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第16話

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 マンションまではゆっくり歩いて五分ほどだ。途中のコンビニで夜食と京哉の煙草を買い求める。コンビニの明るさと品揃えにオルファスは手を叩かんばかりに喜び、エイダに命じてカネを出させ自分も夜食を買い漁った。

「身も心も豊かになるような店だった。この汁に沈んだ卵も旨そうだ」
「おでんの汁を零すな。それに騒ぐな、近所迷惑になる」

 五階建てマンションのエントランスのオートロックを開錠しエレベーターで最上階に上がる。角部屋五〇一号室が二人の住処だ。ドアロックを解いて明かりを点ける。
 上がった所がダイニングキッチンで続き間のリビングがあり、廊下を挟んで寝室と手前に洗面所とバス・トイレというシンプルな造りだ。

 まずは霧島がリビングのエアコンを入れる。

 住人が許可を出すとオルファスはテーブルに夜食を置き早速室内探検だ。その間に京哉は手を洗い、うがいをしてからキッチンの電気ポットを洗い、浄水器を通した水を張って湯を沸かし始める。そのあと換気扇の下で煙草を吸いつつオルファスを目で追った。

 室内は調度が黒で統一され、床のオークと壁の白、ラグなどがブルー系の四色で構成され結構スタイリッシュだ。だがじつは調度の殆どが部屋の備品で元々一人で住んでいた霧島が選ぶのを面倒臭がり同じ色の物ばかり買ったというのが真相だった。

 そんな部屋をぐるりと見て回り戻ってきたオルファスが感じ入ったように言った。

「この狭さが落ち着くな。して、サロンや他の寝室は何処にあるのだ?」

 ますますムッとした二人だったが、堪忍袋の緒が丈夫な京哉がゆっくりと説明する。

「これが我が家の全容です。日本で二人が暮らすならこれで充分なんですよ。もし泊まりたいなら一人はリビングの二人掛けソファ、一人は床で寝ることになりますね」
「なるほど、これは失礼をした。許せ」

「それは構いませんが、分かったなら夜食を食べて保養所に戻りましょう」
「いや、俺は床で寝るという体験もしてみたい」
「オルファスさま、わたくしが床で眠ります故、貴方様はせめてソファに!」

「エイダよ、我が国でも土の上で眠っている者たちがいると聞いている。俺は僅かなりともそういった者たちの背の痛みを知るべきなのだ。ここは俺が床で眠ろう」
「本気ですか?」

 訊いたが深く追求せず夜食タイムにした。霧島と京哉はコンビニでの食料調達時に定番となっている京哉の好きな赤いウインナー入りの海苔弁当を食す。オルファスはおでんとミニ天丼に魚肉ソーセージ、エイダはサンドウィッチとカップのコーンスープだ。

 食べてしまうと京哉がマグカップ四つにインスタントコーヒーを淹れて配給し、自分は飲みつつまた換気扇の下で煙草を吸う。あとの三人はリビングでTVを眺めてコーヒーを啜った。霧島とオルファスが二人掛けソファに座りエイダはラグの上に正座している。

 だが和んでいたその時、ふいに霧島の前髪が「チュイン!」という音と共になびいた。同時にガラスの砕ける大音響を聞いている。
 咄嗟に京哉が振り向いた時には霧島はオルファスの頭を押さえつけ、引き倒して床に這わせていた。

「忍さん、怪我は!?」
「ない! それより明かりを消せ!」

 弾かれたように動いた京哉はリモコンでLEDライトのスイッチをオフ。だが一度狙いをつけた敵は割れ落ちたリビングの掃き出し窓に向け、次々と銃弾を撃ち込んできた。

「援護しますから後退して下さい、忍さん!」
「いいから京哉、お前はくるな!」

 言われたが京哉は霧島たちの許に辿り着いている。ベランダには高さ一メートルくらいの塀があった。それより身を低くしながら京哉は銃を手にする。ブラインドを引き裂き、ぐしゃぐしゃにして敵はまだこちらに銃弾をプレゼントしてくれていた。

「京哉、何処だ?」
「拳銃弾だから、たぶんすぐ近く、裏手の七階建てマンションの部屋です!」

 壁にめり込んだ弾丸を見てそう返したが、拳銃弾だからといって敵の得物がハンドガンとは限らない。これだけの連射だ、おそらく九ミリパラか四十五口径弾を使用するサブマシンガンと思われた。するとハンドガンより余程有効射程が長く約二百メートルほども飛ぶが、京哉の勘では敵は百メートルと離れていない。

「キッチンに退避しろ!」

 オルファスとエイダがしゃがんだままキッチンに向かい出した。明かりは消したが開けて貰った窓からの星明りでモノの在処などは分かる。敵は暗視スコープを装備している可能性もあり、もっと良く見えているかも知れない。精密照準で撃ち込まれたらアウトだ。
 精確な敵の居場所を確かめるため、霧島と京哉はそっと素通しになった窓から覗く。

 すると京哉の勘が的中し、七十メートルほど離れた裏手の七階建てマンションの屋上から銃口が吐く燃焼炎のマズルフラッシュが閃いていた。京哉が初弾を放つ。有効射程内ではないため、牽制の意味で三射を叩き込んだ。

「今のうちに忍さんも退避を!」
「お前の退避が先だ!」

 もう霧島も銃を手にして撃ち出している。だが譲り合っていても仕方がない。二人一緒に匍匐で退避し始めた。高台の敵が放った銃弾はもう一枚の掃き出し窓も粉砕し、跳弾が二人掛けソファから緩衝材を弾け出させる。
 ロウテーブルのガラス面まで叩き割られ、壁に幾重にも弾痕が穿たれた。明かりも落として暗い中、建材の白い埃がもうもうと舞う。

 オルファスたちに続いて二人もキッチンに辿り着いたが、続き間のリビングを隔てる引き戸を閉めるも、その引き戸を貫通して銃弾は飛来した。それなりに造りのいいマンションだが、まさか弾丸に対する防護性能までは考慮されていない。

「外に出るしかないな。私が車を持ってくる」
「それなら僕が出ます。忍さんはオルファスたちをお願いします」
「だめだ、車は私だ。お前たちは玄関で待機しろ」

 窓から見通せない玄関に三人を待たせ、言い置いて霧島は部屋から出た。外で待ち伏せされていたら独りで戦うハメになる。だがいつまでも籠城している訳にもいかない。
 こういった場合のセオリーでエレベーターは使わず霧島は階段を駆け下りた。エントランスで外を窺い、直感に従って敵影なしと判断すると飛び出して月極駐車場まで走った。

 辿り着くと急いで黒塗りを点検する。車底まで覗いてから運転席に乗り込みエンジンを掛けてマンションのふもとまで走らせ停めた。
 携帯で合図して京哉たちを呼び寄せるのが最善だと知りつつも、単独の京哉に二人も預けた心配から車を降り、再びマンションに戻って階段を駆け上る。五〇一号室のドアを開ける前に大声で合図した。

「私だ、開けるぞ!」

 京哉たちは何とか無傷で持ちこたえていた。けれどエイダが腰を抜かして動けない状態だ。だからといって銃を持つ霧島が背負う訳にはいかない。京哉をガードに就けオルファスにエイダを背負わせて玄関から押し出した。

「忍さんも早く!」

 こうなったらマンションの表側にまで敵の手が回る前に、防弾の黒塗りに乗り込むしかない。先に京哉たちを行かせ、こちらに引き付けるために霧島は敵に対して三連射を放つ。そうして身を翻し、ドアを閉めようとして隙間から眩い光が溢れ出すのを目にした。

 途端にドアをも吹き飛ばすような圧力と熱が襲い掛かり、RPGと呼ばれる歩兵用対戦車ロケット砲弾の爆風に頭を強打された霧島は気を失った。
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