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第2話

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 パライバ星系第三惑星アジュルでも、自分たちが投宿したフローライトホテルがあるこの地は現在、初夏だった。
 本格的なシーズン前なのでこの部屋が取れたのだが、しがない官品二人は見栄を張った訳でもない。平刑事ながら意外にもシドは財産家なのだ。

 少々前に例の如く別室命令が降ってきて、否応なく巻き込まれたシドはハイファにくっついて他星系まで遠征。そこで買い物をした際にオマケで抽選券を貰ったのだがハズレ賞のテラ連邦直轄銀行発行宝クジ三枚だった。
 だが帰星してからその三枚が一等及び前後賞大当たりと知れ、瞬時に途轍もない預金者になってしまったのである。

 さすがはイヴェントストライカだった。

 アブク銭というにはとんでもない額で、シドもハイファも可能な限り普通の生活を望むのみで金遣いが派手な訳ではなかったが、趣味のプラモだのジャケットの替えだのを購入しても埒が明かない桁の大金だ。取り敢えずにわか成金の作法としてシドが旅行を提案したらハイファも大賛成したのである。

 前回の任務が結構ハイファにとってハードだったので労おうと思っただけだったのだが、賛成しただけでなくハイファはシドとの初プライヴェート旅行に異様に気合いを入れ、『プランは任せて』と張り切るので丸投げしていたら、平デカには落ち着かないほどの豪華な旅行に化けていたのである。

 シドには何も文句はなく苦笑したのみだったが、海というチョイスはなかなかだ。

「うわあ、すごい、広ーい! ねえ、こっちの窓から海も見えるよ」
「でも、やっぱり何か、却って落ち着かない気がしねぇか?」

 荷ほどきを終えるなりシドは煙草を咥え、オイルライターで火を点ける。

 部屋の内装は柔らかなサーモンピンクとブラウンだ。天井にはシャンデリア、床は毛足の長い絨毯。革張りソファセットと飲料ディスペンサーにワインクーラー。窓際の猫足テーブルと椅子。テーブルにはウェルカムフルーツと保冷布が巻かれたシャンパンが置かれていた。

 シドはカラカラとふすまを開けたら畳の部屋で良かったのにと思う。

 自分と違い汎銀河でも有名な大会社ファサルートコーポレーション・通称FCの跡継ぎとして育てられたハイファには何でもない事なのかも知れないが。
 それも結局は蹴飛ばして入隊し現在は惑星警察に出向中だが、一応は名ばかりながらFC本社代表取締役専務などという肩書も持っているハイファである。

 お陰で目が肥えているのかとも考えた。

 ぼんやりと考えつつ咥え煙草でクリスタルの灰皿を手にしたシドは次の間のベッドルームを覗くと、こちらは白を基調にして調度はウッディ、勿論バスルームも広く洗面所にトイレ、ダートレス――オートクリーニングマシン――も完備で申し分ない。

「ねえ、何だかハネムーンみたいだね」

 吸い込みかけた煙でシドはブホッとむせた。振り返ってノーブルな横顔を見る。

「何だ、ハイファお前、結婚したいのかよ?」
「同性だって異星人とだって結婚できるんだよ?」
「でも結婚したらどちらかは機動捜査課にいられなくなるんだぜ?」
「えーっ、今どきそんな職場があるんだ」
「それに結婚したって、今と生活は変わんねぇだろ」
「それはそうだけど……」

 数ヶ月前に惑星警察へと出向するまでの別室員生活ではノンバイナリー寄りのメンタルとバイである身、それに美貌とを利用し尽くし敵をタラして情報を分捕るなどという、なかなかにきわどくエグい手法ながら、まさに躰を張ってテラ連邦の利を護ってきたハイファだ。

 一生モノと思っていた七年越しの片想いがやっと成就した上に自身の性癖を考え併せれば、元々は完全ストレートで今でも自然と女性の胸に目が行ってしまうこともある、男のサガを捨てられないシドと確固たる契約で己のものにしてしまいたいという気持ちはシドの側も分からなくはない。

 何せ七年もの間、公然とアタックされ続けてきたのだ。

 でも今は共に署に出勤し、共に帰り、殆どのオフの時間も二人で過ごしている。形ばかりの結婚という契約よりも濃密な時間を共有しているのも確かだった。

 そもそもハイファが別室から惑星警察にトバされたのはシドにも原因があるのだ。

 転機はハイファが別室命令で刑事のふりをし、親友で想い人のシドと組んだことで訪れた。ある事件を二人で追い、捜査の甲斐あってホシは当局に拘束された。けれどそれだけでは終わらなかった。ホシの差し回した暗殺者に二人は狙われたのだ。

 敵のビームライフルの照準はシドに合わされていた。だがビームを浴びたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。そのときシドはハイファが死んだものと思った。上半身の殆どが人間に形を成していなかったのだ。

 しかしそこにシドと馴染みの漢方薬店のオヤジが駆け付け、とっときの薬を使い救急機がくるまで的確な処置を施してくれた。
 現代医学は心臓が吹き飛んでも処置さえ早ければ助かるレヴェルにある。それでもハイファの復活は奇跡的だった。

 そうして一命を取り留めたお陰でハイファはシドの一世一代の告白を聴くことができたのである。失くしたと思った瞬間、シドは失いたくない存在に初めて気付いたのだった。
 だがその影響は思わぬ処にまで波及した。

 七年もの想いの蓄積故か、シドと結ばれた途端にハイファはそれまでのような別室任務が遂行できなくなったのだ。
 最大の、そして唯一の武器でもある『敵をタラして情報を盗る』行為に及べなくなった。タラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしかナニに及べない躰になってしまったのである。

 同時期に別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なる御託宣を弾き出し、ハイファは惑星警察に出向という名目の左遷と相成ったのだった。

「何をそんなに焦ってんだよ。何度も言ってるだろ、お前だけだって」

 煙草を消し、栓を抜いたシャンパンを華奢なクリスタルのグラスひとつに注ぐと、シドは口に含んでハイファの明るい金髪の後頭部を引き寄せた。
 口づけて流し込む。

「んっ……ん、……分かってる」

 ハイファのシャギーを入れてうなじで縛った長い後ろ髪が窓外からの陽に透けている。笑みを浮かべた若草色の瞳の目元がたったひとくちの甘い液体で上気していた。

 シドはシャンパンのグラスをハイファに手渡してやる。こちらはその名の通り、日差しに天使の輪ができた髪も切れ長の目も黒い。ラストAD世紀に行われたテラ本星・大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔だ。

 窓辺で寄り添い合い、二人はソフトキスを交わした。

「ハイファ、疲れてねぇか?」
「ううん、大丈夫だよ。貴方こそワープ慣れしてないでしょ」
「俺も何ともねぇよ」

 夜も明けぬうちに起きて定期BELに乗って宙港へ向かい、宙艦シャトル便で二十分の通常航行ののちショートワープ、更に二十分の通常航行で太陽系のハブ宙港がある土星の衛星タイタンに着いた。
 そこから再び宙艦に乗り継ぐと四十分毎にワープ三回をこなし、ようやくこの惑星アジュルに到着したのである。

 プロの宙艦乗りでもなければ星系間ワープは一日に三回までが常識とされている。それ以上になると人体にかなりの負担が掛かるのだ。限度ギリギリの強行軍でここまでやってきた。

 でも、そうまでして来ただけのことはある。ここまでこれば別室からのリモータ発振にビクビクしなくて済むのだ。
 豪華すぎて落ち着かないと思ったが、ハイファは俺のためにわざとこいつが鳴り出さない所まできたのかと考え直した。
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