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第12話

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「取り敢えず、半分は終わったね」
「別室の効果絶大、知ってる奴は知ってんだな」
「そりゃあ目を付けられたら大変だもん」

「そんなヤバいところにお前自身も籍を置いてるんだぞ。全く、気が知れねぇよ」
「いいの。貴方と最初に組んだ別室任務がなかったら、僕は一生片想いだったかも知れないんだから。それよりも、うーん、疲れたよー」

 青銅の門の前、通りを挟んで目前に林檎を模した形の、これでも人が住んでいるのかと疑いたくなる物体の下でハイファが伸びをする。

「まさか今日、このまま帰るなんて言わないよね?」
「一日十二回ワープは記録かも知れねぇな」
「冗談でしょ? ちょっと行政府エリア寄りになるけど幾らでもホテルがあるから」
「七億持ってうろつきたくねぇのは確かだが、ここは一泊して明日パライバ星系経由で帰るのが常套だろうな」
「良かった。貴方なら十二回ワープに挑みかねないからね。じゃあ、こっち」

 手を引かんばかりにしてハイファはシドを表通りまで案内した。駐まっていた無人コイルタクシーに乗り、大通りを走らせる。
 数分でタクシーを降りて今度は定期BELだ。何処の高度文明圏惑星でもあるようなビル屋上の停機場ではなく、公園に隣接した地べたからの離陸らしい。

 タイミングが合ったようで、キャビンアテンダントの女性が掲げたチェックパネルにリモータを翳して料金を支払い乗り込むと、すぐにBELはテイクオフした。

 ここビャクレイⅢは、テラ本星から余りに遠すぎるというのを考慮してもテラ連邦が欲しがった星である。豊富な資源だけでなく、自転周期も本星とほぼ同じの約二十四時間。
 おまけに大気組成も手を加えることなく人類が生存可能だったという奇跡の星だ。

 ただ当然時差はあるのでテラ標準時で夕方の今、ここは朝の十時過ぎである。

「ふあーあ。長い昼だよな」

 燦々と降り注ぐ恒星百令の光をポリカーボネートの窓越しに受けて、シドは大欠伸をかました。途中で仮眠を取ったとはいえ強行軍、意識をしっかり保っていないと梱包され煎餅の手提げ紙袋に入った四億クレジットの存在を忘れてしまいそうだった。

 膝の上に置いた片手にハイファがそっと触れる。

「眠いよね?」
「ちょっと、な」
「次の次で降りるから」

 三億と着替えの入ったショルダーバッグを持ったハイファも眠そうである。二人してまぶたを無理矢理押し上げ、機内の天井近くに浮いているホロTVに見入った。

 TVは亜空間レピータを利用したダイレクトワープ通信によるテラ連邦議会の臨時閣議という、これまたいよいよ眠気を誘う電波帯バンドに合わされている。見るべきものもないので仕方なく3Dホロ映像に目をやった。

 画面では次の通常議会で提出されるという公営カジノ法、通称エーベルハルト法の認可法案提出についての可否がだらだらと論議され、くだんの法案提出に挑むテラ連邦議会議員のエーベルハルト=フォスがたびたびアップで映し出されていた。

 これまでテラ連邦ではカジノは違法だった。大昔はあったらしいが三千年前の大陸大改造計画時に廃止されている。だが他星では何処でも堂々とカジノは林立し営業していた。単にテラは見て見ぬフリをしてきたのである。

 だがこの法案が通った暁にはテラ連邦議会のお膝元として建前を護り続けてきたテラ本星にもカジノが建ち並ぶことになる訳だ。

「テラ本星にカジノができたら、貴方また一財産作れるんじゃない?」
「カネが回ると人も踊る。犯罪発生率の方が俺は気になる」
「わあ、珍しい。シドがヴィンティス課長みたいなこと言ってる」
「他人事じゃねぇぞ。別室から出向とはいえ今はお前も刑事なんだからな」
「分かってる。でもシドといれば日々クリティカルなのは変わらないよ、きっと」

 イヴェントストライカという単語は避けたが、シドは隣のハイファを睨みつける。

「ふん。俺がやってる訳じゃねぇよ……って科白も言い飽きたぜ」
「リモータコマンドで発するように設定しておけば?」
「お前にプラカード持たせて歩くのもいいな」
「やだよ、恥ずかしい。次で降りるよ」

 今度の停機場は高層ビルの屋上だった。乗っていたBELが去ると、風よけのドームが閉まる。風で乱れた黒髪をシドは適当に撫でつけまたも大欠伸をかました。

「ふあーあ。ホテルはここか?」
「違うよ、降りて出れば何軒か。もう少し頑張って」
「へいへい」

 一階まで一般利用客専用の直通エレベーターで降り、ロビーを横切ってエントランスを抜ける。するとそこは不思議と見慣れた感のある超高層ビル街だった。
 ハイファが笑う。

「ふふん、既視感があるでしょ。高度文明圏の後発テラフォーミング惑星にはありがちだけど、ここもテラ本星セントラルエリアを模して造られた都市だからね」
「なるほど。何処も本星への憧れはあるんだな」

 気候も散策には丁度良く、つい見知ったビルや店を探して足を伸ばしそうになる。色とりどりのコイルを眺め、地元警察署を見上げてから表通りに面したホテルに入った。
 エントランスの出入りにもリモータのIDチェックが必要なシステムは信頼できる施設で、フロントも無人でなく、ちゃんと制服のホテルマンがいた。

 ここで声を掛けるのはいつもハイファの役目だ。

「喫煙でダブル一室、空いてますか?」

 もういい加減に慣れてもいいと自分でも思うのだが、ダブルという単語に照れてしまうシドは少し離れてあらぬ方向を見るのを止められない。

「五〇〇七号室、五十階だよ。行こ」

 流されたキィコードで開けた部屋は思った以上に広かった。喫煙故か壁紙は汚れが目立たぬ濃いベージュ、調度は全てブラウンというシンプル且つスタイリッシュなものだ。
 本星セントラルの自分たちの部屋は五十一階なので、窓外の見晴らしも似ている気がして結構落ち着ける。

「食事はまだいいとして、リフレッシャ使う?」
「ん、いや、悪いが先に寝る」

 ただでさえゲル入りで重たい対衝撃ジャケットを脱いでソファに放り出すと、ベルトの腰からホルスタごと巨大レールガンを外した。
 外した愛銃はベッドのヘッドレストの上、物が置けるスペースへ。自分はそのままごろりと横になる。

「おやすみ、シド」
「ああ――」

 今頃になってワープ六回のツケが回ってきたらしく、シドは筋肉が鉛、全身に流れる血が全て水銀にでもなったような重さを感じ、それから唯一逃れる方法を取った。
 すぐに寝息を立て始めたシドを見て、ハイファは愛し人の疲れ度合いを知る。この部屋に入って一本も煙草を吸わずに眠りに落ちたのだ。

 だが慣れているとはいえ、疲れたのはハイファも同様である。

 シドに毛布を被せると部屋のロックを再度確かめてから、リフレッシャを手早く浴びてホテルの備品のローブを身に着けた。備え付けの飲料ディスペンサーでアイスティーを紙コップに淹れて飲み干す。ダストボックスに紙コップを捨てながら欠伸を噛み殺した。

 ベッドに上がるとシドの利き手を塞がない左側、いつもの位置に収まった。銃はシドのものと並べてベッドボードの棚に並べて置いてある。

 寝息も並ぶまで数分と掛からなかった。
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