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第14話
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翌日には京哉もベッドから自力脱出が可能になった。
だがやはり少々腰が据わらないのと休日に早起きする必要もないので、ベッドで霧島と二人ダラダラごろごろと過ごしていた。
しかし九時過ぎに玄関チャイムが鳴って起こされた。どうせ新聞の勧誘か何かだろうと思って二人とも無視を決め込もうとしたが、チャイムはしつこく鳴っている。
「何だかこれ以上は寝かせて貰えそうにないみたいですね」
「仕方ない、起きるか」
来訪者は放置したまま着替えた。京哉は長袖Tシャツとジーンズ、霧島は機捜隊長として常に呼び出しを食らうことを想定しているため、普段からドレスシャツとスラックスである。慣れているので肩も凝らない。
のんびりと着替えたが、まだチャイムは鳴っていた。
「なかなか根性のある新聞屋さんですよね」
「確かにな。だが一階エントランスのオートロックを突破してくるのは問題だ」
「管理会社さんに言ってテンキーパネルのコードを変えて貰った方がいいのかも」
暢気に喋る二人は来訪者に興味の欠片もなく、キッチンで朝食の準備を始める。
昨夜霧島が作っておいた茹で卵を刻んでマヨネーズとからしで和えた。京哉は薄切り食パンにチーズとハムを載せてトーストする。レタスを洗って手でちぎりトマトをスライスした。ハムチーズトーストにレタスとトマト、卵サラダを挟んでミックスサンドの出来上がりだ。
四つ切りにして食パン一袋分を大きなプレートに盛りつける。
あとはポットの湯でインスタントコーヒーを淹れるだけだったが、さすがに食事は静かに味わいたかった。何とまだ玄関チャイムは鳴らされているのである。
「粘着気質の新聞屋さんですね」
「出るしかないということか」
しかし自分たちが暴力団に恨まれていて特別に職務時間外の銃携帯を許可されている事実も忘れていない。来訪者がヒットマンの場合を考え二人は寝室からシグ・ザウエルP230JPを持ち出してくるとベルトの背に挟んでコンシールドした。
「では開けるぞ、いいな。三、二、一――」
ドアを開けて霧島は反射的にうんざりし、京哉は目を瞬かせる。
「いつまで待たせるんだよ、あんたらは」
立っていたのは小田切だったのだ。ジーンズに綿のシャツとジャケットという姿は結構涼しげで色男に見えなくもなかったが長く放置されて思い切り不貞腐れている。
けれど招かざる客を室内に上げず、霧島は問答無用でドアを閉めようとした。
「ちょっと待ってくれ、無視することはないだろ!」
「五月蠅い、不幸は間に合っている。その足を退けろ、ドアが閉まらん」
「何も俺は不幸を配達に来た訳じゃない!」
「いいから足を潰されたくなければ退けろ」
それでもドアに靴を挟んだ小田切は強引にドアをこじ開ける。霧島が怒鳴った。
「京哉、不法侵入で現逮だ、撃て! 射殺しろ!」
「不法侵入如きで射殺するサツカンが何処にいる! 京哉くんもトリガに指、指!」
「大体、貴様はどうやってここを知った?」
「まあまあ、そんなのどうでもいいじゃないか」
「さては警務部の制服婦警をタラし込んだな?」
否定せずニッと笑った小田切は靴を脱ぎ勝手に上がり込んでくる。そして片手に提げていた大きなフルーツかごを京哉に渡した。それだけでなくピンクの薔薇の花束まで差し出す。
フルーツかごとシグで両手の塞がった京哉の代わりに花束は霧島が受け取り、それらを手に二人は顔を見合わせた。
口も利きたくないと顔に書いてある霧島の代わりに京哉が訊く。
「小田切さん、これはいったい何なんですか?」
「見舞いの品に決まっている。でも元気になったみたいで何よりだよ」
「はあ、お見舞いですか。有難うございます。気を遣わせてすみません」
「用が済んだなら帰れ。朝飯が不味くなる」
「そう無下にしなくてもいいじゃないか。朝飯か、旨そうだなあ」
茶色い瞳をキッチンのテーブルに向けて、しみじみ呟いた途端に小田切の腹が鳴った。京哉は溜息をついてフルーツかごを置き、洗面所に水を溜めて薔薇の花十本を浸けるとマグカップを三つ出してインスタントコーヒーを淹れる。
準備が整うと霧島をチラ見して、その眉間のシワを強烈に意識しつつ促した。
「沢山作ったし、小田切さんもいかがですか?」
「おっ、いいのかい?」
「良くないに決まっている、帰れ!」
「いやいや、悪いなあ。腹が減っていたんだよ、うん」
実際ここまできていいも悪いもなく京哉は曖昧に笑って着席する。霧島はいつもなら京哉の向かいが指定席だが今に限っては隣に座り、向かいに小田切が腰掛けた。三人揃って行儀良く手を合わせ挨拶すると先を争い食べ始めた。
「俺は朝飯を食う習慣はないんだが、これは旨いねえ」
「私たち二人の『愛のお裾分け』だ。旨いに決まっているだろう」
「何でそこだけ強調するんだい?」
「事実だからだ。それより本当に貴様は何をしに来たんだ?」
「だから見舞いだよ、愛の告白も兼ねてね」
「私は貴様の愛など要らん」
「……天然か?」
喋りながら男三人であっという間にミックスサンドを食い尽くし、京哉が皆に二杯目のコーヒーを配給した。京哉と小田切は煙草タイムである。京哉は二本で切り上げて薔薇を活けようと思ったが、この部屋には花瓶がないと気付いて困った。
代替品として使用可能な物体を目で探した挙げ句、灰色の目に訊くと霧島は鼻を鳴らす。
「ふん。そんなものは三角コーナーにでも投げ込んでおけ」
「お花農家のご苦労も考えて下さい。人はともかく花に罪はないじゃないですか」
「なるほど、それもそうだな。人は捨てても花は取っておくか」
「あんたらって地味に酷い奴らだな」
「花瓶はスーパーカガミヤに売っていたか?」
「それらしきものを見たような気がします。じゃあ買い物ですね」
だがやはり少々腰が据わらないのと休日に早起きする必要もないので、ベッドで霧島と二人ダラダラごろごろと過ごしていた。
しかし九時過ぎに玄関チャイムが鳴って起こされた。どうせ新聞の勧誘か何かだろうと思って二人とも無視を決め込もうとしたが、チャイムはしつこく鳴っている。
「何だかこれ以上は寝かせて貰えそうにないみたいですね」
「仕方ない、起きるか」
来訪者は放置したまま着替えた。京哉は長袖Tシャツとジーンズ、霧島は機捜隊長として常に呼び出しを食らうことを想定しているため、普段からドレスシャツとスラックスである。慣れているので肩も凝らない。
のんびりと着替えたが、まだチャイムは鳴っていた。
「なかなか根性のある新聞屋さんですよね」
「確かにな。だが一階エントランスのオートロックを突破してくるのは問題だ」
「管理会社さんに言ってテンキーパネルのコードを変えて貰った方がいいのかも」
暢気に喋る二人は来訪者に興味の欠片もなく、キッチンで朝食の準備を始める。
昨夜霧島が作っておいた茹で卵を刻んでマヨネーズとからしで和えた。京哉は薄切り食パンにチーズとハムを載せてトーストする。レタスを洗って手でちぎりトマトをスライスした。ハムチーズトーストにレタスとトマト、卵サラダを挟んでミックスサンドの出来上がりだ。
四つ切りにして食パン一袋分を大きなプレートに盛りつける。
あとはポットの湯でインスタントコーヒーを淹れるだけだったが、さすがに食事は静かに味わいたかった。何とまだ玄関チャイムは鳴らされているのである。
「粘着気質の新聞屋さんですね」
「出るしかないということか」
しかし自分たちが暴力団に恨まれていて特別に職務時間外の銃携帯を許可されている事実も忘れていない。来訪者がヒットマンの場合を考え二人は寝室からシグ・ザウエルP230JPを持ち出してくるとベルトの背に挟んでコンシールドした。
「では開けるぞ、いいな。三、二、一――」
ドアを開けて霧島は反射的にうんざりし、京哉は目を瞬かせる。
「いつまで待たせるんだよ、あんたらは」
立っていたのは小田切だったのだ。ジーンズに綿のシャツとジャケットという姿は結構涼しげで色男に見えなくもなかったが長く放置されて思い切り不貞腐れている。
けれど招かざる客を室内に上げず、霧島は問答無用でドアを閉めようとした。
「ちょっと待ってくれ、無視することはないだろ!」
「五月蠅い、不幸は間に合っている。その足を退けろ、ドアが閉まらん」
「何も俺は不幸を配達に来た訳じゃない!」
「いいから足を潰されたくなければ退けろ」
それでもドアに靴を挟んだ小田切は強引にドアをこじ開ける。霧島が怒鳴った。
「京哉、不法侵入で現逮だ、撃て! 射殺しろ!」
「不法侵入如きで射殺するサツカンが何処にいる! 京哉くんもトリガに指、指!」
「大体、貴様はどうやってここを知った?」
「まあまあ、そんなのどうでもいいじゃないか」
「さては警務部の制服婦警をタラし込んだな?」
否定せずニッと笑った小田切は靴を脱ぎ勝手に上がり込んでくる。そして片手に提げていた大きなフルーツかごを京哉に渡した。それだけでなくピンクの薔薇の花束まで差し出す。
フルーツかごとシグで両手の塞がった京哉の代わりに花束は霧島が受け取り、それらを手に二人は顔を見合わせた。
口も利きたくないと顔に書いてある霧島の代わりに京哉が訊く。
「小田切さん、これはいったい何なんですか?」
「見舞いの品に決まっている。でも元気になったみたいで何よりだよ」
「はあ、お見舞いですか。有難うございます。気を遣わせてすみません」
「用が済んだなら帰れ。朝飯が不味くなる」
「そう無下にしなくてもいいじゃないか。朝飯か、旨そうだなあ」
茶色い瞳をキッチンのテーブルに向けて、しみじみ呟いた途端に小田切の腹が鳴った。京哉は溜息をついてフルーツかごを置き、洗面所に水を溜めて薔薇の花十本を浸けるとマグカップを三つ出してインスタントコーヒーを淹れる。
準備が整うと霧島をチラ見して、その眉間のシワを強烈に意識しつつ促した。
「沢山作ったし、小田切さんもいかがですか?」
「おっ、いいのかい?」
「良くないに決まっている、帰れ!」
「いやいや、悪いなあ。腹が減っていたんだよ、うん」
実際ここまできていいも悪いもなく京哉は曖昧に笑って着席する。霧島はいつもなら京哉の向かいが指定席だが今に限っては隣に座り、向かいに小田切が腰掛けた。三人揃って行儀良く手を合わせ挨拶すると先を争い食べ始めた。
「俺は朝飯を食う習慣はないんだが、これは旨いねえ」
「私たち二人の『愛のお裾分け』だ。旨いに決まっているだろう」
「何でそこだけ強調するんだい?」
「事実だからだ。それより本当に貴様は何をしに来たんだ?」
「だから見舞いだよ、愛の告白も兼ねてね」
「私は貴様の愛など要らん」
「……天然か?」
喋りながら男三人であっという間にミックスサンドを食い尽くし、京哉が皆に二杯目のコーヒーを配給した。京哉と小田切は煙草タイムである。京哉は二本で切り上げて薔薇を活けようと思ったが、この部屋には花瓶がないと気付いて困った。
代替品として使用可能な物体を目で探した挙げ句、灰色の目に訊くと霧島は鼻を鳴らす。
「ふん。そんなものは三角コーナーにでも投げ込んでおけ」
「お花農家のご苦労も考えて下さい。人はともかく花に罪はないじゃないですか」
「なるほど、それもそうだな。人は捨てても花は取っておくか」
「あんたらって地味に酷い奴らだな」
「花瓶はスーパーカガミヤに売っていたか?」
「それらしきものを見たような気がします。じゃあ買い物ですね」
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