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第56話
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ナルコム社の前に立つと銃撃で破られた窓は綺麗に入れ替えられ、壁の穴も巧妙に塞がれ修復されて、カチコミを思い出させる痕跡は何ひとつ残ってはいなかった。
ドアの前に立つと京哉が雅人の肩をそっと叩く。霧島も笑って促した。
「ほら、雅人。自分の無罪は自分で勝ち取れ」
押し出されて少年は深呼吸をひとつ、ドアチャイムを押してインターフォンに名前をはっきりと告げた。霧島と京哉が続けて名乗るとすぐに応答がくる。
《サワイさん、キリシマさん、ナルミさんですね。お待ち下さい》
ドアのロックが解かれた。雅人がドアを引き開ける。すると中はもう事務所だ。笑顔の男性事務員に事務室奥の応接セットにつれて行かれ、また雅人を挟んで三人は並び、ソファに腰掛ける。向かいに男性事務員が座ると絶やさぬ笑顔で訊いた。
「弊社に何の御用でしょうか?」
ここからは霧島が双方向通訳を務める。
大きく息を吸い込んだ雅人が白い顔をして、だがためらいなく一息で言った。
「僕は……ハンターキラーの中で人を殺しました」
「……はあ」
「でもそれはゲームじゃなかった……本当に人を、それに父さんまで――」
こぶしと声を震わせて言葉を継ごうとした少年に男性事務員が慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは勘違いというか……そういうことなら社長を呼びますので、ゆっくりお話し下さい。ああ、ああ、泣かないで」
すぐに社長のビル=スレーダーが呼ばれる。女性事務員が紅茶を置いていった。
「わたしが社長のスレーダーですが、弊社のソフトを御愛顧下さいまして有難うございます。そして今回は大変な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
茶色いスーツを着た細身の男はそう言いながらソファに腰を下ろす。
「僕はここで作られたゲームで何人も、父さんも本当に殺して……」
「いいえ、待って下さい。まずは話を聞いて頂けますか?」
穏やかな物腰の社長の落ち着きを見て雅人は口を閉じると肩で息をした。だが黒い目はまだ涙に濡れたままで社長から上等そうなハンカチを差し出される。
「では真相をお話しましょう。ハンターキラーは特定のオンラインゲーマーのレヴェルになると、とあるサーヴィスがなされる場合がありましてね。平たく云えば『家族向けサーヴィス』です。ゲームに熱中して離れられない人の、ね」
「家族向け……?」
「はい。苦情がくるんですよ、『うちの子の成績が下がった』とか、酷くなると『会社に行かなくなった』とか。そういうゲーム依存といいますか、ヘヴィーユーザーの家族に我々が勧めたサーヴィスが『ゲームに登場してゲーマーを驚かせるサーヴィス』なんです」
安堵させるように微笑んでビル=スレーダーは説明した。
苦情を寄越した家族の画像を送って貰い、それをゲーマー本人が熱中しているハンターキラーの登場人物として混ぜるのだ。難しくはない。出てくる人間の数が元々少ないこともある。バザールなどのモブキャラは適当な合成だ。
ゲーマーが見るのは殆どがターゲットが近くなってからの登場人物か、ターゲットそのものの顔である。元々ゲームにプログラムされている人物の顔と、少々加工した家族だの望むなら酷い話だがゲーマー本人の画像を入れ替えるだけで完了だ。
階級だのレヴェルだのと躍起になって学校も会社も忘れてしまったゲーマーは家族とナルコム社が手を組んだ悪戯で、吃驚仰天して我に返る訳である。
「そこまでやり込んでいるゲーマーだと近接戦ならUAVオルトロスのカメラ・アイのみに頼らず、『テロリスト』がブリーフィング通りかどうかをご自分の目でも確かめる場合が多いですからね。そういった統計から始めた上級者の家族向けサーヴィスですが……どうです、沢井さん。まだご心配なら貴方がクリアしたゲームのログをもう一度見てみませんか?」
「……お願いします、見せて下さい」
まだ疑心暗鬼といった顔つきをした少年の前にノートパソコンと専用コントローラが置かれる。事務員がログを探すのに少し手間取ったが、まもなく準備は整った。
「では、貴方がやったゲームをもう一度見て下さい」
パソコンと接続した専用コントローラを雅人が操作しログが再生された。短く編集されたそれには空戦シーンはなく、いきなり低空から地上に向けての降下が始まる。
三百フィートから更に降下しアタック。カメラ・アイと同調した霧島の目が複雑に絡み合うパイプラインの間に白いヘルメットを捉えた。それを二十五ミリチェーンガンが照準する。隣で身を固くした少年の手を左右から霧島と京哉が握った。相手がUAV・RQ三五〇Aオルトロスに気付いて振り仰ぐ。その顔が映ったところでスレーダー社長がスチルモードに切り替えた。
「ここですね、これを良く見て下さい」
スレーダー社長がそう言い、更に手元のキィボードを叩く。エクセラゼネラル重工社員の沢井義久の日に焼けた顔が拡大される。画面いっぱいになったところでゆっくりと再生。父が息子に白い歯を見せた。その口が素早く何かを呟く。
「もっとゆっくり動かしてみましょう」
だがもう動体視力のいい少年には分かっていた。
音声こそなかったが、父は笑って囁いていた。『強くなれよ』と。
ドアの前に立つと京哉が雅人の肩をそっと叩く。霧島も笑って促した。
「ほら、雅人。自分の無罪は自分で勝ち取れ」
押し出されて少年は深呼吸をひとつ、ドアチャイムを押してインターフォンに名前をはっきりと告げた。霧島と京哉が続けて名乗るとすぐに応答がくる。
《サワイさん、キリシマさん、ナルミさんですね。お待ち下さい》
ドアのロックが解かれた。雅人がドアを引き開ける。すると中はもう事務所だ。笑顔の男性事務員に事務室奥の応接セットにつれて行かれ、また雅人を挟んで三人は並び、ソファに腰掛ける。向かいに男性事務員が座ると絶やさぬ笑顔で訊いた。
「弊社に何の御用でしょうか?」
ここからは霧島が双方向通訳を務める。
大きく息を吸い込んだ雅人が白い顔をして、だがためらいなく一息で言った。
「僕は……ハンターキラーの中で人を殺しました」
「……はあ」
「でもそれはゲームじゃなかった……本当に人を、それに父さんまで――」
こぶしと声を震わせて言葉を継ごうとした少年に男性事務員が慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは勘違いというか……そういうことなら社長を呼びますので、ゆっくりお話し下さい。ああ、ああ、泣かないで」
すぐに社長のビル=スレーダーが呼ばれる。女性事務員が紅茶を置いていった。
「わたしが社長のスレーダーですが、弊社のソフトを御愛顧下さいまして有難うございます。そして今回は大変な思いをさせてしまい本当に申し訳ありませんでした」
茶色いスーツを着た細身の男はそう言いながらソファに腰を下ろす。
「僕はここで作られたゲームで何人も、父さんも本当に殺して……」
「いいえ、待って下さい。まずは話を聞いて頂けますか?」
穏やかな物腰の社長の落ち着きを見て雅人は口を閉じると肩で息をした。だが黒い目はまだ涙に濡れたままで社長から上等そうなハンカチを差し出される。
「では真相をお話しましょう。ハンターキラーは特定のオンラインゲーマーのレヴェルになると、とあるサーヴィスがなされる場合がありましてね。平たく云えば『家族向けサーヴィス』です。ゲームに熱中して離れられない人の、ね」
「家族向け……?」
「はい。苦情がくるんですよ、『うちの子の成績が下がった』とか、酷くなると『会社に行かなくなった』とか。そういうゲーム依存といいますか、ヘヴィーユーザーの家族に我々が勧めたサーヴィスが『ゲームに登場してゲーマーを驚かせるサーヴィス』なんです」
安堵させるように微笑んでビル=スレーダーは説明した。
苦情を寄越した家族の画像を送って貰い、それをゲーマー本人が熱中しているハンターキラーの登場人物として混ぜるのだ。難しくはない。出てくる人間の数が元々少ないこともある。バザールなどのモブキャラは適当な合成だ。
ゲーマーが見るのは殆どがターゲットが近くなってからの登場人物か、ターゲットそのものの顔である。元々ゲームにプログラムされている人物の顔と、少々加工した家族だの望むなら酷い話だがゲーマー本人の画像を入れ替えるだけで完了だ。
階級だのレヴェルだのと躍起になって学校も会社も忘れてしまったゲーマーは家族とナルコム社が手を組んだ悪戯で、吃驚仰天して我に返る訳である。
「そこまでやり込んでいるゲーマーだと近接戦ならUAVオルトロスのカメラ・アイのみに頼らず、『テロリスト』がブリーフィング通りかどうかをご自分の目でも確かめる場合が多いですからね。そういった統計から始めた上級者の家族向けサーヴィスですが……どうです、沢井さん。まだご心配なら貴方がクリアしたゲームのログをもう一度見てみませんか?」
「……お願いします、見せて下さい」
まだ疑心暗鬼といった顔つきをした少年の前にノートパソコンと専用コントローラが置かれる。事務員がログを探すのに少し手間取ったが、まもなく準備は整った。
「では、貴方がやったゲームをもう一度見て下さい」
パソコンと接続した専用コントローラを雅人が操作しログが再生された。短く編集されたそれには空戦シーンはなく、いきなり低空から地上に向けての降下が始まる。
三百フィートから更に降下しアタック。カメラ・アイと同調した霧島の目が複雑に絡み合うパイプラインの間に白いヘルメットを捉えた。それを二十五ミリチェーンガンが照準する。隣で身を固くした少年の手を左右から霧島と京哉が握った。相手がUAV・RQ三五〇Aオルトロスに気付いて振り仰ぐ。その顔が映ったところでスレーダー社長がスチルモードに切り替えた。
「ここですね、これを良く見て下さい」
スレーダー社長がそう言い、更に手元のキィボードを叩く。エクセラゼネラル重工社員の沢井義久の日に焼けた顔が拡大される。画面いっぱいになったところでゆっくりと再生。父が息子に白い歯を見せた。その口が素早く何かを呟く。
「もっとゆっくり動かしてみましょう」
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