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第32話

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 翌日は京哉も立ち歩けるようになり霧島と共に白いセダンで出勤した。機捜の詰め所に入ると副隊長も逃げずデスクに就いていて安堵する。
 隊員の交代に立ち会ったり書類に手を付けたりしながら過ごし、十時十分前になって三人は詰め所から出た。

 五分前には最上階の十六階にある秘書室に顔を出し、十時ジャストには三人並んで県警本部長室の応接セットのソファに腰掛けていた。
 この際、階級より感情を重視して霧島と京哉に小田切の順で三人掛けソファに座っていたが、京哉は隣の小田切が相当緊張しているのを感じ取る。

 前を向いたままリラックスさせようと囁いた。

「そんなに固くならなくても、取って食われやしませんよ」
「おまけに貴様の悪事は報告済み、今更真面目ぶっても手遅れだからな」
「俺、あんたらが分からない。あまりの馬鹿で状況が掴めてない訳でもないよな?」
「状況はちゃんと掴んでいる。貴様ほど大馬鹿でもないから自分のごく近い将来を見通すだけの能力もある。それより固くなりすぎだ。まともな話ができるのか?」
「そうそう。肩の力を抜いて霧島警視の海底ケーブル並みに図太い神経を見習って」
「何を言うんだ、鳴海巡査部長。私の神経はケサランパサラン並みだぞ」
「割と変なことを知ってますよね?」

 三人は肘でつつき合いをしながら囁き合い、既に向かいの三人掛けソファに独りで腰を下ろしている部屋の主を眺めていた。京哉はじっと一ノ瀬警視監を観察する。

 相手が六階級も上の雲上人であっても過去たびたび呼び出されている京哉には、まるで緊張感が欠けていた。勿論最初の頃は今の小田切並みに緊張していたが、最近になって緊張するのに飽きたため、霧島の態度に倣おうと決めたのである。

 やや無遠慮に見つめた本部長は京哉ほどの身長ながら、霧島二人分でも足りないくらい目方があると思われた。特注したのだろう制服の前ボタンは弾け飛ぶ寸前で、不自然なほど黒々とした髪を整髪料でぺったりと撫でつけた様子は、まるきり幕下力士のようである。

 だがこれでメディアを通じた世論操作を大得意とする、なかなかの切れ者なのだ。

 しかし全くミテクレに気を遣っていないらしく、紅茶にスティックシュガーを三本も入れて掻き回している。ロウテーブルの中央にはクッキーの入った大きな丸い缶が置かれ、それも半分ほどが消えていて本部長の胃袋で消化中らしかった。

 そんな本部長は紅茶で口を湿らせてからテノールを響かせた。

「まあまあ、茶でも飲んでこれでも食べてくれたまえ。小田切くんも、ほら」
「はっ、では頂きます!」

 促された小田切は勢い淹れたての紅茶を一気に半分ほど飲み、熱さで涙目になりながらもクッキーをひとつ摘んで口に入れ、粉を吸い込んで咳き込み再び涙目になる。

「意外ですよね、小田切さんが普通の警察官みたいに見えるなんて」
「だがこれが正常な反応なのかも知れんな。私たちは戻れん世界だが」
「でも今回の計画から小田切さんは外せないですしね」
「ハードラックにようこそという訳だ」
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