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第41話

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「ようし。ここに集った歴戦のつわものは一個分隊十名だ」

 昨日とは打って変わって景気良くアルが言うと、もう一人の男が説明し始めた。

「俺はハーマン、アルが分隊長なら俺は小隊長だとでも思ってくれ。だが軍経験者も今は仮想階級を忘れてくれていい。急な作戦で悪いが近所に野良犬が紛れ込んだとの通報があった。つまりはコンビナートに敵のスパイが忍び込んだということだ」

 ここでアルが代わって口を開く。

「野良犬は三匹、コンビナートのカメラ映像のスチルを配る。特徴は分かる筈だ」

 バディ一組に付き三枚ずつのB5版カラーコピーが配られた。それで真っ先にドミニクが手を挙げる。全員の視線が集まりハーマンが頷いて発言権が認められた。

「これ、どう見ても兵士じゃないぞ。ビジネスマンじゃねぇかい」
「それがどうしたっていうの、産業スパイは企業にとってテロリストよ」

 そう応えたウィノナはクインラン以外のPSCを渡り歩いてきたことが窺える。

「既に三匹はコンビナート内の警備に追い立てられているが、三十分前にロストしたということでクライアントは確実性を持たせるために我々の投入を決定した」
「そしてここが重要だ、よく聞けよ。今回に限ってスパイを狩った者にはクライアントが新人賞を用意している。作戦参加報酬以外にボーナスは七千ドルだ」

 ハーマンの言葉に皆がどよめく。霧島にしてみればこんな所での報酬などどうでもいいが、七千ドルという数字はケチなクインランにしては破格の値だったようだ。

「それでも一万って言わない辺りがケチっぽいですよね」
「元々は一万で、三千はクインランが掠めたんだろう」

 囁き合う間に必要な者は武器庫から得物と弾薬を取ってくるよう指示されていた。暢気すぎる傭兵二名が武器庫の方へと走ってゆく。それを見送って霧島は京哉に確認した。

「京哉お前、フルロードだろうな?」
「ええ。そもそも僕はこれでいくつもりですから。弾薬もありますしね」

 と、担いだソフトケースの対物狙撃銃を揺らして見せる。

「だがコンビナートの中だぞ、狙撃は無理ではないのか?」
「無理かどうかはやってみなくちゃ。構いませんよね?」

 頷いたアルとハーマンは、だが「七千ドルが惜しくないのか?」という目をしていた。そこで上司二人に霧島は訊いてみる。

「殺さなきゃならないのか?」
「産業スパイを捕虜にしても送り込んできた企業は何も出さないからな」
「それなりの報酬の代わりに覚悟して奴らも潜入するんだ」

 まるで麻取の囮捜査員みたいだなと思いつつ、また霧島は格納庫の中のUAVを眺め始めた。一機がトーイングトラクタで引っ張り出されてくるのを見て再び目を輝かせる。

「やはり大きいな。それでリモコン操縦士は何処なんだ?」
「今どき何言ってるんですか。個々の兵士が飛ばす自爆ドローンじゃないんですよ? 殆どオートで飛ぶ、つまりコンピュータにプログラミングされた完全自律飛行です。それこそリモコン操縦士が必要なら、フライトシミュレータと同様の専用コントロールルームがあるに決まってるでしょう」
「あ、そうか」

 リモコン操縦の現場を生で見てみたかった男の子はあからさまに消沈して、日本語でのやり取りだったにも関わらずアルやハーマンからも笑われた。
 笑っているうちに暢気な傭兵二名が駆け戻ってきて皆から肩や背を小突かれる。

 次にあっさりと皆に戦闘薬が配られた。その場で飲む者も飲まない者もいた。何れにせよ戦闘薬そのものの扱いは雑で、摂取が常態化したこの薬によって『滑車を回り続けるネズミ』だの、マフィアの資金源となり他国の犯罪発生率を急上昇させているという認識は誰にも無いようだった。霧島は灰色の目で薬を暫し眺めてからポケットに突っ込む。

 バディの様子に気付いていた京哉は涼しげな無表情のシャープな頬が僅かに硬くなったのを見逃せず、霧島の悔しさに改めて触れた。

 その間も現実は進行しアルの号令で中型ヘリに全員が乗り込んだ。アルとハーマンの上司コンビがパイロット席とコ・パイ席を占め、残りの皆は座席を外した後部の床にすし詰めにされる。霧島は巨漢のドミニクに押されて何だか酸素まで薄く感じた。

 ハーマンの操縦でテイクオフすると一気に高度を取り、僅か三分ほどで垂直降下を始める。霧島が窓に押し付けられて眺めた眼下は茶色い砂礫を盛り上げたような、山肌が剥き出しの低い山脈だ。化石燃料を長い間掘っているうちにできた人工的な山だった。その裾野にコンビナートとパイプラインが複雑怪奇に絡み合っている。油田はかなり遠い。

「スナイプ希望者はここで降ろしてやる。行け」

 ハーマンの合図で誰かがスライドドアを開け、皆から殆ど強引に押し出された霧島は先に二メートル半ほどの高さを飛び降りた。あとから京哉が降ってくるかと思いきや、ヘリは脚部のスキッドを片側だけ接地し、そちら側から京哉は狙撃銃のソフトケースを担いで優雅に降機する。あまりの扱いの違いに霧島は上方を睨みつけた。

 皆の笑い声と喧しい駆動音、巻き上げた砂埃を残して中型ヘリは再び飛び立つ。

「くそう、覚えていろ!」
「はいはい、吼えるのはあとにして仕事の準備をしましょうねー」
「本気でここから狙うのか?」
「ここからでも敵の動きによっては充分狙えますよ」

 首に提げたケースからレーザースコープを出した霧島は山裾の高台からコンビナート方向を注視した。果たして目に映ったコンビナートの複雑なシステムは大きなタンクの周囲にキャットウォークや階段、パイプなどを外面に晒している。

 だが全面が複雑なシステムで埋まっている訳でもなく整地された小径もあった。幾ら岩砂漠でも人工的に整地し踏み固め続けていたら土に湿気も溜まり、草も生えるらしい。お蔭であちこちに緑も見えるが喩えそこに産業スパイが現れたとしても、京哉の持ってきた五十口径というデカブツで狙えるとは霧島にはとても思えない。

「距離、一番手前で千三百二十あるぞ。大丈夫なのか?」
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