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第48話

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 夕食はテーブルにセッティングされた。高熱でも食えるため体力のある霧島は、とっくに点滴も外れ、自力で食事が摂れるようになっていた。だが己の躰に無頓着なので、また京哉がカーディガンを着せてやる。すぐに二人は着席して晩餐を頂いた。

 温野菜サラダに温かなロールパンと白甘鯛のポアレにビーフシチューという夕食はあっという間に二人の胃袋に収まる。デザートのフォンダンショコラの黄色い果実ソース添えをコーヒーと一緒に頂くと、二人揃って丁寧に手を合わせた。

 京哉が食後の煙草を吸っているうちに、また霧島が愚痴を垂れ始める。

「ヒマで堪らん。熱があるだけで元気なんだ、せめてマンションに帰ろう」
「貴方はウイルス保持者なんです。撒き散らして歩けない以上、マンションに帰っても同じでしょう。ここで不自由している訳じゃなし、貴方のそれは我が儘か天の邪鬼ですよ」

「天の邪鬼でも結構だ。マンションなら料理くらい作ってヒマが潰せるからな」
「僕がそんなことをさせるとでも思っているんですか? ほら、病人は寝る!」
「待て、それなら百歩譲って風呂くらい入らせろ」

 体力はあるのだ、仕方なく入浴許可を下す。二人きりになってから先に霧島をバスルームに入れ、京哉は妙な気を起こされないよう着衣のまま全身を洗ってやった。

 清潔なパジャマを着た霧島がベッドに入るのを見届けて京哉も風呂に入り、しっかりと温まると上がって普段着のチェックのシャツとジーンズを身に着ける。
 霧島のためにTVを点けてニュースに合わせ、自分はまたノートパソコンを起動した。煙草を吸いたいので今度はテーブルではなく、ベッドから離れたソファのロウテーブルでチャレンジだ。

 ネットを泳ぐうちに京哉は時間も忘れ果て、没頭していった。

 一方で霧島はベッドで横になりTVを見ながら苛立ちを募らせていた。
 自分が起きているのに京哉はひたすらパソコンに向かっている。会話するどころか声ひとつ掛けようとしない。この自分のことなど完全に頭にないらしく、のめり込んでしまっていた。つまり現在の京哉の世界に霧島は存在しないも同然だ。

 それだけではない。仕事中もありがちな現象だが、過度に集中しすぎて煙草の吸い過ぎにも気付いていない。間断なく咥えてチェーンスモーク状態、それがもう三時間以上だ。
 この分ではとっくに日付が変わったことも知らずにいるのだろう。

 ベッドで左側を開けて待っていた霧島は、無視されて傷ついたプライドから声を掛けるのをためらっていた。だが午前二時を過ぎると我慢できなくなり、京哉の健康を守るのもパートナーとしての務めだ、などと理由をこね上げて一度だけ声を掛けることにする。

「おい、お前は今が何時か……京哉、銃を持って伏せろ!」

 廊下に響き渡った音をインターフォンが拾い、それが銃の撃発音だと認識すると同時に霧島は叫びつつ、自分も枕元のシグ・ザウエルを手にしていた。
 ベッドを盾にするため窓側に滑り降りる。瞬時に京哉も銃を取り、霧島の許に飛び込んでいた。その時には既にドアが外れて倒れている。

 ロックしてあったドアの上下の蝶番を吹き飛ばされたのだ。

 立っていたのは男が三人だ。真ん中の一人がソードオフショットガンを持ち、残り二人はサブマシンガンを構えている。その片方が無言のまま一連射を披露した。
 タタタ……と状況に似合わない軽快な音を立て、遅くても毎分四百発、速ければ毎分千五百発の発射速度で壁に弾痕を穿つ。
 フランス窓にもヒビが入り、ガラスが高い音を立て砕け散った。

 一人が撃ち終える前にもう一人が撃ち始めた。ショットガンも吼えて丸テーブルの一部が四散する。バードショットと呼ばれる細かい散弾が無数に発射される、これも脅威だった。貫通力の弱い細かい散弾だが人体に当たればただの怪我では済まない。

 激しい火線に霧島と京哉は頭を出すこともできず、息を殺してチャンスを狙う。だが男たちはどれだけスペアマガジンを持っているのか、撃ち止める気配がない。
 そのうちにやっと男たちの誰かが声を張り上げた。

「いるのは分かってるぞ、出てこい! 今なら楽に死なせてやる!」

 要求が命となると霧島たちも折れる訳にはいかなくなる。ベッドより低く這ったまま、ひたすら火線が途切れるのを待った。京哉が霧島を見上げて囁き声で訊く。

「やっぱり柏仁会のお礼参りでしょうかね?」
「おそらくな。他に私は心当たりがない」
「こんな時に大嘘つかなくても。それより今枝さんや御前たちは無事でしょうか?」

「分からん、お前と私の保有する情報量は同じだからな……つっ! 危ないな」
「大丈夫ですか、貴方は座高が高いから気を付けて下さい」
「背が高いと素直に言えんのか? それにしてもハゲたらどうしてくれる!」

 ぼそぼそと口先だけで囁き合いつつ二人は機を待ち様子を窺っていたが、男たちは撃ちながら室内に踏み込んできた。だがまだある程度の間合いを取ったままで、飛びつき得物を奪うことも叶わない。しかしこの分では発見されるまであと僅かだろう。

「京哉、私が出るから援護してくれ」
「冗談言わないで下さい、貴方は死にたいんですか?」
「だがこのままでは二人ともられる。私は生存確率の高い選択をしたいだけだ」
「なら僕が出ますから、貴方が援護をして下さい」
「だめだ、出るなら私だ」

 答えは出ない。けれど今枝たちが通報していても、所轄の貝崎署が駆け付けるまで持たないのは分かりきっていた。後退する場所もなく二人してミンチにされるまであと何秒か。

 ――いや、退路は一ヶ所だけあった。

 思いついた霧島は迷うことを知らない。京哉に腕を巻きつけながら叫んだ。

「京哉、銃を捨てて掴まれ!」

 片腕で京哉をすくい上げ、その勢いで霧島は立ち上がる。もう片手で狙いも定まらぬまま乱射した。反撃ともいえない牽制の速射で一瞬だけ敵の銃撃が途絶える。
 その隙に霧島は銃を手放し、両腕でしっかりと京哉を胸に抱き込んだ。室内に濃く立ち込めた白い硝煙を隠蔽にし、まともに敵に背を向けるといきなり駆け出す。

 そして次には枠ごと吹き飛んだフランス窓を思い切り蹴って外に身を投げ出していた。
 二人は固く抱き合ったまま、断崖絶壁を墜ちていった。
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