Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第44話

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 ビクリと揺れ動いた肩に京哉は囁き声で指示を出す。

「喋らないで下さい。左手を挙げるだけにして」

 機械人形のようなぎこちなさだったが見張り番は不審に思わなかったようだ。銃も隠している。喩え昼間にキーファ捜索目的でブレガーを潰しても詳しい事実が末端にまで伝わっているとは限らない。

 ファミリーの跡継ぎが出奔した事実など構成員ら全員に触れ回ることでもないだろう。不安を煽るだけだ。きっとこの見張り番も知らないのに違いない。
 
 暢気な見張り番の視線を感じながらもすたすた歩き、一番奥のアパートまできた。ニコにドアを開けさせて中に入る。耳をすませたが住人は寝静まっているようだ。
 ここで霧島は一旦休憩させる。目立たない階段の陰にあった木箱に座らせた。

「ちょっと待ってて下さいね」

 ニコを急き立てて京哉は自分たちの部屋に駆け込む。ここでもベッドのシーツを裂いてニコを後ろ手に縛り上げ、更にベッドの脚に固く括りつけた。

 油断せず脅しの銃を持ち替えてショルダーホルスタを着け、ホルスタに装填済みのシグ・ザウエルP226を収める。ベルトパウチに二本のスペアマガジンを入れベルトにロングマガジン二本を差し込んでジャケットを着た。上からコートも羽織る。

 伊達眼鏡を掛けるとキャビネットからショルダーバッグを出した。着替えなどはどうでもいいが二人分の予備弾が入っている。こんな街では何よりも貴重品だ。

「じゃあ、おやすみ」

 後ろを向かせたニコの後頭部に恨みも込めて銃のグリップを叩きつける。声もなく気を失ったニコの銃を検めると残弾はたったの二発で弾薬のみ没収し、銃本体はキャビネットに放り込んでロックを掛けた。

 ショルダーバッグを斜めがけにした京哉は霧島の銃とジャケットにコートを手にするとドアを出て、これもロックする。廊下を小走りに抜けて階段を駆け下りた。

「お待たせしました、忍さん」

 まずは霧島を座らせたまま銃を収めたショルダーホルスタを装着してやる。九百グラム近い重さの負担よりも霧島が自分で保持したがったのだ。次にジャケットとコートも羽織らせる。
 準備ができたので肩を貸して立たせた。相当つらいと分かっているが、今は京哉がしっかりと主導権を握って判断し、脱出せねばならない。

 つらさを分かち合ったり、ましてや思いやりすぎて泣いているヒマなどないのだ。

 ドアを出ると屋敷の見張り番からまだ見える範囲だ。いつでも抜き撃てるよう京哉は神経を研ぎ澄ませ、霧島に肩を貸しながら敷地の更に奥へと向かった。

 こんな僻地の街だと夜中はこんなに暗いのかと思っていたら、単に月も星も分厚い雲に隠されていただけだった。それに気が付いたのはポツポツと雨が降り始めたからである。逃亡者を隠してくれる慈雨となるかどうかは、これも運次第だろう。

 茶畑に出ると左方向、ブレガーの屋敷の方に進路を取った。レアード側の門衛小屋は通れないからだ。屋敷の玄関前にいた見張り番ほど暢気な奴ばかりではあるまい。ただでさえ自分たちは顔が売れてしまっている。博打は打てなかった。

 現在時刻は二時半、三十分で何処まで逃げ切れるかを京哉は考えながら歩く。だがそもそも自分たちにとっての安全圏などこの小さな街に存在するのだろうか。
 今やレアードファミリー全てが敵だ。そしてブレガーが潰れてレアードはこのサモッラの街を支配し君臨する、誰一人として逆らえない『正義』なのである。

 思案しつつも歩は止めない。霧島を休ませてやりたかったが、それもあとだ。

 雨は冷たかったけれど、二人の黒いコートをよりダークに変えてくれる。茶畑の畝と畝の間は土も固く歩きやすかった。真っ暗闇に近かったが、畝の間を歩いていれば迷うことはなく、結構便利な道を選んだと云える。

 茶畑が途切れるとブレガーとレアードの領地を分ける森だったが、行くべき方向は分かっている。ふかふかした針葉樹の枯れ葉に足をとられ、霧島は酷く歩きづらそうだった。

 やや下降しつつ森を十五分くらいで抜けた。暫く行くとブレガーの紅茶工場が明かりもなく佇んでいた。開け放ってある工場の中を通る。製茶する機械の熱が残っているかと思いきや、まるきり屋外と気温は変わらなくて少々残念な思いに駆られた。
 暖かい空気の中で僅かでも過ごせたら、霧島も溜息くらいはつけるかと考えていたのだ。

 痛みを表情にすら出さないまま霧島は歩き続けている。幾ら京哉が支えていても普通なら歩くどころか横になっても寝返りさえ打てないだろう。
 畏敬の念を抱きつつ、本音では自分だけには弱音のひとつくらい吐いて欲しいと言いたいのを我慢して、今はまだ超人的な精神力を発揮し続けて貰うしかなかった。

 一日で廃工場の如き雰囲気になった建物を出るとまた茶畑だ。どんどん下る。

「どう……するんだ?」
「ブレガーの車、一台くらい残ってるかと思って。歩いて街までは無理でしょう」

 キィがなくても霧島なら配線を直結してエンジンくらいかけられる。車まで全てレアードが移動するような面倒をやらかしていませんようにと願いながら足を動かしているうちに、二人はブレガーの敷地に着いていた。荒い吐息の合間に霧島が囁く。

「明かり、点いているぞ」
「拙ったかな。レアードですよね、間違いなく」

 もう、すぐ先に駐められた黒塗りの車列が見えていたが、数棟あるアパートの陰から出て行く踏ん切りがつかなかった。ここで張り込んでいるクラスのチンピラに霧島と京哉が殆どデッド・オア・アライヴ並みの指名手配犯だと果たして知れているだろうか。
 
 知られていなくても濡れネズミでやってきたら不審に思う筈である。

 だが車が一台あったらいいのだ。ガソリンが保つなら山脈まで走らせて森に紛れる手もある。この冷たい水滴を乾かすこともできるのだ。雨に叩かれながら京哉は暫し迷った。
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