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第9話

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 翌日、シドとハイファが訪れた宝石展は結構な客の入りだった。

 そういった催しやスポーツ観戦専用らしいドーム状の建築物はたったの三階建てだったが、外側から見るとかなり大きく直径は三百メートルほどもあるだろうか。それが市街地の端にくっつくようにして建っていた。

 市街地をぐるりと囲んだ緑は濃く、森の中に膨らんだ巨大ドームはAD世紀の怪獣映画に出てくるカメの甲羅のように見える。

 宝石展に協賛しているフローライトホテルから直通のBELのシャトル便が毎時出ていたので、それを利用して二人はやってきた。

 BEL駐機場の隣の駐車場にはびっしりのコイルだ。

 コイルは現代で最もポピュラーな移動手段で、AD世紀の自動車のようなものだ。形も似ているがタイヤはなく、小型反重力装置を備えて僅かに地から浮いて走る。
 座標指定してオートで走らせるのが普通で、目的地に着き接地する際に、車底から大型サスペンションスプリングが出るのでコイルと呼ばれるようになったらしい。

 色とりどりのコイル群を眺めつつドーム入り口に辿り着くと、グレイの制服を着たガードマンらが複数、手を後ろで組んで立っていた。扱っているものがものだけに警備は厳重のようだ。他にもこちらはたぶん同業者、惑星警察の私服も張っている。

 何処も平和だと『何でも屋』になるんだな、などとシドは自分の在籍する機動捜査課を思い浮かべた。自分が持ち込む事件以外は閑古鳥、ヒマで結構なのだがその分、張り込みの交代要員など、他課の下請けみたいなことばかりやっているのだ。

「チケット、こっちだよ」

 ハイファの声で我に返り、ピンクの制服を着た女性係員の掲げるチェックパネルにリモータを翳した。クレジットと引き替えにチケットが流され、さて入場かと思いきや、けたたましいブザーが鳴る。X‐RAYサーチで銃が引っ掛かったのだ。

 わらわらと寄ってきたガードマンと私服警察官たちに、身分証と武器所持許可証をリモータの小電力バラージ発振で送る。それでも胡散臭そうな目つきをしていた私服のサツカンたちだったが、結局は五分ほどで釈放パイされて入場が許可された。

「ねえ、僕らも刑事のときって、あんな顔してるのかなあ?」
「かもな。疑うのが仕事、仕方ねぇさ」

 ドーム内に入ると中は薄暗かった。

 順路は円の外側からぐるぐると中心に向かって渦巻いていく形だ。
 壁際に一定間隔で黒い台座があり、そこに加工前の鉱物や研磨済みのルース・宝飾品などが一点ずつ透明樹脂の円筒カバーを掛けられて鎮座している。
 それらをライトアップするための暗さだった。

 台座にはそれぞれの解説がプレートに書かれて貼り付けられており、センサに触れると音声でも情報が流れ出す仕組みになっている。
 ものによっては円筒カバーに穴が開いていて、原石などに直接触れることもできた。

 それらをかなりゆっくり見学しないとすぐに前に追い付いてしまう。見える範囲だけでも人が五、六十人はいるのだ。

 だが宝飾品なんかには縁も興味もなかったものの、それなりに名前は知っていた宝石の原石を見るのはシドも初めてで、ハイファと二人いつしか子供のように熱中していた。

「これ、人の手で細工したんだって。すごいね」

 と、細かなレース状に編まれた、華奢な銀色のティアラをハイファが指す。

「お前なら似合いそうだよな、この嵌った石と目の色が似てて。一応、王族だしさ」

 ハイファはテラ連邦軍中央情報局第二部別室員でありながら惑星警察刑事として出向中で、更にテラでも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション会長の御曹司にして名ばかりとはいえFC代表取締役専務、おまけに今は亡き生みの母はレアメタルで潤うセフェロ星系の次期王となる筈だった長姉という、何とも忙しい男なのだ。

「ふうん、この石はペリドットっていうのか。でもお前の目の方が綺麗だよな」
「七分署の機捜課ではバレバレなのに未だに公に僕との関係を認めてくれようとしない照れ屋なクセして、そういうタラシな科白はあっさり吐くよね」
「タダだからな」
「これだもん。あーあ、悔しいけど、やっぱり諦めの悪い刑事なんかに惚れた僕の負けなのかな。あ、これって昨日の自殺屋サンが言ってたやつじゃない?」
「白色コランダムか」

 一定距離ごとに立っているガードマンの傍で二人は歪な三角形を二つ底でくっつけたような石を眺める。とてもではないがこれがご婦人方を飾るようには見えない。

「でも加熱とか、その他の加工をするとお宝に化ける訳だね」
「なるほど。こいつの流通量が激減したってことだよな?」
「知らないよ。その話はもういいじゃない」
「言いだしたのはお前だろ。……っと、この先がゴールか」
「メインのラクリモライトだね。でもすんごい人なんですけど」

 ぐるぐる反時計回りに回ってきて、ようやく中央に辿り着いたらしかった。なるほど、やたらと人間が多く制服の女性が場内整理している。ここは並ぶ他ないようだ。
 そのために広く取ってある台座前で客を十名くらいに分けて数分ずつ見学させるらしい。それにしても、もの凄い数の人また人だった。

 心なしか酸素まで薄く感じる人混みで、体感温度は確実に五度は高い。

「こんなに混んでるとは思わなかったよ」
「見終えた順に出口に直行か。何だったら帰るか? TVの方が良く見えるぜ」
「でも、もうすぐだよ。この列から抜けるより素直に並んでた方が楽じゃない?」

 ハイファが言う通り、ここから抜け出るのはいかにも難儀そうだった。あとからあとから人が詰まってきている。結局、最後まで並んで百億クレジットを目前にした。
 ここはさすがに特別、台座の周囲にはロープが張られ、いかめしい顔つきのガードマンが台座を囲んで四人も立っている。

 だが汎銀河中の女性を魅了するというのはダテではなく、シドとハイファも台座にしっかりネジ止めされた円筒カバー越しに実物を前にすると、思わず溜息が洩れた。

「うわあ、なんか、女の人じゃなくても欲しくなる気持ち、分からなくもないよね」
「二次元に見えるくらい透明なのに、ちゃんと色がついてるんだな」
「虹色の万華鏡みたい……ずっと見てると酔いそうかも」
「分かるな、それ。これだけデカいとガラスっぽいかと思ったら全然別モン――」

 そのときだった、ドーム内の照明が一斉に音もなく消えたのは。
 コンマ数秒遅れて台座を照らしていたライトアップも消える。

 人々の悲鳴にも似たどよめきの中、ハイファは反射的にリモータのバックライト機能を最大レンジにして台座方向を照らす。二人の目に閃くように映ったのは台座を挟んで向こう側、暗幕を背にしてラクリモライトをわし掴んだ手と銀髪。

 直後、ガードマンのフラッシュライトが灯され同時にドームの照明が甦るも、そこには円筒カバーが倒れ、空になった台座があるのみだった。

 今度こそ本当にご婦人方の悲鳴が上がる。

「ちょ、シドっ!」
「ああ、見たぜ! サイキ持ち、テレポーターだ!」
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