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第27話

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 狭くても一緒に寝るというハイファを宥めて隣の部屋に帰し、独りベッドに横になったのは深夜一時近かった。
 それでも外はまだやっと陽が傾きだした昼の日なので、窓の遮光ブラインドをきっちり下ろしてシドは寝ていた。

 オートドアが音もなく開いたとき、シドは既に人の気配を感じ取ってはいた。
 だが眠りに就いてから浅いレム睡眠を経て、急激に深くなったノンレム睡眠の真っ最中、すぐさま躰を動かすのは困難だった。

 どうせ入ってきたのが誰だかは分かっているのだ。
 シングルベッドはあくまでシングルだと再々度言い聞かせた通り、場所を空けることなく眠り続ける。それなのに諦め悪くも近づく人の気配はもうすぐそこまできて手を伸ばし、シドの髪をそっと優しく撫で梳いた。

「んだよ、ハイファ。戻って寝ろよ――」

 我ながら舌足らずな情けない声しか出なかった。しかし直後に口を柔らかいもので塞がれる。身構えるヒマもなかったそれに呼吸を乱されシドは呻きを洩らした。

「んっ……っく……ハイファ、こら」

 再びの口づけで歯列を割られる。差し入れられ絡め取られた舌は吸われ、同時に寝間着代わりのスウェットのズボンの下、それも下着の中を直接まさぐられた。

「う……ん、んっ、ハイファ……っ!」

 シドは暗闇の中で跳ね起きる。ハイファは吸わない煙草の匂いがしたのだ。自分が吸っている銘柄とも違う。暗闇の中、全く心当たりのない相手に混乱した。

「くっ……誰だよテメェは!」

 咄嗟に思ったのはギルドの襲撃だった。だがサイキ持ちが何故に下着の中をまさぐっているのか。まずはタラしてみよう……などと只人の自分たちの如く遠回りすぎる手段を取る意味が分からない。

 とにかく跳ね起きたつもりだったが己のもの、それも寝起きの生理現象真っ最中のものを掴まれたままである。激しく動くことは叶わない。
 普通の状態でも痛いが今は特に敏感で刺激は避けたかった。それでも知らない奴に掴まれたくはない処であり、身を捩りつつ誰何すいかするも、相手は無言でシドの上衣の中にも手を入れ、愛撫めいた刺激を与えてくる。

「チクショウ……やめ……何やって、いや、誰だって訊いてんだよ!」

 まさぐる手と払いのける手の攻防を繰り広げながらシドはやっと思い至り、同期させたリモータで天井のライトパネルを灯す。そして唖然とした。

 にこやかかつ爽やかに笑うその人物は――。

「おはよう、ワカミヤ二尉」
「って、所長……」

 まるでそこにはありえない物体、オーパーツを発見してしまったかのように呆気にとられたシドに対し、オリビン=グロッシュラー所長は、昼間と何ら変わらぬロマンスグレイの容貌と制服姿で、両手はまだシドの下半身をまさぐり愛撫を続けていた。

「えっ、あっ、や……やめて下さいっ!」
「まだ結婚前なんだろう、いいじゃないか。一夜の夢をみても」
「ンなナイトメアは要りませんってば、マジで!」
「キミはファサルート二尉以外の男を知らないだろう? 経験は人生を豊かにする」
「そんな豊かさなら俺はタンブルウィード転がる荒野で結構ですっ! 大体、『ゆっくり休め』って……っん、く、言ったじゃないですかっ!」
「ことのあとの方が、より休んだ気になれるだろう?」
「あっ……ちょっ、その手は……『では、明日』とも言いませんでしたっけ!?」
「もう日付は変わっている……ほら、もうここが――」
「それは生理的反応ですからっ! うっ、あ……やめろって、マジかよっ!」

 さすがは噂の恋の強奪ジプシーキング・オリビン=グロッシュラー。

 昼間の紳士然とした表情を崩さぬままにその手管は大したもので、シドも触れなば落ちんところまで……行くワケがなかった。
 元々が男なんぞ目に入らない女性大好きストレートど真ん中のシドである。ハイファと現在のような仲に辿り着くまでは七年ものすったもんだがあってのことなのだ。

 ここにきて他人の、それも男に転ぶ筈もない。

「ほら、恐れずに素直になりたまえ」
「うっ……冗談で済むうちにやめ……っく」

 だがシドの頭の中には相手は『警視監』相当職という意識がまだあった。明日からも続く任務&付き合わねばならない上司である。できれば全てをジョークにしてしまいたかったのだ。

 しかし引き剥がそうと苦闘するも握り扱き続ける手は瞬間接着剤でくっつけたかの如く張り付いて取れない。部分が部分だけに無理無体なマネは怖くて出来ない。
 更に心は動揺し、どうしていいのか全くさっぱり分からないのだった。

 そもそも狙われるのはハイファで自分は護る側だと勝手に思い込んでいた。まさかこんなハメに陥るとは想定外もいいところだったのだ。

「冗談とは哀しいことを。私はひと目でキミが忘れられなくなったというのに」
「そういう覚えのめでたさなんか、くっ……欠片も欲しくありませんてば!」
「中央派遣のキミはいつ去るとも知れない異邦人だからね。普段はもっとソフトにアタックするんだが……この気持ちをどうしても伝えたくてきてしまった」

 言いながらもシドのものを握っている右手は緩急をつけて扱き続け、空いた手は慣れた動きで下衣を引き降ろし、象牙色の肌を剥き出している。
 そして指がシドの更なる敏感な処に触れようと緩やかに這い出した。

 途端に寒気がシドを襲う。
 探ってくる指への嫌悪感で血の気が引いた。

「うわっ、くそう、この変態野郎!」
「言ってくれるね。……そうか、キミはこっちは初めてなのか」
「初めても最後もねぇよっ! うっ……ホントにやめ……吐きそ――」
「おいおい、大丈夫かい?」
「上に乗っかりながら言うか、フツー!?」
「そのポーカーフェイスが崩れて暴れるさまもセクシーだよ、ワカミヤ二尉」

 全身の毛穴が収縮していた。鳥肌、身の毛もよだつとはこのことだ。
 とうに探り当てられていた処に指が僅かに侵入する。

「わああっ、やめ……ろ、って……うっく」
「大人しくしたまえ、暴れると傷つけてしまうよ」
「なら、マジでやめろって!」
「そう言わずに。初めてなら優しくしよう、約束するよ」
「ふざ、けんな……何が約束、チクショウ!」

 脚をばたつかせようにも膝を割られ、間に座られた形で大腿部同士を重ね合わせて締め付けられ、絶妙に力をかけられて縛められたも同然だった。
 相当手慣れている。

 自由になる手は殴りつけようとするのだが、大パニックに陥ったシドは無闇に腕を振り回すことしかできなかった。その腕も制服の胸に軽く当たるのみ、あとは逸らされ躱される。これは敵ながら只者ではないと認めなければなるまい。

 勿論、幾ら刑事で普段から体術には自信があるとはいえ、この状況下でそれを発揮できないのは仕方がないと云えるだろう。だがそれ想像以上に相手は非常に敏捷で、ボクシングか何かの格闘系スポーツを会得しているようだった。

 その間にも前は擦り上げられ、後ろは徐々に深さを増してゆく指という不協和音はシドに冷や汗を流させる。酷い気分の悪さが眩暈までもたらした。

「うぅ……頼、む……やめて……くれよ、あうっ!」

 とうとうハイファにも許したことのない感触に全身が拒否して跳ねた。

 ――もう、限界だった。

 何も考えられない状態になって、初めてまともに躰は動いた。

 思い切り膝を曲げ引きつけた勢いで上半身を起こすと、自分のものを握っている手首を左手で取る。己にも激しい痛みが走ったがそれに歯を食い縛って耐え、相手の力をも利用する逮捕術の要領で逆手に捻り上げた。

 相手が喉の奥で「ぐっ」と痛みを押し殺す声を上げる。逆らって動けば肩が外れるギリギリまで関節技を極め、その瞬間に躰を傾がせるとベッドサイドのキャビネットの上から巨大レールガンを引っ掴み、自分の大腿部に跨る男に突き付けた。

 それでも相手は脅しだとでも思ったか余裕を見せつけるように笑う。

「言っただろう、撃つときは地下の射場か宝石強盗が――」

 そこでシドは「ガシュッ!」と、皆まで言わせず発砲。

 超至近距離で発射したフレシェット弾、その極細の針状通電弾体は有効射程五百メートルを誇るマックスパワーで放たれていた。
 なけなしの理性で大きく外した筈だが桁違いの衝撃波がオリビン所長の髪の一部をチリのように吹き飛ばし、背後の壁に轟音を立てて着弾。

 剛性コンクリートの壁材が粉微塵になり、直径五十センチほどの大穴を穿った。

 そのためらいのなさに唖然としたオリビン所長は固まる。けれどパニくったままのシドは次弾を放った。今度もオリビンの反対側の髪と壁が粉と化す。
 銃口をオリビンの顎の下に捩じ込んだシドはやっとまともな言葉を押し出した。

「忘れますから、忘れて貰えますかね?」
「――いいだろう。『今夜のことは』なかったことにしよう」

(そのアクセントは何だよ~っ!?)

 おののくシドを前にオリビン=グロッシュラーはベッドから降りると身なりを整えて、それでも含みのある目つきでシドを舐めるように見てから出て行った。まだ笑んでいるとは大した余裕だった。

 壁の破損部中心の穴からシドは廊下を覗く。向かいの壁も少々破損していた。それでも誰も起き出してこないここの完全防音設備は優れものだ、などと妙なことに感心しているシドは未だパニックを引きずっている。

 ふらりとベッドに戻ると腰掛けると、まずは大事な己のモノの無事をそっと確かめた。異状なしを確認すると、枕とレールガンとを手にしてヨロヨロと廊下に出る。

 怖気を震うようなあの指の感触を忘れさせてくれる唯一の場所、そこに一刻も早く辿り着かんと隣の一七五号室のロックを解いた。
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