上 下
31 / 48

第31話

しおりを挟む
「頼む、返してくれ。取り敢えず無事かどうかだけでも確認させてくれ」
「ああ、もう、霧島さん。キミもしつこいね」

 いよいよ面倒臭そうに携帯で誰かと通話すると、アンセルム=バーナードは三人掛けソファの真ん中で背凭れに両腕を広げてくつろいでみせる。

「こうしているとわたしをるくらい簡単だろう? だがこの屋敷には百を超えるわたしの手下がいる。その懐の豆鉄砲ひとつでは、お姫様づれで逃げられはしないよ」
「だから、頼んでいる」

 あまりの怒りに脳髄が白熱し、霧島は押し殺した声をようやく喉から絞り出した。

「そうだねえ。まあ、今日は助けて貰ったしねえ」

 ノックし黒髪で肌の浅黒い男が入ってくると、これも恭しくドンに礼を取る。

「何でしょう、ドン・バーナード」
「お前らのお姫様、えーと、そうそう鳴海へのお客だ。会わせて、つれてきてやれ」
「はい、承知致しました」

 焦り苛立つ気持ちを押さえて霧島は男のあとに続いた。階段を上がり長い廊下を辿り、突き当たりで幾度か曲がる。歩いているうちにいつの間にか廊下は狭くなっていた。手下たちが住み込んでいるのだろう、ドアの間隔が狭く小さな個室が並んでいるのが分かる。

 そんな廊下の一角でアジア系の風貌をした男は立ち止まった。
 その部屋は廊下に面した窓があるという変わった造りで、室内側ではなく廊下側にブラインドが掛かっている。男が無造作にブラインドの紐を引いた。

「悪いがこの通りだからよ。もう少しだけ待っちゃくれねぇか?」

 部屋の中には大きなベッドがあり、それに埋もれてしまいそうなほど華奢な躰に、赤茶色の髪をした男が素っ裸でのしかかって激しく腰を蠢かせていた。
 霧島は視界が狭くなるほどの怒りと安堵で呼吸すら忘れた。

「随分と元気に暴れて愉しませてくれたんだがな、今日の昼くらいからピクリとも動きゃしねえ。殆ど死姦も同然よ。ゲオルグもよくやるぜ」

 そう言って嗤う黒髪の男に向き直った霧島は、資料で見覚えた忘れられない顔を睨みつけ、押し殺した低い声を食い縛った歯の隙間から吐き出す。

「そうか。ときに貴様は京哉のスポッタだな、デリク=ホフマン」

 相手が頷くのも待たず、霧島は下卑た嗤いを浮かべた男の腹に向けシグを抜き撃った。至近距離でのダブルタップがデリクの腹を貫通し廊下の突き当たりに着弾する。
 その場で仰向けに倒れ、呻いて藻掻くデリクを跨いで霧島は立った。

「貴様だけはすぐには死なせん。じっくりと己の所業を悔いるがいい」

 恐怖に瞳孔の縮んだ目を見つめて両肩にダブルタップ。更に両脚をも撃つ。
 呻く男を放置し霧島は振り向くとドアノブを引いて開ける。開かない。上下の蝶番に二射ずつ撃ち込みドアを蹴り飛ばした。ドアが倒れきる前に床に向けて連射する。

 部屋の外での異変に気付いていたゲオルグは、慌ててベッドから降りて銃を手に取り床に伏せてドアに向け構えたところだった。だが反撃の一射も霧島に当てられずドア越しに浴びた二発の九ミリパラでその身を一部ペースト状にする。

 残弾一発のシグを素早くマグチェンジしてホルスタに収め、霧島はベッドに駆け寄った。逸る気持ちを抑えきれず縋るように華奢な身を揺さぶる。

「京哉……京哉! 分かるか、おい、目を開けろっ! 頼む、目を開けてくれ!」

 拉致されて約三日、たった三日でここまで変わってしまうものなのかと霧島は憔悴しきって完全に気を失っている京哉を信じられない思いで見た。

 息を詰めて右手首に触れる。脈は……浅く速いが、確かにある。

 霧島は間に合った。信じて一直線にやってきたからこそである。そうして壊れた携帯でない生きた京哉と再会を果たせた。確かに感じる。自分たちは引き合ったのだ。

 もう、二度と離さない。絶対に。

 だが今は大きな安堵に浸っていられる状況ではない。霧島は己を叱咤する。
 取り敢えず辺りを見回した。すると足元には血のついたワインボトルが二本転がっていて、一瞬後に京哉がどんな目に遭わされていたのかに考えが及び、激しい怒りがこみ上げる。しかし怒りに任せて暴れる訳にも行かない。深呼吸して自分を宥めた。

 何より今は京哉だ。落ちていたくしゃくしゃのスラックスを着せ、靴を履かせる。血のこわばり付いたシーツで元々華奢な上に更に痩せ衰えてしまった躰を包んだ。椅子に掛けられていて割とマシな状態のジャケットとコートを肩から掛ける。毛布も巻きつけた。

 更に見回すと床で呻き藻掻いている男が握った銃に目を留める。京哉のシグだ。取り上げて床に落ちていたショルダーホルスタにシグを収め、ホルスタごと霧島は自分のベルトの背に挟み込んだ。
 部屋の隅に投げ出されていたショルダーバッグを検め、必要な書類や京哉のパスポートに伊達眼鏡やスペアマガジンなどをコートのポケットに入れる。

 もう何も思いつかなくなって意識を失くした上に高熱を発している京哉を抱き上げた。いつもはさらりとしているが今は汚され固まった髪が零れる。大切に抱えた腕に力を込めた。
 部屋を出ると当然の処遇であろう、十人ばかりの男たちに取り囲まれる。

「ドン・アンセルム=バーナードの所につれて行け」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

織りなす楓の錦のままに

秋濃美月
キャラ文芸
※鳴田るなさんの”身分違いの二人企画”に参加しています。 期間中に連載終了させたいです。させます。 幕藩体制が倒れなかった異世界”豊葦原”の”灯京都”に住む女子高生福田萌子は 奴隷市場に、”女中”の奴隷を買いに行く。 だが、そこで脱走した外国人の男奴隷サラームの巻き起こしたトラブルに巻き込まれ 行きがかり上、彼を買ってしまう。 サラームは色々ワケアリのようで……?

やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この航路を往かねばならぬ/準備万端整えたなら/荒れてもスリル日和だろう◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディPart20[全53話] 釣りを愉しむ機捜隊長・霧島と部下の京哉。電波の届かない洋上で連休を愉しんでいた。だが一旦帰港し再びクルーザーで海に出ると船内で男が勝手に飲み食いし寝ていた。その正体は中央アジアで富む小国の皇太子。窮屈なスケジュールに飽き、警視庁のSPたちをまいて僅かなカネで辿り着いたという。彼の意向で二人がSPに任命された。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能な仕様です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

僕の四角い円~Barter.17~

志賀雅基
キャラ文芸
◆神サマを持つと人は怖い/神の為なら誰にも/神にも折れることを許されないから◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart17[全48話] 高級ホテルの裏通りで45口径弾を七発も食らった死体が発見される。別件では九ミリパラベラムを食らった死体が二体同時に見つかった。九パラの現場に臨場した機捜隊長・霧島と部下の京哉は捜索中に妙に立派ながら覚えのない神社に行き当たる。敷地内を巡って剣舞を舞う巫女と出会ったが、その巫女は驚くほど京哉とそっくりで……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基
キャラ文芸
◆Mission is not my cup of tea.◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart21【海外編】[全62話] 紅茶に紛れてのヘロイン密輸が発覚、機捜隊長・霧島と部下の京哉のバディに特別任務が下った。だが飛んだアジアの国の紅茶の産地は事前情報とは全く違い、周囲と隔絶された西部劇の舞台の如き土地でマフィアが闊歩・横行。たった一人の老保安官は飲んだくれ。与えられた任務は現地マフィアの殲滅。もはや本気で任務遂行させる気があるのか非常に謎でザルな計画が始動した。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

最優先事項~Barter.4~

志賀雅基
ミステリー
◆僕の神様は触れるし/温かくて血も流す/祈る僕は標/暁に灯るルシファー◆ キャリア機捜隊長×年下刑事Part4[全60話+SS] 撃っていない自分の銃で殺人を犯したとして逮捕された刑事・京哉。必ず迎えに行くと約束したバディでキャリアの機捜隊長・霧島は検察送致までの勾留期限48時間以内に証拠を手に入れ本ボシを捕らえようとする。だが銃撃戦で被弾し重傷を負いつつ指定暴力団本家に単身乗り込むも本ボシの組長は常識で計れぬ思考と嗜好の持ち主で……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

許し方を知らず~Barter.5~

志賀雅基
キャラ文芸
◆隠すな/忘れるな/Need to know/全て知りたいのは私の驕りか◆ キャリア機捜隊長×年下刑事のバディシリーズPart5[全47話] 一発必中のスナイパーによる連続射殺事件発生。高性能ライフルと残弾数、被害者の共通点も割れる。カウンタースナイプを要請されたSAT狙撃手は、普段は機動捜査隊に所属する刑事・京哉。バディのスポッタ(観測手)を務めるのはキャリア機捜隊長で京哉のパートナー・霧島。京哉は霧島に殺人をさせたくない思いで単独を条件に任務を受けるが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...