エンゲージ~Barter.2~

志賀雅基

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第25話

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「その通りじゃ。直接目に掛かるのは初めてじゃの」
「はい。お世話をかけているみたいですみません。それといつぞやは仕事の依頼をお断りして失礼しました」
「おうおう、聡い上に礼儀も正しいとは忍の目も確かじゃったか。仕事の件は気にしておらん。プロを相手に電話一本で話を付けようとした、わしこそ失礼じゃった」

 電話の中でも失礼の応酬、舌戦を交わした気もするが忘れたふりで流す。

「それで霧島会長は忍さんが男の僕をつれてきて何とも思われないんですか?」

 何より興味ある話題だったので直球を投げてしまったが病み上がりにはハードで、訊いた京哉はもう後悔していた。
 だが霧島会長は遅くにできた息子と良く似た切れ長の目に笑みを浮かべて頷きながら淡々と答える。

「勿論最初は邪魔臭いんで暗殺しようと思うた。そこで我が社が抱えていた暗殺肯定派の実行本部に命じようと組織表を眺めてみた。すると実行役としておぬし自身の名が載っておったんじゃ。忍の奴は何をしとるのかと唖然としたわい。はっはっは」
「……ああ、そうですか。僕もそんな矛盾する命令は悩みますね。でも僕自身にトリッキーな策を仕掛けるのは可能だったでしょう?」

 自殺か自殺に見せかけるくらいは簡単だろう。

「薬か酒か縄か選んで……といったところかの。まあ、仕向ける手段など幾らでもあったが、思うとった矢先に忍が部下と踏み込んだあの騒ぎじゃ」
「今からでも遅くないとか思ってませんか?」
「電話で言うたじゃろ、危ない橋を渡るのは懲りたと」
「それでも邪魔なら消すのが霧島会長かと思っていましたが」
「安心せい。おぬしと関わり合って以来、忍が変わりよったんじゃ。裏ではともかく表面的には『躱す・誤魔化す・目を瞑る』がモットーじゃった忍の奴が、わしと真っ向勝負するようになりよった。これは面白い見ものじゃろう?」

 頷きながら京哉はあの霧島が『クソ親父』『悪魔』呼ばわりして毛嫌いし逮捕まで狙っている霧島会長に、自分と似た部分を見出して複雑な気分になっていた。

 そこで壁に下がった赤茶色の木目も美しい掛け時計を見る。三時四十七分。大きなフランス窓から差し込む日差しで夜中でないのは分かった。
 更に見回すとナイトテーブルには伊達眼鏡が置いてある。そして浴衣のような寝間着を着せられた自分が寝ていたのはセミダブルベッドで何と天蓋付きという代物だった。

 あとは見える範囲にクローゼットとゴブラン織りのソファセット、窓際に猫足の丸テーブルとチェア、右側にトイレかバスルームに繋がっていると思しきドアがある。
 一流ホテルのような室内のしつらえから視線を霧島会長に戻した。

「ここは何処なんでしょうか?」
「貝崎市じゃ。霧島カンパニーの保養所じゃが今現在はおぬしの療養施設で忍の住処となっておる。こら、そうあからさまに喜ぶでない、少しは恥じらいを持たぬか」

 ここに霧島が帰ってくる事実に顔を明るくしたのを見破られ、京哉は首を竦めた。

「僕をここに置くための条件なんて忍さんに出したり……しましたよね、勿論」
「当たり前じゃ。世の中はくれるなら病気だって貰う人間で溢れておるんじゃぞ」
「はあ。でもまさか……?」
「本社社長の椅子を背負えとまでは言っておらん。ただわしや本社社長の名代でパーティーやら会合やらに出る機会が増えるだけじゃ。ああいう美辞麗句に塗れた場所は耳が痒くていかん。奴は警察でも広告塔みたいなものじゃ、構わんじゃろ」

 しれっと言った会長に、京哉もしれっと返す。

「そう言って経済界や社交界で『未来の社長・霧島忍』の顔を売っておくんですね」
「やはり聡いのう、おぬしは。じゃがわしは暫く忍で遊ぶと決めた。安堵しておれ」

 忍『と』遊ぶのではなく、忍『で』遊ぶのだ。気の毒な話である。

「本業とSAT狙撃要員に忍のパートナーじゃ、おぬしも忙しくなるがの」

 いきなり霧島に対する同情心が冷めた。明日は、いや、今日から我が身だ。
 天井を仰いでいるとチャリンと涼やかな音が響いて背後のドアが開く気配がした。

「御前、失礼致します。鳴海さまの診察時間でございます」

 入ってきたのは幾度か見た気がする老年の男と若い白衣の医師らしき男だった。タキシードに身を固めた老年男は京哉が身を起こしているのに気付いた途端、嬉しそうに微笑み浮かんだ涙まで拭う。

「気が付かれましたか。誠にようございました。忍さまがどんなに喜ばれることか」
「随分とお世話になっているみたいで、すみません。貴方は?」
「これは失礼を。わたくしめは執事の今枝と申します」
「はあ、執事さん……セバスチャンじゃないんですね?」
「……は?」
「すみません、何でもないです。僕は何時間くらい寝ていたんでしょうか?」

 これには霧島カンパニーお抱え医師らしい若い白衣の男が応えた。

「三日前の真夜中にわたしは呼ばれましたから、さて、計算して下さい」
「ええと、約八十八時間です」
「宜しい、ベッドから出て結構です。食べられる物は食べること。いいですね」
「はい。お世話かけました。それと忍さんの暴言は本当に申し訳ありませんでした」
「いいえ、大変に珍しくも面白いものを見せて頂きましたから構いません」

 ここにいるのはこういう人種ばかりなのだろうかと京哉は医師を凝視する。医師はニヤリと笑って去った。今枝執事はドアの外に合図する。
 すると紺色のドレスをまとい、真っ白なエプロンとヘッドドレスまで着けた女性がワゴンを押してきた。
 京哉は生まれて初めて執事に引き続き、本物のメイドなる職業が存在するのを知った。

 その若いメイドと今枝執事の手によって猫足の丸テーブルにプレートや湯気の立つカップ類が手早く二人分並べられる。どうやら遅いティータイムらしい。

「鳴海さまもお召し上がりになれそうでしょうか?」
「たぶん大丈夫です。気を遣わせてすみません」
「いえいえ。では鳴海さま、失礼してお手をこちらへ」

 今枝執事の手を借りてベッドから降りたが相当ガタがきているようで、膝が砕けそうになるのを必死で誤魔化すハメになった。それでも引かれたチェアに何とか着地するとテーブルには銀色で三段の本格的ケーキスタンドまで載っている。

 何かで読んだ筈だが食すのは上からが正式か下からか思い出せずに悩んだ。

 だが霧島会長がお絞りで手を拭いたのち、おもむろに真ん中のシュークリームを掴んでガブリと噛みつく。
 それを目にして何となく「ああ、親子だなあ」と霧島の行動パターンを思い出した。京哉も会長に倣ってラフなお茶を愉しもうと決める。

「頂きます。あ、紅茶がいい香りかも。ブドウっぽい匂いがしますね」
「ほう、分かるとは面白いの。紅茶のシャンパンとも云われるダージリンはマスカテルフレーバーなるマスカットの匂いがするんじゃ。これは去年のファーストフラッシュ、春摘みの茶での。夏摘みがセカンドフラッシュで秋はオータムナルじゃよ」
「はあ、そうですか。ところで霧島会長にお伺いしたいんですが」
「鳴海、おぬしも御前と呼ぶがいい。で?」

「ええ、暗殺肯定派の生き残りについてです」
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