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第34話

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 リモータで調べると現在ビャクレイⅤは楕円軌道上の近日点にあるらしい。

「誰だ、日頃の行いの悪い奴は……俺の方を見るな!」
「貴方こそ僕をそんな目で見ないでくれる?」
「これは水と、水分を含んだ食料だけ持って行くしかありませんね」

 言われずとも分かっている。非常持ち出し袋に最低限のものを詰め、緊急用フラッシュライトと共に機外へと持ち出した。雲ひとつない青空を仰いでシドが訊く。

「あと何キロだってか?」
「約五十キロだよ」

 訊かなきゃヨカッタと思いつつ、シドは砂の大地に一歩を踏み出した。

 三人で行軍を始めたが、乾いた細かい砂で一歩一歩が埋もれる。ロン以外は帽子も被っていない。仕方なくファーストエイドキットに入っていた冷却プレートを出し、頭を冷やしながらの砂漠行だ。すぐ熱く固くなってしまう冷却板をパキリと割ると、冷たく柔らかくなった板をハイファはシドに渡す。

 一枚しかないので交互に使っているのだ。

「丘を越えても、また丘か」
「うーん、なあんにも見えないね」

 人の歩く速度は一時間に約四キロというが流れる砂に足を取られる上に、ここはいやに起伏の多い砂漠で一時間に三キロ進めているかどうかも怪しかった。
 これでは一日かけても第五生体研に辿り着けそうにない。途中で休むにも辺りはベージュの砂ばかりで時折枯れ枝が落ちている程度、草の一本も生えてはいなかった。

 肌を熱砂で灼かないようシドもハイファも上着は着たままである。そうして三時間は歩いた頃、少しずつ唇を湿らせていた水も空に近くなり、ファーストエイドキットに入っていた空気中の水分を溜める錠剤での水分補給も間に合わず、とうとうシドが歩を止めた。

「すまん、少し休憩させてくれ」

 こんな状況でシドが音を上げるのは珍しいことだった。ハイファは紅潮しながらも汗さえかけずにいるシドの頬に触れる。

「熱射病か怪我からかな、酷い熱だよ」

 冷却板を今は腕に当てているシドの脈をとれば数えるのも困難なくらい速かった。

「ちょっと待ってて」

 軍事通信衛星MCSとハイファはリモータリンクし一番近い水場を探す。現在地より南西に二キロ弱のポイントにそれらしいものが映っていた。

「私が負ぶって行きますよ」
「や、二キロなら行けるだろ」
「シド。意地張って無理しないで」
「じゃあハイファ、お前が肩貸してくれ」

 シドは無事な右腕をハイファに預けた。本来なら何はともあれ利き手は開けておくシドがこの状態、ギリギリまで我慢したのだろう。黒髪が熱を吸収しやすいのも難点なのかも知れない。

 そうしてBELから十キロも歩いたか、MCSの示した水場にやっと到着した。

 だが水場といってもオアシスなどといったものではなく、地下水脈を掘り当てた小さな井戸である。それでもシドには有難く、ジャケットを脱いでレールガンを外すなり、つるべで汲み上げた水を桶で頭から被った。

 ここ暫く誰も使った形跡のない水場は、地下水脈を辿るように約三十キロ置きに作られていることがMCSポラで判明した。それも丁度、第五生体研への道筋にある。

 だがここを過ぎると次は三十キロ、今のシドたちには果てしなく遠い。ハイファが発振を試みたが、砂漠にはレピータもないので第五生体研にダイレクトでは届かず、対外的に秘密裏の存在故か、MCS経由では部外者をブロックする機能が働いているようだった。

 つまり、やはり歩かざるを得ないのだ。分かってはいたがこれには落胆する。
 けれどこの上シドを炎天下に晒す訳にもいかない。

「BELから動かないで、夜、歩けばよかったね」
「歩き出しちまったんだ、今更仕方ねぇよ……って、ロン。何してんだ?」
「穴、掘ろうと思いまして。中で休んで夜を待ちましょう」
「こんなサラサラの砂、掘れるのかよ?」

 疑問に思いつつもベージュの砂を掘るのをシドとハイファも手伝い始める。しかし日陰の一ヶ所もない場所での作業と、掘れども掘れども片端から零れ埋まってゆく砂との格闘は過酷で、三十分と保たずにシドとハイファはギヴアップとなった。

 ロンだけが砂を黙々と掘り続ける。掘った砂は日の当たる側に盛り上げ、日陰を作っているらしい。途中から砂は土へと変わり、やや掘りやすくはなったようだった。

 これまで力強さなど感じさせなかった手が、指先が、土に食い込み掘り起こしては掴んで、穴の外に投げ出してゆく。素手で三人分の掩蔽壕を掘るのにどのくらいかかるのか、飽くなきその作業はただの一度も手を休ませずに続けられた。

 疲労困憊して井戸の縁石に腰掛けたハイファがぽつりと言った。

「貴方が前に言った『超人的行動』ってヤツ、ほぼ永久的に続くこの力が羨ましくて怖いんだよね。だからテラ連邦はアンドロイドを禁止してる」
「永久的にったってロンだって疲れちゃいるだろ。その手前でヘタレた俺たちはともかく、ロンも明日は筋肉痛で動けねぇかも知れないぞ?」
「大丈夫です。多少鈍くなっても構わない安全圏に退避したら痛覚遮断しますから」

 土まみれになったロンの背後には本当に三人が膝を折れば入れるくらいの、掩蔽壕のような穴が出来上がっていた。

「ロン、その指……」

 ハイファが見つめたその手指は血が滲み、爪まで剥がれかけている。

「工場で処置して貰えばワープもできますから平気です」

 そう本人は言ったがシドは井戸から水を汲み、ハイファはその土にまみれ傷ついた指をそっと洗った。ロンは僅かに表情を歪めた。

 サヤエンドウの中のグリーンピースのように三人で日よけの穴に収まる。ひんやりとした内部は狭くはあるものの快適だった。

 ビャクレイⅤの自転周期は約二十二時間、今から夕暮れの十八時頃までは約七時間あった。ここ数日の睡眠不足を解消するには丁度いい。じっと座っていると幾度水を被っても引かなかったシドの熱も冷たい土が吸収してくれるように感じられた。

「ロン、ありがとな」
「いいえ、私のためにここまで来ていただいて感謝してます」
「あんたさ、自分が法にも護って貰えないアンドロイドで怖くねぇのか?」
「たまに先が全く見えず不安に思うことはありますが、それは人間も一緒でしょう」
「じゃあ、人間に生まれたかったか?」

 ロンは即答せず、人間のように僅かに考えて応えた。

「どうでしょうね、あまり考えたことがないです。それこそ、そういう思考を持たないようにプログラミングされているのかも知れません」
「それって、『より人間的になれ』っていうのと同義だよね」
「ああ、そうかも知れませんね。本物の人間なら絶対に思わないことですから」
「不気味の谷をとっくに越えたあんたたちは、思考さえも既に人間と同じなんだな」

 外見や動作が『人間と同じロボット』に比べて『人間に極めて近いロボット』は、ある種の奇妙さを感じさせ嫌悪を生む。その落差を不気味の谷と呼ぶのだ。

「あんたも徹マンに穴掘りで疲れただろ。日が落ちたらまた行軍だ、寝ておこうぜ」
「眠っちゃって大丈夫でしょうか?」
「ああ、この穴のお陰でな」
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