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第22話
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冷蔵庫のミネラルウォーターを出してやり、京哉を三人掛けソファに寝かせた霧島は、いそいそと京哉側と自分側のパソコンを入れ替える。そうして独り掛けソファに陣取ると他人の技を盗むべく、いや、特別任務で仕方なく、ナルコム社のサーバから京哉が落としたログに目を凝らした。
クラウドには十個ばかりのログファイルが並んでいる。
「どれにするか……ふむ、これにしよう」
長いコードナンバーのついた他人のオペレーション・ログの中で一番容量の大きな作戦を選んだ。つまりは細部に渡る指令があり、ゲーマーの操作も複雑だったであろう、相当な上級者向け作戦と思われるログである。ハッキングしておいて繋ぎっ放しは拙い気がしてパソコン内に落とすだけ落とすとオフラインにした。
大容量のそれを解凍すると霧島は真剣に眺め始める。
ダイアログが出てオペレーションが始まる。だがあくまでこれは記録なので面倒なプリフライトチェックやブリーフィング、目標空域までの段階はすっ飛ばした。
「おっ、これだ、これ。この自分が飛んでいる感覚がいいんだ」
「愉しそうで結構ですね」
「特別任務だからな、仕方ない。うわっ、敵機が二機同時、こんなのアリなのか!」
「もっかい撃墜されちゃえばいいのに」
「もう何十回撃墜されたと……何だ、画面が乱れているな。クラッシュか?」
「ちゃんとクラウドからデータを落とせなかったんじゃないですか? それとも大容量すぎて、そのノーパソじゃ処理しきれないとか。これ、あんまり高性能じゃないですし」
「分からん。分からんが早送りして……いけた!」
完全に霧島は『男の子』に還ってしまっていて、京哉は呆れながらも笑わされている。機捜の詰め所でも仕事をしていると見せかけてゲーム麻雀をしていたり、一週間交代での食事当番のために献立レシピ集を垣間見ていたりするのだが、それでも隊員たちの前では涼しく怜悧さを感じさせる表情を決して崩さない霧島である。
そんな『格好つけ』、もといプライドの高いタイプのクセして更にはゲームセンター好きだったりするのだが、それでもここまで一喜一憂することは滅多にない。はしゃいだ声を上げている年上の愛し人は激レアで京哉も非常に嬉しくなった。
その間も完全に電脳世界の住人となった霧島は卑怯臭くも美味しいとこ取りしながら、他人のゲームを食い入るように観察し続けた。手元ではオフラインのログ相手に動く筈もない専用コントローラで上級者の操作をトレースしている。
戦闘情報中枢コンがダイアログを出し、自機が損傷を負っていると警告してきた。敵の二機との空戦でやられたのか複数系統あるレーダー機器の一部までがエラー表示で使用不能だ。それだけではなくメインウェポンとなるヘルファイアミサイルとハイドラロケットも残がない。残る武装はチェーンガンの二十五ミリ弾のみだった。
「まだ終わらないんですか?」
「ん、ああ。京哉、お前も気分が良くなったらシャワー浴びてこい」
「ええ、分かりました。行ってきます」
「酔ったのだから気を付けろ。……だが、ここまで損耗しながら機を保たせたとは、これをやったゲーマーはトリプルAレヴェルに違いないな。先日の作戦にも参加したのか?」
「さあ、したかも知れませんね」
独り言に対して京哉は適当極まりない返事を返しつつ、いよいよ呆れながらも常ならば迷わず指揮を執り指令を下し、特別任務においても最高のバディと云える男のレアな一面を発見して頬の緩みが止まらない。真剣にゲーム、それも他人のログをトレースする大男を注視しながらスーツのジャケットを脱いでタイとショルダーホルスタを解く。
そこで霧島がまたも大声を出した。真剣なのを察知して京哉は振り向いた。
「嘘だろう、こんな……リアルさが半端じゃないぞ!」
「はいはい、良かったですね」
「いや、このログはおかしい、変だ」
「ふうん。いったい何が変なんですか?」
「分からん、でもこれは……チッ、何がどうなってるんだ!」
訊かれても知る訳がない。すっかり子供に戻ってしまった霧島に何と答えたものか暫し迷っていると、霧島はぶつぶつ独り言を洩らし始める。低くて良く聞こえない。
「ここまで作り込まれているヴァージョンなど……小田切も私も確かに『ハンターキラー』だが、レヴェルの違いが明らか……上位ヴァージョン、もしくはベータ版なのか……?」
「忍さん、何か重要な事実に気付いたんですか?」
余りに真剣で妙に感じた京哉は素直に訊いてみた。だがこちらを向いた霧島は怜悧さを感じさせるいつもの表情で、まるで何事もなかったかの如くあっさり言った。
「シャワー、浴びてこないのか?」
「あ、いえ、入ってきます」
拍子抜けした気分で京哉はショルダーバッグから下着を出しバスルームに向かう。
その薄い背を見送った霧島は再びログを食い入るように見つめ始めた。ゲーム慣れしているため、すぐにUAVオルトロスと一体になって飛ぶ感覚が得られる。岩砂漠の上空を飛び続けて石油化学コンビナートとパイプラインを睥睨した。
ここでまたダイアログが出て、初めてこの作戦がどんなものなのか表示される。最初のブリーフィングを飛ばしたので見ていなかったのだ。上級者ならば一瞬で処理するというそれを霧島は目で追う。そして灰色の目を細めて底に光を溜めた。
その作戦内容は霧島や小田切のような下っ端ゲーマーに与えられるものとは全く違っていた。具体的にはターゲットは原油パイプラインの詳細情報を他企業に売り渡そうとしている産業スパイで、おびき出したそれを殺すのが任務だったのだ。
自分たちがやっている『ハンターキラー』とは画面の中のモノや人々、風景の造り込みのレヴェルがまるで違う中で、このまま見ていれば、そしてこのログのゲーマーが作戦を成功させていれば、原油パイプラインにスパイとして潜り込んだ人物は死を迎える。
それも兵装が尽きているのとパイプライン内という状況からチェーンガンの二十五ミリ多目的榴弾を浴び、自分が死んだことにさえ気づかず赤く飛び散るのだ――。
クラウドには十個ばかりのログファイルが並んでいる。
「どれにするか……ふむ、これにしよう」
長いコードナンバーのついた他人のオペレーション・ログの中で一番容量の大きな作戦を選んだ。つまりは細部に渡る指令があり、ゲーマーの操作も複雑だったであろう、相当な上級者向け作戦と思われるログである。ハッキングしておいて繋ぎっ放しは拙い気がしてパソコン内に落とすだけ落とすとオフラインにした。
大容量のそれを解凍すると霧島は真剣に眺め始める。
ダイアログが出てオペレーションが始まる。だがあくまでこれは記録なので面倒なプリフライトチェックやブリーフィング、目標空域までの段階はすっ飛ばした。
「おっ、これだ、これ。この自分が飛んでいる感覚がいいんだ」
「愉しそうで結構ですね」
「特別任務だからな、仕方ない。うわっ、敵機が二機同時、こんなのアリなのか!」
「もっかい撃墜されちゃえばいいのに」
「もう何十回撃墜されたと……何だ、画面が乱れているな。クラッシュか?」
「ちゃんとクラウドからデータを落とせなかったんじゃないですか? それとも大容量すぎて、そのノーパソじゃ処理しきれないとか。これ、あんまり高性能じゃないですし」
「分からん。分からんが早送りして……いけた!」
完全に霧島は『男の子』に還ってしまっていて、京哉は呆れながらも笑わされている。機捜の詰め所でも仕事をしていると見せかけてゲーム麻雀をしていたり、一週間交代での食事当番のために献立レシピ集を垣間見ていたりするのだが、それでも隊員たちの前では涼しく怜悧さを感じさせる表情を決して崩さない霧島である。
そんな『格好つけ』、もといプライドの高いタイプのクセして更にはゲームセンター好きだったりするのだが、それでもここまで一喜一憂することは滅多にない。はしゃいだ声を上げている年上の愛し人は激レアで京哉も非常に嬉しくなった。
その間も完全に電脳世界の住人となった霧島は卑怯臭くも美味しいとこ取りしながら、他人のゲームを食い入るように観察し続けた。手元ではオフラインのログ相手に動く筈もない専用コントローラで上級者の操作をトレースしている。
戦闘情報中枢コンがダイアログを出し、自機が損傷を負っていると警告してきた。敵の二機との空戦でやられたのか複数系統あるレーダー機器の一部までがエラー表示で使用不能だ。それだけではなくメインウェポンとなるヘルファイアミサイルとハイドラロケットも残がない。残る武装はチェーンガンの二十五ミリ弾のみだった。
「まだ終わらないんですか?」
「ん、ああ。京哉、お前も気分が良くなったらシャワー浴びてこい」
「ええ、分かりました。行ってきます」
「酔ったのだから気を付けろ。……だが、ここまで損耗しながら機を保たせたとは、これをやったゲーマーはトリプルAレヴェルに違いないな。先日の作戦にも参加したのか?」
「さあ、したかも知れませんね」
独り言に対して京哉は適当極まりない返事を返しつつ、いよいよ呆れながらも常ならば迷わず指揮を執り指令を下し、特別任務においても最高のバディと云える男のレアな一面を発見して頬の緩みが止まらない。真剣にゲーム、それも他人のログをトレースする大男を注視しながらスーツのジャケットを脱いでタイとショルダーホルスタを解く。
そこで霧島がまたも大声を出した。真剣なのを察知して京哉は振り向いた。
「嘘だろう、こんな……リアルさが半端じゃないぞ!」
「はいはい、良かったですね」
「いや、このログはおかしい、変だ」
「ふうん。いったい何が変なんですか?」
「分からん、でもこれは……チッ、何がどうなってるんだ!」
訊かれても知る訳がない。すっかり子供に戻ってしまった霧島に何と答えたものか暫し迷っていると、霧島はぶつぶつ独り言を洩らし始める。低くて良く聞こえない。
「ここまで作り込まれているヴァージョンなど……小田切も私も確かに『ハンターキラー』だが、レヴェルの違いが明らか……上位ヴァージョン、もしくはベータ版なのか……?」
「忍さん、何か重要な事実に気付いたんですか?」
余りに真剣で妙に感じた京哉は素直に訊いてみた。だがこちらを向いた霧島は怜悧さを感じさせるいつもの表情で、まるで何事もなかったかの如くあっさり言った。
「シャワー、浴びてこないのか?」
「あ、いえ、入ってきます」
拍子抜けした気分で京哉はショルダーバッグから下着を出しバスルームに向かう。
その薄い背を見送った霧島は再びログを食い入るように見つめ始めた。ゲーム慣れしているため、すぐにUAVオルトロスと一体になって飛ぶ感覚が得られる。岩砂漠の上空を飛び続けて石油化学コンビナートとパイプラインを睥睨した。
ここでまたダイアログが出て、初めてこの作戦がどんなものなのか表示される。最初のブリーフィングを飛ばしたので見ていなかったのだ。上級者ならば一瞬で処理するというそれを霧島は目で追う。そして灰色の目を細めて底に光を溜めた。
その作戦内容は霧島や小田切のような下っ端ゲーマーに与えられるものとは全く違っていた。具体的にはターゲットは原油パイプラインの詳細情報を他企業に売り渡そうとしている産業スパイで、おびき出したそれを殺すのが任務だったのだ。
自分たちがやっている『ハンターキラー』とは画面の中のモノや人々、風景の造り込みのレヴェルがまるで違う中で、このまま見ていれば、そしてこのログのゲーマーが作戦を成功させていれば、原油パイプラインにスパイとして潜り込んだ人物は死を迎える。
それも兵装が尽きているのとパイプライン内という状況からチェーンガンの二十五ミリ多目的榴弾を浴び、自分が死んだことにさえ気づかず赤く飛び散るのだ――。
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