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第11話
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そんなことを霧島が考えているとバスが停止した。乗客の軍人らが全員降り、声を掛けてきた戦闘服の男がドライバー席から二人をじっと見た。
このバスに泊まる交渉より降りる方が楽そうだった。だがステップを降りて広がっていた光景に思わず声を上げる。
「わあ、何だかすごい基地じゃないですか」
「オフィス街がテレポートしてきたみたいだな」
目前に十五、六階ほどもあるビルが建っていた。ビルはそれだけでなく視界に五棟もある。軍空港の二次元的光景が夢だったかのような気分で二人は辺りを見渡した。
突如として三次元化した光景に都会慣れした視覚も戸惑っている。地面は綺麗にアスファルトで整地され、道路脇には一定間隔で外灯と街路樹が生えている。根元には花壇まであった。
「もしかしてこれをチラ見した奴が資料を作ったんじゃないのか?」
「確かに一部を写真で見たら都市に見えますよね」
伊達眼鏡を中指で押し上げながら京哉は基地とは思えない光景に見入って溜息をつく。だがこうしていても仕方ない。霧島が英語で制服の通行人を呼び止めた。
「サモッラ地方に行きたいんだが、公共交通機関はあるのか?」
若い制服男は訝しげな目を霧島に向ける。
「サモッラ? あんな所に行く定期便はありませんよ」
「ならば皆、どうやって行くんだ?」
「さあ……?」
一緒に途方に暮れられても困るので、霧島は礼を言って制服男を釈放した。
「日も暮れたし、取り敢えずここは身分証を振り翳すしかないな」
「僕はお腹が減っちゃいましたよ」
「私もだ。では急いで本日の宿と飯を確保するとしよう」
次の通行人と霧島は英語で話すとアスファルトの道を歩き始める。あっという間に夜になっていたが、ビルの窓から洩れる明かりと煌々と照らす外灯で視界に不自由はない。
「何処に行くんですか?」
「業務隊だ。まずは士官用宿舎でも借りようと思ってな」
「ふうん。砂漠では大雑把……じゃなくて順応が早くて、結構サバイバル向きだなあって思いましたけど、いつでもどこでも割とそういうの、忍さんは上手いですよね」
「鈍感か? それとも図々しいとでも言いたいのか?」
「褒めているのに、勘繰りすぎですよ」
いつまでも機嫌の悪い霧島に閉口して京哉は黙り、半歩近づいて腕を触れ合わせた。
僅かながら足取りを軽くした霧島と並んで歩を進め、着いたビルには警衛所もなくフリーパスで二人はエントランスをくぐった。
そこはまるでホテルのロビーのようで兵士らしい男女が五人で何やら盛り上がっている。
エレベーターもノーチェック、業務隊のある七階のボタンを押した。
箱から降りると壁に貼られた案内図通り廊下を辿って目的地に到着する。堂々たる態度の霧島に続いて京哉も自動ドアから業務隊とやらに足を踏み入れた。
そこは民間会社のオフィスのようだった。課業時間外で人の気配も薄い。
一番近くにいた制服の女性兵士に霧島が声を掛ける。
「失礼。ラヴンの中央会計監査院から派遣されてきたシノブ=キリシマ中尉とキョウヤ=ナルミ中尉だ。宿舎の手配がされていないようなので伺ったのだが」
「あ、はい。今調べますのでお待ち下さい」
二人を見て一瞬ボーッとした女性兵士は慌ててパソコンのキィボードを叩いた。
「大変申し訳ありません、リストから洩れていたようですので手配致します。身分証をこちらのスリットにどうぞ。……有難うございます」
身分証のコードを読み取るとすぐに認識され、部屋のカードキィが渡される。
「本部庁舎ビル南のB棟、十六階一六〇七号室になります」
「ありがとう」
絶妙のタイミングで神をも謀る微笑みを残し、霧島はさっさと業務隊をあとにする。
「いよいよ民間のホテルじみてきたな」
「いいじゃないですか、施設が充実してるのは。恩恵は与れるうちですよ」
B棟の一六〇七号室に辿り着いてみれば借り受けた部屋は本当にホテル並みのツインだった。バス・トイレに洗濯乾燥機付きだ。目前の廊下には飲料の自販機もある。
「にしても腹が減ったな」
「はいはい。じゃあ急いで一服しますから、そしたら食堂に行きますか」
そこで部屋の壁に備え付けの携帯端末が音を発した。誰かからメールでも入ったようだ。霧島が歩み寄ってインターフォンタイプの端末を覗き込んだ。
「誰ですか、こんな国で」
「セヴ=アスカリド大佐。ここの基地司令だそうだ」
「そんな偉いさんが何の用です?」
「ディナーの招待だ。最上階にあるレストランだが……せっかく一般兵士も使用できるというから、お前と二人で食いたかったのだがな」
「てゆうか、面倒臭っ。でもどうして僕らがご招待されるんですか?」
中尉は士官で一応は幹部である。だが基地のトップが接待するほど偉くないような気が京哉はしていた。そんな京哉に霧島は例の身分証を振って見せる。
「もしかして天下御免の査察官ってことでしょうか?」
「おそらくな。中央会計監査院の名が効き過ぎたのだろう。早くこちらの腹を探っておきたいらしい。何処でも多かれ少なかれ不正経理くらいやっているものだ」
「確かにド田舎の基地にしては、何から何までお金が掛かりすぎですもんね」
「まあ、私たちはその方が有難いが。しかしこれは上手くすれば司令を顎で使えるかも知れんぞ。面倒な特別任務をそのまま押しつけてやるとかな。どうだ?」
「ここの兵士をマフィアに潜入させる気ですか? 幾ら何でもそこまで僕も面の皮は厚くないですよ」
「悪かったな、面の皮が分厚くて」
このバスに泊まる交渉より降りる方が楽そうだった。だがステップを降りて広がっていた光景に思わず声を上げる。
「わあ、何だかすごい基地じゃないですか」
「オフィス街がテレポートしてきたみたいだな」
目前に十五、六階ほどもあるビルが建っていた。ビルはそれだけでなく視界に五棟もある。軍空港の二次元的光景が夢だったかのような気分で二人は辺りを見渡した。
突如として三次元化した光景に都会慣れした視覚も戸惑っている。地面は綺麗にアスファルトで整地され、道路脇には一定間隔で外灯と街路樹が生えている。根元には花壇まであった。
「もしかしてこれをチラ見した奴が資料を作ったんじゃないのか?」
「確かに一部を写真で見たら都市に見えますよね」
伊達眼鏡を中指で押し上げながら京哉は基地とは思えない光景に見入って溜息をつく。だがこうしていても仕方ない。霧島が英語で制服の通行人を呼び止めた。
「サモッラ地方に行きたいんだが、公共交通機関はあるのか?」
若い制服男は訝しげな目を霧島に向ける。
「サモッラ? あんな所に行く定期便はありませんよ」
「ならば皆、どうやって行くんだ?」
「さあ……?」
一緒に途方に暮れられても困るので、霧島は礼を言って制服男を釈放した。
「日も暮れたし、取り敢えずここは身分証を振り翳すしかないな」
「僕はお腹が減っちゃいましたよ」
「私もだ。では急いで本日の宿と飯を確保するとしよう」
次の通行人と霧島は英語で話すとアスファルトの道を歩き始める。あっという間に夜になっていたが、ビルの窓から洩れる明かりと煌々と照らす外灯で視界に不自由はない。
「何処に行くんですか?」
「業務隊だ。まずは士官用宿舎でも借りようと思ってな」
「ふうん。砂漠では大雑把……じゃなくて順応が早くて、結構サバイバル向きだなあって思いましたけど、いつでもどこでも割とそういうの、忍さんは上手いですよね」
「鈍感か? それとも図々しいとでも言いたいのか?」
「褒めているのに、勘繰りすぎですよ」
いつまでも機嫌の悪い霧島に閉口して京哉は黙り、半歩近づいて腕を触れ合わせた。
僅かながら足取りを軽くした霧島と並んで歩を進め、着いたビルには警衛所もなくフリーパスで二人はエントランスをくぐった。
そこはまるでホテルのロビーのようで兵士らしい男女が五人で何やら盛り上がっている。
エレベーターもノーチェック、業務隊のある七階のボタンを押した。
箱から降りると壁に貼られた案内図通り廊下を辿って目的地に到着する。堂々たる態度の霧島に続いて京哉も自動ドアから業務隊とやらに足を踏み入れた。
そこは民間会社のオフィスのようだった。課業時間外で人の気配も薄い。
一番近くにいた制服の女性兵士に霧島が声を掛ける。
「失礼。ラヴンの中央会計監査院から派遣されてきたシノブ=キリシマ中尉とキョウヤ=ナルミ中尉だ。宿舎の手配がされていないようなので伺ったのだが」
「あ、はい。今調べますのでお待ち下さい」
二人を見て一瞬ボーッとした女性兵士は慌ててパソコンのキィボードを叩いた。
「大変申し訳ありません、リストから洩れていたようですので手配致します。身分証をこちらのスリットにどうぞ。……有難うございます」
身分証のコードを読み取るとすぐに認識され、部屋のカードキィが渡される。
「本部庁舎ビル南のB棟、十六階一六〇七号室になります」
「ありがとう」
絶妙のタイミングで神をも謀る微笑みを残し、霧島はさっさと業務隊をあとにする。
「いよいよ民間のホテルじみてきたな」
「いいじゃないですか、施設が充実してるのは。恩恵は与れるうちですよ」
B棟の一六〇七号室に辿り着いてみれば借り受けた部屋は本当にホテル並みのツインだった。バス・トイレに洗濯乾燥機付きだ。目前の廊下には飲料の自販機もある。
「にしても腹が減ったな」
「はいはい。じゃあ急いで一服しますから、そしたら食堂に行きますか」
そこで部屋の壁に備え付けの携帯端末が音を発した。誰かからメールでも入ったようだ。霧島が歩み寄ってインターフォンタイプの端末を覗き込んだ。
「誰ですか、こんな国で」
「セヴ=アスカリド大佐。ここの基地司令だそうだ」
「そんな偉いさんが何の用です?」
「ディナーの招待だ。最上階にあるレストランだが……せっかく一般兵士も使用できるというから、お前と二人で食いたかったのだがな」
「てゆうか、面倒臭っ。でもどうして僕らがご招待されるんですか?」
中尉は士官で一応は幹部である。だが基地のトップが接待するほど偉くないような気が京哉はしていた。そんな京哉に霧島は例の身分証を振って見せる。
「もしかして天下御免の査察官ってことでしょうか?」
「おそらくな。中央会計監査院の名が効き過ぎたのだろう。早くこちらの腹を探っておきたいらしい。何処でも多かれ少なかれ不正経理くらいやっているものだ」
「確かにド田舎の基地にしては、何から何までお金が掛かりすぎですもんね」
「まあ、私たちはその方が有難いが。しかしこれは上手くすれば司令を顎で使えるかも知れんぞ。面倒な特別任務をそのまま押しつけてやるとかな。どうだ?」
「ここの兵士をマフィアに潜入させる気ですか? 幾ら何でもそこまで僕も面の皮は厚くないですよ」
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