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第8話

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「どうも、お世話をかけたようで……」
「いいえ。却って邪魔しちゃったみたいで、すみませんでしたねえ」

(――前言撤回、やっぱり変わってねぇな、こいつ)

 そう思ってシドは、自殺男の応対をしているハイファの笑顔を眺めた。

 夜も早い時間、夕食直後に礼に訪れた男は今は栗色の長髪を縛っていて、ちゃんと男に見える。テラ標準歴なら三十代後半くらいの、細身ではあるがしっかりオッサンだった。

「じつはですね――」

 陰鬱な顔つきで話し始めた男の言葉を、シドとハイファは愛想よく遮る。

「いや、もういいですから。お気になさらず」
「そうです、何ならこのあとリトライしても今度は止めませんから、元気出して」

 聞きたくなんかない事情、話したくて仕方ない事情。

「私の会社はギウダを扱っていましてね――」
「あー、そうですか。そろそろご家族が心配されているんじゃありませんかね」
「加熱したり放射線を当てて処理したりするとブルーを代表するサファイアになる石で、白っぽいコランダム結晶のことなんですが――」
「石ですかそうですか、今度は大きなのを抱いて飛び込んだらどうかなあ?」
「それが急に業者という業者が『材料が入らない』という経営破綻状態で――」
「月も雲に隠れてリトライするなら今ですよ~、聞こえてますか~、もしもーし?」
「従業員に払う給料どころか、明日の生活さえ――」

 シドとハイファは揃って溜息をついた。結局面倒臭いのは同じなのだから、さっさと話を聞いてしまえということだった。諦めたシドが怠い口調で訊いてやる。

「で、その『ギウダ』って何ですって?」

 それは宝石鉱山が多く産業の基幹になっている星ならではの話だった。

 ギウダとはルビーやサファイアと同じ鉱物、コランダムの結晶である。それ自体はタダの石と変わらないが、人が手を入れることで宝石クラスの価値を持つのだ。

 具体的には千七百℃くらいで八時間ばかり熱したり、ある種の放射線を一定時間照射処理したり、更に薬品で浸炭処理するといった組み合わせで美しいブルーサファイアやピンクサファイアができるのだ。
 その輝きは天然サファイアに比しても遜色なく現代では一応の区別はされているとはいえ、かなりな高額で取引されるという。

 工業的にもコランダム結晶の生成はなされているが、それはあくまで工業利用であり、宝飾品としての天然ギウダには汎銀河のご婦人方の憧れを誘い、その身を飾る価値がまだまだ認められているらしい。

 そのギウダの流通量がこのパライバ星系第三惑星アジュル・第四惑星スピネル共に激減したというのが自殺男・ジャスパー=トリフェーンの訴えだった。

(ほらね、やっぱり――)
(――聞いても仕方なかったな)
(じゃあホテルの庭石でも抱かせて……)
(やめとけって、庭石だってタダじゃねぇぞ)

 そんな思いを隠しもせず、肩を落とす男を、並んで座る二人はアルカイックスマイルで見つめる。全く以て二人にはどうしようもないのだ。

「いきなりです。業者が掌を返したように、それも年間取引量の契約を反故にして違約金まで払って。それが三ヶ月前でした。違約金は従業員の給料で右から左に……」
「へえ。よっぽどカネ離れのいい取引相手を見つけたんですね」
「そう、なんでしょうか? 本当にギウダが減った訳ではなくて?」
「ええ、知りませんけれど」

 適当なことを言いつつシドは頭を抱えたジャスパーのコーヒーカップに、仕方なくおかわりを飲料ディスペンサーから注ぐ。このパターンで酒は御法度だ。朝まで付き合うハメになる。ハイファも分かっているので甘いアイスティーなんぞ舐めていた。

「長年の信頼も何もあったもんじゃありませんよ」
「ふうん、お気の毒ですねえ。でもそれ飛び込む前に言ってくれてれば、ううん、その顔を先に見せてさえくれてれば、今頃は悩む必要もなかったんですけどねえ」
「取り敢えず俺たちはご愁傷様としか言えない旅行者なもんで。相当お疲れでしょうし、今日のところはご自宅に帰られてはいかがですか?」
「そう、ご自宅か海に還るか」

 もうやめろと、シドがハイファを肘でつつく。

 自殺男・ジャスパー=トリフェーンは淹れたばかり、まだかなり熱い筈のコーヒーをぐいっと一気飲みしてカップを置くと、ふらりと立ち上がった。赤茶色の瞳はどんより濁ったまま、言葉にも力なく、もごもごといとまを告げる。

「どうもありがとうございました。今日のところはこれで失礼します」
「明日と明後日のところもコレで。サヨウナラ、今度はもっと計画的にね~っ!」

 やっぱり根っこの鬼畜な部分は変わっていなかったハイファがスイートルームから男を追い出すと、ドアを閉め鍵もかけて振り返るとシドを睨んだ。

「ったく、もう! 部屋に入れた貴方が悪いんだからね!」
「フロントまで来てた奴を、どうやって追い返せってんだ?」
「来る者拒まずの度量の深さは認めるけど、時と場合に寄りけりだよ」
「分かった、分かった。もう終わったんだからいいだろ」

 適当に流そうとしたシドにハイファはネチこくも言い募った。

「そういえば、アレが男って分かったときもシドってすごくガッカリしてたよね?」
「まだ言うつもりかよ。それにガッカリしてたのはお前もだろうが」
「僕のは単にフェミニズムが取らせた自身の行動の裏付けが粉砕された『ガッカリ』ですから。シドは目つきが違ったもんね」
「別に俺もそんな、やましいことはだな……」
「いとロマンティックに身を投げる美女、助け上げたときには濡れた白ブラウスが柔肌に張り付き透けて青ざめつつもなだらかなラインを描き出し――」
「お、お前な。何処の三文エロ小説みたいなこと言ってんだよ」

 カップを持ち上げ啜ろうとして空なのに気付き、シドはガチャンと音を立てた。

「へえ、動揺してる。妄想大爆発なのは貴方の方みたいだね」

 頬杖をついてソファの向かいに座るハイファは、醒めた目でシドを眺める。

「だっ、だってだな、俺だって男だぞ? ずっとストレート性癖の健康な成人男子としてでモノゴト見て生きてきたんだから、仕方ねぇだろっ!」
「あ、開き直った。これだから男は……」
「お前も男で、おまけに任務じゃ女も抱いてただろうが!」
「そりゃあそうだけど、そこまで下半身でモノゴト考えてないですよーだ」
「ふん。あれだけ欲しがっといて、か?」
「何のことでしたっけ?」
「じゃあ思い出させてやろうじゃねぇか、二度と忘れられねぇくらいにな」

 シドは綺麗にベッドメイクされ名残のない寝室へハイファの腕を掴んで連行した。
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