セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第2話

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「シド、もう本当にいい加減にしてよね」
「あー、書けばいいんだろ、書けば。その代わりに昼メシはリンデンバウムで食うからな」

 リンデンバウムは二人の行きつけの店だ。二十四時間営業で夜はバーだが昼間は軽食も出す。安くて旨いランチと静かな環境を気に入って常連になっていた。

「この期に及んで表に出るつもりなの?」
「いいじゃねぇか。それともお前一人で七階の官品メシか?」
「仕方ないなあ、もう。出掛けるなら半分は終わらせて貰いますからね!」
「へいへい」

 二人のやり取りをヴィンティス課長は哀しみを湛えた青い目で注視していた。
 この上、出掛けるつもりとは言語道断である。

 ハイファのデスクは課長席の真ん前、シドはその左隣だ。互いの言動は筒抜けだった。分かっていて二人の部下はこちらの視線を無視している。

 幾ら口を酸っぱくして『我が機捜課に外回りなどという仕事はない』と説いても、シドは大人しく座っていない。勝手に『信念の足での捜査』なるモノに出掛けてしまう。そうして練り歩いた挙げ句にAD世紀から三千年の今どき、ありえない事件を持ち帰ってくるのだ。

 イヴェントストライカの仇名はダテではなく、ときにホシより先に現着しているという。

 そんなシドはあまりにクリティカルな日常故に長らくバディがいなかった。
 いや、最初はAD世紀からの倣いである『刑事は二人一組ツーマンセル』というバディシステムに則って、何度も相棒がついた。だが誰一人としてイヴェントストライカについていける者がいなかったのだ。皆、一週間と保たずに斃れていった……。

 勿論彼らも完全再生・復帰はした。現代医療は心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるレヴェルにある。けれどそんな有様を見てシドのバディに立候補するような、命まで張る博打好きも気合いの入ったマゾも現れなかった。当たり前だ。

 故にシドは単独で何年も耐えてきたのである。

 だが一年と数ヶ月前にやっと新しいバディを付けてやることができた。元々親友だったというその男と組めばイヴェントストライカも少しは大人しくなるだろうとの打算もあった。
 しかし現実は逆だった。二人して事件を持ち帰るようになったのだ。

 初回の案件でこそハイファス=ファサルートはジンクスに洩れず殆ど死体になった。だがそれでも復活したのち、へこたれずにシドのバディで在り続け、連日のように銃撃戦まで繰り広げてくる。うずたかく積み上がる始末書の半分はこの男が生産したのだ。

 これではイヴェントストライカが二人になったのと変わらない。

 大体、ハイファス=ファサルートという男は元々刑事ではない。女性と見紛うほどになよやかな外見にも関わらず、本業は軍人なのだ。所属はテラ連邦軍中央情報局第二部別室という、一般人には殆ど名称さえ知られていない部署である。

 テラ連邦軍中央情報局第二部別室、その存在を知る者は単に別室と呼ぶ。
 別室は、あまたのテラ系星系を統括するテラ連邦議会を裏から支える組織で、『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、目的を達するためならば喩え非合法イリーガルな手段であってもためらいなく執る、超法規的スパイの実働部隊であった。

 そんな所から出向してきた男をシドのバディにしたのは正解だったのか否か。
 何れにせよハイファス=ファサルートが軍人で別室エージェントという事実は軍機、軍事機密であり、ここで知るのは課長の自分とバディのシドだけである。

「あっ、シドってば、また『機捜課・警務課合コン』の出席にチェック入れてるっ!」
「お前の分もチェックしといたぞ。つーか、お前こそ何で回覧板なんか見てんだよ?」
「あああ、もう、僕というものがありながら、信じらんない!」
「人の話を聞け! それと銃を抜くな、俺の頭で西瓜割りをするつもりか!」

 けたたましい騒ぎにエドワード=ヴィンティスはいよいよ厭世的になった。左手首に嵌めたマルチコミュニケータのリモータを眺める。銃だって持っているのはこの二人だけだ。

 太陽系では私服司法警察員に通常時の銃所持を許可していない。こんな平和な地では、このリモータに搭載の麻痺スタンレーザーで充分なのだ。それすら課員は殆ど使わない。

 だがイヴェントストライカとそのバディが職務を遂行しようとするとスタン如きでは事足りないらしい。何故か銃をぶちかますことになる。必要性は捜査戦術コンも認めているのだ、仕方がない。

 それでも連日の如く一般人の前での発砲により警察官職務執行法違反での始末書A様式が積み上がってゆく。それをセントラルエリア統括本部長に報告する自分には特別傷病手当が欲しいくらいだ。胃は痛み、血圧がどんどん低下していく。

 多機能デスク上から茶色い薬瓶を取り上げ、ヴィンティス課長は赤い増血剤とクサい胃薬を掌にザラザラと盛りつけ、デカ部屋名物の通称泥水コーヒーで嚥下した。
 続く騒ぎに背を向け、ヴィンティス課長は窓外の超高層ビル群と、それらを串刺しにして繋ぐ通路のスカイチューブに切り取られ、分断された蒼穹を眺め始めた。
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