アムネジアの刻印～Barter.14～

第41話（最終話）

　そうして何処までも霧島の行為を受け止め、果てしない時間が経ってから京哉が目を瞬かせると、切れ長の目が覗き込んでいた。

「貴方、まだ頭痛がするんじゃないですか。何か飲むもの持って……つうっ！」
「いいから寝ていろ。あれだけのことをして起きられる訳がなかろう」

　嗄れた声の京哉に対して霧島は少し怒ったように言うと、ベッドから滑り降りてキッチンの方に消え、戻ってきた時にはスポーツ飲料の五百ミリペットボトルを手にしていた。
　口移しで飲ませて貰いボトル半分を減らして京哉の喉はまともな声が出せるようになる。

「ふう。美味しい」
「……すまん」
「えっ、何、どうかしたんですか？」

「またお前が失神するまで攻め抜き、怪我までさせた。何より誰より大切なのに」
「僕本人がいいと言ったんですから、いいんです。ただ……あのう、薬だけ……」

　それも自分ですれば良かったと京哉は後悔するハメになった。

「何処を怪我したか分からん」

　などと主張した霧島に思いも寄らない薬の塗り方をされて『あんなコトまでしたばかりなんだから！』と心の中で叫びながら真顔を真っ赤に染めることになったのだ。

　お蔭で京哉がどうかしてしまったのではないかと再び霧島が焦ることになった訳だが、それはさておき京哉が気付いて見返すと、却って霧島は顔色が良くなっている。それでも心配で堪らない。普段と変わらずベッドに座る男に訊く。

「ねえ、僕よりも貴方、具合は？　頭痛は？」
「悪くないし頭痛も随分いい。大体、具合が悪くてあんなにできる訳がないだろう」
「それはそうですが……」
「そんな顔をしないで笑っていてくれ。本当に大丈夫だ、問題ない」

　またもいつもの信用できない語録を披露すると、心配する京哉をよそに霧島は再び消えて、今度は湯で絞ったバスタオルを持ってきた。
　やはり行為のあとで世話を焼く趣味は健在のようで京哉の躰を拭き始める。

　バスタオルも二度絞り直して髪まで綺麗に拭き、下着とパジャマを着せつけると更に霧島は京哉を寝かせたまま器用にシーツまで交換した。

　そこまでしてやっと納得したらしい霧島に京哉は自分の隣を示す。

「無理しないで貴方も寝た方がいいですよ」
「ん、ああ。お前と一緒なら寝るのもいいな」

　自分を雑に拭いた霧島は下着とパジャマを身に着けるとベッドに上がった。さらりとした京哉の黒髪の下に左腕の腕枕を差し込み、霧島は京哉の躰に巻きつくように横になる。
　右手の指で長めの髪を梳いた。甘やかなその感触に京哉はとろりとした眠気を感じる。

「馬鹿かも知れんな、私は」
「いきなり何ですか？」

「こんなお前を我慢しようというのが、そもそも無謀だと思っただけだ」
「無謀の定義はともかく、貴方は病院に戻らなくちゃいけませんね」
「ん、ああ、あとでな……眠い、寝るぞ」

　手の動きが止まったかと思うと霧島は足まで京哉に絡めてから目を瞑った。
　互いに腕枕と抱き枕になり穏やかな呼吸音に誘われ、京哉も満ち足りた思いで眠りに就く。

◇◇◇◇

　二人が目を覚ましたのは翌日の十一時過ぎだった。
　慌てて着替えて患者自身の運転する白いセダンは、制服警官の乗ったパトカー二台を引き連れる形で白藤大学付属病院に向かった。

　密やかに霧島の病室に二人は戻ったが、五分後には看護師たちに発見され、霧島だけでなく京哉までもが脱走者その二として看護師長にどやされたのだった。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　了