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第30話
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セレブばかりが集うパーティーで本来なら商売上のコネを掴む努力でもするべきなのだろうが、御前との契約で来ている霧島にサーヴィス精神など欠片もない。ましてや京哉はどうしていいのかも分からず、取り敢えず飲み物で喉を潤すことにした。
「忍さんは何を飲むんですか?」
「私はキールにしておこう。京哉、お前はどうする?」
「まるで無知なんで忍さんが軽めのものを選んで下さい」
「ならばスプリッツァーにするか。白ワインの炭酸割りだ。食ってから飲むといい」
グラスを取ってくれただけでなく、プレートにオマールエビのグリルや牛フィレ肉のカシスソース添えなどを取り分けてフォークと共に渡してくれる。
有難く受け取って食し始めたが飲み食いできたのも僅かな間だけだった。
ウィンザーホテルの立食パーティーの時と同じく徐々に人々に囲まれ始め、握手を求め挨拶したがる企業関係者で輪が構築されてしまう。
あっという間に食うどころではなくなり京哉も握手を求められて曖昧なスマイルを作るのに忙しくなった。
そして気付くと霧島がベビーピンクのイブニングドレスを着た女性と話し込んでいて京哉はムッとする。人には牽制球を投げておいて自分は女性をタラし込むとは何事かと思ったのだ。それも女性は時折ハンカチを目に当て涙を拭っている。
瞬殺で泣かせるなど許し難い。
腹立ち紛れに握手攻撃の輪から離脱して煙草の吸えそうな場所を探した。ティーラウンジの奥にスモーキングルームの案内が出ていた。
そっと入ったスモーキングルームは茶色いソファが配された小部屋で、狭さとシンプルさに京哉は何となく落ち着いた。セルフサーヴィスのコーヒーを淹れてソファの一脚に陣取る。
コーヒーと煙草を味わっているとお仲間がやってきたので京哉は声を掛けた。
「こんばんは。斑目さんも煙草吸われるんですね」
「あ、ああ。まあね。それにしても鳴海くんにここで会うとは奇遇だな、驚いたよ」
ホスト側らしくタキシードを着用し整髪料で髪を綺麗に撫でつけた斑目鋭士は先日の半分も落ち着きがない。そわそわと煙草を吸っては灰を弾き落としている。
これは攻めれば落ちるかも知れないと思った矢先、またしても新たなお仲間がやってきた。
地味なダークグレイのスーツを着た瀬川洋介を見て斑目鋭士は弾んだ声を上げる。
「瀬川、待っていたんだ。ほら、鳴海くんだ。以前にも会っただろう?」
「ああ、こんばんは。もしかしてまた霧島カンパニー絡みかい?」
小さな声で訊かれ、頷いた京哉は瀬川にも質問返しだ。
「瀬川さんも会社関係でパーティーに?」
答えたのは瀬川ではなく急に落ち着きを取り戻した斑目だった。
「俺の友人代表で来て貰ってる。でも瀬川の実家もそれなりの会社を経営しているんだ。規模こそ大きくはないが電子部品に関してその界隈では有名処なんだよ」
「はあ、そうなんですか」
「どうぞ瀬川エレクトロニックを宜しくってね。じゃあ!」
まだ瀬川氏は煙草も吸っていないのに、斑目は爽やかに片手を上げると瀬川を従えて去ってしまう。半ば唖然としたが慌てて煙草を消すと彼らを追った。せっかく聞き込みのチャンスなのに、これで終わらせるのはいかにも効率が悪い。
だがホールに戻ってみると既にホストの斑目には人々が群がっていた。しかし京哉の目を惹いたのは斑目ではなく霧島だった。ホールの真ん中にダンスエリアまで作られ、そこで霧島がベビーピンクのドレスの女性と優雅に踊っていたのである。
「うっわ、ワルツとかマジで信じらんない」
呆然と眺める京哉にも女性陣から誘いの声は幾度もかかったが、踊り方など知らない上に自分まで堕ちてなるものかという思いで意地でも動かなかった。
代わりにボーイから勧められるままに、わんこ蕎麦ならぬ、わんこワインを始めてしまう。
六杯目を飲み干したところで霧島が戻ってきた。京哉は言い訳を聞いてやる。
「放ったらかしてすまん。あれは例の私の縁談相手だった斑目の次女だ」
「へー、そうですか」
「本人は縁談に乗り気だったらしい。だが破談になって随分泣いたと言われてな」
「ほー、それはそれは」
「せめてひとときの思い出が欲しいと言われて泣いて縋られては……京哉?」
「はいはい、お優しいですねー、忍さんは」
「おい、これに何杯飲ませた?」
霧島も目の据わった本人には訊かない。ボーイはドスの利いた声にビビって指を七本立てて見せる。溜息をついた霧島は辺りを見回したがホスト側の斑目ファミリーには人々が群がり話せる状態ではない。
ならば話せるようになるまで酔いを醒ませる所は……と考えて京哉の腕を取ると開放されたガラス扉から外に連れ出した。
外に出ると足元も覚束ない京哉を横抱きにしてマリーナの先へと歩き始める。
「ちょっ、何するんですか、離し……降ろして下さい!」
「いいから大人しくしていてくれ」
同じく酔いを醒ます目的かオレンジ色の明かりに照らされて人影がポツポツ。
彼らに微笑まれながら霧島はぐいぐい歩きマリーナの突端に停泊している二隻のクルーザーの前に立った。エキドナとラミアなる船名の霧島カンパニー所有クルーザーは大きく、エキドナ号が二十メートルほど、ラミア号も十五メートルほどもある。
二階にも客室があるエキドナ号の甲板に飛び移った。まずは一階のキャビンに入って明かりを点けてから二階キャビンへの階段を慎重に上る。
二階キャビンには天窓のある寝室だ。海の上で寝ながら月を眺めたいなどという御前の趣味だが、その綺麗にメイクされたベッドに抱いていた京哉を放り出した。
「わあっ、何するんですか!」
「降ろせと喚いていたのはお前だろう」
「だからって物じゃないんですから……あ、雨だ」
やや低い天井の丸い天窓を雨が叩き始めていた。京哉が舌足らずな声で呟く。
「ギリギリで濡れずに済んだみたいですね、行いは宜しくないのに」
「本当に濡れずに済んだとでも思っているのか?」
言ってしまった途端に我慢できなくなって、霧島は自分のタイを解きジャケットを脱ぎ捨てた。銃の入ったショルダーホルスタを外してベッドの枕元に置く。
ドレスシャツのボタンを三つ外すと有無を言わさず京哉にのしかかった。
「忍さんは何を飲むんですか?」
「私はキールにしておこう。京哉、お前はどうする?」
「まるで無知なんで忍さんが軽めのものを選んで下さい」
「ならばスプリッツァーにするか。白ワインの炭酸割りだ。食ってから飲むといい」
グラスを取ってくれただけでなく、プレートにオマールエビのグリルや牛フィレ肉のカシスソース添えなどを取り分けてフォークと共に渡してくれる。
有難く受け取って食し始めたが飲み食いできたのも僅かな間だけだった。
ウィンザーホテルの立食パーティーの時と同じく徐々に人々に囲まれ始め、握手を求め挨拶したがる企業関係者で輪が構築されてしまう。
あっという間に食うどころではなくなり京哉も握手を求められて曖昧なスマイルを作るのに忙しくなった。
そして気付くと霧島がベビーピンクのイブニングドレスを着た女性と話し込んでいて京哉はムッとする。人には牽制球を投げておいて自分は女性をタラし込むとは何事かと思ったのだ。それも女性は時折ハンカチを目に当て涙を拭っている。
瞬殺で泣かせるなど許し難い。
腹立ち紛れに握手攻撃の輪から離脱して煙草の吸えそうな場所を探した。ティーラウンジの奥にスモーキングルームの案内が出ていた。
そっと入ったスモーキングルームは茶色いソファが配された小部屋で、狭さとシンプルさに京哉は何となく落ち着いた。セルフサーヴィスのコーヒーを淹れてソファの一脚に陣取る。
コーヒーと煙草を味わっているとお仲間がやってきたので京哉は声を掛けた。
「こんばんは。斑目さんも煙草吸われるんですね」
「あ、ああ。まあね。それにしても鳴海くんにここで会うとは奇遇だな、驚いたよ」
ホスト側らしくタキシードを着用し整髪料で髪を綺麗に撫でつけた斑目鋭士は先日の半分も落ち着きがない。そわそわと煙草を吸っては灰を弾き落としている。
これは攻めれば落ちるかも知れないと思った矢先、またしても新たなお仲間がやってきた。
地味なダークグレイのスーツを着た瀬川洋介を見て斑目鋭士は弾んだ声を上げる。
「瀬川、待っていたんだ。ほら、鳴海くんだ。以前にも会っただろう?」
「ああ、こんばんは。もしかしてまた霧島カンパニー絡みかい?」
小さな声で訊かれ、頷いた京哉は瀬川にも質問返しだ。
「瀬川さんも会社関係でパーティーに?」
答えたのは瀬川ではなく急に落ち着きを取り戻した斑目だった。
「俺の友人代表で来て貰ってる。でも瀬川の実家もそれなりの会社を経営しているんだ。規模こそ大きくはないが電子部品に関してその界隈では有名処なんだよ」
「はあ、そうなんですか」
「どうぞ瀬川エレクトロニックを宜しくってね。じゃあ!」
まだ瀬川氏は煙草も吸っていないのに、斑目は爽やかに片手を上げると瀬川を従えて去ってしまう。半ば唖然としたが慌てて煙草を消すと彼らを追った。せっかく聞き込みのチャンスなのに、これで終わらせるのはいかにも効率が悪い。
だがホールに戻ってみると既にホストの斑目には人々が群がっていた。しかし京哉の目を惹いたのは斑目ではなく霧島だった。ホールの真ん中にダンスエリアまで作られ、そこで霧島がベビーピンクのドレスの女性と優雅に踊っていたのである。
「うっわ、ワルツとかマジで信じらんない」
呆然と眺める京哉にも女性陣から誘いの声は幾度もかかったが、踊り方など知らない上に自分まで堕ちてなるものかという思いで意地でも動かなかった。
代わりにボーイから勧められるままに、わんこ蕎麦ならぬ、わんこワインを始めてしまう。
六杯目を飲み干したところで霧島が戻ってきた。京哉は言い訳を聞いてやる。
「放ったらかしてすまん。あれは例の私の縁談相手だった斑目の次女だ」
「へー、そうですか」
「本人は縁談に乗り気だったらしい。だが破談になって随分泣いたと言われてな」
「ほー、それはそれは」
「せめてひとときの思い出が欲しいと言われて泣いて縋られては……京哉?」
「はいはい、お優しいですねー、忍さんは」
「おい、これに何杯飲ませた?」
霧島も目の据わった本人には訊かない。ボーイはドスの利いた声にビビって指を七本立てて見せる。溜息をついた霧島は辺りを見回したがホスト側の斑目ファミリーには人々が群がり話せる状態ではない。
ならば話せるようになるまで酔いを醒ませる所は……と考えて京哉の腕を取ると開放されたガラス扉から外に連れ出した。
外に出ると足元も覚束ない京哉を横抱きにしてマリーナの先へと歩き始める。
「ちょっ、何するんですか、離し……降ろして下さい!」
「いいから大人しくしていてくれ」
同じく酔いを醒ます目的かオレンジ色の明かりに照らされて人影がポツポツ。
彼らに微笑まれながら霧島はぐいぐい歩きマリーナの突端に停泊している二隻のクルーザーの前に立った。エキドナとラミアなる船名の霧島カンパニー所有クルーザーは大きく、エキドナ号が二十メートルほど、ラミア号も十五メートルほどもある。
二階にも客室があるエキドナ号の甲板に飛び移った。まずは一階のキャビンに入って明かりを点けてから二階キャビンへの階段を慎重に上る。
二階キャビンには天窓のある寝室だ。海の上で寝ながら月を眺めたいなどという御前の趣味だが、その綺麗にメイクされたベッドに抱いていた京哉を放り出した。
「わあっ、何するんですか!」
「降ろせと喚いていたのはお前だろう」
「だからって物じゃないんですから……あ、雨だ」
やや低い天井の丸い天窓を雨が叩き始めていた。京哉が舌足らずな声で呟く。
「ギリギリで濡れずに済んだみたいですね、行いは宜しくないのに」
「本当に濡れずに済んだとでも思っているのか?」
言ってしまった途端に我慢できなくなって、霧島は自分のタイを解きジャケットを脱ぎ捨てた。銃の入ったショルダーホルスタを外してベッドの枕元に置く。
ドレスシャツのボタンを三つ外すと有無を言わさず京哉にのしかかった。
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