Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
19 / 62

第19話

しおりを挟む
 マスターがフレッシュオレンジジュースを二人の前に置きながら首を傾げる。

「で、どっちにやられたんですかね?」
「どっちとは、どういうことだ?」
「この街はレアードとブレガーの二大マフィアファミリーに仕切られているんです」
「二大って……マフィアはひとつじゃないんですか!?」
「ええ。ご存じなかった?」

 怒りながらも双方向通訳をしてくれていた霧島と、その科白を聞いて思わず叫んだ京哉は顔を見合わせる。どうやらまたも番狂わせ的な問題が発生したらしい。
 だがそれ以上に腹を立てていた霧島が珍しいことに、とうとうマスターに愚痴った。

「ご存じもクソもない、『お嬢様』の取り巻きが調子に乗ってだな……チクショウ」
「ああ、それはブレガーですね。フィオナ=ブレガー、いい女だったでしょう? ドン・ライナス=ブレガーの一人娘ですよ。災難でしたねえ」

 渡されたお絞りとプレートを受け取りながら次は京哉が首を傾げる。

「わあ、美味しそう。……って、災難? それだけですか?」

 マスターは手を洗いグラス磨きに戻りながら頷いた。

「この街では力が正義、そして最大の正義がレアードとブレガーという対抗し合った二大ファミリーなんですよ。文字通りの戦争やってる奴らにゃ敵いません」

 お絞りで手を拭い、ローストビーフサンドに二人はかぶりつく。

「おっ、旨いなこれは。あとでヒマな時にレシピを訊いておくべきかも知れん」
「本当に美味しい。じゃあ今度は忍さんが作ってくれるんですね、期待してます」

 だが今はレシピより優先すべきことがあった。霧島はお絞りで口を拭う。

「それで文字通りの戦争というのは、いったい何なんだ?」
「銃撃戦は日常茶飯事、この前はブレガーの事務所を狙ったRPGの火薬量が多すぎたらしくて、この店の前でロケット弾が誤爆です。女子供の二人が巻き添えになりましたよ、可哀相に」
 RPG、歩兵用対戦車ロケット砲である。

「何だ、それは。軍隊並みのそいつを誰も止めないのか?」
「軍隊並み、まさに軍隊ですよ。それを誰が止められるって言うんです?」

 オレンジジュースのストローを咥えたまま、霧島と京哉は再び顔を見合わせた。
 マフィアに潜入するだけでも難儀なのに、それが二ヶ所もあるだけでなく抗争どころか戦争をしているというのである。いい加減にげんなりした。

 だがげんなりし続けていては特別任務も終わらない。早速情報収集を始める。

「では紅茶と芥子の花は誰が作っているんだ?」
「ファミリーに雇われた専属の者たちが。街の人間も働きに行ってますよ、紅茶はここで唯一の産業ですから。麻薬と同じくファミリーの独占産業ですがね」
「ふむ。ならば、レアードとブレガーのどちらが芥子の花を作っているんだ?」

 マスターは嫌悪感を顔に浮かべて肩を竦めた。

「どっちも競い合うように同じくらい麻薬畑を持っていますよ。ここでも栽培可能で阿片成分を大量に含んだ芥子が殆ど同時に奴らの敷地内に自生したのが十数年前でしたかね。それが畑に化けた途端に麻薬景気で武器は手に入れ放題、人が集まれば撃ち合いです」

 どうやらどちらのファミリーも同様に潜入すべき条件は揃っているようである。

「そのファミリーとやらは何処にいるんだ?」
「この大通りをずっと行くと道がふたつに分かれます。向かって右に行けばレアードで左がブレガーの屋敷に繋がってます。もう何代にも渡っていがみ合っているうちに道まで別々にこさえたくらいで。でも結構遠いですよ。歩けば一時間は掛かる」

 そこで霧島の怒りが再燃し、憤然とサンドウィッチに噛みつきながら器用に怒鳴る。

「タクシー会社もないような所で、どうするんだ!」
「一時間くらい歩いたって、どうってことないでしょう?」

「京哉、『揉める時間があるなら、さっさと帰りたい』などと私には説教臭く言っておきながら、お前が女性にうつつを抜かしたお蔭で余計な時間を食うんだぞ! おまけに誰もが避けるこのサモッラから、どうやって帰るというんだ?」

「それは、また車でも借りて……」
「そうか、また戻ってこない保険料を五千ドルも払ってか?」

 そういえば婆さんにふんだくられた五千ドルは返ってこないのだった。

「あいつら許せないっ! 今度会ったら全弾叩き込んでミンチにしてやるっ!」
「私も乗せて貰うからな!」

 伝統ある耐乏官品の二人は総額百万円以上という損失において意見の一致をみた。じゅるじゅるとストローでオレンジジュースを吸う二人にマスターは眉をひそめる。

「お客さん。悪いこた言いません、止めておきなさい。それこそあいつらにまた捕まったら洒落になりませんよ。ここは涙を呑んで俯いて歩くのがいい」
「ふん、俯いて歩くだと? ふざけるな、あんな三下如きにビビる我々ではない!」
「そうですよ。あんなチンピラ、今度会ったら蜂の巣にしてやりますから!」

 勢い立ち上がって空のプレートを突き返した二人にマスターは困った顔をする。

「まあまあ、落ち着いて。冷たい紅茶をサーヴィスしますから座って頭を冷やして」

 準備できていたらしい汗をかいたグラスが出された。せっかくの厚意だ、二人はスツールに座り直す。京哉は煙草を咥えてカウンターの灰皿を引き寄せた。

「ところでお客さんたち、宿はどうするんです?」
「そうだな。取り敢えず一泊させて貰おう。喫煙で一室、頼む」

 食事の旨いここは掘り出し物、霧島が勝手に決めたが京哉に否やはなかった。

「このアイスティーも美味しいですよ。香りも高いし、渋みもいい感じ」
「なかなかいけるな、これは」
「去年のセカンドフラッシュなんですがね」
「その年の初摘みの茶葉で出来たお茶をファーストフラッシュっていうんですよね」

 春摘みがファースト、夏摘みがセカンドだ。『香りのファーストに味のセカンド』といわれるように、コクがあってクオリティが高いのはセカンドだが、生産量が少ないファーストも珍重される。
 秋摘みはオータムナルといい、渋みが強いがそれを好むフリークもいることなどを二人は話した。殆ど霧島カンパニー保養所の今枝執事からの受け売りだった。

「お客さんたち、よくご存じですねえ」
「知識だけでテイスティングもできないのは恥ずかしいんですけど」
「旨ければそれでいいだろう」
「貴方は飲めて食べられたら何だっていいんでしょう?」
「人間、それが一番だと思うがな」

 ゆっくりとした英語で喋った二人にマスターは深く頷く。

「お客さんのおっしゃる通りですね。では、そろそろ部屋にご案内しましょうか」

 京哉が二本目の煙草を消すのを見計らって、カウンターから出てきたマスターは二人を促した。残っている客を霧島が目で示すとマスターは肩を竦める。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

高貴なる義務の果て~楽園19~

志賀雅基
キャラ文芸
◆「ところでコソ泥とは何かね?」(そこからかよ……)◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart19 [全96話] 爆破事件と銃撃に立て続けに巻き込まれたシドとハイファにサド軍医。危うく被害を免れるが部屋に戻ればコソ泥が飼い猫タマに食われかけ。情けでコソ泥に飯を食わせ署に連行するも、コソ泥を他星系へ護送するハメに。コソ泥はまさかの王族で着いたらいきなり戴冠式!? ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ
キャラ文芸
両親を亡くし、たった一人の兄と二人暮らしをしている椎名巫寿(15)は、高校受験の日、兄・祝寿が何者かに襲われて意識不明の重体になったことを知らされる。 病院へ駆け付けた帰り道、巫寿も背後から迫り来る何かに気がつく。 二人を狙ったのは、妖と呼ばれる異形であった。 「私の娘に、近付くな。」 妖に襲われた巫寿を助けたのは、後見人を名乗る男。 「もし巫寿が本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」 神役修詞高等学校、そこは神役────神社に仕える巫女神主を育てる学校だった。 「ここはね、ちょっと不思議な力がある子供たちを、神主と巫女に育てるちょっと不思議な学校だよ。あはは、面白いよね〜」 そこで出会う新しい仲間たち。 そして巫寿は自分の運命について知ることとなる────。 学園ファンタジーいざ開幕。 ▼参考文献 菅田正昭『面白いほどよくわかる 神道のすべて』日本文芸社 大宮司郎『古神道行法秘伝』ビイングネットプレス 櫻井治男『神社入門』幻冬舎 仙岳坊那沙『呪い完全マニュアル』国書刊行会 豊嶋泰國『憑物呪法全書』原書房 豊嶋泰國『日本呪術全書』原書房 西牟田崇生『平成新編 祝詞事典 (増補改訂版)』戎光祥出版

切り替えスイッチ~割り箸男2~

志賀雅基
キャラ文芸
◆俺の回路は短絡し/想う権利を行使した/ざけんな動け!/護りたくば動け!◆ 『欲張りな割り箸男の食らった罰は』Part2。 県警本部の第三SIT要員として、ようやくバディを組めて平穏な生活を獲得した二人に特命が下る。海に浮いた複数の密入国者、これも密輸される大量の銃に弾薬。それらの組織犯罪の全容を暴くため、二人は暴力団に潜入するが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・ムーンライトノベルズ・エブリスタ・ノベルアップ+に掲載】

絶世の美女の侍女になりました。

秋月一花
キャラ文芸
 十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。  旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。  山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。  女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。  しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。  ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。  後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。  祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

妖怪の親方様に捧げられた生贄姫は生き生きと館を闊歩する

かのん
キャラ文芸
 生贄として育てられた光葉は籠の中の鳥。  そんな生贄姫の捧げられる相手は妖怪の親方様。  これは生贄姫が親方様の優しさに触れながら、他の妖怪達と織りなす物語。  

女装と復讐は街の華

木乃伊(元 ISAM-t)
キャラ文芸
・ただ今《女装と復讐は街の華》の続編作品《G.F. -ゴールドフィッシュ-》を執筆中です。 - 作者:木乃伊 - この作品は、2011年11月から2013年2月まで執筆し、とある別の執筆サイトにて公開&完結していた《女装と復讐》の令和版リメイク作品《女装と復讐は街の華》です。 - あらすじ - お洒落な女の子たちに笑われ、馬鹿にされる以外は普通の男子大学生だった《岩塚信吾》。 そして彼が出会った《篠崎杏菜》や《岡本詩織》や他の仲間とともに自身を笑った女の子たちに、 その抜群な女装ルックスを武器に復讐を誓い、心身ともに成長を遂げていくストーリー。 ※本作品中に誤字脱字などありましたら、作者(木乃伊)にそっと教えて頂けると、作者が心から救われ喜びます。 ストーリーは始まりから完結まで、ほぼ前作の筋書きをそのまま再現していますが、今作中では一部、出来事の語りを詳細化し書き加えたり、見直し修正や推敲したり、現代の発展技術に沿った場面再構成などを加えたりしています。 ※※近年(現実)の日本や世界の経済状況や流行病、自然災害、事件事故などについては、ストーリーとの関連性を絶って表現を省いています。 舞台 (美波県)藤浦市新井区早瀬ヶ池=通称瀬ヶ池。高層ビルが乱立する巨大繁華街で、ファッションや流行の発信地と言われている街。お洒落で可愛い女の子たちが集まることで有名(その中でも女の子たちに人気なのは"ハイカラ通り") 。 ※藤浦市は関東圏周辺またはその付近にある(?)48番目の、現実には存在しない空想上の県(美波県)のなかの大都市。

処理中です...