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第39話
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「ちょっと待て。何を言っている、私が一人でいられるだと?」
ふいに不機嫌も最高潮の低い声で唸られて、京哉は洟を啜りつつ灰色の目を見返した。抱き締められて至近距離にある霧島の顔は酷く険しい表情を浮かべている。
「京哉、お前は私の何処を見てきた?」
「機捜隊長の職務も霧島カンパニー社長代理もあっさりこなして、誰からも必要とされて応える能力もあって、人殺しだけが得意な僕とはまるで違うじゃないですか」
抑えきれない苛立ちと怒りを声に滲ませて霧島は吐き出した。
「よく聞け、京哉。まず一点。自分を人殺し呼ばわりするのをやめろ。不愉快だ。二点目。全て手抜きをしているが見えないだけ、こなしているように見せかけているのはお前との生活を守るためだ。三点目。これが重要だが、私は本当に晩飯が食えなかったんだ」
「……忍さんが、本当に?」
「ああ。お前と食うイメージばかり湧いて、ひとくち食ったが味がしなかった」
だから空腹に耐えていたのに午前様だ、それがあのご機嫌斜めの原因らしい。
「私もとっくに『お前と共にある私』以外は覚えていない。他は想像も出来ん」
ようやく喉に詰まった熱いものを呑み込んで京哉は目を擦りつつ訊く。
「でもたった二十七歳で僕の人生まで背負い込むのは重たすぎじゃないですか?」
「寝惚けてるのか? 二人で二人分の人生を背負う、その何処に不都合がある?」
「本当に……僕と人生を共に?」
この上なく真面目な顔つきで霧島は京哉を真っ直ぐ見ると頷いた。
「二十三歳にして私の人生まで背負うお前には気の毒だが私は一生お前を手放す気はない。何ならここで誓おう。一生、どんなものでも一緒に見てゆくと。どうだ?」
「僕も誓います。忍さんと、一生、どんなものでも一緒に見てゆくと」
熱く濃く二人はキスを交わす。
京哉は嬉しさに再び涙を零しながらも降ってきた幸せが大きすぎてにわかに信じられず、夢見心地でふわふわしていた。
しっかりと力強い右腕で抱き締められていないと本当に足が地につかない気がするくらいだ。
それなのに年上の愛しい男は京哉が抱え慣れない幸せを更に突きつけてくる。
「お前は私の一生のパートナーであると同時に職務上のバディだ。バディは対等というのを忘れるな。私だけを危険から遠ざけようとするのもルール違反だぞ」
「僕が霧島隊長のバディ……?」
逞しい胸に涙を擦りつけてい京哉は思わず固まった。優しく低い声が響く。
「何を驚いている、既に機捜の皆は私たちをとっくにバディだと認識しているが」
「そう……なんですか?」
「ああ。本来機捜隊長は内勤のみに従事するためバディは不要。だが事実として可能な限り自ら現場に臨場し案件を把握する方針の私がお前という人材を得たのも何かの縁だろう。先のことは分からんが私が機捜隊長でいる間は我々はバディだ。嫌か?」
「嫌な訳ないじゃないですか」
「ならいい。これで私も心置きなく現場に出て行ける」
満足そうに霧島が頷いて京哉は督促メール六通を思い出した。同時に思考が流れ込んだように霧島も自分が書くべきだった書類を思い出したのが僅かな視線の揺れで伝わる。
京哉は伊達眼鏡をかけ直してぴしゃりと言った。
「現場重視はいいですけど書類を滞らせる理由にはなりませんからね!」
「いきなり喚くな。私は現場を這いずるようにして捜査に邁進するノンキャリア組を背負いたい、だからこそキャリアを目指したのだと前にも言っただろう?」
「伺いました。でもご自分の仕事を放擲する免罪符にはなりません。上に立つ人間として自らの責務を全うするのは当然のこと。秘書としては勿論バディとしても、これからは厳重に監視させて貰いますので覚悟して下さい」
活舌良く捲し立てられて霧島は嘆息した。
「傷に響くからポンポン言うな」
「言いたくもなりますよ。僕がどんな思いで貴方の宿題の始末をつけたと思ってるんですか。出歩きたければ書類を終わらせてから。基本です。分かりましたね?」
「書類は腐らんと言った筈なのだがな……」
藪蛇となった話題に霧島は諦め悪く呟いて再び溜息をついた。
「ところでお前、躰を拭いてくれるんじゃなかったか?」
「あっ、そうでした。すみません。忍さんがまた風邪を引いちゃいますね」
慌てて京哉は涙と鼻水まみれのタオルを交換し、熱いタオルで滑らかな象牙色の肌を丁寧に拭いた。上半身を拭き終えると霧島にはベッドに移動願う。
下衣を脱がせて拭き始めるとあっという間に霧島は躰の中心を成長させたが、京哉は構わずそれも掴んでタオルを巻きつけた。喉の奥で霧島が呻く。
だが京哉は先に釘を刺した。
「手術して半日と経たない人が、だめですよ」
「だめか……そうか」
消沈した様子が可笑しくも愛しくて、ちょっかいを出したくなったが骨のパズルがバラけてしまうと拙いので我慢する。
新しいパジャマを着せて洗濯物をカゴに放り込んでしまうと、またチャイムが鳴って現れた看護師が霧島の点滴を抜いて行った。
時刻は既に四時過ぎで二人はひとつベッドに入ったが、京哉も腕枕は要求せず右腕を軽く抱くに留める。ナイトテーブル上のリモコンで明かりを常夜灯にした。
「忍さん、何かあったら起こして下さいね。おやすみなさい」
「おやすみ……だめか」
ふいに不機嫌も最高潮の低い声で唸られて、京哉は洟を啜りつつ灰色の目を見返した。抱き締められて至近距離にある霧島の顔は酷く険しい表情を浮かべている。
「京哉、お前は私の何処を見てきた?」
「機捜隊長の職務も霧島カンパニー社長代理もあっさりこなして、誰からも必要とされて応える能力もあって、人殺しだけが得意な僕とはまるで違うじゃないですか」
抑えきれない苛立ちと怒りを声に滲ませて霧島は吐き出した。
「よく聞け、京哉。まず一点。自分を人殺し呼ばわりするのをやめろ。不愉快だ。二点目。全て手抜きをしているが見えないだけ、こなしているように見せかけているのはお前との生活を守るためだ。三点目。これが重要だが、私は本当に晩飯が食えなかったんだ」
「……忍さんが、本当に?」
「ああ。お前と食うイメージばかり湧いて、ひとくち食ったが味がしなかった」
だから空腹に耐えていたのに午前様だ、それがあのご機嫌斜めの原因らしい。
「私もとっくに『お前と共にある私』以外は覚えていない。他は想像も出来ん」
ようやく喉に詰まった熱いものを呑み込んで京哉は目を擦りつつ訊く。
「でもたった二十七歳で僕の人生まで背負い込むのは重たすぎじゃないですか?」
「寝惚けてるのか? 二人で二人分の人生を背負う、その何処に不都合がある?」
「本当に……僕と人生を共に?」
この上なく真面目な顔つきで霧島は京哉を真っ直ぐ見ると頷いた。
「二十三歳にして私の人生まで背負うお前には気の毒だが私は一生お前を手放す気はない。何ならここで誓おう。一生、どんなものでも一緒に見てゆくと。どうだ?」
「僕も誓います。忍さんと、一生、どんなものでも一緒に見てゆくと」
熱く濃く二人はキスを交わす。
京哉は嬉しさに再び涙を零しながらも降ってきた幸せが大きすぎてにわかに信じられず、夢見心地でふわふわしていた。
しっかりと力強い右腕で抱き締められていないと本当に足が地につかない気がするくらいだ。
それなのに年上の愛しい男は京哉が抱え慣れない幸せを更に突きつけてくる。
「お前は私の一生のパートナーであると同時に職務上のバディだ。バディは対等というのを忘れるな。私だけを危険から遠ざけようとするのもルール違反だぞ」
「僕が霧島隊長のバディ……?」
逞しい胸に涙を擦りつけてい京哉は思わず固まった。優しく低い声が響く。
「何を驚いている、既に機捜の皆は私たちをとっくにバディだと認識しているが」
「そう……なんですか?」
「ああ。本来機捜隊長は内勤のみに従事するためバディは不要。だが事実として可能な限り自ら現場に臨場し案件を把握する方針の私がお前という人材を得たのも何かの縁だろう。先のことは分からんが私が機捜隊長でいる間は我々はバディだ。嫌か?」
「嫌な訳ないじゃないですか」
「ならいい。これで私も心置きなく現場に出て行ける」
満足そうに霧島が頷いて京哉は督促メール六通を思い出した。同時に思考が流れ込んだように霧島も自分が書くべきだった書類を思い出したのが僅かな視線の揺れで伝わる。
京哉は伊達眼鏡をかけ直してぴしゃりと言った。
「現場重視はいいですけど書類を滞らせる理由にはなりませんからね!」
「いきなり喚くな。私は現場を這いずるようにして捜査に邁進するノンキャリア組を背負いたい、だからこそキャリアを目指したのだと前にも言っただろう?」
「伺いました。でもご自分の仕事を放擲する免罪符にはなりません。上に立つ人間として自らの責務を全うするのは当然のこと。秘書としては勿論バディとしても、これからは厳重に監視させて貰いますので覚悟して下さい」
活舌良く捲し立てられて霧島は嘆息した。
「傷に響くからポンポン言うな」
「言いたくもなりますよ。僕がどんな思いで貴方の宿題の始末をつけたと思ってるんですか。出歩きたければ書類を終わらせてから。基本です。分かりましたね?」
「書類は腐らんと言った筈なのだがな……」
藪蛇となった話題に霧島は諦め悪く呟いて再び溜息をついた。
「ところでお前、躰を拭いてくれるんじゃなかったか?」
「あっ、そうでした。すみません。忍さんがまた風邪を引いちゃいますね」
慌てて京哉は涙と鼻水まみれのタオルを交換し、熱いタオルで滑らかな象牙色の肌を丁寧に拭いた。上半身を拭き終えると霧島にはベッドに移動願う。
下衣を脱がせて拭き始めるとあっという間に霧島は躰の中心を成長させたが、京哉は構わずそれも掴んでタオルを巻きつけた。喉の奥で霧島が呻く。
だが京哉は先に釘を刺した。
「手術して半日と経たない人が、だめですよ」
「だめか……そうか」
消沈した様子が可笑しくも愛しくて、ちょっかいを出したくなったが骨のパズルがバラけてしまうと拙いので我慢する。
新しいパジャマを着せて洗濯物をカゴに放り込んでしまうと、またチャイムが鳴って現れた看護師が霧島の点滴を抜いて行った。
時刻は既に四時過ぎで二人はひとつベッドに入ったが、京哉も腕枕は要求せず右腕を軽く抱くに留める。ナイトテーブル上のリモコンで明かりを常夜灯にした。
「忍さん、何かあったら起こして下さいね。おやすみなさい」
「おやすみ……だめか」
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