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第12話
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霧島に続いて飛び込んだ京哉が感じたのは窓から吹き込む風だった。
斜めに僅かしか開かない窓の金具を取り外して大きく開けられている。そこから吹き込む風に混じって室内に僅かに漂う硝煙の匂いを抜群の嗅覚で捉えた。
窓の下にはライフル弾の長い空薬莢が三つ落ちている。
がらんとした室内に霧島が足を踏み入れ窓から大通りの方を見下ろした。辺りの壁に触らないよう京哉も霧島に倣う。思った通りに電話ボックスを覆ったブルーシートが綺麗に拝めた。角度的にもここ以上の狙撃ポイントはなさそうだった。
「なるほど。大したものだな、京哉」
「捜査の役に立てて光栄ですよ、警視殿」
携帯で霧島が鑑識班と捜査陣を召集する一方で京哉はしゃがみ込んで空薬莢を観察する。かつて自分も使用したことのある.338ラプアマグナム弾だった。
次に立ち上がって窓外と三つの空薬莢を見比べる。
「どうした、京哉?」
「あ、いえ。ターゲットポイントまでたった四百メートルなんですよね」
「お前にとっては『たった』でも私にとっては驚愕の距離なのだがな。続けてくれ」
「すみません。ただ狙撃ポイントからターゲットポイントまでの距離が事前に分かっている場合、それに見合った弾薬を使用するのが普通なんです」
それは素人同然の霧島にも理解できた。一応、京哉に訊いてみる。
「約四百メートルならばどんな弾薬を使うんだ?」
「僕なら7.62ミリNATO弾を使います。狙撃銃なら八百前後まで狙える弾薬です。でも四百メートルにこの.338ラプアは過剰なんですよ。銃にも依りますが千五百前後なんですよね、この弾の有効射程」
「ふむ。近場を狙うためのライフルはないのかも知れんな」
言われて京哉は自分の認識がおかしいのだと気付く。
「あっ、そっか。僕の方が麻痺してました。銃は選び放題じゃないんですよね。最近流行りの一丁で数種類の弾薬に対応する部品交換可能なブツなんて、まだ日本じゃ法執行機関でも殆ど使ってないくらいですし」
「そういうことだ。一丁のみ使い回し……ということは、更に遠距離狙撃をやった、またはやる可能性ありか。あとは?」
訊かれて様々な過去の狙撃のシチュエーションや、その訓練を脳裏によぎらせつつ、京哉は応えた。
「そうですね……ヘッドショットを食らわせるだけの腕があるのに、それでも一発は完全に外してたのが不思議と言えば不思議な気がします」
「外してはいないだろう。右肩だぞ?」
「ヘッドショット狙いで三十センチも外せば失敗の範疇ですよ」
「恐ろしい世界だな。しかしお前ほどの腕のスナイパーばかりでもあるまい」
「自分を買い被るつもりもないですが、そうかも知れませんね」
まもなく捜査員らがやってきてマル害の身元も明らかとなったと報告された。真城市在住の横田忠範で四十六歳、職業は中古車のディーラーとのことだった。今日は仕事の打ち合わせだったらしい。
だがその打ち合わせ相手の携帯はネットオークション出品物で既に解約済み、落札者の住所氏名も実在しなかった。
「白昼のオフィス街におびき出して狙撃するとはマル被は大胆だが周到だな」
「でも少しおかしいですよね」
「分かっている。中古車屋がおびき出されて射殺されるほどの大物とは考えにくい」
聞いていたその場の皆が頷き捜一の捜査員らが出て行く。マル害の敷鑑、つまり人間関係を重点的に洗いに行ったのだ。敷鑑や地取りと呼ばれる周辺地域の聞き込みは帳場と呼ばれる捜査本部に組み込まれた捜査一課や所轄署刑事課が担当する。
一方で機捜は初動捜査のみ担当し基本的に帳場入りしない。霧島の方針で時間経過した案件に出張ることもあるが、本来求められているのはあくまで覆面での機動力なので、初動捜査で成果がなければさっさと帳場か担当部署に申し送ってしまう。
だが実際に現場に臨場したら必然的に霧島は最上級者だ。しかし霧島は出しゃばらず人員の指揮も滅多にしない。機捜の部下たちも心得ていて班長を中心に各々が自分で考えて動くことが殆どである。霧島は責任を取るのが仕事だ。
そこで機捜隊長は用ありげに現場を離脱した。外の路地に出て覆面の一台に乗り込む。勿論京哉も一緒だ。京哉は怜悧さを感じさせる横顔を見上げて訊く。
「本部に戻るんですか?」
「いや、昼飯を食いに行く」
「妙にお昼ご飯にこだわってますね。でも書類も溜まってるんですけど」
「幕の内でいいならお前一人で戻れ。それが嫌ならついて来い」
助手席に座り直して京哉はシートベルトをした。霧島が覆面を発車させる。
「で、本当は何なんですか?」
「駅前ウィンザーホテル最上階の鳳凰の間。海外出張中の霧島カンパニー本社社長の名代で白藤経済振興会の定例会なる立食パーティーに顔を出す。取り敢えず社長の椅子を背負わされんよう親父と昨日契約した。これもバーターというところだな」
斜めに僅かしか開かない窓の金具を取り外して大きく開けられている。そこから吹き込む風に混じって室内に僅かに漂う硝煙の匂いを抜群の嗅覚で捉えた。
窓の下にはライフル弾の長い空薬莢が三つ落ちている。
がらんとした室内に霧島が足を踏み入れ窓から大通りの方を見下ろした。辺りの壁に触らないよう京哉も霧島に倣う。思った通りに電話ボックスを覆ったブルーシートが綺麗に拝めた。角度的にもここ以上の狙撃ポイントはなさそうだった。
「なるほど。大したものだな、京哉」
「捜査の役に立てて光栄ですよ、警視殿」
携帯で霧島が鑑識班と捜査陣を召集する一方で京哉はしゃがみ込んで空薬莢を観察する。かつて自分も使用したことのある.338ラプアマグナム弾だった。
次に立ち上がって窓外と三つの空薬莢を見比べる。
「どうした、京哉?」
「あ、いえ。ターゲットポイントまでたった四百メートルなんですよね」
「お前にとっては『たった』でも私にとっては驚愕の距離なのだがな。続けてくれ」
「すみません。ただ狙撃ポイントからターゲットポイントまでの距離が事前に分かっている場合、それに見合った弾薬を使用するのが普通なんです」
それは素人同然の霧島にも理解できた。一応、京哉に訊いてみる。
「約四百メートルならばどんな弾薬を使うんだ?」
「僕なら7.62ミリNATO弾を使います。狙撃銃なら八百前後まで狙える弾薬です。でも四百メートルにこの.338ラプアは過剰なんですよ。銃にも依りますが千五百前後なんですよね、この弾の有効射程」
「ふむ。近場を狙うためのライフルはないのかも知れんな」
言われて京哉は自分の認識がおかしいのだと気付く。
「あっ、そっか。僕の方が麻痺してました。銃は選び放題じゃないんですよね。最近流行りの一丁で数種類の弾薬に対応する部品交換可能なブツなんて、まだ日本じゃ法執行機関でも殆ど使ってないくらいですし」
「そういうことだ。一丁のみ使い回し……ということは、更に遠距離狙撃をやった、またはやる可能性ありか。あとは?」
訊かれて様々な過去の狙撃のシチュエーションや、その訓練を脳裏によぎらせつつ、京哉は応えた。
「そうですね……ヘッドショットを食らわせるだけの腕があるのに、それでも一発は完全に外してたのが不思議と言えば不思議な気がします」
「外してはいないだろう。右肩だぞ?」
「ヘッドショット狙いで三十センチも外せば失敗の範疇ですよ」
「恐ろしい世界だな。しかしお前ほどの腕のスナイパーばかりでもあるまい」
「自分を買い被るつもりもないですが、そうかも知れませんね」
まもなく捜査員らがやってきてマル害の身元も明らかとなったと報告された。真城市在住の横田忠範で四十六歳、職業は中古車のディーラーとのことだった。今日は仕事の打ち合わせだったらしい。
だがその打ち合わせ相手の携帯はネットオークション出品物で既に解約済み、落札者の住所氏名も実在しなかった。
「白昼のオフィス街におびき出して狙撃するとはマル被は大胆だが周到だな」
「でも少しおかしいですよね」
「分かっている。中古車屋がおびき出されて射殺されるほどの大物とは考えにくい」
聞いていたその場の皆が頷き捜一の捜査員らが出て行く。マル害の敷鑑、つまり人間関係を重点的に洗いに行ったのだ。敷鑑や地取りと呼ばれる周辺地域の聞き込みは帳場と呼ばれる捜査本部に組み込まれた捜査一課や所轄署刑事課が担当する。
一方で機捜は初動捜査のみ担当し基本的に帳場入りしない。霧島の方針で時間経過した案件に出張ることもあるが、本来求められているのはあくまで覆面での機動力なので、初動捜査で成果がなければさっさと帳場か担当部署に申し送ってしまう。
だが実際に現場に臨場したら必然的に霧島は最上級者だ。しかし霧島は出しゃばらず人員の指揮も滅多にしない。機捜の部下たちも心得ていて班長を中心に各々が自分で考えて動くことが殆どである。霧島は責任を取るのが仕事だ。
そこで機捜隊長は用ありげに現場を離脱した。外の路地に出て覆面の一台に乗り込む。勿論京哉も一緒だ。京哉は怜悧さを感じさせる横顔を見上げて訊く。
「本部に戻るんですか?」
「いや、昼飯を食いに行く」
「妙にお昼ご飯にこだわってますね。でも書類も溜まってるんですけど」
「幕の内でいいならお前一人で戻れ。それが嫌ならついて来い」
助手席に座り直して京哉はシートベルトをした。霧島が覆面を発車させる。
「で、本当は何なんですか?」
「駅前ウィンザーホテル最上階の鳳凰の間。海外出張中の霧島カンパニー本社社長の名代で白藤経済振興会の定例会なる立食パーティーに顔を出す。取り敢えず社長の椅子を背負わされんよう親父と昨日契約した。これもバーターというところだな」
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