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第34話
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二人は気負わず淡々と試射を進める。射場は千五百メートル級だったが、その距離いっぱいまで京哉は綺麗にヘッドショットで撃ち抜いて霧島の称賛を貰った。
一方ずっと睨んでいた寺岡からは化け物でも見るような目で見つめられる。
あとは再び整備室で銃を整備すると五発フルロードにしてハードケースに入れた。霧島は気象計とレーザースコープに予備弾を黒い防水バッグに入れて持ち出す。
「では借りていく」
「おととい来やがれ、この人殺しのクソ野郎どもが!」
大変ご立派な挨拶を貰って二人は黒塗りに乗り込む。そうしてフロントガラス越しに見上げた空はどんよりと雲が重たく垂れ込め、今にも雨が降り出しそうだった。
「で、どうするんです?」
「どうするとは京哉、もしかしてお前もノープランなのか?」
「僕は一介の巡査部長で上の人間の手足なんです。頭脳労働者じゃないんですよ」
「仕方ないな、暫く車で街なかを流してみるか」
「とってもパッシヴなプランをどうも、警視殿」
「もっとアクティヴにお前だけ自前の足で走ってもいいんだぞ」
目立つ黒塗りだが防弾仕様だ。アンチ・マテリアル・ライフルで撃たれでもしなければ命は取られない。
警察学校の敷地から出ると霧島はゆったりした運転で白藤市内を流し始める。京哉は上空や辺りのビル屋上に高層階の窓などを注視し続けた。
午前中いっぱいをそうして過ごし、車に給油してから人のエサをハンバーガー屋で調達したついでに交代で小用も足す。そしてまた二人はビルの谷間をドライブだ。
ドライバーにフライドポテトを食わせてやりながら京哉は珍しく低い声を出す。
「向こうも無駄弾は撃たないつもりかも知れませんね」
「だったら他に方法があるのか?」
「とにかく僕らの存在をアピールする必要があるんですよね。忍さん、最近は躰を鍛えるヒマもないでしょう。本部庁舎の屋上からぶら下がって懸垂なんてどうです?」
「何故私だけがそんな独りチキンレースのような真似をしなければならない?」
「僕、懸垂できませんから」
「サツカンが、嘘だろう?」
いい加減に飽き飽きして二人は同時に溜息をついた。ハンバーガーを食いながらも霧島は運転し、京哉は上ばかり見て索敵に努めているのだ。市内をグルグルと回りすぎて二人は溶け出しバターになりそうな気分だった。
食し終えると京哉がギヴアップして煙草を取り出した。霧島は鷹揚に頷いたが京哉がジッポのライターで火を点けたのを横目で見て明らかにムッとする。
「どうせ本部からぶら下げるなら、クソ親父を逆さ吊りにするのはどうだ?」
「確かに僕らより狙い甲斐もありそうですけどね」
警察官としての誇りを持つ霧島は暗殺肯定派に加担していたのみならず、裏で非合法手段を取ってまで目的を達する父親を許さない。証拠さえ掴めたら逮捕も辞さないと明言している。そのため長きに渡り水面下で攻防を繰り返してきたらしい。
その御前と京哉の気が合う事実を認めたくないのだ。京哉にも同調して御前を嫌って欲しかったのだろう。さすがの霧島もそこまで人間ができていないようだ。
何となく京哉は微笑んで、怜悧さを感じさせる横顔を眺めた。
隣の男を見つめているうちにフロントガラスに水滴が当たる。あっという間に水滴は増殖してワイパーも追いつかなくなった。夕立のようだが予報ではまず止まない。
「これだけの雨なら、おそらく自衛隊以外ヘリは飛ばさないでしょう」
「それは有難いな。雷まで鳴っているようだが銃に雷はどうなんだ?」
「普通に危険ですよ、高所で振り回せば余計に」
「なら今日は撤収しよう。本部に戻るぞ」
「書類も溜まっていそうですしね」
涼しい横顔の口元がへの字になって京哉はまた笑う。十分ほどで県警本部に辿り着いて全面が駐車場になった前庭に乗り入れるため右折しかけた時だった。
バシュッと落雷のような音がしてフロントガラスに白い傷が入る。同時にワイパーが一本へし折られ、何処かに飛んで見えなくなった。更に連続でガラスに衝撃。
構わず霧島は強引に右折しながら叫ぶ。
「伏せろ、京哉!」
「それより僕はここで降りますから、貴方は現場へ!」
「私では現場が分からん、いいから伏せていろ!」
叫び合いながらも霧島は急にステアリングを切った上に雨で滑った黒塗りを立て直し、対向車からビィビィとクラクションを鳴らされつつも駐車場を縦断。庁舎正面エントランスに立つ制服警官が飛び退く勢いで車寄せに黒塗りを突っ込ませる。
急停止させた黒塗りから飛び降りた二人はそれぞれの得物を引っ掴み庁舎に駆け込んだ。幸い下ってきたばかりのエレベーターに制服婦警と入れ違いに飛び込む。
上昇するエレベーターの階数表示ボタンを見ると、ここでも幸いなことに京哉が押した最上階以外のランプは灯っていなかった。霧島が鋭く京哉を見る。
「敵は確認できたのか?」
「僅かですがマズルフラッシュが見えました。青柳第二ビルの軒のある屋上です」
「あそこは屋上庭園だったな。だが向こうは二十四階建てか」
「今からでも現場に回って貰えませんか?」
「京哉、私はお前独りにトリガを引かせない、そう言った筈だぞ」
二手に分かれても今回は問題なかった。黒塗りで流している間に気象データは取り込み済み、弾道計算アプリの計算結果も見ていて、あとは京哉の経験から得た勘だけで充分だったからである。
それに屋上に出て向こうを狙うということは向こうの銃口の前に身を晒すことだ。おまけにこちらは圧倒的に不利な低所である。
それ故、京哉は霧島には現場に回って欲しかったのだが聞き入れて貰えない。
「心配は要らん、お前が撃ったら機捜に連絡を入れる」
一方ずっと睨んでいた寺岡からは化け物でも見るような目で見つめられる。
あとは再び整備室で銃を整備すると五発フルロードにしてハードケースに入れた。霧島は気象計とレーザースコープに予備弾を黒い防水バッグに入れて持ち出す。
「では借りていく」
「おととい来やがれ、この人殺しのクソ野郎どもが!」
大変ご立派な挨拶を貰って二人は黒塗りに乗り込む。そうしてフロントガラス越しに見上げた空はどんよりと雲が重たく垂れ込め、今にも雨が降り出しそうだった。
「で、どうするんです?」
「どうするとは京哉、もしかしてお前もノープランなのか?」
「僕は一介の巡査部長で上の人間の手足なんです。頭脳労働者じゃないんですよ」
「仕方ないな、暫く車で街なかを流してみるか」
「とってもパッシヴなプランをどうも、警視殿」
「もっとアクティヴにお前だけ自前の足で走ってもいいんだぞ」
目立つ黒塗りだが防弾仕様だ。アンチ・マテリアル・ライフルで撃たれでもしなければ命は取られない。
警察学校の敷地から出ると霧島はゆったりした運転で白藤市内を流し始める。京哉は上空や辺りのビル屋上に高層階の窓などを注視し続けた。
午前中いっぱいをそうして過ごし、車に給油してから人のエサをハンバーガー屋で調達したついでに交代で小用も足す。そしてまた二人はビルの谷間をドライブだ。
ドライバーにフライドポテトを食わせてやりながら京哉は珍しく低い声を出す。
「向こうも無駄弾は撃たないつもりかも知れませんね」
「だったら他に方法があるのか?」
「とにかく僕らの存在をアピールする必要があるんですよね。忍さん、最近は躰を鍛えるヒマもないでしょう。本部庁舎の屋上からぶら下がって懸垂なんてどうです?」
「何故私だけがそんな独りチキンレースのような真似をしなければならない?」
「僕、懸垂できませんから」
「サツカンが、嘘だろう?」
いい加減に飽き飽きして二人は同時に溜息をついた。ハンバーガーを食いながらも霧島は運転し、京哉は上ばかり見て索敵に努めているのだ。市内をグルグルと回りすぎて二人は溶け出しバターになりそうな気分だった。
食し終えると京哉がギヴアップして煙草を取り出した。霧島は鷹揚に頷いたが京哉がジッポのライターで火を点けたのを横目で見て明らかにムッとする。
「どうせ本部からぶら下げるなら、クソ親父を逆さ吊りにするのはどうだ?」
「確かに僕らより狙い甲斐もありそうですけどね」
警察官としての誇りを持つ霧島は暗殺肯定派に加担していたのみならず、裏で非合法手段を取ってまで目的を達する父親を許さない。証拠さえ掴めたら逮捕も辞さないと明言している。そのため長きに渡り水面下で攻防を繰り返してきたらしい。
その御前と京哉の気が合う事実を認めたくないのだ。京哉にも同調して御前を嫌って欲しかったのだろう。さすがの霧島もそこまで人間ができていないようだ。
何となく京哉は微笑んで、怜悧さを感じさせる横顔を眺めた。
隣の男を見つめているうちにフロントガラスに水滴が当たる。あっという間に水滴は増殖してワイパーも追いつかなくなった。夕立のようだが予報ではまず止まない。
「これだけの雨なら、おそらく自衛隊以外ヘリは飛ばさないでしょう」
「それは有難いな。雷まで鳴っているようだが銃に雷はどうなんだ?」
「普通に危険ですよ、高所で振り回せば余計に」
「なら今日は撤収しよう。本部に戻るぞ」
「書類も溜まっていそうですしね」
涼しい横顔の口元がへの字になって京哉はまた笑う。十分ほどで県警本部に辿り着いて全面が駐車場になった前庭に乗り入れるため右折しかけた時だった。
バシュッと落雷のような音がしてフロントガラスに白い傷が入る。同時にワイパーが一本へし折られ、何処かに飛んで見えなくなった。更に連続でガラスに衝撃。
構わず霧島は強引に右折しながら叫ぶ。
「伏せろ、京哉!」
「それより僕はここで降りますから、貴方は現場へ!」
「私では現場が分からん、いいから伏せていろ!」
叫び合いながらも霧島は急にステアリングを切った上に雨で滑った黒塗りを立て直し、対向車からビィビィとクラクションを鳴らされつつも駐車場を縦断。庁舎正面エントランスに立つ制服警官が飛び退く勢いで車寄せに黒塗りを突っ込ませる。
急停止させた黒塗りから飛び降りた二人はそれぞれの得物を引っ掴み庁舎に駆け込んだ。幸い下ってきたばかりのエレベーターに制服婦警と入れ違いに飛び込む。
上昇するエレベーターの階数表示ボタンを見ると、ここでも幸いなことに京哉が押した最上階以外のランプは灯っていなかった。霧島が鋭く京哉を見る。
「敵は確認できたのか?」
「僅かですがマズルフラッシュが見えました。青柳第二ビルの軒のある屋上です」
「あそこは屋上庭園だったな。だが向こうは二十四階建てか」
「今からでも現場に回って貰えませんか?」
「京哉、私はお前独りにトリガを引かせない、そう言った筈だぞ」
二手に分かれても今回は問題なかった。黒塗りで流している間に気象データは取り込み済み、弾道計算アプリの計算結果も見ていて、あとは京哉の経験から得た勘だけで充分だったからである。
それに屋上に出て向こうを狙うということは向こうの銃口の前に身を晒すことだ。おまけにこちらは圧倒的に不利な低所である。
それ故、京哉は霧島には現場に回って欲しかったのだが聞き入れて貰えない。
「心配は要らん、お前が撃ったら機捜に連絡を入れる」
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