた。

「これ飲んで、ギルバート=オーエン博士を発掘したら、一度ちゃんと寝ようぜ」
「うん。そのときは腕枕だからね」
「俺も抱き枕がねぇと眠れないんだ」

 空きボトルをダストボックスに放り込むと、二人は勢いよく立ち上がる。ソフトキスを交わしてから三一一ルームを出て、三〇一ルームの前に立った。

「さあて、捜すぞー。開けるからね」
「ああ」

 シドもハイファも三一一と同じ仕様の部屋に荷物が積まれているのだと思い込んでいた。それは半分だけ正解だった。

 広さは何ら変わらぬ部屋……だがそこから調度の類が一切なくなると、そして天井近くまで箱が積み上げられると、どれだけのキャパシティを有することになるかまでは想定外だった。

「……っ、がーん」
「マジかよ……」

 心底テラ本星の自室のベッドが恋しく、一週間後に世界が滅んでも構わないとすら二人は思ったがギルバート=オーエン博士なくしては帰りの便もありはしない。

「人一人が入れる大きさの箱だよね」
「その重量に耐えられるヤツだ、目星はつけられる。重いのを一人で持つなよ」
「貴方こそ、ぎっくり腰なんてヤだからね」

 一応、積まれた荷物は持ち主が見られるよう迷路状に通路ができていた。一通り眺めて当たりを付け、これはと思う箱から開けることにする。だが人が入れるような大きさのブツは下の方になっているものが殆どで手軽にフタを剥がすこともできない。

「くそう、どうやってこんなに積み上げたんだよ!」
「横から穴でも開ける?」
「どうやってだ?」
「作業組から電動ドリルでも借りてくるとか」
「アンドロイド博士のアタマに風穴でも空いたらどうすんだよ?」
「ちょっとくらい分からないって」

 眠さと面倒臭さでハイファが静かにキレかけているのにシドは気付く。だが同じくらいシドも理不尽さには頭に来ていたので、宥めもせず吐き捨てた。

「ガムでも噛んで詰めとくってか? 冗談だろ」
「じゃあどうするのサ?」
「レールガン、最弱パワーで撃つ」
「わああ~っ、そっちの方が拙いって! アタマが割れ西瓜になるって!」

 慌ててハイファが押し留めようとするも間に合わず、「ガシュッ!」と、独特の発射音を立ててファイバの箱に直径約五センチの穴が開く。リモータのバックライト機能を最大にして照らし、シドは覗き込んだ。

「何か、服だな。水玉でヒラヒラが見える」
「シド。貴方、じつはメチャメチャ血が昇ってるでしょ」
「上と下に分かれて充血してるぜ。疲れ○○ってヤツかもな」

 ハイファは愛し人の鈍くも据わった目を見て頭を振り、黙って次の箱に移った。分担して自分も撃てば時間短縮になると思ったが、弾数が限られているという一点で止した。ハイファもいよいよ本気で疲れている。

 箱を撃っては覗き込み、上段の箱はよじ登ってフタをこじ開け、間違って軽いモノを落としては中身をぶちまけ、迷路の中で迷い、退路を塞いだ箱に八つ当たりでフレシェット弾を叩き込んで、三〇一ルームにギルバート=オーエン博士はいないと結論づけた。

「次行くぞ、次」

 三〇二からは多少手際も良くなった。諦めも良くなって、これはと思う箱に片端からシドがフレシェット弾を撃ち込んでゆく。ハイファが中身を確認し、それが終わると箱登りだ。

「うーん、いないねえ。こういうときこそ、貴方のストライクが――」
「五月蠅い、ハイファ。次、もっとペース上げるぞ」

 夜中の一時まで掛かって三〇六まで検分し終え、コーヒーと煙草休憩にした。三〇七ルームの床にじかに腰を下ろし、二人は黙々とおやつを噛み締める。

 おやつのよっちゃんイカは、ぶちまけた荷物の箱から大量に出てきたのを徴収したもので、罪の意識など麻痺していた。バラエティとして酢昆布もあったが、シドが酸っぱいもの嫌いなので罪を重ねずに済んでいる。

「ねえ。何処にもいなかったらどうする?」
「さあな。アディにでも泣きつくか。……おっ、よっちゃんイカ、当たったぞ」
「そんなことで無駄にストライクしないでよね」

 一度座り込んでしまうと立ち上がるのに非常な精神力を必要としたが、何とか二人は支え合って腰を上げた。ゴミを丸めて灰皿を手にしたシドは一旦、三一一ルームに戻る。ハイファもついてきた。

 三一一から出たシドは、思いついて隣の三一〇の前に立つ。

「何、今度は逆から?」
「『反対から見ればすぐだったのに』っつーパターンに嵌りたくねぇからな」
「それもそうだよね。開けるよ」

 中はそれまでに見てきた部屋よりも随分とすっきりしていた。ここはまだまだ空間に余裕があり迷路も組み上がってはいない。天井のライトパネルも灯してはいるが、遮光ブラインドを上げられた窓からの陽光が差し込んでいて暖かくも明るかった。

 その陽光を浴びれば多少は目が覚めるような気がしてシドは室内中央に足を踏み入れる。ついでに風に当たろうと頑丈な造りの窓に手を伸ばして開けようとした。踏み台代わりに乗っかった箱を何気なく見下ろす。

「……ハイファ。フレデリック=エリスって、何処かで見た字面じゃねぇか?」
「フレデリック=エリス……確かスターゲイザーに乗ってる現・航空宇宙監視局長が、そんな名前じゃなかったかなあ」
「その局長宛の荷物がここにあるぞ」
「えっ、本当?」

 鈍り切った脳ミソは論理的な思考を放棄していたが、直感で二人はその直方体の箱を開封すべくフタのシール剤を夢中で剥がした。シドがフタをパカリとずらす。

「何だよ、これも人類じゃなくて麺類じゃねぇか」
「違う違う! これは緩衝材だってば」

 一本十センチくらいの白い縮れたスチロール材をハイファはかき分けた。

「すごい、シド、ビンゴだよ!」

 箱の底にはスーツに白衣を身に着けた金髪の男が目を閉じ仰臥していたのだった。

「ふうん、結構な色男だな。本当にこれがアンドロイドなのか?」
「テラ連邦の技術の粋を結集したモノだろうからね。毛穴まであるよ」

 二人は陽に透けて輝く男の産毛を暫し観察する。年齢設定はシドやハイファと同じくらいか。呼吸はしていないようだったが顔色もいいので死体に見えはしない。

「で、どうやったらこいつは起きるんだ?」
「さあ? スイッチとかあるのかな……わあっ!」

 男がいきなり目を見開いて上体を起こし、仰天したハイファは思わずシドに抱きつく。そんな二人を碧眼が見つめた。たっぷり五秒も見つめ合ったのち男が口を開く。

太陽ソル系広域惑星警察のシド=ワカミヤと、テラ連邦軍中央情報局第二部別室のハイファス=ファサルートと認識しましたが、間違いはありませんか?」

 カクカクと二人が頷くと男は棺桶のような箱から出て、くっついた緩衝剤を払い落とした。そして大きく溜息をつく。

「久しぶりの酸素だというのに美味しくはありませんね。天然ものではない」
しおりを挟む

処理中です...