上 下
52 / 53

第52話

しおりを挟む
 すっかり窓外も暗くなった中、霧島と京哉は本部長と向かい合い、書類を検めていた。それを眺めながら一ノ瀬本部長は切々と説き続ける。

「宗田理研にSPを就けた以上、宗田が洩らしたという事実が議員サイドから遡って柏仁会に伝わるのも時間の問題だ。向こうは警戒しているだろう。組対と捜一に機動隊を出してガサ入れという体裁をとってもいいのだが、霧島くん、どうかね?」

「時間を食って国外に飛ばれては元も子もありません。それに警備部所属の機動隊から同じく備でサッチョウ上層部の手足ともいえる公安課ハムに事案が洩れるのも避けたいですから。鉄壁の保秘を誇るハムもこの場合は逆に危ないでしょう」
「ふむ。確かにこれまでの案件から鑑みて公安は要注意だが」

 事実、公安課は鉄壁の保秘を誇るため、初期の頃から暗殺肯定派・反対派問わずに手駒として利用してきたのを霧島も京哉も知っていた。

 お蔭で最初期の暗殺肯定派事件の際から通常命令系統を無視しサッチョウの『上』の直接指令を受けてハムは動いていたのだ。
 各都道府県警の本部長すら知らない中央からの命令でハムが動くのは普段からおかしいことではなく、故に今更疑っても仕方ないという思いを抱いているのは暗殺反対派の急先鋒だった本部長も同様だろう。

「我々は後ろから撃たれたくはありません。スタンドプレイで大金星が欲しい訳でもありませんが、私は私と鳴海が殺されかけた落とし前をつけに行きます」
「サツカンが落とし前かね。だがわたしはきみたち二人を消されたくないのだよ」
「では、折衷案です。私は私の部下をつれて行きます。それでどうでしょうか?」

 保秘やその他について考えたらしく、暫し一ノ瀬本部長は黙ってから答えた。

「いいだろう。管轄破りにならんよう捜一や組対、所轄には筋を通しておく」

 この業界で管轄破りは御法度なのだ。情報を横取りしただの職掌を侵しただので、掴み合いの喧嘩に発展することも珍しくはないのである。

「有難うございます。では、行ってまいりますので」

 本部長室を辞した二人は二階の機捜の詰め所に駆け込んだ。定時を過ぎて小田切は既に不在だったが、霧島は自らに何かがあった場合のことも考え、携帯でコールして帰宅途中の副隊長を呼び戻す。三十分ほどで戻れるという返答を得て通話を切った。

 次に機捜本部の指令台に就いていた機捜の長老・二班長の田上たがみ警部補に警邏中の覆面全車を市内郊外の柏仁会本家に向かわせるよう指示を出させる。幸い夕飯休憩で戻っていた人員が多く、遠出している覆面は少なかった。

「今度は隊長自らカチコミですかね。こりゃあ大変だ」

 さすがは長老で田上班長は驚きもせずに笑っている。隊員たちも相手が柏仁会会長と知って目を輝かせた。最近ずっと手を煩わされてきた柏仁会のトップの首を取る興奮だけでなく、久々に隊長と共に逮捕劇に参加できる嬉しさで大騒ぎとなる。

 そんな彼らは霧島が一ノ瀬本部長から預かった、本日付で発付された通常逮捕状と捜索差押許可状を読んだだけで裏事情については何も訊かない。もう自分たちの上司と京哉が『知る必要のないこと』に大きく関わっているのは承知しているからだ。

「機捜二、機捜六が既に柏仁会本家付近に着いて巡回中ですわ」

 田上班長の報告を受けて霧島が頷く。

「分かった。では田上班長と機捜八及び機捜九は、すまんがここで待機し他の案件発生時に対処して貰う。機捜三から機捜七までは私と鳴海の機捜一に続け。各自銃は持っているな? それでは行くぞ!」

 歓声を上げた男たちが詰め所からなだれ出て階段を降りた。裏口から出て霧島と京哉はメタリックグリーンの覆面に滑り込む。霧島の運転で大通りに出ると京哉が指令部に無線で許可を取って緊急音とパトライトを出した。週末の都市を数台の覆面が緊走する。

 緊走も柏仁会本家のある郊外に入ると通常走行に戻した。警戒させてもいいことはない。柏仁会本家付近を警邏しながら待機していた機捜二及び機捜六と合流する。

 そして先頭のメタリックグリーンの覆面は、柏仁会の本家前に横付けして停止した。

 霧島も内勤をサボって自ら警邏し何度か目にしてきた指定暴力団の本家は、今どき珍しい板塀で囲まれた日本家屋だ。板塀の上に瓦屋根が載り、あちこちに監視カメラとライトが煌々と眩しい。かなり分厚くて丈夫そうな板塀にはカチコミに備え鉄板でも挟んであるのだろう。車ごと入れる大きさの門扉はキッチリ閉まって人影もない。

 珍しく『MIU』、いわゆる【Mobile Investigative Unit】の略称が背にプリントされた機捜としての自己主張をしたジャンパーを着て降車した霧島と京哉に倣い、皆もジャンパー姿で覆面から降りた。
 今回は本部長お墨付きで執行隊が機捜のみ、遠慮なく自ら機捜と喧伝して構わない訳だ。

「で、どうするんですか?」
「こちらには令状フダもある。堂々と正面突破だ」

 霧島は二組四名を覆面ごと裏手に走らせておいて、総勢十名で門扉前に立つとチャイムを鳴らした。他の皆は門扉をドンドンと叩く。中では監視カメラ映像を見て何が起きたか把握している筈だ。だが裏からも逃げられない。

 まもなく大きな門扉の傍にある御用口が開いて丸坊主の巨漢が現れた。巨漢は霧島の顔をじっと見たのち「入れ」と顎で示す。霧島と京哉に皆が続き、広い日本庭園の中の飛び石となった小径を歩いた。誰も何も言わずとも隊長を護ろうと囲んでいる。

 この寒いのに庭のあちこちには張り番のチンピラたちが立っていた。こちらが何者か分かる筈だが癖なのか、一団を見てチンピラたちは一様にへそを見るようなお辞儀をする。

 三階建て日本家屋の玄関だけは警備上からか洋風だった。
 ドアを開けられて坊主頭の巨漢を相手に霧島が令状を読み上げ説明する。

「――以上、強要罪で通常逮捕状と捜索差押許可状が出ている。現在時の十九時四十分を以て執行する」
「十九時四十分、執行、執行だ!」

 その頃には丸坊主の巨漢以外にも手下たちが玄関口に鈴なりとなっていた。目を三角にしてテンパった彼らを押し分けるようにして十名の男たちは日本家屋に上がり込む。これも警備上からか、カーペットの敷かれた廊下は土足で入ってもいいらしい。
 そのまま十人は手下たちに揉まれながら、手前の部屋から順にルームクリアリング、いわゆる内部の安全点検をしてゆく。

 その間も隊長を護るべく隊員たちは霧島を囲んで目を配った。当然ながら霧島としては誰が撃たれるのも望まず、皆をあるべき場所に帰すのが至上命題と思っている。だがここで説いても部下たちが譲らないのも知っていて、敢えて黙っていた。

 やがて廊下が分かれ道となる。霧島は迷わず庭園が見渡せる方を選んだ。

 分かれ道から廊下沿いに五ヶ所目のふすまの前に六名ものダークスーツの男たちがたむろしていて、令状を盾に身体検査したが普段持っているだろう銃は出てこなかった。
 監視カメラでいち早く知った幹部から指示でも降りたのだと思われた。しかしプロの目つきをした彼らの護る者がこの部屋にある筈だった。隊員の一人と京哉でふすまを開ける。

「もう少しだけ待ってくれないかい、本日のブログだけ上げておきたいからね」

 暢気な声を投げてきたのは槙原省吾その人だった。ドレスシャツにカシミアらしいニットのベストを着て座椅子に座り、座卓に置いたノートパソコンに向かっている。

「悪いが既にフダは執行されている。待つ訳にはいかん」

 そう霧島が応えたが槙原は滑らかなタッチタイプの指を止めようとしない。

「融通が利かないな。わたしの再々逮捕の瞬間、それも噂の霧島警視が執行者というのだからね。過去最高の閲覧数になること請け合いだよ」
「ふざけるな、遊びではない。二十時五分、槙原省吾、強要の罪で貴様を逮捕する」

 そこでノートパソコンのエンターキィを押した槙原は初めて顔を上げ、唇の両端を吊り上げて笑ったかと思うと座卓で隠れていたベルトの腹からマカロフを抜き出す。

 咄嗟に霧島と京哉は互いを射線から押し出そうとしたが、槙原が銃口を向けたのは己のこめかみだった。トリガを引く寸前に霧島と京哉が同時に発砲。霧島は槙原の手首を撃ち抜き、京哉はトリガごと人差し指を吹き飛ばしている。手を押さえて槙原が呻いた。

 轟音で黒山の人だかりとなっていた手下たちの後ろから更に手下が駆けつけた。銃を手にした彼らが槙原の血を見て今度こそ霧島たちに銃口を向ける。だがそれが火を噴く前に機捜隊員たちはシグ・ザウエルP230JPを抜き撃っていた。次々と銃が弾け飛ぶ。

 そこで霧島の大喝が響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

MAESTRO-K!

RU
キャラ文芸
-- BL風味なのにロマンス皆無なグダグダコメディ -- ◯作品説明 登場人物は基本オトコのみ! 神楽坂でアナログレコードの中古買取販売をしている "MAESTRO神楽坂" は、赤レンガで作られたオンボロビルの一階にある。 五階はオーナーのペントハウス、途中階は賃貸アパート・メゾンマエストロ、ビルの名称は "キング・オブ・ロックンロール神楽坂" というトンデモハウスで展開する、グダグダのラブとラブじゃないコメディ。 ロマンスゼロ、価値観はかなり昭和、えげつない会話とグダグダの展開、ライトに読める一話完結です。 ◯あらすじ 多聞蓮太郎は、MAESTRO神楽坂の雇われ店長であり、オーナーの東雲柊一と "友達以上恋人未満" の付き合いをしている。 ある日、多聞が店番をしていると、そこに路地で迷子になった天宮北斗というイケメンがやってくる。 何気なく道を教えた多聞。 そのあと、多聞が柊一と昼食を取っていると、北斗が道を戻ってきた。 北斗に馴れ馴れしく話しかける柊一、困惑顔の北斗。 だが、よくよく確かめたら、柊一の知り合いが北斗にそっくりだったのだ。 おまけに北斗は、柊一の義弟である敬一の幼馴染でもあった。 一方その頃、メゾンの住人である小熊から、屋内で幽霊を見たとの話が出てきて…。 ◯この物語は ・登場する人物・団体・地名・名称は全てフィクションです。 ・複数のサイトに重複投稿されています。 ・扉絵などのイラストは、本人の許可を得てROKUさんの作品を使っています。   外部リンク:https://www.pixiv.net/users/15485895

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...