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第13話

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「アラギ人民解放旅団を名乗る者から、五日前に通信が入ったわ」
「中央情報局第六課手配のテロリスト集団だね、ヴィクトル星系発祥の。それが?」
「テラ連邦の施設をターゲットにした爆破予告だったのよ。それらしい宙艦も発見してトレースしたけれど木星の軌道付近でロストしたの」
「天下のテラの護り女神、第二艦隊の巡察艦がロストしたってか?」

 シドが見た臙脂色の目は悔しげだった。

「火星と木星の間のアステロイドベルトに小型艦で紛れて……ううん、面目次第もない。でも問題はここからよ――」

 木星の衛星ガニメデには軍の最高機密であるサイキ研究所があった。同じくエウロパには航空宇宙監視局がある。火星の衛星フォボスにはテラ本星の最終防衛ラインである攻撃の雄・第一艦隊が駐留する基地があった。
 どれを狙われてもおかしくはなかった。そして航空宇宙監視局は誰もが存在を知り得ていながら一番手薄でもある。

「一週間以内に爆破するとの、ありがたーい通信だったのよ」
「ふ……ん。今日明日にでも攻撃を受けそうな航空宇宙監視局から、ギルバート=オーエン博士を連れだせってことだな」
「その通りよ」

「でもアディ、そんなの僕らより適任者がいるんじゃないの、軍には沢山」
「博士の護衛は護衛だけれど、それだけじゃないのよ孕んだ重要性は。別室戦術コンはテラ連邦の最高機密を護れる者を弾いたのよ」
「何だよ、そのテラ連邦の最高機密とやらは?」

 最高機密を話すにしては、いささか軽い調子でアデライデは告げた。

「航空宇宙監視局の局長は、そのノウハウを溜め込むために代々長命系の血を持つ、破格の寿命の者が就任する。現局長も就任して三百年になるわ」
「それは知ってるが、調べれば誰でも得られる情報だろ」
「それが長命系でも何でもない、ヒューマノイドへのAI搭載だったら?」

 思わず二人は口を開けて固まった。

「って、アンドロイドってことかよ? テラ連邦のご禁制ブツのトップ項目だぜ?」
「だから最高機密。長命系だって人類よ。老化もすればド忘れもする。おまけに三百年も星だけ眺めて満足できる人間なんて、そうそういないわよ」

「それを解決するのに、テラ連邦が自らアンドロイドを作った……?」
「ご禁制指定しておいて身内に飼ってるなんて、バレたら一騒動じゃすまないわ」
「じゃあ次期局長のギルバート=オーエン博士っつーのも――」
「ええ、アンドロイドよ」

 シドは溜息をついた。別にアンドロイドだからといって、一概に人形扱いできないことくらい分かっている。禁止はしても技術はあるのだ、人格を持ったアンドロイドなど幾らでも作れるだろう。

 煙草を出すとアデライデに身振りで訊き、頷くのを見て一本咥え火を点けた。

「でもテロ予告の真っ最中だろ、局長の交代なんぞあとにすりゃあいいじゃねぇか」

 抹茶をひとくち飲んだアデライデが首を横に振る。

「中央情報局の地下十階におわす特殊戦略コンピュータSSCⅡテンダネスが、航空宇宙監視局の現局長にバグがあることを発見した。ここ一週間以内にシステムが狂う可能性が高いということも弾き出した。その御託宣が三日前よ」

「ふうん。それなら、明々後日までに局長の交代をしたいんだね。でもそれこそ数日くらい局長のポストが空いてても構わないと思うけど……この羊羹、美味しい」
「でしょう? 何とアカギリのお手製なのよ」

「へえ、すごい。あとでレシピ訊きたいなあ」
「何処もここも女房役は主夫根性だな。で、何だって局長交代を急いでるって?」
「そこでこれよ」

 アデライデは細い手首に嵌ったリモータを振る。ロウテーブルの中央にホロ映像が浮かび、シドは邪魔になる灰皿を引き寄せた。
 映像は星々が煌めく宇宙空間と、ボールに円錐を被せたような物体だった。

「あ、これって世代交代艦のアスタルト号だよね、明後日にはタイタン上空にくる」
「そう。メディアで放映されてお祭り騒ぎみたいだけれど、このAD世紀の文明の遺児たちがテラ本星の地を踏むことは永遠にない」
「何でだよ?」

「先遣使節団が一週間前に乗り込んだときには、生きた乗員は一人もいなかった。そしてその先遣使節団からの連絡も三日前に途絶したわ」
「そんな前に……どうしてサ?」
「疫病、ウイルスよ。何処かの星で拾ってきたのか、元々あったものが長期間の宇宙線に晒されて変容したのかは分からない――」

 半月近く前にスターゲイザーがアスタルト号を発見したときは、こちらからの通信に対して応答があった。ダイレクトワープ通信の技術も持たず、約五日をかけての通常電波通信だったが、確実に乗員は生きていたのだ。

 しかし先遣使節団がショートワープして艦を接舷し、中に踏み入ったときには、世代交代艦には累々たる屍しかなかったという。それらの死体はまだ死後硬直が解けていない状態の者が多く、更には皮膚に発疹がみられ、明らかに病原体の存在を示唆していた。

 乗り込んだ使節団のうち数名の科学者が艦内の設備を利用し、ウイルスの特定をするまで時間は掛からなかった。そして先遣使節団の全員が風邪のような症状を呈するのも。

 ウイルスに冒された彼らは、ダイレクトワープ通信で子細に自分たちの症状をテラ本星に送り続けた。三千年前の機材を使用し、必死でワクチン開発を模索しながら、五日の間彼らは戦い続けたのだ。

「けれど残念ながらワクチンの開発に至ったという報告は入らず終いよ。彼らからの通信の最後の辺りは殆ど意味不明だったらしいわ」
「『かゆい、うま』とか、か?」

「AD世紀の伝説みたいにスコットは食べられなかったけれど、まあ、そんなところね。それでも彼らはウイルスが絶対零度でも、あらゆる放射線下でも死滅しないことだけは突き止めて自らを世代交代艦という柩に封じたまま、通信を終えた」

 そのウイルス艦が、明後日にはもう太陽系に入ろうとしているのだ。

「未曾有の危機だとSSCⅡテンダネスは宣言した。テラ連邦議会はそれを受けて協議中よ。航空宇宙監視局だって流れ星を眺めてる訳にはいかないでしょう?」
「離れてるうちに第一・第二艦隊の火力で焼き尽くせねぇのかよ?」
「敵は宇宙空間でも生き残る、目に見えないウイルスよ。零れた一粒が太陽系内の人類を滅ぼすかも知れない、そんなお役目はごめんだわ」

「その未曾有の危機の真っ最中に航空宇宙監視局の局長がご乱心は拙いってことか」
「貴方たちの任務はただ局長の交代をさせるだけじゃない。アンドロイドの現局長が蓄積したメモリを、アンドロイドの新局長へと移植すること。それで初めて交代劇が完了する」
「メモリのコピーは……できねぇんだな」

 アデライデは頷く。これも機密保持のためだろう。

「メモリの移植方法はアンドロイドの当人たちが知ってる筈よ」
「エウロパの航空宇宙監視局本部まで足は用意してくれるんだろうな?」
「泳いで行けとは言わないわ」

 煙草を消したシドはアデライデとハイファに倣い、暫し抹茶を啜って羊羹を口に運ぶことに没頭した。何だって一介の平刑事の自分がこんなややこしいことに首を突っ込んでいるのか、考えたくもなかった。

「シド……陸・空・宙軍のどれがいい?」
「どれも嫌だ」
「そう……」

 制服フェチの気があるハイファは密かにガッカリしたようだが、ここで譲るとコスプレをさせられるのは必至だ。断固として拒否し、エウロパの航空宇宙監視局への出入り許可証だけをアデライデからリモータに流して貰った。

 煙草をもう一本吸っている間にアデライデがサイキを使って呼んだのか、また案内人らしき男が現れて二人の背後に立つ。シドはもう一生をここに座って過ごしてもいいような気すらしていたが、煙草が灰になると仕方なく腰を上げた。

「任務完遂を祈ってるわ」

 本当に祈っているのか怪しい軽い調子のアデライデの微笑みに見送られ、ハイファと共にしぶしぶ基地司令室を出た。
 案内人について歩き本部庁舎の廊下の途中で自販機を見つけ煙草を買い足したシドはやや安心して、一階エントランスの外に駐まっていた軍用コイルに乗り込んだ。

 基地内を十分ほど走って軍宙港に着くと、来たときに乗せられた小型宙艦が待機していた。軍用艦とはいえ人員輸送用小型艦の乗り心地はそれほど悪くない。エウロパまで快適な旅が愉しめるだろう。大人しくシートに収まる。

「通常航行を二十分でショートワープ、更に通常航行二十分でエウロパですので」

 そう言った送迎要員に頷くとハイファは勝手にシートの肘掛けについた引き出しを開け、白い錠剤をつまみ上げて一個寄越した。シドは呑み込んで訊く。

「お前、エウロパは――」
「残念ながら初めてだよ。基礎知識を付けるのと、寝るのとどっちがいい?」
「……寝る」

 行けば嫌でも分かる、仮にも人が住んでいるのだ。それよりも体力温存、更にそれよりも現実逃避したかった。文字通り地に足のつかないこんな状況は勘弁して欲しかった。

 置いてあったオリーブドラブ色の毛布を被るとハイファも一緒にくるまった。寄り添い凭れ合うと、たちまち眠気が襲ってくる。
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