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第38話

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 片言英語の京哉と通訳者の霧島、半ば酔ったアルの間で話がまとまった頃にはパットの汗も引き、落ち着きを取り戻して自分の所業を恥じたのか霧島たちに申し訳なさそうに目で謝っていた。何日分かの戦闘薬をドミニクが戦闘ズボンの脇ポケットに収め段ボール箱を元通りにしまうと、五人は医務室を出て食堂の二階へと繰り出す。

 食堂の二階は半分が売店、半分がささやかなバーになっていて多数の同輩が行き交っていた。霧島と京哉にドミニクとパットはアルを先頭にバーに足を踏み入れる。

「本当にシケているというか、子供のお誕生会のようだな」
「ああ、確かにそうかも知れません」

 バーの壁にはコードがうねうねと這い、電飾がチカチカと瞬いていて、常夜灯程度にまで暗くした天井の明かりといい、本当にお誕生会のようで二人は苦笑いだ。それでも狭いフロア内にあるテーブル席は満席で、雇われた制服店員たちだけでは間に合わず、兵士たちがセルフでカウンター内からジョッキを運んでいる。

 辛うじて空いていたカウンターのスツールを他の客に詰めて貰い、何とか腰掛けた五人は並んで冷たいドリンクにありつく。既に飲んでいたアルはウィスキーをロックで、あとの四人はビールのジョッキを現金と交換に手に入れた。

 誰も景気のいい掛け声など出さず、飲み物を持ち上げてみせてから口をつける。

「それであんた、アルは何だってクインランでくすぶっているんだ?」
「それは……俺も滑車で回り続けるネズミだからだ」
「もしかしてクスリで病院と行ったり来たりってことですか?」

 他人事のように軽くアルは頷いてグラスの液体を半分ほども一気に干した。

「こうなったら馴染みのクインランにしか相手にされないからな」

 複雑な顔をした部下たちに、アルはつまみのナッツを弾き上げ、口に放り込む。

「おっと、オペレーションに関しちゃ心配無用、俺は立案に一切関与してないんだ。おまけに正気かどうかを判断されてから出掛ける契約になってる」
「ふうん。だが最近は兵隊要らずの作戦が多いんじゃないのか?」

 話を六つのキィワードに近づけるべくカマをかけた霧島にアルは乗ってきた。

「ああ。僅かなベース、プラス一回のソーティで幾らの契約の俺たちだ。不景気もここまでくると笑えないよ。町に出てバラ撒くカネもない、ここで飲むしかないのさ」
「ソーティが減った理由はUAVの活躍、違うか?」

「違わないな。今期の装備費は全部あそこに取られたって話だ。UAV部門のラジコン操縦士も整備士も、遡ってはリライ事務も笑いが止まらんだろうな」
「……リライ事務?」
「知らないのか? このカランドでUAVといえば殆どリライ事務とエクセラゼネラル重工製だ。エクセラは敵側だがな。どっちも他国では軍に制式採用されて――」

 霧島と京哉は静かに目配せし合う。リライ事務はクインランにとってただの顧客ではないということだ。予測していた通りに持ちつ持たれつ……けれどそんな関係はこの国ではありふれている上に既に分かっていたことである。日本で厚生局の麻取のチームを殲滅しなければならないほどの『何か』がまだある筈だった。

「麻取殺しにナルコム社襲撃、でも見えてきませんね」
「そういやビル=スレーダーの妻子が死んだ事故についても中途半端だったな」
「ターゲット・ドローンで『ドカーン!』じゃ足りないですか?」
「お前、もう酔ったのか?」

 言いつつ殆ど酔わない霧島はビールから切り替えてストレートウィスキーをウーロン茶の如く三杯目だ。弱いと分かっているのでスクリュードライバーを舐めるようにして場を持たせている京哉に睨まれても気付かぬふりで飲み続ける。

 だがこれ以上の情報を直属上司から今、引き出すのは無理かと思われた。新人歓迎会はいつの間にか『愚痴るアルを慰める会』になっていたのだ。

「もう俺は、誰かが滑車を叩き壊してくれないかと――」

 自棄気味に吼えるアルをいつ誰が兵舎に担いで行くか、それともここで酔い潰させてやるべきか、四人の部下は小一時間ほども腹を探り合って過ごした。

◇◇◇◇

 酷く眩しくて霧島は寝ていられなくなり、起き上がるなりベッドから滑り降りた。

 室内はエアコンが利いていたが、歪んだブラインドの隙間から一条の日差しが洩れて、丁度二人の使っていた二段ベッドの下段に当たっているのだ。腕時計を見ればまだ六時前で、食堂が開くまで一時間以上もある。無駄に早起きさせられた霧島は溜息をついた。

「ん……忍さん、もう起きたんですか?」
「すまん、起こしてしまったか」
「いい……まだ寝る」 

 舌足らずな返事をして京哉は毛布にくるまってしまう。ここだって一応は戦場なので不意に非常呼集や敵襲があっては拙い。そう思って霧島は寝る前に殆ど意識も朦朧とした京哉にTシャツと下着、戦闘ズボンだけは苦労して着せた。だが毛布のなだらかなラインを眺めていると今更ながら昨夜の余韻を感じてしまう。

 そのうち余韻だけでは済まなくなった霧島はサディスティックにも毛布を引き剥がして京哉の衣服に手を掛けた。

「んっ、あ……何するの……やめて下さい、もう」
「何って、ほら、ナニだ」
「ああ、もう……って、何で忍さんは服着てないんですか?」
「まあ、いいから気にするな」

 手回し良く全てを脱ぎ捨てていた霧島は、勝手に不公平を解消すべく京哉の下衣を下着ごと引き下ろした。さすがにこれには京哉も抵抗したが、霧島の卓越したテクニックを前に抗う手はいとも簡単に封じられ、あっという間に生まれたままの姿を晒してしまう。ここまでこれば予定調和的にコトは進んだ――。
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