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第27話 画像解説付属
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フロントに外出を告げてキィを預け、ホテルの前からタクシーに乗った二人は三十分後には郊外に近い場所に建つ十二階建ての茶色いビルを見上げていた。
「この六階から最上階までビル=スレーダーのいたオーソン安全保障が占めてます」
「かつてのPMC、プライヴェート・ミリタリ・カンパニーも今は耳障り良くPSC、プライヴェート・セキュリティ・カンパニーか」
「やってることは変わらないんでしょうけどね」
「ふむ。なかなか立派なビルが本社、民間軍事会社なるものも儲けているのだな」
「この国じゃ企業はこぞってPSCに代理戦争を依頼してますからね」
「戦時特需というヤツの一種か。行ってみよう」
ビルに入るのは面倒だった。PSCの入居でセキュリティが厳しく、エントランスがオートロック方式で開かなかった上に、空港のセキュリティチェック並みに金属探知でもされているのか制服警備員四名に取り囲まれるハメになったのだ。
だが武器所持許可証の提示を求めてきた制服警備員たちの物腰は穏やかだった。
「申し訳ありませんが、何階の何処にご用件でしょうか?」
「日本からきた警察の者です。特別捜査本部から派遣されてきました。先般我が国で起こった連続爆破事件にこの国で作られた爆発物が使用され、それを取り扱うPSCから聴取させて貰っています。オーソン安全保障の担当者に会いたいのですが」
するすると京哉が吐いた嘘っぱちを霧島が英語で通訳する。警備員たちは頷いた。
「左様ですか。それでは担当者から来訪者登録させますのでお待ち下さい」
二人はビル一階に入居したセキュリティグッズを取り扱う店を眺めて待つ。
「では、この来訪者バッジを着けてエレベーターは右側一番手前をお使い下さい」
「協力を感謝する」
開けて貰ったエントランスから入ると観葉植物などが飾られたロビーは案外普通だった。四基あるエレベーターの中で指定された一基に乗り込む。
「相変わらず滑りのいい二枚舌だな」
「ええ。でもここからは面の皮の分厚さがものを言いますから、頑張って下さいね」
八階で勝手にエレベーターは止まり、箱を出るとサラリーマン然としたスーツの男女が行き交っていた。ここが戦争屋だとはにわかに思えない二人だった。
暫し二人が立ち尽くしていると妙にガタイのいいスーツの男が現れた。ついてこいという仕草に従うと応接室まではたった十メートルほどだった。
簡素な応接セットがあるだけの室内には既に担当者が待っていた。二人を目にして担当者はソファから立ち上がり、素っ気ないまでの短い挨拶をしてソファを勧める。
「――で、我がオーソン安全保障の取り扱った物資が極東の国に流れ込み、確実にテロに使用されたという痕跡や証拠もしくは証言でも得られたのでしょうか?」
口調は丁寧だが言っている内容は挑戦的とも云えた。
「捜査内容については洩らせないので、それを申し上げることはできません。ただ御社から最近国外に渡った、もしくは退職した方々について主に伺いたいのですが」
「国外渡航者と退職者ですか。どのくらいの期間でしょう?」
「そうですね、ここ一年くらいで結構です」
「承知しました。ではリストを用意させます」
滑らかな英語で喋った霧島は担当者が携帯で誰かに指示するのを見守る。それ以降は担当者も黙ったきりで、余計なことは喋らないぞという意思がひしひしと伝わってきた。茶の一杯も出されず灰皿もないので、二人も口を閉じているしかない。
やがて室内隅のプリンタがカタカタと紙切れを吐き出し始める。その紙切れ数枚を取ってきた担当者はまたソファに座り、霧島と京哉に紙切れを提示した。
「これの元データは頂けないのでしょうか?」
霧島が訳した京哉の質問に担当者は完全無欠の鉄面皮で言い放つ。
「申し訳ありませんが、それこそテロの標的になり得るため社員のデータは洩らせません。それに捜査関係事項照会書もお持ちではないのでしょう?」
そこまで言われては仕方ない。霧島と京哉は紙切れをじっと眺めた。幸い国外渡航者はたった四名、そのどれもが海外支社出張とあって無用な質問をせずに済む。問題の退職者は百名ばかりも並んでいて、中にビル=スレーダーも名をつらねていた。
「かなりの数ですが、この方々は何故退職なさったんですか?」
「ああ、そこから七十八名は名誉退職、または傷病退職ですね」
「と、いうと?」
「戦死、または重傷にて職を全うできないと判断されての退職です」
「ほう、それはまた……」
「あとは依願退職ですが、ご質問があればこの場で手早くお願いします」
この場で訊けということは、全ての退職者について担当者は記憶しているという意味なのか。PSCともなると事務屋もタダ者ではない。ともかく慇懃無礼な態度である。だが霧島は粘り強く一人一人についての質問を開始した。勿論京哉にも通訳してやる。
ここでも幸いビル=スレーダーの名は上の方にあった。
「――では、このビル=スレーダーさんについて伺います。退職理由は何ですか?」
「ああ、彼は大型バスの事故で家族を亡くしたことがショックだったようです」
「仕事ぶりや生活面でも気が付いたことがあれば伺いたい」
ここにきて僅かに担当者は逡巡した。そして口調をやや和らげる。
「彼は……ビルはわたしとデスクが隣だったんです」
「そうだったんですか。事故について何かご存じですか?」
「ここだけの話ですが、あの事故は大型バスの単独事故じゃないとビルは主張して、自ら調べていました。結果としてあれは某PMCが飛ばしたターゲット・ドローンの墜落だと」
「ターゲット・ドローン?」
首を捻った霧島に京哉が解説した。
「ほら、飛ばしておいて撃墜する、射撃の練習に使う無人標的機ですよ」
「ああ、ゲームでもよくある可哀相なアレか……それで、実際に事故は?」
「ビルに頼まれてわたしも少し調べましたが、確かに怪しい感触でした。でももっと怪しい事故にビルが遭ったんです。小型機のエンジン部品が数ヶ所同時に脱落するとは……」
「ビル=スレーダーの事故は仕組まれたものだったと?」
これ以上のお喋りは身のためにならないと思ったか、担当者は目で頷くに留まる。
「でもそれでナルコム社を立ち上げ大ヒットですから、まさに怪我の功名ですよね」
「この六階から最上階までビル=スレーダーのいたオーソン安全保障が占めてます」
「かつてのPMC、プライヴェート・ミリタリ・カンパニーも今は耳障り良くPSC、プライヴェート・セキュリティ・カンパニーか」
「やってることは変わらないんでしょうけどね」
「ふむ。なかなか立派なビルが本社、民間軍事会社なるものも儲けているのだな」
「この国じゃ企業はこぞってPSCに代理戦争を依頼してますからね」
「戦時特需というヤツの一種か。行ってみよう」
ビルに入るのは面倒だった。PSCの入居でセキュリティが厳しく、エントランスがオートロック方式で開かなかった上に、空港のセキュリティチェック並みに金属探知でもされているのか制服警備員四名に取り囲まれるハメになったのだ。
だが武器所持許可証の提示を求めてきた制服警備員たちの物腰は穏やかだった。
「申し訳ありませんが、何階の何処にご用件でしょうか?」
「日本からきた警察の者です。特別捜査本部から派遣されてきました。先般我が国で起こった連続爆破事件にこの国で作られた爆発物が使用され、それを取り扱うPSCから聴取させて貰っています。オーソン安全保障の担当者に会いたいのですが」
するすると京哉が吐いた嘘っぱちを霧島が英語で通訳する。警備員たちは頷いた。
「左様ですか。それでは担当者から来訪者登録させますのでお待ち下さい」
二人はビル一階に入居したセキュリティグッズを取り扱う店を眺めて待つ。
「では、この来訪者バッジを着けてエレベーターは右側一番手前をお使い下さい」
「協力を感謝する」
開けて貰ったエントランスから入ると観葉植物などが飾られたロビーは案外普通だった。四基あるエレベーターの中で指定された一基に乗り込む。
「相変わらず滑りのいい二枚舌だな」
「ええ。でもここからは面の皮の分厚さがものを言いますから、頑張って下さいね」
八階で勝手にエレベーターは止まり、箱を出るとサラリーマン然としたスーツの男女が行き交っていた。ここが戦争屋だとはにわかに思えない二人だった。
暫し二人が立ち尽くしていると妙にガタイのいいスーツの男が現れた。ついてこいという仕草に従うと応接室まではたった十メートルほどだった。
簡素な応接セットがあるだけの室内には既に担当者が待っていた。二人を目にして担当者はソファから立ち上がり、素っ気ないまでの短い挨拶をしてソファを勧める。
「――で、我がオーソン安全保障の取り扱った物資が極東の国に流れ込み、確実にテロに使用されたという痕跡や証拠もしくは証言でも得られたのでしょうか?」
口調は丁寧だが言っている内容は挑戦的とも云えた。
「捜査内容については洩らせないので、それを申し上げることはできません。ただ御社から最近国外に渡った、もしくは退職した方々について主に伺いたいのですが」
「国外渡航者と退職者ですか。どのくらいの期間でしょう?」
「そうですね、ここ一年くらいで結構です」
「承知しました。ではリストを用意させます」
滑らかな英語で喋った霧島は担当者が携帯で誰かに指示するのを見守る。それ以降は担当者も黙ったきりで、余計なことは喋らないぞという意思がひしひしと伝わってきた。茶の一杯も出されず灰皿もないので、二人も口を閉じているしかない。
やがて室内隅のプリンタがカタカタと紙切れを吐き出し始める。その紙切れ数枚を取ってきた担当者はまたソファに座り、霧島と京哉に紙切れを提示した。
「これの元データは頂けないのでしょうか?」
霧島が訳した京哉の質問に担当者は完全無欠の鉄面皮で言い放つ。
「申し訳ありませんが、それこそテロの標的になり得るため社員のデータは洩らせません。それに捜査関係事項照会書もお持ちではないのでしょう?」
そこまで言われては仕方ない。霧島と京哉は紙切れをじっと眺めた。幸い国外渡航者はたった四名、そのどれもが海外支社出張とあって無用な質問をせずに済む。問題の退職者は百名ばかりも並んでいて、中にビル=スレーダーも名をつらねていた。
「かなりの数ですが、この方々は何故退職なさったんですか?」
「ああ、そこから七十八名は名誉退職、または傷病退職ですね」
「と、いうと?」
「戦死、または重傷にて職を全うできないと判断されての退職です」
「ほう、それはまた……」
「あとは依願退職ですが、ご質問があればこの場で手早くお願いします」
この場で訊けということは、全ての退職者について担当者は記憶しているという意味なのか。PSCともなると事務屋もタダ者ではない。ともかく慇懃無礼な態度である。だが霧島は粘り強く一人一人についての質問を開始した。勿論京哉にも通訳してやる。
ここでも幸いビル=スレーダーの名は上の方にあった。
「――では、このビル=スレーダーさんについて伺います。退職理由は何ですか?」
「ああ、彼は大型バスの事故で家族を亡くしたことがショックだったようです」
「仕事ぶりや生活面でも気が付いたことがあれば伺いたい」
ここにきて僅かに担当者は逡巡した。そして口調をやや和らげる。
「彼は……ビルはわたしとデスクが隣だったんです」
「そうだったんですか。事故について何かご存じですか?」
「ここだけの話ですが、あの事故は大型バスの単独事故じゃないとビルは主張して、自ら調べていました。結果としてあれは某PMCが飛ばしたターゲット・ドローンの墜落だと」
「ターゲット・ドローン?」
首を捻った霧島に京哉が解説した。
「ほら、飛ばしておいて撃墜する、射撃の練習に使う無人標的機ですよ」
「ああ、ゲームでもよくある可哀相なアレか……それで、実際に事故は?」
「ビルに頼まれてわたしも少し調べましたが、確かに怪しい感触でした。でももっと怪しい事故にビルが遭ったんです。小型機のエンジン部品が数ヶ所同時に脱落するとは……」
「ビル=スレーダーの事故は仕組まれたものだったと?」
これ以上のお喋りは身のためにならないと思ったか、担当者は目で頷くに留まる。
「でもそれでナルコム社を立ち上げ大ヒットですから、まさに怪我の功名ですよね」
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