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第10話

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 乗った貨物艦には旅客用フロアもあった。だがそこには硬いファイバ製のチェアが並んでいるだけだった。あとは壁沿いにオートドリンカがひとつあるきりだ。

 客はシドとハイファの他にたった三人である。
 喋る者もいないそこで、ワープ宿酔止めの白い錠剤を飲んで過ごした一時間四十分は、ただヒマなだけでなくシドには経験のない妙なだるさが伴うものだった。

 次のワープまでたった二十分の通常航行では体力の回復が追いつかないようで、頭を輪っかで締められるような重さを感じたが最後、徐々に締め付けは強くなるばかりだ。
 観光気分などあったものではない。おまけに旅客用フロアといっても窓のひとつもないのだ。ホロTVすら浮かんでいない。乗客も少ない訳である。

 最終ワープ、躰が砂の如く四散するような不可思議な感覚を味わったあとハイファが隣の席からシドの顔を覗き込んだ。

「ほら、疲れるでしょ。エスリン星系で一泊する? どうせ経費も先払いがあるし」
「どうするかな。大捕物やらかす訳じゃねぇからな、このまま行きたいところだが」
「あんまり早く帰るとヴィンティス課長がまた哀しげな目するよ」

「だから早く帰りたいんじゃねぇか」
「ンなこと言って。たまには課長の胃袋にも休暇をあげないと」
「ふん、今頃ほくそ笑んでるぜ。もう太ってるかも知れねぇな」

「まさか。僕は泊まる方に一票ね。降りて次のビャクレイⅢ直行が出航する二十分前まで悩んでいいから。でも顔色、本当に良くないよ」

 いつもなら時間的に「メシだ!」と騒ぐバディがヴィンティス課長に憎まれ口を利きながらも力のない顔つきをしている。ハイファも食欲など感じる余裕はなかった。

 シドの答えを保留したままで貨物艦から降りるとそこは夜だった。

 広大なファイバの地面に何十隻もの宙艦が停泊し、外灯と宙港ビルからの灯りを受けて輝いている。ここ惑星ハルマの標準時は、既にリモータにテラ標準時と並べて表示してあった。現在時は二時前だ。真夜中である。

 自転周期は四十七時間五十八分三十二秒、生活時間はそれを半分にして一日としているらしい。昼の日と夜の日が交互にくる訳だ。

 エアロックの前にはオート走行のリムジンコイルが着けられていた。乗り込んで宙港メイン施設へと向かう。リムジンは宙艦から降りる人々を何ヶ所かで拾い、どっしりとした質量の宙港メインビルのロータリーで接地した。

 大規模宙港事業で外貨を稼いでいるという話だったが、メインビルは二十五階で高さこそなかったものの、タイタンのハブ宙港と比しても遜色のない近代的で明るく清潔な施設だった。それもここは第一宙港、同じようなものがあと二ヶ所あるという。

 ここハルマから百令星系への便は三時間毎にある。終日稼働の宙港、次の便は三時だ。それに乗るならチケットを買って二時四十五分には通関をクリアしなければならない。
 ベンチに腰掛けて窓外の夜を眺めるシドにハイファが柔らかな声をかける。

「無理すること、ないんじゃない?」
「体内時計はまだ昼だし、無理って訳じゃねぇんだがな」
「いつも元気に歩いてる人がその顔色じゃ、どうかなあ。あと二回のワープのダメージ抱えたままでイヴェントストライカっぷり発揮したらどうするのサ」

 嫌味な二つ名を出されて睨みつけたがハイファの顔色も白く感じられる。

「なら次の、その次の便にしようぜ。三時間も仮眠すりゃ充分だろ」
「リラクゼーションルームで? 貴方は初めてここにきたのに情緒がないなあ」
「捜査に情緒を要求するのが間違いだと思うがな」

 勢いをつけて立ち上がったシドに倣ってハイファもあとを追う。こういった大規模宙港には付き物のリラクゼーションルームは二十五階建ての二十四階にあった。最上階はVIPの待合室や展望レストランになっているらしい。
 二人用・喫煙可の部屋のリモータチェッカに左手首を翳して開ける。狭いながらもリフレッシャブースや飲料ディスペンサーまでが完備のリラクゼーションルームは、出る際に内側からリモータでクレジット清算しないと開かないシステムだ。

 遮光ブラインドも半ば開けたままでシドは寝椅子をベッドモードに変えて寝転がった。ハイファもソフトスーツの上着を脱ぎ、執銃を解くと空いたベッドに横になる。
 いつもならどんなに狭くとも一緒のベッドに潜り込んでくるハイファが素直に眠る態勢に入ったのを見て少々可哀相なことをしたかとシドは反省した。

 自分もこれだけ躰が重くだるいのだ。ハイファだって慣れてはいても疲れていない訳がない。こんな強行軍をせずとも構わない、どうせなら泊まれば良かったのだ。
 それにしても丈夫が取り柄でワープの弊害を舐めすぎていたようだ。

 無理の利く範疇を越えた自身の躰に、ふと暴走アンドロイドを思い出して考える。その後を知らなかったが惑星警察の捜査一課は調べを進めているのだろうか。
 あそこまで一般人に対しても牙を剥いたのだ、惑星警察としても放置はできない。だがハイファはテラ連邦軍が動くと言っていた。全てを軍にかっ攫われては立つ瀬がないが相手が中央情報局ともなると惑星警察如きでは歯が立たないだろう――。

 急激に深い眠りに引き込まれたと思えば、窓外からの眩い光でシドの意識は浮上した。瞬き一回の感覚で目に映ったのは、ここエスリン星系第二惑星ハルマのこの地域における昼の日の始まり、恒星エスリンの曙光である。

 起き上がって遮光ブラインドを完全に畳むと、たった三時間前には存在に気付かなかった、急峻な山々の間から朝日が昇ってくるのが望めた。

 この宙港は山裾を切り開いて造ったらしく、目前にそれこそ絵画の如く美しく尖った山渓が迫っている。斜面には緑が広がり山頂や茶色い岩陰には残雪も見えた。それらが朝日に縁取られて輝いている。

 中腹には赤い屋根の山小屋があり、それが一層絵のように見せていた。大昔のアニメーションに出てきそうな風景はテラ本星ではなかなか拝めない。
「窓が額縁みたいだね」

 眠っているとばかり思っていたハイファが目を擦りながら上体を起こしていた。

「絶景だよな。あれ、あの白い島みたいなヤツは何だ? ゆっくり動いてるが」
「あれは点々の集合、たぶん羊か山羊だね。天然の毛織物もここの特産だから」

 別室入りする前の二年間スナイパーだったハイファは抜群の視力を披露する。

「へえ。あの面積だ、何百か何千かだろうな。コーヒー飲むか?」
「ん、頂戴」

 飲料ディスペンサーで淹れたコーヒーの紙コップを手渡してやり、自分は軽金属の小さな灰皿と紙コップを窓のふちに置くと煙草を咥え火を点ける。

「次のビャクレイⅢ便は六時、あと五十分だ。まだ時間はあるが、お前、体調は?」
「うん、結構すっきりしたよ。貴方も顔色、少しは良くなったみたいだね」
「顔洗ったら、何か軽く食おうぜ。腹減った」
「お腹も空く筈だよ、お昼も抜きで本星時間じゃ十六時だもんね」
「お前にそれ以上痩せられるのは困るからな。骨が当たって抱き心地が悪くなる」
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