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第5話

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「あ、これって最近話題の世代交代艦だね」

 言われてシドは目を上げた。手元だけはレールガンの分解結合を繰り返している。

「世代交代艦って、昔々のアレか。何十世代もかけてよその星へ行こうっつー」
「そう。三千年前の反物質機関・反重力装置の発明とそれを利用したワープ航法が確立される以前には遠い星へ行こうと思っても宙艦は光速を超えられなかったからね」

「太陽系から一番近い恒星系は何処だってか?」
「プロキシマ・ケンタウリ。それでも四光年以上も離れてるよ」
「光速の三分の一、秒速十万キロでも十二年以上も掛かっちまうんだな」

 ワープ航法万歳ではあるが、その分よその星系にまで飛ばされる訳だ。惑星警察の出張でも別室任務でも。お手軽に、僅かな手当か完全ボランティアで。

「ワープがなかった時代はテラ人は太陽系に閉じ込められてた。それを解決する唯一の方法が宙艦の中で世代交代を繰り返しながら航行すること。自分たちのずっと先の子孫が、暮らすに足る地球型惑星にいつか辿り着くことを信じてね」

「その三千年も前の世代交代艦が、何で今どき話題になってるんだ?」
「その文明の遺児とでもいうべき彼らが戻ってきたんだよ。千五百年分進んで、折り返して」
「太陽系に、か?」
「らしいね。ほら、もう観測されてるよ」

 なるほど、ニュースのトピックスではボールに円錐を被せたようなモノが映っていた。漆黒の宇宙に浮かぶそれは対比するものがないので大きさは掴めない。そう思ったらナレーションが全長約三キロと告げた。破格のデカさだ。知識からいえばテラ連邦宙軍の巡察艦とも比べ物にならない。

「馬鹿デカい上に何だ、不格好だな」
「G制御装置すらなかった時代だから、回転させて遠心力で内部の人間は重力を得てるんだって。それに最適な形なんじゃない?」
「しかし三千年前っつったら大陸大改造計画辺りか?」

「これはもう少し前、それこそ最終世界大戦のワールドウォー・セブンくらいに、今は亡き某大国がどさくさ紛れに飛ばしたらしいよ。お蔭で今まで存在すら忘れ去られてた」
「ふうん。そいつを発見して初観測したのがスターゲイザーか。……え、スターゲイザーってまだあったのかよ?」

 ここ何年も聞いたことのなかった単語にシドは反応する。やたらと知識を溜め込んでいるハイファが頷いた。

「スターゲイザー、元・航空宇宙監視局本部だね。まだ木星付近に浮いてるんだってサ、木星の衛星エウロパに新設された現・航空宇宙監視局本部に仕事は殆ど取られてるみたいだけど。その元の方がヒット飛ばして世代交代艦アスタルト号を発見した」

 分解結合の手を止め、シドはコーヒーをひとくち飲むと煙草に火を点ける。

「アスタルトってどういう意味か知ってるか?」
「古代の神サマの名前だって。豊穣多産の女神って昨日のニュースで言ってたよ」
「ふうん。で、いつアスタルト号は太陽系に帰ってくるって?」
「幸いタイタンからのレーダー誘導に乗ったって話で、テラ標準時で三日後にはタイタンの宙港上空」

 土星の衛星タイタンには太陽ソル系のハブ宙港があった。第一から第七まである宙港のどれかを通過せねば、太陽系内外の何処にも行けないシステムになっているのだ。

「ンな掟を三千年前で文化流入がストップした奴らにも適用するのかよ」
「例外は認められないよ。タイタンのハブ宙港とタイタン基地の精鋭・テラの護り女神たる第二艦隊は、テラ連邦のお膝元たるテラ本星の最後の砦だもん」

「そいつらが攻め込んでくる訳でもねぇだろうにな。パアッとパーティーでも催してやらねぇと夢見て散っていったそいつらのご先祖さんも浮かばれねぇだろ」
「実際、世間はもうお祭り騒ぎだよ。メディアの取り上げ方もハンパじゃない。でも向こうにしてみれば相当なカルチャーショックだろうからね。科学者だの法律家だので結成された先遣使節団が、もうアスタルト号に乗り込んでるんだって」
「へえ」

 ことが政治的になった途端に興味を失くしたシドはコーヒーを飲み干して煙草を消した。おもむろに立ち上がる。シドの制服、対衝撃ジャケットに袖を通した。

「さてと、出掛けるか」

 頷いたハイファも準備はできている。リモータの一振りでホロTVを消し、コーヒーカップふたつを洗浄機に入れると玄関へ。室内を土足禁止にしているシドに倣って靴を履くと、ドアを背にしたシドに抱き締められてキスを奪われる。

 玄関を出てロックするとエレベーターで一階へ。途中、誰も乗っては来なかったのでシドは少々その気・・・になってしまったらしいが、ハイファは頬を染めながらも若草色の目で牽制だ。そうして単身者用官舎ビルのエントランスを出るとビル風でシドの黒髪は吹き乱された。お蔭でシドのピンクの脳ミソも冷えたらしい。

「まだ風が冷てぇな。お前、コートなしで大丈夫か?」
「機動性重視。でも帰ったらその気になった誰かサンに、ご褒美にあっためて貰おうかな」

 寄り添って伺う若草色の瞳を見て切れ長の黒い目がそっと頷く。

「帰ったら、な」

 密やかに微笑み合ってから歩き始めた。
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