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第7話
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「ったくもう、最初から言ってくれたら邪魔せず協力したのに」
「すまん、本当に悪かった」
「そういうことなら外、張り込みに行きますか?」
「いや、今日はもういい。これ以上うろつくと却って目立つからな」
「そっか。じゃあ明日から僕も参加しますからね」
「お前はだめだ、私だけでいい」
ふいにバッサリ斬るように言われ、京哉はムッとして霧島を見返す。
「どうしてですか、僕に管轄破りをさせたくないからですか?」
「分かっているなら聞き分けてくれ。私はともかく巡査部長のお前がもし責任を問われるような事態になったら、あとがない。だからここは私に任せてくれ」
「そんな、貴方だって一度は懲戒食らった身で、それもまさかのダブル懲戒で二度目の処分は危ないじゃないですか!」
暗殺されかけた京哉を助けた一件で、当時の県警本部長が暗殺肯定派だったこともあり、霧島は勝手に機捜を動かした責任を問われ、異例なまでの厳しい懲戒処分を食らったのだ。
減給に停職……普通は懲戒を食らうと以降の昇任が殆ど不可能になるため誰もが依願退職するものだが、霧島は辞めなかった。辞めなかったことに皆が驚いたほどである。
だがじつは京哉と出会い暗殺肯定派の存在を知った霧島は、全ての暗殺肯定派関係者を検挙する計画を密かに独りで企て、様々な人間関係や組織の繋がり等を計算し尽くし、動かしていたのだ。
そこには機捜を動かすというファクタもあり、最初から自分が懲戒を食らうことまで計算済みで、自分の計画を内側から見守るためにも辞めなかったのである。
勿論、やましいことなどしていないという信念があったので辞める気など欠片もなかった訳だが、何れにせよ霧島のスパコン並みの超計算能力で警視庁までをも動かし、最終的に暗殺肯定派を狩った。京哉のことがバレると拙かったので検挙の罪状が全てが汚職となったのも計算の内だった。
この事実を知るのは霧島本人の他は京哉だけだ。霧島会長も気付いているか。
そんな風にその気になったらとんでもない能力を発揮する霧島だが、特別任務は大概、馬鹿馬鹿しいほど目茶苦茶な出たとこ勝負なので計算しているヒマなどなく、霧島も京哉もガチで命のやり取りになる訳だ。
それはともかく一度は停職と減給なる、ありえないダブル懲戒を食らった霧島だが特別任務に関わり『上』の秘密を更に知り蓄積することで、実際には食らった懲戒もなかったも同然の扱いになっている。狭いキャリアの世界で同期中の警視正昇任一選抜は霧島と囁かれているほどだ。
しかし一度は間違いで済んでも二度目の誤魔化しは利かないだろう。
巡査部長の京哉はあとがないというのもその通りで、通常は警視正から上が国家公務員だが霧島はキャリアで本庁採用だ。つまりまだ警視でも国家公務員である。何かしくじったらサッチョウに呼び戻されて内勤と言ったところだ。
けれど地方公務員の京哉は重い処分を受けたら行き場がない。つまり依願退職という道を辿るしかない。おまけに『知りすぎた男』は命すら危うかった。
俯いた京哉に霧島は説得するでもなく、そう淡々と説明した。
「この張り込みは私が勝手に始めたことだ。勿論、眺めているだけではなく、売人が動いたら私も動く。つまりはまたもスタンドプレイだ。抜け駆けして金星を挙げたい訳ではないが、そう取られても仕方のない行為なのだ。分かってくれ」
「分かりたくなんかないし、僕だって金星なんか欲しくありません。貴方のバディとして扱われたいだけです!」
「私はパートナーとしてお前には家で待っていて欲しい」
「バディとしての僕は要らない、そう言うんですね?」
さすがに霧島もはっきりとは言わなかったが、返事をしたのも同然の沈黙が京哉の目に悔し涙まで浮かばせた。伊達眼鏡を外して、ごしごしと手で目を擦る。
もし本当にカジノや人身売買までが行われているのなら由々しき事態で、それを懸念した霧島がここまで意地になっていることくらい京哉にも分かっていた。
だがそこでこの自分を外そうとする霧島の過剰な思いやりが歯痒い。
「忍さん、もうひとつ訊かせて下さい。僕らは誓い合いましたよね、『一生、どんなものでも一緒に見てゆく』って。貴方は『バディは対等』だとも言いました。それを貴方は反故にする、そう捉えてもいいんですね?」
「そこまで大ごとのつもりではなかったのだがな」
「僕には大ごとで……」
言いかけ京哉はふいに思った。このまま、もしこのまま霧島とバディでなくなったら。
自分のように人を撃ち殺すことだけが得意な人間と離れたら、今後の霧島は僅かでも命のやり取りをするような危険な任務や、それこそ誰かを撃ち殺すことも減る、いや、なくなるんじゃないかと。元通り機捜隊長・霧島忍警視として活き活きと――。
「京哉? どうした京哉?」
「もう……もういいですっ! 貴方の邪魔はしません、それでいいでしょう!」
叫んだ京哉は水割りをごくごく飲み干しバーテンからおかわりを貰う。五杯目を飲んでいる途中で記憶が途切れ、気付くと冷たい夜気の中で霧島に背負われていた。
「目が覚めたか、京哉?」
「……」
「私は自ら始めたことを中途半端に投げ出して、あとで後悔したくないだけだ。ただそれだけなんだ。だから暫くの間だけ笑って見逃がしてくれないか?」
悔しいので京哉は広い背に頬を擦りつけながら、眠ったふりを続けた。
「すまん、本当に悪かった」
「そういうことなら外、張り込みに行きますか?」
「いや、今日はもういい。これ以上うろつくと却って目立つからな」
「そっか。じゃあ明日から僕も参加しますからね」
「お前はだめだ、私だけでいい」
ふいにバッサリ斬るように言われ、京哉はムッとして霧島を見返す。
「どうしてですか、僕に管轄破りをさせたくないからですか?」
「分かっているなら聞き分けてくれ。私はともかく巡査部長のお前がもし責任を問われるような事態になったら、あとがない。だからここは私に任せてくれ」
「そんな、貴方だって一度は懲戒食らった身で、それもまさかのダブル懲戒で二度目の処分は危ないじゃないですか!」
暗殺されかけた京哉を助けた一件で、当時の県警本部長が暗殺肯定派だったこともあり、霧島は勝手に機捜を動かした責任を問われ、異例なまでの厳しい懲戒処分を食らったのだ。
減給に停職……普通は懲戒を食らうと以降の昇任が殆ど不可能になるため誰もが依願退職するものだが、霧島は辞めなかった。辞めなかったことに皆が驚いたほどである。
だがじつは京哉と出会い暗殺肯定派の存在を知った霧島は、全ての暗殺肯定派関係者を検挙する計画を密かに独りで企て、様々な人間関係や組織の繋がり等を計算し尽くし、動かしていたのだ。
そこには機捜を動かすというファクタもあり、最初から自分が懲戒を食らうことまで計算済みで、自分の計画を内側から見守るためにも辞めなかったのである。
勿論、やましいことなどしていないという信念があったので辞める気など欠片もなかった訳だが、何れにせよ霧島のスパコン並みの超計算能力で警視庁までをも動かし、最終的に暗殺肯定派を狩った。京哉のことがバレると拙かったので検挙の罪状が全てが汚職となったのも計算の内だった。
この事実を知るのは霧島本人の他は京哉だけだ。霧島会長も気付いているか。
そんな風にその気になったらとんでもない能力を発揮する霧島だが、特別任務は大概、馬鹿馬鹿しいほど目茶苦茶な出たとこ勝負なので計算しているヒマなどなく、霧島も京哉もガチで命のやり取りになる訳だ。
それはともかく一度は停職と減給なる、ありえないダブル懲戒を食らった霧島だが特別任務に関わり『上』の秘密を更に知り蓄積することで、実際には食らった懲戒もなかったも同然の扱いになっている。狭いキャリアの世界で同期中の警視正昇任一選抜は霧島と囁かれているほどだ。
しかし一度は間違いで済んでも二度目の誤魔化しは利かないだろう。
巡査部長の京哉はあとがないというのもその通りで、通常は警視正から上が国家公務員だが霧島はキャリアで本庁採用だ。つまりまだ警視でも国家公務員である。何かしくじったらサッチョウに呼び戻されて内勤と言ったところだ。
けれど地方公務員の京哉は重い処分を受けたら行き場がない。つまり依願退職という道を辿るしかない。おまけに『知りすぎた男』は命すら危うかった。
俯いた京哉に霧島は説得するでもなく、そう淡々と説明した。
「この張り込みは私が勝手に始めたことだ。勿論、眺めているだけではなく、売人が動いたら私も動く。つまりはまたもスタンドプレイだ。抜け駆けして金星を挙げたい訳ではないが、そう取られても仕方のない行為なのだ。分かってくれ」
「分かりたくなんかないし、僕だって金星なんか欲しくありません。貴方のバディとして扱われたいだけです!」
「私はパートナーとしてお前には家で待っていて欲しい」
「バディとしての僕は要らない、そう言うんですね?」
さすがに霧島もはっきりとは言わなかったが、返事をしたのも同然の沈黙が京哉の目に悔し涙まで浮かばせた。伊達眼鏡を外して、ごしごしと手で目を擦る。
もし本当にカジノや人身売買までが行われているのなら由々しき事態で、それを懸念した霧島がここまで意地になっていることくらい京哉にも分かっていた。
だがそこでこの自分を外そうとする霧島の過剰な思いやりが歯痒い。
「忍さん、もうひとつ訊かせて下さい。僕らは誓い合いましたよね、『一生、どんなものでも一緒に見てゆく』って。貴方は『バディは対等』だとも言いました。それを貴方は反故にする、そう捉えてもいいんですね?」
「そこまで大ごとのつもりではなかったのだがな」
「僕には大ごとで……」
言いかけ京哉はふいに思った。このまま、もしこのまま霧島とバディでなくなったら。
自分のように人を撃ち殺すことだけが得意な人間と離れたら、今後の霧島は僅かでも命のやり取りをするような危険な任務や、それこそ誰かを撃ち殺すことも減る、いや、なくなるんじゃないかと。元通り機捜隊長・霧島忍警視として活き活きと――。
「京哉? どうした京哉?」
「もう……もういいですっ! 貴方の邪魔はしません、それでいいでしょう!」
叫んだ京哉は水割りをごくごく飲み干しバーテンからおかわりを貰う。五杯目を飲んでいる途中で記憶が途切れ、気付くと冷たい夜気の中で霧島に背負われていた。
「目が覚めたか、京哉?」
「……」
「私は自ら始めたことを中途半端に投げ出して、あとで後悔したくないだけだ。ただそれだけなんだ。だから暫くの間だけ笑って見逃がしてくれないか?」
悔しいので京哉は広い背に頬を擦りつけながら、眠ったふりを続けた。
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