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第9話

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「シド先輩、またタタキにストライクって聞いたっスよ。狙撃逮捕も今週に入って八人目、始末書はあと一枚で二桁の大台、さすがはイヴェントストライカっスね……あぎゃっ!」

 馬鹿デカい声で喚いたヤマサキは手の甲にグサリとペン先を刺されて飛び上がる。

「痛てて、酷いじゃないっスか」
「うるせぇんだよ、邪魔するな。つーか、お前、仕事はねぇのか?」
「仕事は終わったっスよ。捜三の張り込み、暑くて参ったっス」

 捜査三課は盗難や窃盗の専門課だ。

「文句を垂れるんじゃねぇよ。で、捜三が何だって?」
「連続の貴金属泥棒がナントカって話で……」
「ナントカって何だよ、それでよく務まるな」

「務まりますよ、先輩と違って大イヴェントじゃないんスから……がぐげっ!」

 脛を蹴られてヤマサキは涙目になる。更に書き損じの書類で作ったハリセンでスパーンと叩かれ、デスク上の愛娘二人の3Dポラに逃避した。これでも所帯持ちで二児の父なのだ。

「シド、ちょっといいですか?」

 声を掛けてきたのはヤマサキのバディであり、ポリスアカデミーの先輩でもあるマイヤー警部補である。こちらも捜三の下請けが終わって泥水の紙コップを手にくつろいだ表情だ。

「あ、何ですか?」
「ジャイルズ=ライトという人物を覚えていらっしゃいますか?」
「ジャイルズ=ライト、ですか?」

「ええ。先日来、私とヤマサキが下請けに入っている捜三が、本ボシではない窃盗犯を捕らえましてね。その窃盗犯ジャイルズ=ライトがドラグネットでヒット、前科まえがあってシド、貴方が逮捕したとありましたので。いかがです?」 

 首を捻って考えたが、それこそ過去には星の数ほどホシを挙げているのだ、思い出せない。

「どんな奴ですか?」
「薄い金髪で目は水色……そうそう、ジャイルズはサイキ持ち、テレポーターです」
「テレポーターって、よく捕らえましたね」

「せいぜい三、四メートルしか跳べないのだそうです。連続で跳ぶのも無理だとか」
「三、四メートル……ああ、三分署管内のマンションで刺殺事件のアレか」
「思い出されましたか。まあ、話のネタにでもどうかと思った次第です」

「ふうん、あとで捜三の留置場でも覗いてくるかな」
「それも宜しいかと。では」

 涼しげな微笑みを残して歩み去りながら、マイヤー警部補は手を叩いた。

「皆さん、十七時半になりました、定時ですよ。深夜番に挨拶して帰りましょう」

 ざわざわと皆が人員の動向を示すデジタルボードに並ぶ。『自宅』と入力した者から消え、あっという間にデカ部屋はスカスカになった。シドは少々焦り出す。

「ハイファ、お前あと何枚だ?」
「もう殆ど書けたよ。あとは流すだけ」
「くそう、薄愛主義者のスパイの書類は心がこもってねぇから早いな」
「あーた、喧嘩売ってるの?」

「売ってねぇよ。ヤマサキの野郎さえ邪魔しなきゃ今頃は終わってたんだって」
「ああいう人もいないと世の中、殺伐とするよ?」
「だからって何で忙しい俺が、七分署一空気の読めねぇ男の相手をしなきゃならねぇんだ?」
「そう慌てなくても、晩ご飯はちゃんと作ってあげるから」

 やっと書類を書き上げたのが十八時過ぎ、二人で十六枚の紙切れを捜査戦術コンに食わせ終えると十八時半だった。
 溜息をついてシドは対衝撃ジャケットを羽織る。本日の深夜番であるゴーダ主任とナカムラに頭を下げ、デジタルボードに入力を済ませて署から出た。

◇◇◇◇

 外は生暖かなビル風がゆったりと空気を掻き回していた。夕暮れの空はまだ青みを残している。だがこの大都市では夜になっても光害で星など殆ど見えない。ただ白っぽいルナが満月に少し欠けた姿をへばりつかせていた。

 署から右に七、八百メートルの場所に二人の自室のある単身者用官舎ビルは建っている。退勤時の官庁街、通行人の多い歩道を歩き出しながらシドが訊いた。

「今晩はすき焼きって言ってたよな?」
「ちょっと季節外れだけど、いいでしょ」
「いい、いい、それいこうぜ。じゃあ、買い物か?」

 単身者用官舎ビルの地下には一般人も利用可のショッピングモールがあり、そこに何軒か入っているスーパーマーケットで仕事帰りにハイファが食材を購入するのが日課となっているのだ。料理のことなど何も知らないシドは荷物持ちである。

「ううん、材料は揃えてあるからいいよ。タマも待ってるし」
「タマか。そうだな」

 タマは過去の別室任務に関わってたらい回しにされ、結果二人が飼うことになったオスの三毛猫である。元の飼い主たちは引っ越しのドサクサ、プラス、人間が住むに適さないほど前衛的デザインの新居のお蔭で猫どころではなかったのだ。
 忘れられた灰色猫のシロを引き取り洗ってみたら三毛猫が現れたので、シドが名をタマに改めた。

 ハイファがたびたび自分と猫を呼び間違えるのにキレたのも理由である。
 そういった過去が拙いのか、タマは非常に気性が荒い野生のケダモノなのだ。

「猫を飼うのも高級な趣味って時代に、アレは癒しの欠片もねぇもんな」
「癒しどころか、二台もある自動エサやり機の帰りが遅いと暴れちゃう」
「また囓られるのは勘弁だ、さっさと帰ろうぜ」

 スカイチューブにけたたましく灯った航空灯の下、二人は先を急ぐ。
 本日のイヴェントは消化したのか珍しくノーストライクで官舎に辿り着いた。

 官舎のエントランス脇に二人は立ち、リモータチェッカに交互にリモータを翳す。IDコードをマイクロ波で受けたビルの受動警戒システムが二人を瞬時にX‐RAYサーチ、本人確認してやっと防弾樹脂のエントランスを一人につき五秒間だけオープン。銃は登録済みだ。

 仰々しいセキュリティだが、住んでいるのは平刑事だけではないので仕方ない。

 オートドアから入ってロビーを縦断しかけたシドは、ふいに振り返って背後の気配に対しレールガンを抜いていた。トリガに指をかけ遊びを絞って発射寸前である。

「だから先生、危ねぇって」
「その言葉、そっくり返すぞ」

 濃緑色の制服の上から白衣を引っ掛けたその人物は、レールガンの銃口を左胸に食い込ませながらもニヤリと笑った。レールガンを持つシドの右手首の腱には銀色のメスが突き付けられている。皮膚までたった五ミリだ。

「マルチェロ先生、おかえりなさい。今日はちょっと遅いんじゃない?」
「ああ、帰り際に緊急手術が飛び込んで来やがった」

 ボサボサの茶髪に剃り残しのヒゲが目立つこの中年男の名はマルチェロ=オルフィーノ、シドの自室の隣人である。おやつの養殖イモムシとカタツムリ(生食)をこよなく愛する変人で独身、職業は何とテラ連邦軍中央情報局第二部別室の専属医務官、階級は三等陸佐だ。

 二人にとっては頼りになる好人物で、留守にする際にはタマを預かってくれる奇特な御仁だが病的サドという一面も持ち、軍においては拷問専門官として恐れられているらしい。事実やり過ぎにより様々な星系でペルソナ・ノン・グラータとされている人物だった。

 レールガンをシドが収めるとマルチェロ医師も白衣の袖口にするりとメスを戻した。ロビーで暫し立ち話、ハイファがマルチェロ医師に訊く。 

「ねえ、先生はご飯、基地で食べてきちゃった?」
「うんにゃ、帰ったらラーメンでも煮るさ」
「またラーメンかよ。それとアレばっかりじゃ死ぬぜ?」
「それなら三毛猫の塩焼きも添えるか」

「うちのタマを勝手に焼くなって。ひとこと断ってからにしてくれよな」
「じゃあ先生、塩焼きじゃなくてすき焼き食べない? 材料は沢山仕入れてあるし」
「おっ、いいですねえ。それじゃあ愛のお裾分けを頂くとしましょうかね」
「じゃあ、ナマのアレでお腹いっぱいにしないで――」

 言いかけてハイファの言葉が立ち消えとなる。背後で眩い閃光が走ったのだ。
 次に轟いた爆音を耳にする前に、場数を踏んできた三人は床に身を投げ出し伏せている。

 だが警告する間もなく襲い掛かった熱い爆風に、三人以外の居合わせた住人は薙ぎ倒されていた。
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