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第33話

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「今年は異常気象らしくて、暑くなるのが早かったんだ」

 振り返って笑ったドミニクは霧島に頷いて見せた。

「雨が少ないからな、俺たちに取っちゃ有難いことなんだが」
「だが、それにしても淋しい街だな」
「これでも夜には多少賑やかになるんだ」
「息抜きに兵士が遊ぶのか」

 ずっと先を指差してツアーガイド・ドミニクは夜の街情報を披露する。

「街外れにはカジノや売春宿もある。あんたらも行ってみるといい。傭兵は払いがいいからな、女もサーヴィスしてくれるぞ。って、もしかしてあんたらは夫婦かい?」
「まあ、似たようなものだ」

 勝手に答えたそこだけ通訳しなかったが、察した京哉は霧島を見上げて微笑んだ。

「その歓楽街は、やはりマフィアが仕切っているのか?」
「ああ。筋金入りのマフィアだが、プロ相手に喧嘩もないからな、平和なもんだ」
「そうか。それで何処まで歩くんだ?」
「あの山のふもとまでだ。クインランの演習場がある」

 歩いていると目的を同じくするらしい人間が集まり、いつしか戦闘服の集団となっていた。中には女性もいて目を惹くが、それ以上に霧島と京哉は目立った。標準的日本人から外れた百九十センチ近い高身長で体格もいい霧島だが着痩せして見えるのを度外視してもこの中では細身、それに小柄で華奢な京哉である。おまけに二人ともスーツ姿だ。

 いつの間にか話の中心になっていて、採用されるかどうか賭けまで始まっていた。

「仲のいいご夫婦ね、羨ましいくらいだわ」

 各国を転戦してきた彼らは現地の宗教観に縛られる者が少ないらしく、ウィノナという金髪をベリーショートにした女性が二人に話しかける。男性に混じっても劣らぬ体格の持ち主で、戦闘服ではなく黒のTシャツにアーマーベストを着ていた。

「ところで英語の苦手な貴方はスナイパーでしょう?」

 唐突に言い当てられ、京哉は単語の羅列でしかない片言英語ながら慎重に答える。

「どうしてそう思うのか、訊いていいですか?」
「その目よ。あたしの元バディが同じ目をしてたわ」
「はあ、そうですか」

 聞いていた霧島は周囲の目が気になり始めたが、意外にも受けは良かった。

「スナイパーはいいな。一組優秀なのがいると仕事が随分楽になる」
「確かにな。味方一個小隊以上に心強いぜ」

 階級のないドライな傭兵たちは口々にスナイパー礼賛をし始め、お蔭で霧島と京哉がリモコン操縦士でありたいという思いを吐露する機会は失われつつあった。

 空港から一時間半ほど歩いて却って汗が乾きかけた頃、一行はクインラン・ユガル支社に辿り着いた。街外れの山のふもとに建ったクインラン支社は四階建てだったが灰茶色のそれはプレハブを積み上げたような、いかにも安っぽい代物だ。オーソン安全保障のような建物を想像していた二人は拍子抜けし、顔を見合わせ何となく笑う。

「何度か攻撃を受けて全壊してるって話だからな、ここは」

 縁起でもないことを朗らかに言い、ドミニクが先頭切ってノックする。するとドアが開いてワイシャツにスラックス姿の事務員らしき男が皆を見回したのち、紙切れを配り始めた。霧島と京哉も紙切れを受け取る。眺めてみると表がアラビア語で裏が英語だった。

「忍さん、これ何ですか?」
「傭兵としての契約における規約と注意事項、演習場への順路だな」
「へえ。本当にシステマチックですね」

 そこからまたクインラン支社をあとにし、皆と一緒に歩き始める。社屋を回り込んで裏通りに出ると十分ほどで街は途切れた。

 山裾を切り開いて茶色い土を押し固めたそこが演習場らしかった。
 広大な土地は半分が射場で半分が波打つ地面に灌木などが生えた、様々な用途に使用できる演習場だ。手前はヘリコプターの駐機場エプロンで、茶色が主体のデジタル迷彩が施された小型・中型ヘリがノーズを並べて駐機してある。再雇用狙いだという男が山の向こうには高射砲や迫撃砲に戦車その他の演習場もあるんだと、妙に自慢げに教えてくれた。

 皆の話を聞いているとオープンタイプの軍用車両が一台やってきて停止する。降りてきたのは四人の男で二人がスーツ姿、二人が迷彩服に砂色のアーマーベストを身に着けていた。アーマーベストの二人の身のこなしが見事なのを京哉は敏感に見取る。同時に身に着けたアーマーベストに入ったセラミックプレートがレヴェル4クラスなのも察知した。

 特殊弾でも抜けないレヴェル4クラスのアーマーベストを身に着けてこの動きなら大したものだ。クインラン自体はケチでも指揮官クラスが実戦を知るベテランなのは有難い。
 アーマーベストの男の一人が集団に向かって声を発する。

「まずは来訪を感謝する。では早速だが規約を読んでくれ。読み終わった者から希望する職種または希望の赴任地を第二希望まで選んで申し出るように」

 さっさと規約を読み終えた霧島が京哉に囁いた。

「おい、UAVもラジコンの操作も選べる職種の中にないのだがな」
「あれも職人技ですからね、本当にラジコン操作なんて僕にはできませんから」
「ではどうするんだ、暢気にしている場合ではないぞ」
「UAV基地で他の職種は何かないですか?」

「それこそ歩兵か迫撃砲手くらいか」
「仕方ありませんね、赴任地優先でいきましょう」

 UAV基地は二ヶ所、どちらもコードネームだけがついていて赴任地希望といっても何処が何やら経験者でなければ分からない。その二ヶ所のうち、どちらを優先するか霧島と京哉でジャンケンして決める。下調べすらしていないのだから仕方ない。

 だからといって毎度予測不能な特別任務の中でも勝手な行動をしている二人に反省はなく、回ってきたボールペンで霧島が二人分の紙切れにサインと希望赴任地を書き込むと、まとめてアーマーベストの男にホイと提出した。
 暫くして全員が紙切れを提出し終えると六名が名前を呼ばれる。

「ウィノナ、サイラス、ドミニク、パット、ナルミ、キリシマ。以上はうちで初雇用だ。取り敢えず軽く腕を確かめさせてくれ」

 つれて行かれたのは射場の前の小屋だった。小屋といっても機捜の詰め所ほどの広さがある内部には、びっしりとスチール棚が並んで銃器類が置かれ、立て掛けられている。
 壁際の棚には様々な種類の弾薬が収められていた。
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