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第46話
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「これは……いったいどういうことだね?」
「こっちが訊きたいぜ。リチャード、あんたはザリガニの密輸だけじゃなく、ブラントファミリー及びベン=リールと組んでのザイン拉致誘拐と、テラ連邦へのザイン密輸にも関与している。それで間違いねぇんだな?」
「……ふむ。そこまで知られては仕方ないね」
「ドン・ブラントに頼んで俺たちを海にでも沈めるってか?」
「気の毒だが海に沈むのはシド、きみだけだよ」
「二度とハイファに手は出させねぇからな!」
「威勢がいいね。だがそれも今だけだ」
「殺してやる! ハイファが流した血に懸けて、必ず殺してやるからな!」
怒りに低い声を響かせるとリチャードは顔色を蒼白にする。だが床に横たわったままのハイファの方が気になるらしい。室内に足を踏み出すと、チンピラと対峙し身動きの取れないシドを大きく避けてハイファに近づく。ぐったりとした上体を半抱きにした。
性懲りもなくハイファに触れたことでシドは瞬間沸騰するも、サディの銃口をチンピラたちから外す訳にはいかない。張り詰めた膠着状態のまま見守るしかなかった。
当のリチャードは愛しげにハイファを抱き締めたのち、皆に注視されているのも構わずハイファのソフトスーツの袖を引っ張り上げる。そしてドレスシャツの袖も捲ると、シドが制止する間もなく自分のポケットから無針注射器を出し、手慣れた動きでハイファの腕に液体を注入した。
またも危ないクスリを射ったのかと今度こそ激昂しかけたシドだったが、注射は嗅がされた薬品の中和剤か何かだったらしく、数秒と経たずにハイファは若草色の瞳を覗かせる。
自分を抱いたリチャードを見上げ、室内に目を走らせてハイファは呟いた。
「シド……リチャード、何、どうして?」
だがハイファが戸惑ったのは一瞬、サディを持ったシドと武装したチンピラ兵士が銃口を向け合っているのと、ドン・ブラントに手下とリチャードがいることですぐに状況を理解する。
そのまま付き合いも浅い上司を睨みつけた。
「リチャード、僕らをどうするつもりですか?」
「シドはともかくハイファス、きみは私とこの前の夜の続きをしてからだ」
「言いなりになるとでも?」
「まあ、頑張ってみることだね」
言うなりリチャードはハイファを抱き上げて部屋から連れ出そうとする。だがハイファは未だクスリが効いてまともに動けない。暴れようにも腕さえ上がらない身に苛立ちを感じつつ、アンバーの目を見上げて詰問口調で訊いた。
「大使ともあろう者が、いったい何故こんなことに荷担したんですか?」
「人にはそれぞれ事情というものがあるんだよ。とにかくいい子にしておいで。今度は傷つけたりせず存分に可愛がってあげるからね」
「テラ連邦は全て知ったんですよ、暢気すぎませんか?」
「テラが口出しできないこの星で再就職先には困っていないよ」
「ベン=リールの口利きという訳ですか」
「分かっているじゃないか。もういいから黙っておいで、喋るのも難儀だろうに」
本当に暢気なリチャードにハイファは呆れ声を出しかける。
「貴方は別室を知らないんですか? この星の超法規的特権なんか……効かな、い――」
「ハイファ、どうした!」
「っん……シド、僕……何か変かも、あっふ――」
サディを兵士らに向けたまま、シドは様子が急変したハイファの傍に素早く移動する。チンピラ兵士たちを牽制しつつハイファに目をやった。リチャードに抱かれたまま、ハイファの若草色の瞳は紗が掛かったように焦点が合っていない。
そしてこんな場面にも関わらず、その吐息は熱くも甘かった。
「何を注射しやがったんだ、この野郎!」
「中和剤とザインのフェロモン製剤のカクテルだ。だが女性でもないのにここまで効くとは意外だったよ。これなら私の想いも素直に受け止めてくれるだろう」
相変わらず空気を読む気がないのか、リチャードは場違いなことをスルスル喋る。
それはともかく異星系と混血の進んだセフェロ星系の王族を母に持つハイファは、ときに薬物に対して非常に敏感な反応をするのだ。今の状態もそのせいかも知れなかった。
「シド……っん、シド、僕――」
切なく呼ばれて気を取られた隙に、とうとうチンピラ兵士の一人がシドに対して発砲する。至近距離で対衝撃ジャケットの胸に二発を浴び、シドは吹っ飛ばされて二歩後退、床に尻餅をついた。サディの使用弾は硬化プラスチック、だがライフルで有効射程は三百メートルだ。
そんなものをぶちかまされ、シドは咳き込んで血を吐き出した。
だが次を撃たせる前に撃つ。腰だめに構えたサディを同じ得物に向けて速射で三発。見事にチンピラ兵士三人のサディの機関部を砕いたが五メートルもない距離でのガチの撃ち合い、シドも更に右頬と左大腿部から血をしぶかせていた。
しかしシドは構わず連射、壊れたサディを投げ捨てた二人にヘッドショット。チンピラ二人は棒切れのように斃れる。けれどこちらもドン・ブラントのガードが放った拳銃弾の二射を機関部に浴びて二発でジャム、つまりは弾詰まりを起こした。それでもガラクタとなったサディを咄嗟にチンピラに投げつける。だがこれは避けられた。
仲間を殺されて兵士のフリをしたチンピラ二人は黙っていない。
「こっちが訊きたいぜ。リチャード、あんたはザリガニの密輸だけじゃなく、ブラントファミリー及びベン=リールと組んでのザイン拉致誘拐と、テラ連邦へのザイン密輸にも関与している。それで間違いねぇんだな?」
「……ふむ。そこまで知られては仕方ないね」
「ドン・ブラントに頼んで俺たちを海にでも沈めるってか?」
「気の毒だが海に沈むのはシド、きみだけだよ」
「二度とハイファに手は出させねぇからな!」
「威勢がいいね。だがそれも今だけだ」
「殺してやる! ハイファが流した血に懸けて、必ず殺してやるからな!」
怒りに低い声を響かせるとリチャードは顔色を蒼白にする。だが床に横たわったままのハイファの方が気になるらしい。室内に足を踏み出すと、チンピラと対峙し身動きの取れないシドを大きく避けてハイファに近づく。ぐったりとした上体を半抱きにした。
性懲りもなくハイファに触れたことでシドは瞬間沸騰するも、サディの銃口をチンピラたちから外す訳にはいかない。張り詰めた膠着状態のまま見守るしかなかった。
当のリチャードは愛しげにハイファを抱き締めたのち、皆に注視されているのも構わずハイファのソフトスーツの袖を引っ張り上げる。そしてドレスシャツの袖も捲ると、シドが制止する間もなく自分のポケットから無針注射器を出し、手慣れた動きでハイファの腕に液体を注入した。
またも危ないクスリを射ったのかと今度こそ激昂しかけたシドだったが、注射は嗅がされた薬品の中和剤か何かだったらしく、数秒と経たずにハイファは若草色の瞳を覗かせる。
自分を抱いたリチャードを見上げ、室内に目を走らせてハイファは呟いた。
「シド……リチャード、何、どうして?」
だがハイファが戸惑ったのは一瞬、サディを持ったシドと武装したチンピラ兵士が銃口を向け合っているのと、ドン・ブラントに手下とリチャードがいることですぐに状況を理解する。
そのまま付き合いも浅い上司を睨みつけた。
「リチャード、僕らをどうするつもりですか?」
「シドはともかくハイファス、きみは私とこの前の夜の続きをしてからだ」
「言いなりになるとでも?」
「まあ、頑張ってみることだね」
言うなりリチャードはハイファを抱き上げて部屋から連れ出そうとする。だがハイファは未だクスリが効いてまともに動けない。暴れようにも腕さえ上がらない身に苛立ちを感じつつ、アンバーの目を見上げて詰問口調で訊いた。
「大使ともあろう者が、いったい何故こんなことに荷担したんですか?」
「人にはそれぞれ事情というものがあるんだよ。とにかくいい子にしておいで。今度は傷つけたりせず存分に可愛がってあげるからね」
「テラ連邦は全て知ったんですよ、暢気すぎませんか?」
「テラが口出しできないこの星で再就職先には困っていないよ」
「ベン=リールの口利きという訳ですか」
「分かっているじゃないか。もういいから黙っておいで、喋るのも難儀だろうに」
本当に暢気なリチャードにハイファは呆れ声を出しかける。
「貴方は別室を知らないんですか? この星の超法規的特権なんか……効かな、い――」
「ハイファ、どうした!」
「っん……シド、僕……何か変かも、あっふ――」
サディを兵士らに向けたまま、シドは様子が急変したハイファの傍に素早く移動する。チンピラ兵士たちを牽制しつつハイファに目をやった。リチャードに抱かれたまま、ハイファの若草色の瞳は紗が掛かったように焦点が合っていない。
そしてこんな場面にも関わらず、その吐息は熱くも甘かった。
「何を注射しやがったんだ、この野郎!」
「中和剤とザインのフェロモン製剤のカクテルだ。だが女性でもないのにここまで効くとは意外だったよ。これなら私の想いも素直に受け止めてくれるだろう」
相変わらず空気を読む気がないのか、リチャードは場違いなことをスルスル喋る。
それはともかく異星系と混血の進んだセフェロ星系の王族を母に持つハイファは、ときに薬物に対して非常に敏感な反応をするのだ。今の状態もそのせいかも知れなかった。
「シド……っん、シド、僕――」
切なく呼ばれて気を取られた隙に、とうとうチンピラ兵士の一人がシドに対して発砲する。至近距離で対衝撃ジャケットの胸に二発を浴び、シドは吹っ飛ばされて二歩後退、床に尻餅をついた。サディの使用弾は硬化プラスチック、だがライフルで有効射程は三百メートルだ。
そんなものをぶちかまされ、シドは咳き込んで血を吐き出した。
だが次を撃たせる前に撃つ。腰だめに構えたサディを同じ得物に向けて速射で三発。見事にチンピラ兵士三人のサディの機関部を砕いたが五メートルもない距離でのガチの撃ち合い、シドも更に右頬と左大腿部から血をしぶかせていた。
しかしシドは構わず連射、壊れたサディを投げ捨てた二人にヘッドショット。チンピラ二人は棒切れのように斃れる。けれどこちらもドン・ブラントのガードが放った拳銃弾の二射を機関部に浴びて二発でジャム、つまりは弾詰まりを起こした。それでもガラクタとなったサディを咄嗟にチンピラに投げつける。だがこれは避けられた。
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