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第31話
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「頼む、返してくれ。取り敢えず無事かどうかだけでも確認させてくれ」
「ああ、もう、霧島さん。キミもしつこいね」
いよいよ面倒臭そうに携帯で誰かと通話すると、アンセルム=バーナードは三人掛けソファの真ん中で背凭れに両腕を広げてくつろいでみせる。
「こうしているとわたしを殺るくらい簡単だろう? だがこの屋敷には百を超えるわたしの手下がいる。その懐の豆鉄砲ひとつでは、お姫様づれで逃げられはしないよ」
「だから、頼んでいる」
あまりの怒りに脳髄が白熱し、霧島は押し殺した声をようやく喉から絞り出した。
「そうだねえ。まあ、今日は助けて貰ったしねえ」
ノックし黒髪で肌の浅黒い男が入ってくると、これも恭しくドンに礼を取る。
「何でしょう、ドン・バーナード」
「お前らのお姫様、えーと、そうそう鳴海へのお客だ。会わせて、つれてきてやれ」
「はい、承知致しました」
焦り苛立つ気持ちを押さえて霧島は男のあとに続いた。階段を上がり長い廊下を辿り、突き当たりで幾度か曲がる。歩いているうちにいつの間にか廊下は狭くなっていた。手下たちが住み込んでいるのだろう、ドアの間隔が狭く小さな個室が並んでいるのが分かる。
そんな廊下の一角でアジア系の風貌をした男は立ち止まった。
その部屋は廊下に面した窓があるという変わった造りで、室内側ではなく廊下側にブラインドが掛かっている。男が無造作にブラインドの紐を引いた。
「悪いがこの通りだからよ。もう少しだけ待っちゃくれねぇか?」
部屋の中には大きなベッドがあり、それに埋もれてしまいそうなほど華奢な躰に、赤茶色の髪をした男が素っ裸でのしかかって激しく腰を蠢かせていた。
霧島は視界が狭くなるほどの怒りと安堵で呼吸すら忘れた。
「随分と元気に暴れて愉しませてくれたんだがな、今日の昼くらいからピクリとも動きゃしねえ。殆ど死姦も同然よ。ゲオルグもよくやるぜ」
そう言って嗤う黒髪の男に向き直った霧島は、資料で見覚えた忘れられない顔を睨みつけ、押し殺した低い声を食い縛った歯の隙間から吐き出す。
「そうか。ときに貴様は京哉のスポッタだな、デリク=ホフマン」
相手が頷くのも待たず、霧島は下卑た嗤いを浮かべた男の腹に向けシグを抜き撃った。至近距離でのダブルタップがデリクの腹を貫通し廊下の突き当たりに着弾する。
その場で仰向けに倒れ、呻いて藻掻くデリクを跨いで霧島は立った。
「貴様だけはすぐには死なせん。じっくりと己の所業を悔いるがいい」
恐怖に瞳孔の縮んだ目を見つめて両肩にダブルタップ。更に両脚をも撃つ。
呻く男を放置し霧島は振り向くとドアノブを引いて開ける。開かない。上下の蝶番に二射ずつ撃ち込みドアを蹴り飛ばした。ドアが倒れきる前に床に向けて連射する。
部屋の外での異変に気付いていたゲオルグは、慌ててベッドから降りて銃を手に取り床に伏せてドアに向け構えたところだった。だが反撃の一射も霧島に当てられずドア越しに浴びた二発の九ミリパラでその身を一部ペースト状にする。
残弾一発のシグを素早くマグチェンジしてホルスタに収め、霧島はベッドに駆け寄った。逸る気持ちを抑えきれず縋るように華奢な身を揺さぶる。
「京哉……京哉! 分かるか、おい、目を開けろっ! 頼む、目を開けてくれ!」
拉致されて約三日、たった三日でここまで変わってしまうものなのかと霧島は憔悴しきって完全に気を失っている京哉を信じられない思いで見た。
息を詰めて右手首に触れる。脈は……浅く速いが、確かにある。
霧島は間に合った。信じて一直線にやってきたからこそである。そうして壊れた携帯でない生きた京哉と再会を果たせた。確かに感じる。自分たちは引き合ったのだ。
もう、二度と離さない。絶対に。
だが今は大きな安堵に浸っていられる状況ではない。霧島は己を叱咤する。
取り敢えず辺りを見回した。すると足元には血のついたワインボトルが二本転がっていて、一瞬後に京哉がどんな目に遭わされていたのかに考えが及び、激しい怒りがこみ上げる。しかし怒りに任せて暴れる訳にも行かない。深呼吸して自分を宥めた。
何より今は京哉だ。落ちていたくしゃくしゃのスラックスを着せ、靴を履かせる。血のこわばり付いたシーツで元々華奢な上に更に痩せ衰えてしまった躰を包んだ。椅子に掛けられていて割とマシな状態のジャケットとコートを肩から掛ける。毛布も巻きつけた。
更に見回すと床で呻き藻掻いている男が握った銃に目を留める。京哉のシグだ。取り上げて床に落ちていたショルダーホルスタにシグを収め、ホルスタごと霧島は自分のベルトの背に挟み込んだ。
部屋の隅に投げ出されていたショルダーバッグを検め、必要な書類や京哉のパスポートに伊達眼鏡やスペアマガジンなどをコートのポケットに入れる。
もう何も思いつかなくなって意識を失くした上に高熱を発している京哉を抱き上げた。いつもはさらりとしているが今は汚され固まった髪が零れる。大切に抱えた腕に力を込めた。
部屋を出ると当然の処遇であろう、十人ばかりの男たちに取り囲まれる。
「ドン・アンセルム=バーナードの所につれて行け」
「ああ、もう、霧島さん。キミもしつこいね」
いよいよ面倒臭そうに携帯で誰かと通話すると、アンセルム=バーナードは三人掛けソファの真ん中で背凭れに両腕を広げてくつろいでみせる。
「こうしているとわたしを殺るくらい簡単だろう? だがこの屋敷には百を超えるわたしの手下がいる。その懐の豆鉄砲ひとつでは、お姫様づれで逃げられはしないよ」
「だから、頼んでいる」
あまりの怒りに脳髄が白熱し、霧島は押し殺した声をようやく喉から絞り出した。
「そうだねえ。まあ、今日は助けて貰ったしねえ」
ノックし黒髪で肌の浅黒い男が入ってくると、これも恭しくドンに礼を取る。
「何でしょう、ドン・バーナード」
「お前らのお姫様、えーと、そうそう鳴海へのお客だ。会わせて、つれてきてやれ」
「はい、承知致しました」
焦り苛立つ気持ちを押さえて霧島は男のあとに続いた。階段を上がり長い廊下を辿り、突き当たりで幾度か曲がる。歩いているうちにいつの間にか廊下は狭くなっていた。手下たちが住み込んでいるのだろう、ドアの間隔が狭く小さな個室が並んでいるのが分かる。
そんな廊下の一角でアジア系の風貌をした男は立ち止まった。
その部屋は廊下に面した窓があるという変わった造りで、室内側ではなく廊下側にブラインドが掛かっている。男が無造作にブラインドの紐を引いた。
「悪いがこの通りだからよ。もう少しだけ待っちゃくれねぇか?」
部屋の中には大きなベッドがあり、それに埋もれてしまいそうなほど華奢な躰に、赤茶色の髪をした男が素っ裸でのしかかって激しく腰を蠢かせていた。
霧島は視界が狭くなるほどの怒りと安堵で呼吸すら忘れた。
「随分と元気に暴れて愉しませてくれたんだがな、今日の昼くらいからピクリとも動きゃしねえ。殆ど死姦も同然よ。ゲオルグもよくやるぜ」
そう言って嗤う黒髪の男に向き直った霧島は、資料で見覚えた忘れられない顔を睨みつけ、押し殺した低い声を食い縛った歯の隙間から吐き出す。
「そうか。ときに貴様は京哉のスポッタだな、デリク=ホフマン」
相手が頷くのも待たず、霧島は下卑た嗤いを浮かべた男の腹に向けシグを抜き撃った。至近距離でのダブルタップがデリクの腹を貫通し廊下の突き当たりに着弾する。
その場で仰向けに倒れ、呻いて藻掻くデリクを跨いで霧島は立った。
「貴様だけはすぐには死なせん。じっくりと己の所業を悔いるがいい」
恐怖に瞳孔の縮んだ目を見つめて両肩にダブルタップ。更に両脚をも撃つ。
呻く男を放置し霧島は振り向くとドアノブを引いて開ける。開かない。上下の蝶番に二射ずつ撃ち込みドアを蹴り飛ばした。ドアが倒れきる前に床に向けて連射する。
部屋の外での異変に気付いていたゲオルグは、慌ててベッドから降りて銃を手に取り床に伏せてドアに向け構えたところだった。だが反撃の一射も霧島に当てられずドア越しに浴びた二発の九ミリパラでその身を一部ペースト状にする。
残弾一発のシグを素早くマグチェンジしてホルスタに収め、霧島はベッドに駆け寄った。逸る気持ちを抑えきれず縋るように華奢な身を揺さぶる。
「京哉……京哉! 分かるか、おい、目を開けろっ! 頼む、目を開けてくれ!」
拉致されて約三日、たった三日でここまで変わってしまうものなのかと霧島は憔悴しきって完全に気を失っている京哉を信じられない思いで見た。
息を詰めて右手首に触れる。脈は……浅く速いが、確かにある。
霧島は間に合った。信じて一直線にやってきたからこそである。そうして壊れた携帯でない生きた京哉と再会を果たせた。確かに感じる。自分たちは引き合ったのだ。
もう、二度と離さない。絶対に。
だが今は大きな安堵に浸っていられる状況ではない。霧島は己を叱咤する。
取り敢えず辺りを見回した。すると足元には血のついたワインボトルが二本転がっていて、一瞬後に京哉がどんな目に遭わされていたのかに考えが及び、激しい怒りがこみ上げる。しかし怒りに任せて暴れる訳にも行かない。深呼吸して自分を宥めた。
何より今は京哉だ。落ちていたくしゃくしゃのスラックスを着せ、靴を履かせる。血のこわばり付いたシーツで元々華奢な上に更に痩せ衰えてしまった躰を包んだ。椅子に掛けられていて割とマシな状態のジャケットとコートを肩から掛ける。毛布も巻きつけた。
更に見回すと床で呻き藻掻いている男が握った銃に目を留める。京哉のシグだ。取り上げて床に落ちていたショルダーホルスタにシグを収め、ホルスタごと霧島は自分のベルトの背に挟み込んだ。
部屋の隅に投げ出されていたショルダーバッグを検め、必要な書類や京哉のパスポートに伊達眼鏡やスペアマガジンなどをコートのポケットに入れる。
もう何も思いつかなくなって意識を失くした上に高熱を発している京哉を抱き上げた。いつもはさらりとしているが今は汚され固まった髪が零れる。大切に抱えた腕に力を込めた。
部屋を出ると当然の処遇であろう、十人ばかりの男たちに取り囲まれる。
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