上 下
17 / 47

第17話

しおりを挟む
 ジャンキーは面倒臭そうに起き上がって二人を見る。のっそりと寝台から降りて房から出てくると、伸びをしながら大欠伸した。

「ふあーあ。釈放パイッスかあ?」
「ふざけるな、パイな訳あるか。お前の古巣の麻取がお呼びだ」
「ええっ、ネオニューヨークに帰るんですかあ? ヤバいなあ、それは」
「お前の事情なんか知るか。いいからこい」

 幸いジャンキーは病院でクスリの解除薬を投与されていたらしく、一時しのぎかも知れないが足取りも態度もしっかりしていた。捕縛はせずにデカ部屋につれてゆく。
 デカ部屋に戻ると二人は『まだいたのか』という顔をした課長に揃って敬礼。

「では、行ってきます」
「うむ。気を付けて行ってきてくれたまえ。早く帰るには及ばない」

 ヤマサキとジャンキーを伴い、二人はデカ部屋を出た。駐機場の緊急機に乗り込む。
 緊急機ではヤマサキにジャンキーを任せ、シドはさっさとパイロット席に陣取った。だからといって何をする訳でもなく、全てはコ・パイロット席のハイファの仕事だ。
 テラ連邦軍ではBEL操縦資格・通称ウィングマークを持つハイファだが、ここで冒険はせずにオートパイロットの座標を宙港に合わせて反重力装置を起動、テイクオフさせる。

 高々度でのBELはマッハ二以上、宙港までは三十分だ。
 数分もしないウチにヤマサキが言い出した。

「また先輩とハイファスさんだけ出張なんて、羨ましいっスよ」

 たびたび『研修』に『出張』が二人だけに降ってくるのだ、機捜課の皆はシドとハイファには何かがあると勘付いている。悟っていて何も言わずにいてくれるだけだ。それをこの七分署一空気の読めない男ヤマサキだけは素で『研修』に『出張』だと信じている。
 だが今回は正真正銘の出張で誤魔化すこともない。

「何なら代わってやってもいいが、観光じゃねぇんだぞ」
「へえ、観光するヒマもないんスか?」
「バカ、課長の戯れ言をまともに受ける奴があるか。もう黙っとけ」

 それでもヤマサキの口はよく動き、七分署一ボインボインと名高い警務課ミュリアルちゃんと結婚したヨシノ警部ですら知らないミュリアルちゃんの腹の子供の性別だの、自分のバディであるマイヤー警部補とセントラル・リドリー病院の医者が結婚秒読み段階だの、ケヴィン警部のカードでのイカサマを見破る方法だのを延々一人で喋り続けた。

「――それとそうそう、あのナイト損保のレックス=ナイトが三千年の眠りから覚めるのも今日で、ネオニューヨークからライヴ配信されるらしいっスよ」

 宙港に着くと、帰りには一人ででも喋っているのではないかと思われる勢いのヤマサキを残し、シドとハイファはジャンキーをつれて緊急機を降りた。

「ネオニューヨーク便は何処だって?」
「メインビルの屋上停機場ッス」

 割と礼儀正しく答えたのはジャンキーだった。メインビルに向かうための専用コイルに勝手に乗り込もうとするジャケットを引っ張ってシドは、

「捕縛はしねぇが、俺たちから二メートル以上離れたら撃つ。覚えとけよ」

 と、念を押す。それが脅しでないのは昨日のシキテンの末路を見て分かっているのだろう、ジャンキーはカクカクと頷いた。

 様々な大きさ・形の宙艦が停泊し、あるものはしずしずと上昇、またあるものは糸で吊られたように下降してくる、まるで透明な巨人がチェスをしているような広い広い宙港面を横目に大質量のメインビルに辿り着く。
 メインビルでエレベーターに乗って屋上に出ると、風よけの透明樹脂の壁に貼ってある電子案内板に従ってネオニューヨーク便の離発着場に到着した。

 中空に浮かぶホロティッカーのインフォメーションにハイファは目を走らせる。

「流されたチケット通り、十一時発の便があるね。煙草を吸うなら今のうちだよ」
「残り二十二分か。三本は吸えるな」
「そんなに慌てて吸わなくても、今生最後の煙草じゃあるまいし」

 乗り込みを待つ人々が座ったベンチの一番端、エアカーテンで仕切られたブースで、シドはそそくさと煙草を咥える。ジャンキーにも勧めると恐縮しながら一本抜いた。オイルライターで火を点けてやる。

 ハイファに睨まれて二本で切り上げると乗り込みが始まった。乗客の列に並んで二人とジャンキーは、キャビンアテンダントが掲げるチェックパネルにリモータのチケットを翳してクリア、タラップドアを昇り、客室のシートに収まる。三列シートの窓側にジャンキー、真ん中がシドで通路側がハイファだ。

 アナウンスが入って十一時ジャストに大型BELはテイクオフした。

「ネオニューヨークに着いたら何時だ?」
「ええと、四時間半掛かって時差とサマータイムだから零時半だね」
「何だ、夜中かよ」

 文句を言っても今更遅かった。課長に急かされ、つい時差を失念してしまったのだ。

「時差ぼけ対策に寝る訳にもいかないからねえ」

 と、二人はジャンキーを流し目で見た。

「ところでお前、何をやらかして向こうにいられなくなったんだよ?」
「俺、あっちでも売人してて、ブツを自分で味見してるのが上にバレて、相棒と二人で落とし前の話になって、これはヤバいってんで、仕方ないんでブツとチャカを持って逃げたッス」

「ふん、立派じゃねぇか」
「ありがとうッス」
「褒めてねぇよ。……仕方ねぇな、TVでも点けとくか」

 ヒマに飽かせてメロドラマ仕立ての映画を一本観ると機内食をもそもそと食べ、今度はニュースを眺めながらシドはリモータ操作する。

「何処に発振したの?」
「知り合いの麻取だ。カミーユの野郎に手配させて先方の麻取を迎えにこさせる」
「ああ、カミーユ=サトクリフさんだね。じゃあ空港で僕らの仕事は終わりなんだ?」
「向こうの厚生局に報告と挨拶は必要だろうが、上手く行けばこいつとはオサラバできるな」

 音量は絞ってあるがやや派手な音楽が流れ出して、ジャンキーを含めた三人はTVを注視した。ぼんやりと視ていたニュースが切り替わり特番をやるらしい。

「あ、これってヤマサキさんが言ってたレックス=ナイト復活の瞬間ってやつじゃない?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基
SF
◆感情付加/不可/負荷/犠牲無き最適解が欲しいか/我は鏡ぞ/貴様が作った◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全36話] 双子惑星の片方に小惑星が衝突し死の星になった。だが本当はもうひとつの惑星にその災厄は訪れる筈だった。命運を分けたのは『巨大テラ連邦の利』を追求した特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスの最適解。家族をコンピュータの言いなりに殺されたと知った男は復讐心を抱き、テラに挑む。――途方もない数の犠牲者が出ると知りながら。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

眺める星は違っても~楽園28~

志賀雅基
キャラ文芸
◆テロはインパクトある主張だが/名も無き礎となる勇気を持たぬ者の愚行◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart28[全47話] 刑事のシドとハイファに今回別室から降ってきた命令は、他星系のテロリストグループの資金源を断ち、今後のテロを阻止せよ、なる内容だった。現地で潜入を果たすも下っ端は汚部屋掃除や爆破テロ阻止の為に逮捕されたりとロクでもなく、更にテログループは分裂して内ゲバに発展し……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

セイレーン~楽園27~

志賀雅基
キャラ文芸
◆貴方は彼女を忘れるだけでいいから//そう、か//次は後ろから撃つから◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart27[全43話] 怪しい男らと銃撃戦をしたシドとハイファは駆け付けた同僚らと共に巨大水槽の中の海洋性人種、つまり人魚を見た。だが現場は軍に押さえられ惑星警察は案件を取り上げられる。そこでシドとハイファに降りた別室命令は他星系での人魚の横流し阻止。現地に飛んだ二人だがシドは偶然管理されていない自由な人魚と出会ってしまい――。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...