Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第48話

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 夕方になり、用を足すにも介助が要る霧島の服を脱がせ、もう一度消炎スプレーを全身に吹きかけ服を着せて横にさせると、京哉にはやることがなかった。

 やることがなくても普通なら霧島と一緒にいれば飽きないのだが、当の霧島は躰が休息を欲しているらしく、食事も殆ど摂らずに眠ってばかりいる。

 シェリフを相手に英語の勉強がてら喋るのもヒマ潰しにはなるが、シェリフはシェリフで行動パターンを急変させると疑われるので、今はバー・バッカスに出勤中だ。

 そう思っていたらシェリフが早々に戻ってきた。ウィスキーの瓶と紙箱を抱えている。紙箱を渡され開けてみるとハンバーガーとサラダが入っていた。何処で手に入れたのか五百ミリリットルペットボトル入りのアイスティー付きだ。

「毎回、すみません」
「甘えられるうちに甘えておくものじゃよ。じゃが、それも今晩までかも知れん」
「何かあったんですか?」
「レアードがあんた方狙いで、街中の店という店、家という家を引っ繰り返しとる」

 それは拙かった。二人には退路がない。血路を開くにしても霧島はこの有様だ。バディを護りながら、京哉独りで何処まで気強く戦えるのか。せめて得意の狙撃に持ち込めたら勝機も見えるだろうが、得物もなければ舞台も揃わない。

 黙り込んだ京哉にシェリフは力を込めた青い目で頷いて見せた。

「まあ、葬儀屋も考えたもので、ここはさすがに盲点じゃろう。わしだってこれでも昔はイーグル・アイの異名を頂戴した男、ブレガーやレアードの奴らと渡り合ったんじゃ。老いたとはいえ二つ名に恥じはせん。この保安官事務所はわしが掟じゃ」

 非常に心強い言葉ではあったが、木の椅子に腰掛けるなり震える手でグラスにウィスキーを注ぎ、飲み方だけ景気がいいのを目にすると暗澹たる気分にさせられる。

「それはどうも……」

 殆ど動かないので京哉も食欲はなかったが来るべき時のためを思い、シェリフの厚意である夕食に取り掛かった。シェリフと話しながらハンバーガーを口にする。食べ始めればケチャップではなく特製のソースが使われたバーガーは美味しく感じられた。

「ところでキーファとフィオナは何処に行ったんじゃ?」
「海沿いに逃げると言ってましたが」
「そうか。あの男が一方のファミリーだけでも背負って立てば、何れはこの街も変わると思っておったんじゃがの。街の者の中でも期待する声は高かった」

「でもそれって他人任せで卑怯じゃないですか? 勝手に期待されたキーファも結局この街で自分に望まれた役割はマフィアのドンでしかなかった。そんなの気の毒だし役割を嫌って勝手に出て行くのも仕方ないんじゃないかと思いますけど」

「誰もキーファにドンになれとは言うておらん。ただキーファならこの街を腐らせているマフィアを変えられる。ファミリーの解体も可能じゃろう。きっとそうしてくれるに違いない。そんな風にキーファへの期待は募った。それは皆に希望が必要だったからじゃ」

「その希望の星に仕立て上げられたキーファが気の毒だって言ってるんです。聖人じゃあるまいし、キーファが皆の希望を叶えなきゃならない必要なんて何処にもないでしょう。そんなことするためにキーファが自分の希望を捨てなきゃならないなんて、それこそこの街自体よりも変なことですよ、傍から見てて」

「ふむ。いちいち正論で返す言葉もないのう」

 何れは出て行くよそ者の自分が、横から勝手に大きな口を叩くのも卑怯だと分かっていた。だが苛立ちと英語の語彙の少なさがつい京哉の言葉を長く執拗にし、口調を鋭利なものにさせてしまう。言い終えると同時に言いすぎたと思い、僅かに俯いた。

 別に京哉はキーファに同情したのではない。本当は規模の違いこそあるが相似形とも言える霧島の立場を擁護したかったのである。

 生まれ落ちた瞬間から他人にレールを敷かれていたのも、長じてそのレールを走る時のために人々がレールをピカピカに磨き上げて待ち望んでいたのも、そんな期待を掛けられていると熟知しつつ、自らの意志を優先し脱線したのも同じだ。

 キーファはまだ脱線したばかりだが、霧島と同様に己の力だけで道を切り拓こうとしている。
 レールのように前後だけでなく縦横無尽・自由自在に走れる道を、フィオナというパートナーと共に造って生きて行く。それは何かの罪に当たるのだろうか。

 期待してレールを磨いていた皆への裏切りになるのだろうか。
 キーファ=レアードは? なら霧島忍は?

 腹が立ち、脳裏で疑問は渦巻いていたが京哉の中で答えはとっくに出ていた。

 そんなことすら分からないふりをして期待だ希望だと屁理屈をこねているだけの大人たちが、まだ二十代の男を一人捕まえて重たすぎるものを押し付けようとしているのが気に食わないだけだった。取り敢えずシェリフは自ら戦ったのだから京哉は謝る。

「すみません、言い過ぎました」
「いや、あんたの言う通りじゃよ。誰かに重荷を押しつけて見ない振りをして俯いて歩くのは簡単じゃが、卑怯と言われても仕方ない」

「誰でもひとつきりの命は惜しいですから。それに僕は勇気が出せないからって他人を責めていいような人間じゃないんです。人生の五分の一以上もの時間を最低の卑怯な行為に費やして、それを辞める時だって勇気を振り絞るために忍さんの力を借りたくらいですから」

「なるほどのう。何があったか分からんが、あんたも、そっちの霧島も若いのに只事ではなく肚が据わっておるのは、それなりに訳アリじゃったか。しかしあんたはもう卑怯者でも勇気のない弱者でもなかろうよ。少なくとも願うばかりで何もせんこの街の大人たちより、あんたは物事の良し悪しをわきまえておる」

「そんな……僕は口ばかりで……」
「いいや、わしには分かる。チンピラに石をぶつけた息子と同じ目をしておるよ」

 思いも寄らない言葉を貰った京哉は目を見開いたまま返す英語を捉まえられない。
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