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第17話
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ジャンキーは面倒臭そうに起き上がって二人を見る。のっそりと寝台から降りて房から出てくると、伸びをしながら大欠伸した。
「ふあーあ。釈放ッスかあ?」
「ふざけるな、パイな訳あるか。お前の古巣の麻取がお呼びだ」
「ええっ、ネオニューヨークに帰るんですかあ? ヤバいなあ、それは」
「お前の事情なんか知るか。いいからこい」
幸いジャンキーは病院でクスリの解除薬を投与されていたらしく、一時しのぎかも知れないが足取りも態度もしっかりしていた。捕縛はせずにデカ部屋につれてゆく。
デカ部屋に戻ると二人は『まだいたのか』という顔をした課長に揃って敬礼。
「では、行ってきます」
「うむ。気を付けて行ってきてくれたまえ。早く帰るには及ばない」
ヤマサキとジャンキーを伴い、二人はデカ部屋を出た。駐機場の緊急機に乗り込む。
緊急機ではヤマサキにジャンキーを任せ、シドはさっさとパイロット席に陣取った。だからといって何をする訳でもなく、全てはコ・パイロット席のハイファの仕事だ。
テラ連邦軍ではBEL操縦資格・通称ウィングマークを持つハイファだが、ここで冒険はせずにオートパイロットの座標を宙港に合わせて反重力装置を起動、テイクオフさせる。
高々度でのBELはマッハ二以上、宙港までは三十分だ。
数分もしないウチにヤマサキが言い出した。
「また先輩とハイファスさんだけ出張なんて、羨ましいっスよ」
たびたび『研修』に『出張』が二人だけに降ってくるのだ、機捜課の皆はシドとハイファには何かがあると勘付いている。悟っていて何も言わずにいてくれるだけだ。それをこの七分署一空気の読めない男ヤマサキだけは素で『研修』に『出張』だと信じている。
だが今回は正真正銘の出張で誤魔化すこともない。
「何なら代わってやってもいいが、観光じゃねぇんだぞ」
「へえ、観光するヒマもないんスか?」
「バカ、課長の戯れ言をまともに受ける奴があるか。もう黙っとけ」
それでもヤマサキの口はよく動き、七分署一ボインボインと名高い警務課ミュリアルちゃんと結婚したヨシノ警部ですら知らないミュリアルちゃんの腹の子供の性別だの、自分のバディであるマイヤー警部補とセントラル・リドリー病院の医者が結婚秒読み段階だの、ケヴィン警部のカードでのイカサマを見破る方法だのを延々一人で喋り続けた。
「――それとそうそう、あのナイト損保のレックス=ナイトが三千年の眠りから覚めるのも今日で、ネオニューヨークからライヴ配信されるらしいっスよ」
宙港に着くと、帰りには一人ででも喋っているのではないかと思われる勢いのヤマサキを残し、シドとハイファはジャンキーをつれて緊急機を降りた。
「ネオニューヨーク便は何処だって?」
「メインビルの屋上停機場ッス」
割と礼儀正しく答えたのはジャンキーだった。メインビルに向かうための専用コイルに勝手に乗り込もうとするジャケットを引っ張ってシドは、
「捕縛はしねぇが、俺たちから二メートル以上離れたら撃つ。覚えとけよ」
と、念を押す。それが脅しでないのは昨日のシキテンの末路を見て分かっているのだろう、ジャンキーはカクカクと頷いた。
様々な大きさ・形の宙艦が停泊し、あるものはしずしずと上昇、またあるものは糸で吊られたように下降してくる、まるで透明な巨人がチェスをしているような広い広い宙港面を横目に大質量のメインビルに辿り着く。
メインビルでエレベーターに乗って屋上に出ると、風よけの透明樹脂の壁に貼ってある電子案内板に従ってネオニューヨーク便の離発着場に到着した。
中空に浮かぶホロティッカーのインフォメーションにハイファは目を走らせる。
「流されたチケット通り、十一時発の便があるね。煙草を吸うなら今のうちだよ」
「残り二十二分か。三本は吸えるな」
「そんなに慌てて吸わなくても、今生最後の煙草じゃあるまいし」
乗り込みを待つ人々が座ったベンチの一番端、エアカーテンで仕切られたブースで、シドはそそくさと煙草を咥える。ジャンキーにも勧めると恐縮しながら一本抜いた。オイルライターで火を点けてやる。
ハイファに睨まれて二本で切り上げると乗り込みが始まった。乗客の列に並んで二人とジャンキーは、キャビンアテンダントが掲げるチェックパネルにリモータのチケットを翳してクリア、タラップドアを昇り、客室のシートに収まる。三列シートの窓側にジャンキー、真ん中がシドで通路側がハイファだ。
アナウンスが入って十一時ジャストに大型BELはテイクオフした。
「ネオニューヨークに着いたら何時だ?」
「ええと、四時間半掛かって時差とサマータイムだから零時半だね」
「何だ、夜中かよ」
文句を言っても今更遅かった。課長に急かされ、つい時差を失念してしまったのだ。
「時差ぼけ対策に寝る訳にもいかないからねえ」
と、二人はジャンキーを流し目で見た。
「ところでお前、何をやらかして向こうにいられなくなったんだよ?」
「俺、あっちでも売人してて、ブツを自分で味見してるのが上にバレて、相棒と二人で落とし前の話になって、これはヤバいってんで、仕方ないんでブツとチャカを持って逃げたッス」
「ふん、立派じゃねぇか」
「ありがとうッス」
「褒めてねぇよ。……仕方ねぇな、TVでも点けとくか」
ヒマに飽かせてメロドラマ仕立ての映画を一本観ると機内食をもそもそと食べ、今度はニュースを眺めながらシドはリモータ操作する。
「何処に発振したの?」
「知り合いの麻取だ。カミーユの野郎に手配させて先方の麻取を迎えにこさせる」
「ああ、カミーユ=サトクリフさんだね。じゃあ空港で僕らの仕事は終わりなんだ?」
「向こうの厚生局に報告と挨拶は必要だろうが、上手く行けばこいつとはオサラバできるな」
音量は絞ってあるがやや派手な音楽が流れ出して、ジャンキーを含めた三人はTVを注視した。ぼんやりと視ていたニュースが切り替わり特番をやるらしい。
「あ、これってヤマサキさんが言ってたレックス=ナイト復活の瞬間ってやつじゃない?」
「ふあーあ。釈放ッスかあ?」
「ふざけるな、パイな訳あるか。お前の古巣の麻取がお呼びだ」
「ええっ、ネオニューヨークに帰るんですかあ? ヤバいなあ、それは」
「お前の事情なんか知るか。いいからこい」
幸いジャンキーは病院でクスリの解除薬を投与されていたらしく、一時しのぎかも知れないが足取りも態度もしっかりしていた。捕縛はせずにデカ部屋につれてゆく。
デカ部屋に戻ると二人は『まだいたのか』という顔をした課長に揃って敬礼。
「では、行ってきます」
「うむ。気を付けて行ってきてくれたまえ。早く帰るには及ばない」
ヤマサキとジャンキーを伴い、二人はデカ部屋を出た。駐機場の緊急機に乗り込む。
緊急機ではヤマサキにジャンキーを任せ、シドはさっさとパイロット席に陣取った。だからといって何をする訳でもなく、全てはコ・パイロット席のハイファの仕事だ。
テラ連邦軍ではBEL操縦資格・通称ウィングマークを持つハイファだが、ここで冒険はせずにオートパイロットの座標を宙港に合わせて反重力装置を起動、テイクオフさせる。
高々度でのBELはマッハ二以上、宙港までは三十分だ。
数分もしないウチにヤマサキが言い出した。
「また先輩とハイファスさんだけ出張なんて、羨ましいっスよ」
たびたび『研修』に『出張』が二人だけに降ってくるのだ、機捜課の皆はシドとハイファには何かがあると勘付いている。悟っていて何も言わずにいてくれるだけだ。それをこの七分署一空気の読めない男ヤマサキだけは素で『研修』に『出張』だと信じている。
だが今回は正真正銘の出張で誤魔化すこともない。
「何なら代わってやってもいいが、観光じゃねぇんだぞ」
「へえ、観光するヒマもないんスか?」
「バカ、課長の戯れ言をまともに受ける奴があるか。もう黙っとけ」
それでもヤマサキの口はよく動き、七分署一ボインボインと名高い警務課ミュリアルちゃんと結婚したヨシノ警部ですら知らないミュリアルちゃんの腹の子供の性別だの、自分のバディであるマイヤー警部補とセントラル・リドリー病院の医者が結婚秒読み段階だの、ケヴィン警部のカードでのイカサマを見破る方法だのを延々一人で喋り続けた。
「――それとそうそう、あのナイト損保のレックス=ナイトが三千年の眠りから覚めるのも今日で、ネオニューヨークからライヴ配信されるらしいっスよ」
宙港に着くと、帰りには一人ででも喋っているのではないかと思われる勢いのヤマサキを残し、シドとハイファはジャンキーをつれて緊急機を降りた。
「ネオニューヨーク便は何処だって?」
「メインビルの屋上停機場ッス」
割と礼儀正しく答えたのはジャンキーだった。メインビルに向かうための専用コイルに勝手に乗り込もうとするジャケットを引っ張ってシドは、
「捕縛はしねぇが、俺たちから二メートル以上離れたら撃つ。覚えとけよ」
と、念を押す。それが脅しでないのは昨日のシキテンの末路を見て分かっているのだろう、ジャンキーはカクカクと頷いた。
様々な大きさ・形の宙艦が停泊し、あるものはしずしずと上昇、またあるものは糸で吊られたように下降してくる、まるで透明な巨人がチェスをしているような広い広い宙港面を横目に大質量のメインビルに辿り着く。
メインビルでエレベーターに乗って屋上に出ると、風よけの透明樹脂の壁に貼ってある電子案内板に従ってネオニューヨーク便の離発着場に到着した。
中空に浮かぶホロティッカーのインフォメーションにハイファは目を走らせる。
「流されたチケット通り、十一時発の便があるね。煙草を吸うなら今のうちだよ」
「残り二十二分か。三本は吸えるな」
「そんなに慌てて吸わなくても、今生最後の煙草じゃあるまいし」
乗り込みを待つ人々が座ったベンチの一番端、エアカーテンで仕切られたブースで、シドはそそくさと煙草を咥える。ジャンキーにも勧めると恐縮しながら一本抜いた。オイルライターで火を点けてやる。
ハイファに睨まれて二本で切り上げると乗り込みが始まった。乗客の列に並んで二人とジャンキーは、キャビンアテンダントが掲げるチェックパネルにリモータのチケットを翳してクリア、タラップドアを昇り、客室のシートに収まる。三列シートの窓側にジャンキー、真ん中がシドで通路側がハイファだ。
アナウンスが入って十一時ジャストに大型BELはテイクオフした。
「ネオニューヨークに着いたら何時だ?」
「ええと、四時間半掛かって時差とサマータイムだから零時半だね」
「何だ、夜中かよ」
文句を言っても今更遅かった。課長に急かされ、つい時差を失念してしまったのだ。
「時差ぼけ対策に寝る訳にもいかないからねえ」
と、二人はジャンキーを流し目で見た。
「ところでお前、何をやらかして向こうにいられなくなったんだよ?」
「俺、あっちでも売人してて、ブツを自分で味見してるのが上にバレて、相棒と二人で落とし前の話になって、これはヤバいってんで、仕方ないんでブツとチャカを持って逃げたッス」
「ふん、立派じゃねぇか」
「ありがとうッス」
「褒めてねぇよ。……仕方ねぇな、TVでも点けとくか」
ヒマに飽かせてメロドラマ仕立ての映画を一本観ると機内食をもそもそと食べ、今度はニュースを眺めながらシドはリモータ操作する。
「何処に発振したの?」
「知り合いの麻取だ。カミーユの野郎に手配させて先方の麻取を迎えにこさせる」
「ああ、カミーユ=サトクリフさんだね。じゃあ空港で僕らの仕事は終わりなんだ?」
「向こうの厚生局に報告と挨拶は必要だろうが、上手く行けばこいつとはオサラバできるな」
音量は絞ってあるがやや派手な音楽が流れ出して、ジャンキーを含めた三人はTVを注視した。ぼんやりと視ていたニュースが切り替わり特番をやるらしい。
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