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第33話

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 約五百年前に入植を開始したという百令星系第三惑星ビャクレイⅢは、タイタンからワープ六回という遠さを差し置いてでもテラが欲しがった惑星である。
 豊富な地下資源に恵まれ、大気組成も手を加えることなく人類が生存可能だったという奇跡の星だ。自転周期も本星とほぼ同じの約二十四時間である。

 そこで大成功した第一次入植者たちは、まさに貴族の如き生活を営んでいるのだ。のちに第四惑星ビャクレイⅣ・第五惑星ビャクレイⅤの開発とともに入植した労働者層も決して生活水準は低くないが、貴族は彼らと一線を画す存在で、桁違いの財力を手にしているという。

「貴族が貴族の生活を捨てて入植してるとは限らないよ。それこそ投機対象としてる人間の方が、入植者には多いんじゃないのかな?」
「じゃあ、やっぱり困窮なんかしてねぇだろうが」
「うーん、何パーセントかは人生賭けてきた人もいるかも」

「そいつはもういい。それより個人BELのレンタル屋を当たってくれ」
「えっ、もしかして今すぐ?」
「もしかしなくても今すぐだ。五千キロならマッハ二で二時間、丁度遊びの時間だろ?」

◇◇◇◇

「おお、これはなかなかに美しいではないか!」

 上空から俯瞰したワーメックは、レックスでなくとも思わず声を上げたくなるような光景だった。他星のそれに比べれば小規模だが、星系首都のタンタールですら半分明かりが消えたような有様だった上に、二時間も暗い荒野の上空を飛んできた目には、まさに宝石箱を引っ繰り返したようにも映った。

 それは鉱山ではなくひとつの街、まだまだ増殖を続ける歓楽街だった。

 ずっとオートパイロットで飛んできた借り物のBELを、今はテラ連邦軍のBEL手動操縦資格・通称ウィングマークを持つハイファが低空・低速で維持させている。

 眩く煌めくワーメックの街は背後の三方を鉱山跡に囲まれ、残る一方が海に面して作られていた。それは光の粒が海へと流れ出しているようにも見え、緩く打ち寄せる波を輝かせて、その美しさは他星のリゾート地もかくやという風情である。

「リゾートって言えば、あの宙艦の客はこいつが目当てだったのかも知れねぇな」

 宙艦で同乗した、何をしに来たのかさっぱり分からなかった一団を思い出してシド。

「知る人ぞ知るっていうので売ってるのかもね」
「何にせよ、鉱山で穴掘って暮らそうっつー意志は感じられねぇよな」

 ここにくるまでに夜間飛行ながらも幾つかの鉱山に寄ってはみたのだ。だが素人目ではあるものの、鉱山はハリボテだとしか思えなかった。打ち棄てられた掘削機械はいつの時代のモノかも分からないセコハンで、土壌を引っ掻いた跡も妙に新しいものが散見されたのみだった。

「もう、第三者委員会の有識者をダマそうって気もねぇよな、あれじゃ」
「最初から賄賂を包んで『はい、どうぞ』ってお帰り願ったんじゃない?」
「あとはここの責任者、ガイ=ハムネットとやらを引っ張り出して吐かせるだけだな」
「えーっ、そこまでやるの?」

 それこそ有識者を叩くのと変わらない、優雅でない仕事にハイファは乗り気ではなかった。だが喩えシドの本当の目的がロニアマフィアの流すバンシーだとしても、別室任務に対してやる気になってくれているのは有難いと思うべきだろう。

「何をごちゃごちゃ言っているのだ、早く降りて遊ぼうではないか!」
「はいはい、分かった、分かりました……んー、何処に駐めようかな」

 レーダー反射で空港のタワーからのものと思しき電波をキャッチし、取り敢えずそちらに向かう。海上から僅かに高度を取って左旋回した。緩やかに下降してゆくと、空港と思ったのはビルの屋上だというのが分かる。このワーメックの街で一番高いらしい三十階建て前後のビルが三棟並んで平面を作り、そこに数十機ものBELが整然と駐まっていた。

 ビルとBELの座標モニタを見比べ、同期させると『ネレイデスホテル』と出る。

「いよいよリゾートホテルだなあ」

 不特定多数の人間がBELを置いて遊びに出ているのだから駐機場としては安全だろうと思い、一番海側の一棟に降下して小型BELの列の端にランディングさせた。

 三人揃って降りてみると、潮の香り混じりの強風にハイファとレックスのしっぽもシドの黒髪も吹き乱される。だが風自体は涼しさを含み、不快ではなかった。ネレイデスホテルの屋上をぐるりと取り囲む七色のネオンで見通しも悪くない。

 駐機料金のことが気になったハイファだが、誰も取り立てにこないので忘れたフリをして、シドとともに屋上に建つエレベーターホールへと歩き始めた。だが、ふいにレックスの姿が見えないことに気付く。振り向くとネオン輝く電子看板二枚の間から大声がした。

「わははは、わたしはこれで下に降りるぞ!」

「……って、アレはナニ?」
「お前ハイファ、知らねぇのか。あれはウォータースライダーってヤツだ。水が流れて摩擦をなくしたチューブの滑り台を降りると、下がプールになっててジャボーン!」
「それは知ってます。でも、クリーム色のスーツに赤と青のタイ締めて?」
「って……おい、レックス、ちょっと待った!」

 二人がウォータースライダーの大きなチューブに駆けつけたときには遅かった。既にレックスは「あ~っ!」とも「おお~っ!」ともつかない雄叫びを上げて、うねうねと複雑怪奇にねじ曲がるチューブの中へと吸い込まれたあとだった。
 不幸中の幸いといえばチューブには水など流れていなかったことだが、ビルの縁から覗いた吐き出し口はしっかり海を囲って作ったプールになっている。
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