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第75話

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 船は漁船らしくそう大きくはなかったがアッパーデッキに操舵室、その下にキャビンやギャレイまである立派なものだった。操舵を見せて貰いながらシドが訊く。

「あんたらはアロイス=シューモンド四世を怖がらないんだな」
「ああ、あんな噂を信じてるのかい、お前さんらは」

 言った男がやや不機嫌になるのを二人は見逃さない。

「噂しか聞こえてこなくて。アロイス公爵が病気なのは本当なんですか?」
「確かに病気だな、あれは」
「けどなあ……まあ、あんたらもその目で見てくるといい」
「……はあ」

 それ以上はアロイス公爵について喋らないぞという雰囲気が充満したので、シドとハイファは夕暮れ前にロセル島に着くというのだけ聞くと、キャビンへと降りて甲板に出た。

 碧く澄んだ海を満喫する。やがてシドが腹を鳴らし、キャビンに入ってみると有難いことに男の一人がギャレイから銀盆にサンドウィッチとコーヒーの軽食を載せて出てきたところだった。

「少し遅いがおやつタイムだ、遠慮せずに食ってくれ」
「すまねぇな。じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」

 所詮は男の料理かと思いきや、これがなかなかに旨かった。特に白身魚のフライのサンドをシドは気に入る。船はオートパイロットらしく四人で食卓を囲み、ゆっくりと味わった。食べてしまうと後片付けをシドとハイファが申し出て二人でギャレイに立つ。こざっぱりとしたギャレイは片付けもしやすかった。

「おーい、ロセル島が見えたぞ!」
「はあい!」

 返事をしておいてアッパーデッキへと駆け上る。二人で前方を見ると巨大なブロッコリーのような島がふたつ見えた。双子の如き島は細い陸地で繋がっているらしい。

「手前がマーロン島、奥がロセル島だ。両方とも向こう側は崖になってる」
「ふうん、ロセル島には尖塔が見えるな。どっちもアロイス公爵の島なのか?」
「まあ、そうなんだが、手前のマーロン島には墓地しかないな」
「墓地って、そいつは辛気臭ぇ島だな」

「はっはっは、そう斬り捨てるように言うな。あるのは墓だけだが、なかなかの見ものだぞ」
「見ものって、お墓の他に何かあるんですか?」
「そいつも自分の目で見てくるこった」

 二人は首を傾げたが、漁師は笑うばかりだ。そのうちに恒星ガムルも傾き始める。

 大きな赤い円盤と巨大ブロッコリーとを眺めていると、どんどん船はブロッコリーに近づいて、やがて出てきたような堤防の桟橋に辿り着きエンジン音を止めた。

 もう島はブロッコリーではなく、防風・防砂林に囲まれているだけだと分かる。堤防にはメイド服の女性が二人と黒服を着た使用人らしい男が二人立ち、背後にコイルを従えていた。

 ここで断られれば本気で野宿するしかないシドとハイファは、スーツを気にしながらも率先してウニのカゴを運び始める。コイルは貨物コイル、後部の荷台に海鮮のカゴを積み上げ、更に漁師たちが何処からか出してきた肉や野菜、穀物の袋と卵のカゴまでを荷台に載せた。

「よう、アロイス公に珍しいお客だぞ」
「お客様……はて、伺ってはおりませんが、宜しいでしょう、公が喜ばれるかと」

 それを聞いてシドとハイファはホッとした。シドは野宿でも眠れるが、野宿で腹を満たすのはいかにも難儀そうだったからだ。ハイファはハイファで腹を鳴らされては眠りづらい。

「では、お客様もお乗り下さいませ」

 漁師たちに礼を言うのもそこそこに二人は貨物コイルの二列になった後部座席に腰掛けた。お蔭で申し訳ないことに、メイド服の女性二人が荷台で揺られることとなる。

「アロイス公爵には会えるのか?」
「是非、お会い下さればと存じます」

 海岸沿いを貨物コイルは滑るように走った。ふと窓外を見ると、大きな赤い円盤は水平線の向こうに姿を隠そうとしていた。同時に少し開けた窓から甘く爽やかな匂いの風が流れ込んでくる。コイルが防風・防砂林の森の径に入ると匂いはますます強くなった。

「何の匂いだろうね?」
「嫌味のねぇ香水みたいな……おっ、あれが城じゃねぇか?」
「左様でございます」
「結構デカいな。でもあれだけデカいのに、食い物の殆どは培養もしねぇのか?」

 今どき肉や魚にミルク、卵だって培養可能なのだ。

「アロイス公におかれましては、新鮮なものを食して頂きとう存じますので」

 病気とはいえ次代王は良い家来たちに恵まれているようである。
 暫くして城の裏口らしき扉の前で貨物コイルは停止し接地した。

「これ以上、お客様にお手伝いをおさせする訳には参りません」

 だが堂々と正門から入るには少しばかり肩身の狭い二人である。何せ招待などされてはいない。戸惑っているとメイド服の女性二人が救いの手を差し伸べてくれた。

「それではお客様をゲストルームに案内させて頂きます」
「どうぞ、こちらのリモータチェッカだけクリア願います」

 そこでハイファは自分の持つ肩書きの中で一番通りが良さそうなファサルートコーポレーション代表取締役社長、シドは見栄を張らずに太陽系広域惑星警察の巡査部長でリモータを翳した。

 さすがにシドは弾かれるかと思いきや意外にもそのままクリアしてしまい、裏口からという密やかさながらアロイス=シューモンド公爵の城へと潜入を果たした。

「それではワカミヤ様、ファサルート様、こちらへ」
「俺はシド、こっちはハイファスでいい」
「左様ですか、では」

 石造りの重々しさがありながらも間近なライトパネルで明るい廊下を歩き、エレベーターに乗せられて四階につれてこられた。エレベーターの階数表示からここは五階建ての城、尖塔まで含めたら何階になるのかシドには分からなかった。

 ともあれ四階はゲストルームが集中しているのか、足許は歓迎の意味がこもったレッドカーペット敷きである。そんな廊下を暫し歩きシドとハイファはエレベーターからほど近い大きな天然木の一枚扉の前に案内された。メイドがマスターキィオープンしたのち二人にキィロックコードを流してくれる。

「夕食は二十一時からでございます。お迎えに上がるのでお待ち下さい」
「あのう、僕ら正装は持ってきていないんだけど……」
「我が主アロイス公は夕食時も正装をされませんので、ご安心なされませ」
「はあ、そうですか」
「では、シド様、ハイファス様、ごゆっくりとおくつろぎ下さい」

 メイドが出ていってオートロックが掛かった。何となく二人は溜息をつく。超簡単に潜入したのはいいがジェライ=レフターことジャイルズ=ライトがいなければ意味がないのだ。
 こんな所だから隠れやすいだろうが、出ても行きづらい場所である。

「……あっ!」
「何だよ、急に。ビビるじゃねぇか」
「漁師さんたちにジャイルズを乗せたかどうか、訊くの忘れてた」

「あああ、何でお前は気付くのが壊滅的に遅いんだよ!」
「僕のせいにばっかりしないでよ、貴方は気付きもしなかったじゃないのサ!」
「悪かったな、オツムが足りなくて!」
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