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第33話
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「そう心配せずとも近いうちにシドは戻ってくる」
「近いうち? どうしてそんなことが言えるんですか。リモータからも、状況的にもシドはザインではありえない。なのにベサートにまで連行されて……」
「分かっている。そこには『恥をかかされた政務次官』のマルコム氏と、マルコム氏のご機嫌を窺うベン=リール老の意思が介在しているとすれば、どうかな?」
この星の有力者二人の思惑によってシドは濡れ衣を着せられたということだった。
「しかし彼らとしてもテラ連邦を相手に喧嘩を売るようなことはしたくない筈だからね。シドに『ちょっとしたお仕置き』さえすれば溜飲も下がってすぐに解放するさ」
「すぐにって、でもそれまでの間、シドは――」
「役得だとでも思って貰うしかないね。ザインとして最低限の要素は満たしている訳だし」
笑うリチャードを撃ち殺しそうになったハイファは自分を必死で抑えつけた。アンバーの目はハイファの左手のペアリングを面白そうに眺めている。
「ではリチャード、貴方は何もしないおつもりですか?」
「そうは言ってない。勿論テラ連邦大使館として『勾留中の』大事な人員を早急に返して貰えるよう、関係各方面に積極的に働きかけるつもりだ」
「そうですか。それでザインはベサートから一歩も出られないんですか?」
「いや、特別認可された保護者が一緒なら出られるが条件として『女性であり、クセラ星系人及びクセラ星系にテラ標準歴三年以上居住していること、もしくはその女性の後見人で同様の要件を満たす者』とある。何れにせよハイファス、きみには無理だね」
「それなら大使となって既に五年の貴方はどうなんですか、リチャード」
詰め寄るハイファに対しリチャードは笑みを深くしておどけたように言った。
「私に適当な『女性』の後見になれとでも言うのかい?」
「それが可能なら、するべきでしょう」
「そんな脱法行為に大使の私が手を染める訳にはいかないよ。そうでなくても私としてはマルコム氏とベン=リール氏の逆鱗には触れたくはない。満足頂いて、ごく穏便にシドを返して貰う。これは大使としての判断だと思ってくれていい」
そのときバーナードがトレイにコーヒーをふたつ載せて現れたが、ハイファはリチャードに挨拶どころか一瞥もくれず、コーヒーの香りと入れ違いに執務室をあとにした。
エレベーターに乗って七階のボタンを押すと、部屋まで我慢できずに別室へ送る文面を打ち始める。別室戦術コンに支援をさせてザインの保護者たる条件をハイファ自身が満たすよう、経歴その他をねつ造させる手だった。
部屋に着くとすぐにダイレクトワープ通信で別室に発振する。宙艦に載せられワープと通常航行をしてリレー形式で届く通常通信とは違い、ダイレクトワープ通信は亜空間レピータを介してタイムラグなしで届く。代わりに莫大なコストが掛かるので普段は使うことに抵抗を感じるのだが、今のハイファに限ってそんなことは頭になかった。
やれることをやり終えて溜息をつき、盛装を脱いでリフレッシャを浴びる。低温設定で努めて頭を冷まして出ると置かれていたガウンを羽織った。これからの行動を考えながらベッドに腰掛けると、盛装に着替える前にシドが着ていた衣服が目に入る。自分が畳んだそれを手にして抱き締めた。煙草の匂いがふわりと香る。
「シド。無事でいて。待ってて、シド」
呟くとその衣服を抱き締めたままベッドに横になり、天井のライトパネルをリモータで常夜灯モードにして目を瞑った。けれど部屋は完全防音にも関わらず、何故か海鳴りが耳について離れないような気がして、なかなか眠りは訪れなかった。
◇◇◇◇
一時間も眠らないうちにシドはピンクの制服女性二人に叩き起こされ、リモータIDを採取され、髪に櫛を通されポラを撮られて、再び泥のような眠りに就いた。
だがその眠りもまた二時間もしないうちにリモータ発振で破られる。
鉛のように重い腕を動かしてリモータ操作すると中身のない空メールだった。これは何の合図だろうとぼんやり考えていると、再び部屋に誰かが勝手に入ってくる。
だが独りで部屋の奥まで踏み入ってきたのは予想した制服女性ではなかった。若く臙脂のパンツスーツを身に着けていて、こんな時間に綺麗に化粧もしている。ショートカットでなかなかの美人だ。それをベッドに突っ伏したまま顔だけ横に向けて見取る。
女性はシドを見て首を傾げたのち、ジャケットを脱いでクローゼットの中に掛けた。
「リフレッシャ、使わせて貰っていいかしら?」
そこまで聞いてもピンと来ないくらいシドは寝惚けていた。
「ちょ、男の部屋でいきなりそいつはねぇだろ」
通常の場所なら至極真っ当なことを口にした訳だが、ここはホテルではない。半ば呆れたような顔をした女性は構わずバスルームの前で残りの衣服を脱ぎ始める。すっかり肌を晒してバスルームに消えるのをシドは唖然として見送った。
取り敢えず頭のロクロを回すのに、自分の躰ではないような重さに閉口しつつベッドから這い出し、ソファに座ると投げ出してあった煙草を手に取り一本咥えて火を点けた。
半分を灰にする頃には、もしかしてザインに対し、制服女性が言うところの『来訪者』がやってきたのではないかと思い至る。思い至ったがシドに女性を抱く気はない。
未だに完全ヘテロ属性を標榜する男は、女性のあられもない姿を見れば思う処もあったが、それとこれとは話が違う。こんな所で無責任に子供を作る訳にはいかない。
何よりハイファを裏切るような真似はしたくなかった。
「近いうち? どうしてそんなことが言えるんですか。リモータからも、状況的にもシドはザインではありえない。なのにベサートにまで連行されて……」
「分かっている。そこには『恥をかかされた政務次官』のマルコム氏と、マルコム氏のご機嫌を窺うベン=リール老の意思が介在しているとすれば、どうかな?」
この星の有力者二人の思惑によってシドは濡れ衣を着せられたということだった。
「しかし彼らとしてもテラ連邦を相手に喧嘩を売るようなことはしたくない筈だからね。シドに『ちょっとしたお仕置き』さえすれば溜飲も下がってすぐに解放するさ」
「すぐにって、でもそれまでの間、シドは――」
「役得だとでも思って貰うしかないね。ザインとして最低限の要素は満たしている訳だし」
笑うリチャードを撃ち殺しそうになったハイファは自分を必死で抑えつけた。アンバーの目はハイファの左手のペアリングを面白そうに眺めている。
「ではリチャード、貴方は何もしないおつもりですか?」
「そうは言ってない。勿論テラ連邦大使館として『勾留中の』大事な人員を早急に返して貰えるよう、関係各方面に積極的に働きかけるつもりだ」
「そうですか。それでザインはベサートから一歩も出られないんですか?」
「いや、特別認可された保護者が一緒なら出られるが条件として『女性であり、クセラ星系人及びクセラ星系にテラ標準歴三年以上居住していること、もしくはその女性の後見人で同様の要件を満たす者』とある。何れにせよハイファス、きみには無理だね」
「それなら大使となって既に五年の貴方はどうなんですか、リチャード」
詰め寄るハイファに対しリチャードは笑みを深くしておどけたように言った。
「私に適当な『女性』の後見になれとでも言うのかい?」
「それが可能なら、するべきでしょう」
「そんな脱法行為に大使の私が手を染める訳にはいかないよ。そうでなくても私としてはマルコム氏とベン=リール氏の逆鱗には触れたくはない。満足頂いて、ごく穏便にシドを返して貰う。これは大使としての判断だと思ってくれていい」
そのときバーナードがトレイにコーヒーをふたつ載せて現れたが、ハイファはリチャードに挨拶どころか一瞥もくれず、コーヒーの香りと入れ違いに執務室をあとにした。
エレベーターに乗って七階のボタンを押すと、部屋まで我慢できずに別室へ送る文面を打ち始める。別室戦術コンに支援をさせてザインの保護者たる条件をハイファ自身が満たすよう、経歴その他をねつ造させる手だった。
部屋に着くとすぐにダイレクトワープ通信で別室に発振する。宙艦に載せられワープと通常航行をしてリレー形式で届く通常通信とは違い、ダイレクトワープ通信は亜空間レピータを介してタイムラグなしで届く。代わりに莫大なコストが掛かるので普段は使うことに抵抗を感じるのだが、今のハイファに限ってそんなことは頭になかった。
やれることをやり終えて溜息をつき、盛装を脱いでリフレッシャを浴びる。低温設定で努めて頭を冷まして出ると置かれていたガウンを羽織った。これからの行動を考えながらベッドに腰掛けると、盛装に着替える前にシドが着ていた衣服が目に入る。自分が畳んだそれを手にして抱き締めた。煙草の匂いがふわりと香る。
「シド。無事でいて。待ってて、シド」
呟くとその衣服を抱き締めたままベッドに横になり、天井のライトパネルをリモータで常夜灯モードにして目を瞑った。けれど部屋は完全防音にも関わらず、何故か海鳴りが耳について離れないような気がして、なかなか眠りは訪れなかった。
◇◇◇◇
一時間も眠らないうちにシドはピンクの制服女性二人に叩き起こされ、リモータIDを採取され、髪に櫛を通されポラを撮られて、再び泥のような眠りに就いた。
だがその眠りもまた二時間もしないうちにリモータ発振で破られる。
鉛のように重い腕を動かしてリモータ操作すると中身のない空メールだった。これは何の合図だろうとぼんやり考えていると、再び部屋に誰かが勝手に入ってくる。
だが独りで部屋の奥まで踏み入ってきたのは予想した制服女性ではなかった。若く臙脂のパンツスーツを身に着けていて、こんな時間に綺麗に化粧もしている。ショートカットでなかなかの美人だ。それをベッドに突っ伏したまま顔だけ横に向けて見取る。
女性はシドを見て首を傾げたのち、ジャケットを脱いでクローゼットの中に掛けた。
「リフレッシャ、使わせて貰っていいかしら?」
そこまで聞いてもピンと来ないくらいシドは寝惚けていた。
「ちょ、男の部屋でいきなりそいつはねぇだろ」
通常の場所なら至極真っ当なことを口にした訳だが、ここはホテルではない。半ば呆れたような顔をした女性は構わずバスルームの前で残りの衣服を脱ぎ始める。すっかり肌を晒してバスルームに消えるのをシドは唖然として見送った。
取り敢えず頭のロクロを回すのに、自分の躰ではないような重さに閉口しつつベッドから這い出し、ソファに座ると投げ出してあった煙草を手に取り一本咥えて火を点けた。
半分を灰にする頃には、もしかしてザインに対し、制服女性が言うところの『来訪者』がやってきたのではないかと思い至る。思い至ったがシドに女性を抱く気はない。
未だに完全ヘテロ属性を標榜する男は、女性のあられもない姿を見れば思う処もあったが、それとこれとは話が違う。こんな所で無責任に子供を作る訳にはいかない。
何よりハイファを裏切るような真似はしたくなかった。
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