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第47話
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捜査員らは狙撃ポイントを確かめては慌ただしく空きテナントを出て行く。
まずはビル内の人々に総当たりで聞き込みだ。並行して敷鑑、つまりマル害である西原沙織の関係者を当たる。
機捜は既に二班体制を取らせていた。周辺を覆面で密行警邏し不審人物に職務質問している筈である。
ここは鑑識に任せて霧島と京哉も空きテナントをあとにする。白いセダンまで戻ると県警本部まで一旦出て覆面に乗り替えた。せめて基幹系無線くらい入らないと不自由な上に不審車両を追うにも緊急走行ができなければ困る。
態勢を整えると他の隊員たちと同じく密行に出た。
「午前中からやってくれる。初動捜査で引っ掛かればいいのだがな」
「人目につかない前夜から潜んでいたのかも知れません。それと敵は腕もそう悪くないですよ。距離は五百近くあったし、二射外しても反動の大きな338ラプアで目的は達してますから」
「そんな人間を雇うだけのルートを三沢派がどう掴んだのかだな」
「ルートですか。あっ、それなら桜木さんに訊いてみたらどうでしょう?」
「桜木か。それもクソ親父の裏情報網だが……いい、使えるものは使うまでだ」
霧島が頷くのを見て京哉は御前に連絡を取った。桜木の携帯ナンバーとメアドを訊き出して通話を切るとすぐさま桜木にメールする。
「返事きました。【本日十五時、メイフェアホテル一階の『フォルクス』で待つ】だそうです。メイフェアホテルは白藤市駅の向こう側でしたっけ?」
「ああ、西口の再開発地だ。ウィンザーほどではないが、あそこも結構格が高い」
格の高いホテル内で悪目立ちしないよう、服を乾かすため京哉がエアコンを強くした。たちまちスーツは乾き始めたが京哉の熱も更に上がったらしく、浅く速くなった吐息に霧島は心配を募らせる。
だが今ここで何を言っても京哉が退くなど有り得ないのも承知していた。どうすべきか考えつつ暫く密行を続け、自分の腹が減ったのを理由にして機捜本部へと戻る。
昼食時をとうに過ぎて詰め所は閑散としていた。銃撃事件を受けて自主的出勤してきた非番隊員らが留守番している程度だ。隊長を見て皆が敬礼し、右手を吊った京哉の代わりに茶を淹れてくれる。その茶で二人は残っていた幕の内弁当を流し込んだ。
するともう十四時四十分で二人はせわしなく詰め所を出ると覆面でメイフェアホテルに向かう。駅の向こう側もビルの林立だが、それらはかなり古くて現在は再開発が進んでいた。
そんな中、新しく浮いて見えるのがメイフェアホテルだ。更に目立つ要素としてレストランなどが入居した最上階付近が円形に張り出し展望台になっている。
地下駐車場に覆面を駐めると二人は一階に上がってロビーに面したカフェテリア・フォルクスに足を踏み入れた。やけに葉っぱの大きな観葉植物があちこちに飾られた店内を見回すと、壁際のボックス席から桜木が手を振っている。
「お久しぶりです、桜木さん」
「おう、京哉。元気でやってるか?」
声を掛け合い京哉は桜木の向かいに腰掛けた。霧島はその隣に座ってウェイターにホットコーヒーを頼む。店内は寒いくらい強烈にエアコンが利いていたからだ。だが熱が上がり切ったのか僅かに頬を紅潮させた京哉はアイスティーを注文した。
近況報告し合う京哉と桜木の会話を聞き、飲料が運ばれてくると霧島も口を開く。
「改めて、宜しく頼む」
「こちらこそ。それで俺に何を訊きたいって?」
相手が御曹司扱いしないのは却って楽だった。こちらもドライに話を切り出す。
「今日のアガサ商事白藤支社への銃撃を知っているな? あの狙撃を成功させ得る上に338ラプア使用銃を調達できる人物に心当たりがあれば教えて欲しい」
「はっきり言って京哉を筆頭に心当たりがありすぎる。絞るヒントはないのか?」
「スナイパーを雇ったのはアガサ商事本社専務の三沢とその一派だと思われる」
冷めたコーヒーが半分残ったカップを前に桜木は腕組みしてニヤリと笑った。
「それなら話は早い。三沢派のアガサ商事乗っ取り話は俺も聞いている。だが三沢は逮捕された城山の傀儡、そんな木偶並みの男がカネをバラ撒いてもまともなプロなら警戒して近づかん。食いつくのは三流以下だ。しかし馬鹿にスナイプはできん」
「確かにな。それで?」
「プロでなく早急にカネが欲しい奴で俺が知っているのは、パクられた海棠組の富樫の飼い犬で田宮という男くらいだ。富樫が面白がってクレーや海外のハンティングだの射撃ツアーにも参加させていた。その入賞結果が俺のファイルにある訳だ」
そのファイルを寄越せと霧島は言いたかったが、今は桜木を敵に回すのは悪手だ。
「なるほど。だが何故その田宮が急いでカネを都合したがる?」
「組長不在の海棠組が分裂しかけてるのは知ってるか? その海棠組は三つに分かれて再生するという情報が俺の耳に入ってる。それら分裂中の組で幹部の席を巡って椅子取りゲームが始まってるんだが、やはりそこでも最大の武器はカネなんだ」
一気に喋って桜木はコーヒーを飲む。そこから霧島が引き取って続けた。
「特に富樫に目をかけられていた田宮は単なるチンピラに戻りたくない筈、組で主要ポストに就くためのカネを稼ぐと同時に得意のスナイプで箔をつけたのか」
「ご名答、話が早くて助かる。但し、これは俺の予想でしかないからな」
「自信がないのか?」
「九割五分しか」
おどけた桜木は京哉と再び話し始め、霧島は機捜にコールして今の話を簡潔に部下に告げる。あくまで予想でしかないが、外すことを恐れず組対や捜一にも話を上げるよう言づけた。その三分後には組対・薬銃課の箱崎警視からコールが入る。
話し込んでから通話を切った霧島は京哉と桜木の目に促されて通話内容を話した。
「組対が女のヤサにいた田宮を発見、行確を就けたそうだ」
「もう行動確認って、やけに早くないですか?」
「女のヤサには別件でずっと張り付いていたらしい。検挙も時間の問題だろう」
「じゃあ、あとは締め上げて三沢との関係を吐かせるだけですね」
「おそらくな。そろそろ本部に戻ろうと思うのだが」
「そうでした、すみません。思わず話し込んじゃって」
腰を上げ、経費で落とすという桜木がチェックを済ませる。地下駐車場に着くまで桜木は京哉と話を弾ませていた。だが各々が車に乗り込む間際になってふいに訊く。
「京哉。お前を陥れスナイパーに嵌めた挙げ句、殺そうとした俺を恨んでいるか?」
「いいえ、憎んでなんかいませんよ」
「それは本当か? じつはその銃で撃ち殺したいほど憎んでるんじゃないのか?」
ずり下がった伊達眼鏡を押し上げながら京哉は笑った。
「そんな訳ないじゃないですか。だって桜木さんが教えてくれたんですよ?」
「俺が何を教えたって?」
「スナイパーはスコープの向こうのターゲットをただ殺すだけ、ターゲットを憎んだり恨んだりする必要なんかこれっぽっちもないんだってことを、ですよ」
朗らかな京哉の笑い声を桜木だけでなく霧島も身を固くして聞いていた。
まずはビル内の人々に総当たりで聞き込みだ。並行して敷鑑、つまりマル害である西原沙織の関係者を当たる。
機捜は既に二班体制を取らせていた。周辺を覆面で密行警邏し不審人物に職務質問している筈である。
ここは鑑識に任せて霧島と京哉も空きテナントをあとにする。白いセダンまで戻ると県警本部まで一旦出て覆面に乗り替えた。せめて基幹系無線くらい入らないと不自由な上に不審車両を追うにも緊急走行ができなければ困る。
態勢を整えると他の隊員たちと同じく密行に出た。
「午前中からやってくれる。初動捜査で引っ掛かればいいのだがな」
「人目につかない前夜から潜んでいたのかも知れません。それと敵は腕もそう悪くないですよ。距離は五百近くあったし、二射外しても反動の大きな338ラプアで目的は達してますから」
「そんな人間を雇うだけのルートを三沢派がどう掴んだのかだな」
「ルートですか。あっ、それなら桜木さんに訊いてみたらどうでしょう?」
「桜木か。それもクソ親父の裏情報網だが……いい、使えるものは使うまでだ」
霧島が頷くのを見て京哉は御前に連絡を取った。桜木の携帯ナンバーとメアドを訊き出して通話を切るとすぐさま桜木にメールする。
「返事きました。【本日十五時、メイフェアホテル一階の『フォルクス』で待つ】だそうです。メイフェアホテルは白藤市駅の向こう側でしたっけ?」
「ああ、西口の再開発地だ。ウィンザーほどではないが、あそこも結構格が高い」
格の高いホテル内で悪目立ちしないよう、服を乾かすため京哉がエアコンを強くした。たちまちスーツは乾き始めたが京哉の熱も更に上がったらしく、浅く速くなった吐息に霧島は心配を募らせる。
だが今ここで何を言っても京哉が退くなど有り得ないのも承知していた。どうすべきか考えつつ暫く密行を続け、自分の腹が減ったのを理由にして機捜本部へと戻る。
昼食時をとうに過ぎて詰め所は閑散としていた。銃撃事件を受けて自主的出勤してきた非番隊員らが留守番している程度だ。隊長を見て皆が敬礼し、右手を吊った京哉の代わりに茶を淹れてくれる。その茶で二人は残っていた幕の内弁当を流し込んだ。
するともう十四時四十分で二人はせわしなく詰め所を出ると覆面でメイフェアホテルに向かう。駅の向こう側もビルの林立だが、それらはかなり古くて現在は再開発が進んでいた。
そんな中、新しく浮いて見えるのがメイフェアホテルだ。更に目立つ要素としてレストランなどが入居した最上階付近が円形に張り出し展望台になっている。
地下駐車場に覆面を駐めると二人は一階に上がってロビーに面したカフェテリア・フォルクスに足を踏み入れた。やけに葉っぱの大きな観葉植物があちこちに飾られた店内を見回すと、壁際のボックス席から桜木が手を振っている。
「お久しぶりです、桜木さん」
「おう、京哉。元気でやってるか?」
声を掛け合い京哉は桜木の向かいに腰掛けた。霧島はその隣に座ってウェイターにホットコーヒーを頼む。店内は寒いくらい強烈にエアコンが利いていたからだ。だが熱が上がり切ったのか僅かに頬を紅潮させた京哉はアイスティーを注文した。
近況報告し合う京哉と桜木の会話を聞き、飲料が運ばれてくると霧島も口を開く。
「改めて、宜しく頼む」
「こちらこそ。それで俺に何を訊きたいって?」
相手が御曹司扱いしないのは却って楽だった。こちらもドライに話を切り出す。
「今日のアガサ商事白藤支社への銃撃を知っているな? あの狙撃を成功させ得る上に338ラプア使用銃を調達できる人物に心当たりがあれば教えて欲しい」
「はっきり言って京哉を筆頭に心当たりがありすぎる。絞るヒントはないのか?」
「スナイパーを雇ったのはアガサ商事本社専務の三沢とその一派だと思われる」
冷めたコーヒーが半分残ったカップを前に桜木は腕組みしてニヤリと笑った。
「それなら話は早い。三沢派のアガサ商事乗っ取り話は俺も聞いている。だが三沢は逮捕された城山の傀儡、そんな木偶並みの男がカネをバラ撒いてもまともなプロなら警戒して近づかん。食いつくのは三流以下だ。しかし馬鹿にスナイプはできん」
「確かにな。それで?」
「プロでなく早急にカネが欲しい奴で俺が知っているのは、パクられた海棠組の富樫の飼い犬で田宮という男くらいだ。富樫が面白がってクレーや海外のハンティングだの射撃ツアーにも参加させていた。その入賞結果が俺のファイルにある訳だ」
そのファイルを寄越せと霧島は言いたかったが、今は桜木を敵に回すのは悪手だ。
「なるほど。だが何故その田宮が急いでカネを都合したがる?」
「組長不在の海棠組が分裂しかけてるのは知ってるか? その海棠組は三つに分かれて再生するという情報が俺の耳に入ってる。それら分裂中の組で幹部の席を巡って椅子取りゲームが始まってるんだが、やはりそこでも最大の武器はカネなんだ」
一気に喋って桜木はコーヒーを飲む。そこから霧島が引き取って続けた。
「特に富樫に目をかけられていた田宮は単なるチンピラに戻りたくない筈、組で主要ポストに就くためのカネを稼ぐと同時に得意のスナイプで箔をつけたのか」
「ご名答、話が早くて助かる。但し、これは俺の予想でしかないからな」
「自信がないのか?」
「九割五分しか」
おどけた桜木は京哉と再び話し始め、霧島は機捜にコールして今の話を簡潔に部下に告げる。あくまで予想でしかないが、外すことを恐れず組対や捜一にも話を上げるよう言づけた。その三分後には組対・薬銃課の箱崎警視からコールが入る。
話し込んでから通話を切った霧島は京哉と桜木の目に促されて通話内容を話した。
「組対が女のヤサにいた田宮を発見、行確を就けたそうだ」
「もう行動確認って、やけに早くないですか?」
「女のヤサには別件でずっと張り付いていたらしい。検挙も時間の問題だろう」
「じゃあ、あとは締め上げて三沢との関係を吐かせるだけですね」
「おそらくな。そろそろ本部に戻ろうと思うのだが」
「そうでした、すみません。思わず話し込んじゃって」
腰を上げ、経費で落とすという桜木がチェックを済ませる。地下駐車場に着くまで桜木は京哉と話を弾ませていた。だが各々が車に乗り込む間際になってふいに訊く。
「京哉。お前を陥れスナイパーに嵌めた挙げ句、殺そうとした俺を恨んでいるか?」
「いいえ、憎んでなんかいませんよ」
「それは本当か? じつはその銃で撃ち殺したいほど憎んでるんじゃないのか?」
ずり下がった伊達眼鏡を押し上げながら京哉は笑った。
「そんな訳ないじゃないですか。だって桜木さんが教えてくれたんですよ?」
「俺が何を教えたって?」
「スナイパーはスコープの向こうのターゲットをただ殺すだけ、ターゲットを憎んだり恨んだりする必要なんかこれっぽっちもないんだってことを、ですよ」
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