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第28話
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ナイト損保からある程度のクレジットを貰ったらしいレックスは、シドとハイファに一本ずつ果汁飲料を配給した。更に何の実験をしたかったのか、バッグからタマゴまで取り出したのにはシドも呆れる。
「おい、そいつは生じゃねぇだろうな?」
「安心せよ、今朝ハイファスが作った茹で卵だ!」
デカい声に遠足状態、自分たちが果てしなく目立っていることにとっくに気付いていたシドは、溜息を押し殺してハイファに手渡されたオレンジジュースに口をつけた。
その間にハイファがレックスにワープについての注意を述べている。
「――人体に負担を掛けるから、原則的にはショートワープを除いて星系間ワープは一日三回まで。それに怪我の治療を怠ってのワープも厳禁、亜空間で血を攫われて、ワープアウトしたら真っ白な死体になってることも有り得るからね――」
などと説明した甲斐があったのか、出航二十分後のショートワープ時にもレックスは意外と大人しかった。
「おお……躰が砂になってまた戻ったようだな」
「気分は悪くない?」
「少々の眩暈がしたが、大丈夫だ。これであと二十分で土星に着くのだな?」
「土星じゃなくて土星の衛星タイタンだよ。第七宙港まであるけど、これは第一宙港に着く」
「なるほど、そうか……なるほど」
深く感じ入ったように呟いて、レックスはまた窓外の星々を眺め始めた。
その隙にシドがハイファに訊く。
「で、アルケー星系便は何処から出てるんだ?」
「資料によれば第三宙港から。勿論ここは僕も行ったことがない」
「俺たちまで困窮の煽りを食らわなきゃいいけどな」
残り二十分の航行も無事に終え、シャトル便はタイタン第一宙港に到着した。ここでもシャトル便は二階ロビーフロアに直接エアロックを接続する。
「第三宙港まで定期BELだよ。屋上から出るから少し急いで」
ハイファがレックスを急き立てて、宙港メインビルの屋上にエレベーターで上がる。
タイタンの自転周期は約十六日、土星の影に入ることもあるので一概には言えないが、夜が約八日、昼が約八日続く。今は昼のフェイズだが太陽から遠いので、空は夕闇といった暗さだった。主星の土星はタイタンの裏側、ここからは見えない。
だが屋上は発電衛星から取り放題の電力で充分に明るかった。第三宙港行きの定期BEL乗り場は難なく見つかる。係員の掲げたチェックパネルにリモータを翳し、直接クレジットを支払って三人は客室のシートに収まった。第三宙港には十五分程度で着く。
第三宙港の二階ロビーフロアに降りたのはテラ標準時で十二時だった。
中空に浮かぶインフォメーションのホロティッカー表示を眺めてハイファが急かす。
「アルケー星系第三惑星ディーネ行き、十二時半の便があるよ。急がなきゃ」
慌てて三人はチケットの自販機に走り、アルケー星系便のシートをリザーブしてそれぞれチケットをリモータに流した。そのまま通関を経て、今度は一階のロータリーからリムジンコイルに乗り込む。
リムジンコイルから降ろされて宙艦を見上げると、それは旅客艦ではあったがシドが想像していたものよりかなり小型だった。新興惑星の上に資源枯渇だ、客がいる方が珍しいだろうと思い直し、チェックパネルをクリアしてエアロックをくぐる。
そうして見ると客室は意外な混み具合だった。殆どのシートが埋まっている。
「なあ、こいつらみんな、アルケー星系に何しに行くんだ?」
「さあ? ビジネスマンが二割、あとは……旅行者かなあ?」
確かに旅行者としか思えないのだが、身なりの良い客が多く、何者なのか想像がつかない。
「リゾートにでも行くのかも知れないね」
「そんな雰囲気ではあるが、リゾートなあ」
資源が枯渇しようが、リゾート星としてでも名が売れれば儲けものである。
三人はまた白い錠剤を飲み下して出航を待った。まもなくアナウンスが入り、宙艦はタイタンの地を蹴って宇宙空間へと飛び出した。
「四十分ごとに二回のワープ、二時間で第三惑星ディーネの首都タンタール宙港だよ」
そうハイファが言った途端に、シドとレックスの腹が二重奏で鳴った。
「はいはい、お腹が空いたんだね。隣に食堂があるみたいだから行ってみる?」
シドとレックスに否やはなく、ハイファもショルダーバッグを担いでシートを立つ。
食堂は簡素なフードコートだった。クレジットと引き替えにハンバーガーやポテト、サラダにアイスコーヒーなどを手に入れてボックス席に陣取った。
食事中は仕事の話を避けるのがシドとハイファの不文律だが、たった二時間という猶予を前にしてはそうもいかず、サラダをつつきながらハイファが訊く。
「アルケー星系に着いたら、まずはどうするの?」
「着くのは第三惑星ディーネか。ディーネは何が採れるんだっけか?」
「第二惑星サラマドでは原油、第三惑星ディーネではプラチナとトリアナチウム、第四惑星ノームでは金と銅にパラジウムが採れなくなったのだ!」
フライドポテトを散らしながら食べるレックスをシドが窘める。
「分かったから静かに食えよ。……プラチナとトリアナチウムの鉱山ツアーが妥当な線だろうな。第三者委員会の有識者とやらが回ったコースをトレースする」
「鉱山ツアーね。それならこの薄っぺらい別室資料にもルートが載ってるし」
「今回の任務はお手軽だな。代わりに要るのが推理力か」
「分かんないよ、何が待ち構えているのかは。何せイヴェントストライカが……あっ!」
ハンバーガーに噛みついた状態で、シドはハイファをじっと見つめた。
「ごめん、つい……」
「……ふん。何があっても俺は知らねぇからな」
それぞれが食べ終えると、シドはアイスコーヒーのストローを咥えて喫煙欲求と戦う。タイタンでも吸えなかった上に、この小型旅客艦には喫煙ブースがなかったのだ。
「おい、そいつは生じゃねぇだろうな?」
「安心せよ、今朝ハイファスが作った茹で卵だ!」
デカい声に遠足状態、自分たちが果てしなく目立っていることにとっくに気付いていたシドは、溜息を押し殺してハイファに手渡されたオレンジジュースに口をつけた。
その間にハイファがレックスにワープについての注意を述べている。
「――人体に負担を掛けるから、原則的にはショートワープを除いて星系間ワープは一日三回まで。それに怪我の治療を怠ってのワープも厳禁、亜空間で血を攫われて、ワープアウトしたら真っ白な死体になってることも有り得るからね――」
などと説明した甲斐があったのか、出航二十分後のショートワープ時にもレックスは意外と大人しかった。
「おお……躰が砂になってまた戻ったようだな」
「気分は悪くない?」
「少々の眩暈がしたが、大丈夫だ。これであと二十分で土星に着くのだな?」
「土星じゃなくて土星の衛星タイタンだよ。第七宙港まであるけど、これは第一宙港に着く」
「なるほど、そうか……なるほど」
深く感じ入ったように呟いて、レックスはまた窓外の星々を眺め始めた。
その隙にシドがハイファに訊く。
「で、アルケー星系便は何処から出てるんだ?」
「資料によれば第三宙港から。勿論ここは僕も行ったことがない」
「俺たちまで困窮の煽りを食らわなきゃいいけどな」
残り二十分の航行も無事に終え、シャトル便はタイタン第一宙港に到着した。ここでもシャトル便は二階ロビーフロアに直接エアロックを接続する。
「第三宙港まで定期BELだよ。屋上から出るから少し急いで」
ハイファがレックスを急き立てて、宙港メインビルの屋上にエレベーターで上がる。
タイタンの自転周期は約十六日、土星の影に入ることもあるので一概には言えないが、夜が約八日、昼が約八日続く。今は昼のフェイズだが太陽から遠いので、空は夕闇といった暗さだった。主星の土星はタイタンの裏側、ここからは見えない。
だが屋上は発電衛星から取り放題の電力で充分に明るかった。第三宙港行きの定期BEL乗り場は難なく見つかる。係員の掲げたチェックパネルにリモータを翳し、直接クレジットを支払って三人は客室のシートに収まった。第三宙港には十五分程度で着く。
第三宙港の二階ロビーフロアに降りたのはテラ標準時で十二時だった。
中空に浮かぶインフォメーションのホロティッカー表示を眺めてハイファが急かす。
「アルケー星系第三惑星ディーネ行き、十二時半の便があるよ。急がなきゃ」
慌てて三人はチケットの自販機に走り、アルケー星系便のシートをリザーブしてそれぞれチケットをリモータに流した。そのまま通関を経て、今度は一階のロータリーからリムジンコイルに乗り込む。
リムジンコイルから降ろされて宙艦を見上げると、それは旅客艦ではあったがシドが想像していたものよりかなり小型だった。新興惑星の上に資源枯渇だ、客がいる方が珍しいだろうと思い直し、チェックパネルをクリアしてエアロックをくぐる。
そうして見ると客室は意外な混み具合だった。殆どのシートが埋まっている。
「なあ、こいつらみんな、アルケー星系に何しに行くんだ?」
「さあ? ビジネスマンが二割、あとは……旅行者かなあ?」
確かに旅行者としか思えないのだが、身なりの良い客が多く、何者なのか想像がつかない。
「リゾートにでも行くのかも知れないね」
「そんな雰囲気ではあるが、リゾートなあ」
資源が枯渇しようが、リゾート星としてでも名が売れれば儲けものである。
三人はまた白い錠剤を飲み下して出航を待った。まもなくアナウンスが入り、宙艦はタイタンの地を蹴って宇宙空間へと飛び出した。
「四十分ごとに二回のワープ、二時間で第三惑星ディーネの首都タンタール宙港だよ」
そうハイファが言った途端に、シドとレックスの腹が二重奏で鳴った。
「はいはい、お腹が空いたんだね。隣に食堂があるみたいだから行ってみる?」
シドとレックスに否やはなく、ハイファもショルダーバッグを担いでシートを立つ。
食堂は簡素なフードコートだった。クレジットと引き替えにハンバーガーやポテト、サラダにアイスコーヒーなどを手に入れてボックス席に陣取った。
食事中は仕事の話を避けるのがシドとハイファの不文律だが、たった二時間という猶予を前にしてはそうもいかず、サラダをつつきながらハイファが訊く。
「アルケー星系に着いたら、まずはどうするの?」
「着くのは第三惑星ディーネか。ディーネは何が採れるんだっけか?」
「第二惑星サラマドでは原油、第三惑星ディーネではプラチナとトリアナチウム、第四惑星ノームでは金と銅にパラジウムが採れなくなったのだ!」
フライドポテトを散らしながら食べるレックスをシドが窘める。
「分かったから静かに食えよ。……プラチナとトリアナチウムの鉱山ツアーが妥当な線だろうな。第三者委員会の有識者とやらが回ったコースをトレースする」
「鉱山ツアーね。それならこの薄っぺらい別室資料にもルートが載ってるし」
「今回の任務はお手軽だな。代わりに要るのが推理力か」
「分かんないよ、何が待ち構えているのかは。何せイヴェントストライカが……あっ!」
ハンバーガーに噛みついた状態で、シドはハイファをじっと見つめた。
「ごめん、つい……」
「……ふん。何があっても俺は知らねぇからな」
それぞれが食べ終えると、シドはアイスコーヒーのストローを咥えて喫煙欲求と戦う。タイタンでも吸えなかった上に、この小型旅客艦には喫煙ブースがなかったのだ。
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