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第9話
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キャスはそのまま立ち上がるとキッチンへと向かう。
「ハイファスさん、わたしにもできることがあれば言って欲しいんだけど」
「『さん』も要りませんよ。……うーん。なら、この中から小皿、人数分持っていって下さい。そしたらもう終わるんで」
言われた通りにキャスが小皿を配る頃には、白身魚のフライ・タルタルソース添え、それとカブと牛肉のシチュー風なるものが出来上がり運ばれてきた。
「シド、お前すごい嫁さん貰ったな。晩飯、食ってきたのに目茶苦茶旨いんだが」
「羨ましいか? でも嫁さんったって、まだ結婚してねぇぞ」
できることをやり終えたハイファは、キッチンの椅子を持ってきて参加する。
昔の話ばかりをするでもないがハイファが疎外感を覚えるのは仕方ない。だが職場ですら付き合っているのを認めようとしないシドが旧友に自分のことを誤魔化すでもなく伝えたことに対して新鮮な驚きと喜びを感じ、それだけで満足だった。
「急に来ちゃってごめんなさいね。なのにこれだもの。わたし完敗だわ」
笑いながらキャスはハイファに賞賛の目を向ける。
施設育ちという三人はシドが何度もポーカーフェイスを崩すほどによく喋り、ほどほどに飲んだ。殆ど聴いているだけのハイファも幾度か笑わせられる。
「先に施設を出たシドを追ってみれば、もう中級でスキップして姿がなかったし、俺たちはポリアカじゃなくて地元の警察学校だったからな。逃げられてると思ったよ」
「あんなに三人で遊んだのに発振の一本も寄越さないんだもの、薄情よね。ハイファスも気をつけてね、この人」
薄情さという点では誰にも負けない自信と誇りのあるハイファはキャスの言葉にも微笑むばかりだ。濃すぎる日常でシドの愛情がどれだけのものか承知している。
「皆さん、こういったらなんですけど施設で育たれても明るいですよね」
テラでも有数の大企業・ファサルートコーポレーションの御曹司でありながら家族の愛情には同じく恵まれなかったハイファが嫌味にならないよう、明るく言った。
「施設、テレーザガーデンズはいい所だった。俺は他星系出身でね、星系全土に渡って貧しくて。大飢饉と内紛が起こって両親が死んで本星から来たボランティア団体主催の里親制度で母親に引き取られたんだ――」
マックスはそのとき、自分が何歳だったかすら分からなかったという。そんなマックスの目には、初めて見たテラ本星は夢の星の如く映ったらしい。
「だが里親はシングル・ペアレントでね。事故で死んで施設入りしたのは引き取られて半年後。同じようなガキばっかりで最初は喧嘩ばかりしてたな。あとから来たクセに、妙に綺麗な顔して態度のデカいロクに返事もしない奴なんかと」
チラリと見たのはシドの顔、このポーカーフェイスはかなりの年季入りらしい。
「わたしの親は他星に旅行に行って事故で死んだの。預けられていたわたしだけが助かった。テレーザガーデンズに入って生きてて良かったって単純に思ったわ。こんなに楽しい毎日が待っていたんだって」
未だその愉しい刻のさなかであるかのように、赤茶色の瞳の表情は豊かでくるくる変わり、いずれにせよ幸せ真っ最中のようだ。
結婚すれば片方は異動になるという惑星警察だ。バディを組んでいるという以上、指輪はしていても婚約止まりというのは正式な結婚にためらいでもあるのだろうか。何れにせよ今が一番愉しいときではなかろうかとハイファは思う。
そして訊ねた以上は自分も何か言うべきだろうかとハイファは少々悩んだが、惑星警察刑事でテラ連邦軍中央情報局第二部別室員で、名ばかりではあるが巨大企業ファサルートコーポレーション代表取締役専務で、おまけに生みの母がレアメタルで潤っているセフェロ星系の王族直系などというのはいかにも馬鹿げていると思い、やはり微笑むに留まる。
どうせFCの名ばかりの役員という事情は察してくれているのだ。充分だろう。
「ところでお前ら、セントラルに新婚旅行でもねぇんだろ。何しにきたんだ?」
「まあ、ご挨拶ね。シド、貴方に会いに来たとは思わないの?」
「それなら前もって連絡のひとつくらいは寄越すだろうが」
マックスとキャスは顔を見合わせる。二人揃って不審そうな表情だ。
「本当に知らないみたいね」
「シド、俺たちはリストにお前の名前を見つけたから来たんだぞ」
「リストって何のだ?」
「忙しそうな割に暢気な職場だな。ちょっとTV点けていいか?」
「構わねぇが……」
ホロTVでは、まだ大多数の局がタイタンの連続爆破事件を報道し続けている。
「こいつでタイタン地方一分署がやられたろ。それの仮補填人員が急遽本星から送られることに決まった。そのリストに俺たちが挙げられた。同じリストにはシド=ワカミヤの名もあったという訳さ。珍しい名前だとこういう時に便利だな」
だが今度はシドとハイファが顔を見合わせる。そんな話は初耳だ。
「何だ、それ。俺たちは聞いてねぇぞ。なあ?」
「今日は帰る間際に課長もいたのにね」
「また俺たちを軽く追っ払おうって魂胆か。明日一番で驚かそうって腹だぜ?」
「最近のヴィンティス課長、貴方をよそに追いやることに執念燃やしてるもんね」
そこでハイファの心づくしを味わっていた客人二人が「あっ!」と声を上げる。シドとハイファが何かと思って振り向くと、またしてもホロTVにはテロップが出ていた。同時に画面が切り替わり、これもまた瓦礫を映し出す。
《太陽系広域惑星警察タイタン地方二分署に自爆テロ。死傷者が出た模様》
「チクショウ、またかよっ!」
「酷いわ……あれじゃあ、かなりの人が――」
タイタン一分署と同じく上空からBELが撮った俯瞰映像をシドとキャスは食い入るように見つめた。未だ瓦礫を舐める炎、消火剤を撒く消防艇、立ち尽くす救急隊員たち……。
マックスとハイファの金髪組は黙って画面とバディの義憤をじっと眺めていた。
やがて明朝タイタンへ発つというマックスとキャスは、ホテルに帰らなければ拙い時間となった。全員が腰を上げて一階に降りる。
合流するのは多少遅れるだろうが、どうせ先方で会えるだろうと官舎エントランスでは軽く挨拶を交わして別れた。
「ハイファスさん、わたしにもできることがあれば言って欲しいんだけど」
「『さん』も要りませんよ。……うーん。なら、この中から小皿、人数分持っていって下さい。そしたらもう終わるんで」
言われた通りにキャスが小皿を配る頃には、白身魚のフライ・タルタルソース添え、それとカブと牛肉のシチュー風なるものが出来上がり運ばれてきた。
「シド、お前すごい嫁さん貰ったな。晩飯、食ってきたのに目茶苦茶旨いんだが」
「羨ましいか? でも嫁さんったって、まだ結婚してねぇぞ」
できることをやり終えたハイファは、キッチンの椅子を持ってきて参加する。
昔の話ばかりをするでもないがハイファが疎外感を覚えるのは仕方ない。だが職場ですら付き合っているのを認めようとしないシドが旧友に自分のことを誤魔化すでもなく伝えたことに対して新鮮な驚きと喜びを感じ、それだけで満足だった。
「急に来ちゃってごめんなさいね。なのにこれだもの。わたし完敗だわ」
笑いながらキャスはハイファに賞賛の目を向ける。
施設育ちという三人はシドが何度もポーカーフェイスを崩すほどによく喋り、ほどほどに飲んだ。殆ど聴いているだけのハイファも幾度か笑わせられる。
「先に施設を出たシドを追ってみれば、もう中級でスキップして姿がなかったし、俺たちはポリアカじゃなくて地元の警察学校だったからな。逃げられてると思ったよ」
「あんなに三人で遊んだのに発振の一本も寄越さないんだもの、薄情よね。ハイファスも気をつけてね、この人」
薄情さという点では誰にも負けない自信と誇りのあるハイファはキャスの言葉にも微笑むばかりだ。濃すぎる日常でシドの愛情がどれだけのものか承知している。
「皆さん、こういったらなんですけど施設で育たれても明るいですよね」
テラでも有数の大企業・ファサルートコーポレーションの御曹司でありながら家族の愛情には同じく恵まれなかったハイファが嫌味にならないよう、明るく言った。
「施設、テレーザガーデンズはいい所だった。俺は他星系出身でね、星系全土に渡って貧しくて。大飢饉と内紛が起こって両親が死んで本星から来たボランティア団体主催の里親制度で母親に引き取られたんだ――」
マックスはそのとき、自分が何歳だったかすら分からなかったという。そんなマックスの目には、初めて見たテラ本星は夢の星の如く映ったらしい。
「だが里親はシングル・ペアレントでね。事故で死んで施設入りしたのは引き取られて半年後。同じようなガキばっかりで最初は喧嘩ばかりしてたな。あとから来たクセに、妙に綺麗な顔して態度のデカいロクに返事もしない奴なんかと」
チラリと見たのはシドの顔、このポーカーフェイスはかなりの年季入りらしい。
「わたしの親は他星に旅行に行って事故で死んだの。預けられていたわたしだけが助かった。テレーザガーデンズに入って生きてて良かったって単純に思ったわ。こんなに楽しい毎日が待っていたんだって」
未だその愉しい刻のさなかであるかのように、赤茶色の瞳の表情は豊かでくるくる変わり、いずれにせよ幸せ真っ最中のようだ。
結婚すれば片方は異動になるという惑星警察だ。バディを組んでいるという以上、指輪はしていても婚約止まりというのは正式な結婚にためらいでもあるのだろうか。何れにせよ今が一番愉しいときではなかろうかとハイファは思う。
そして訊ねた以上は自分も何か言うべきだろうかとハイファは少々悩んだが、惑星警察刑事でテラ連邦軍中央情報局第二部別室員で、名ばかりではあるが巨大企業ファサルートコーポレーション代表取締役専務で、おまけに生みの母がレアメタルで潤っているセフェロ星系の王族直系などというのはいかにも馬鹿げていると思い、やはり微笑むに留まる。
どうせFCの名ばかりの役員という事情は察してくれているのだ。充分だろう。
「ところでお前ら、セントラルに新婚旅行でもねぇんだろ。何しにきたんだ?」
「まあ、ご挨拶ね。シド、貴方に会いに来たとは思わないの?」
「それなら前もって連絡のひとつくらいは寄越すだろうが」
マックスとキャスは顔を見合わせる。二人揃って不審そうな表情だ。
「本当に知らないみたいね」
「シド、俺たちはリストにお前の名前を見つけたから来たんだぞ」
「リストって何のだ?」
「忙しそうな割に暢気な職場だな。ちょっとTV点けていいか?」
「構わねぇが……」
ホロTVでは、まだ大多数の局がタイタンの連続爆破事件を報道し続けている。
「こいつでタイタン地方一分署がやられたろ。それの仮補填人員が急遽本星から送られることに決まった。そのリストに俺たちが挙げられた。同じリストにはシド=ワカミヤの名もあったという訳さ。珍しい名前だとこういう時に便利だな」
だが今度はシドとハイファが顔を見合わせる。そんな話は初耳だ。
「何だ、それ。俺たちは聞いてねぇぞ。なあ?」
「今日は帰る間際に課長もいたのにね」
「また俺たちを軽く追っ払おうって魂胆か。明日一番で驚かそうって腹だぜ?」
「最近のヴィンティス課長、貴方をよそに追いやることに執念燃やしてるもんね」
そこでハイファの心づくしを味わっていた客人二人が「あっ!」と声を上げる。シドとハイファが何かと思って振り向くと、またしてもホロTVにはテロップが出ていた。同時に画面が切り替わり、これもまた瓦礫を映し出す。
《太陽系広域惑星警察タイタン地方二分署に自爆テロ。死傷者が出た模様》
「チクショウ、またかよっ!」
「酷いわ……あれじゃあ、かなりの人が――」
タイタン一分署と同じく上空からBELが撮った俯瞰映像をシドとキャスは食い入るように見つめた。未だ瓦礫を舐める炎、消火剤を撒く消防艇、立ち尽くす救急隊員たち……。
マックスとハイファの金髪組は黙って画面とバディの義憤をじっと眺めていた。
やがて明朝タイタンへ発つというマックスとキャスは、ホテルに帰らなければ拙い時間となった。全員が腰を上げて一階に降りる。
合流するのは多少遅れるだろうが、どうせ先方で会えるだろうと官舎エントランスでは軽く挨拶を交わして別れた。
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