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第21話

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「まずこのナルコム社の帳簿を見て下さい。マクミランファミリーからダイナ銀行経由でナルコム社に約五ヶ月前から三ヶ月前まで一週間毎に十万ドル入金されてます」
「京哉お前、裏帳簿までハッキングしたのか。さすがは私の妻だな!」

 もう怪しいカネの流れを掴んだ京哉に驚嘆しつつ、霧島は再び身を乗り出す。

「別にこれは裏じゃありませんよ。マフィアでもお金さえ払えば顧客なんですから」
「それでも総額一億円近くは大きすぎるだろう?」
「まあ、三ヶ月前から謎の入金も三万ドルに減ったんですけれどね」
「だがそんな怪しいカネなど手にして、ナルコム社は脱税で挙げられないのか?」

 何処が蟻の一穴になるかも知れず、霧島は勢い込んだが京哉は肩を竦めた。

「帳簿の名目はマクミラン経営のゲーセンの、ソフトウェア開発資金ですから」
「けれど何れにせよナルコムはマクミランと黒い繋がりがあるということだな?」
「そうとも言い切れませんよ」
「どうしてだ?」
「だから本当にゲームセンターの開発資金かも知れないじゃないですか」

 出した手をサッと引かれたような気がして霧島は考えた。その気になったら驚異の予測及び超計算能力を発揮する霧島はかつて某大国の戦略軍事行動シミュレーションに特化したスパコン『エージェントPAX』すら打ち破った頭脳の持ち主だ。だがそこまで本気になることは稀である。手を抜いている訳でもないが今現在は常人の範疇というだけだ。

「ゲーセンの開発資金か。確かにナルコムはIT企業兼ゲームソフト開発会社、言い訳にしても上手い処を突いているな。何処からも文句のつけようがない鉄壁さか」
「ええ。だからナルコムがマクミランとクスリを介して直接繋がっていると断ずるにはまだ早いんですよ。ゲーセン開発を隠れ蓑にしている可能性は充分あると思いますけど」

 考えを巡らせながら霧島はロウテーブル上のオイルライターを弄ぶ。

「ところでナルコム社の規模はどれだけのものなんだ?」
「社長のビル=スレーダー以下五名と秘書一名です。あとはバイトが常時二、三名」
「何だ、それは。てっきりハンターキラーの世界的大ヒットで巨大企業だとばかり思い込んでいたが」

「まあ、普通はそう思いますよね。でも世界的にヒットしたオンラインゲームの主催者だけあって、サーバだけはちょっと信じがたいくらいの大容量でした」
「サーバか。何かログでも覗けたのか?」

 そこで今度は京哉が考え込んだ。文字列をスクロールしながら口を開く。

「これは本当に偶然ハッキングしちゃったみたいなんですけど……確かに覗けたって言えば覗いちゃったんです。設定したパスワードを一桁間違ったら、爆撃だの空戦だのテロリスト殲滅だのって作戦の記録がわんさか。でもそれって、ただのゲームの話ですよね?」
「そういうゲームだからな、ハンターキラーは。それを今、見られるか?」
「見られますよ、幾つかはダウンロードしてクラウドに上げておきましたから」

 霧島は京哉の隣に移って腰を下ろした。京哉は霧島をじっと見て首を傾げる。

「忍さん。まさか貴方、他人のログを見て上級者の技を盗もうとしているとか?」
「ちが、違うぞ。私は純粋にナルコム社について考察しようと思ってだな――」

 明らかに誤魔化そうと試み焦る男を無視し、京哉はさっさと霧島側のパソコンを操作してオモチャを引き抜くと自分のパソコンに専用コントローラをセットした。霧島と違って他人のゲームに興味はない。単に自分が偶然覗いたサーバのログに不審な点がないのか知りたいだけである。それには一度でも体験するのが手っ取り早い。

 オンラインゲーム・ハンターキラーに通常手段でアクセスした。試すのは日本語版なので何ら迷うことなく必要事項を入力して初期設定画面をクリアする。
 すると景気のいいマーチと共に始まったのは正式版ではなく無料の体験版だった。

「何だ、京哉。お前も結局はやるんだな」
「何処にヒントがあるか分かりませんしね。さあて、僕もハンターキラー初体験」
「気を付けんと、最初は酔うぞ」
「えっ、本当ですか? やだなあ」

 言いつつ京哉は初心者向け体験版の中でも一番短いコースを選択して映し出す。
 途端に画面に広がったのは空だった。それも上下左右前後と六つものウィンドウが開いて、それぞれが目まぐるしく回転するように動いている。どのウィンドウに目を向けていいのか分からず、視覚情報を咄嗟に処理できなくて焦った。

「自分がUAV、RQ三五〇Aオルトロスそのものになるんだ」

 霧島のアドバイスで瞬時に落ち着きを取り戻す。意識を前方に向けコントローラを固定することで膨大な視覚情報の全てを相手にせずとも姿勢が保てるようになった。
 だが元々ゲームなんぞに興味はなく、早々にオートパイロットモードに入れる。
 暫しオートのまま茶色い砂礫の上空を真っ直ぐ飛んだ。つまり眺めているだけだ。

 けれど感覚が掴めたと思って肩の力を抜いた、その途端に機体の姿勢が崩れた。僅かにコントローラを動かしたことでオートが切れたのだ。ライトターンにライトロール。同時に高度を一瞬にして失ったのが感覚で分かる。慌てて前を向き上方を意識した。それだけで手元は過剰に操作してしまったらしく、機体のピッチが変わって戦闘上昇。上昇し続けて宙返り、既に機首が何処を向いているのかも分からない。

 普段ゲームをしない京哉は完全に振り回されてしまっていた。

「あああ、何これ、もう!」
「素直に先人のログを眺めた方が良かったんじゃないのか?」
「幾ら僕でも見てるだけじゃつまんない……わああ!」
「今度は何なんだ?」

「何かコーションが点灯して警告音が、二分三十秒で自己修復……わっ、墜ちる!」
「それでもヘリのパイロットなのか?」
「そうです! でもこれ、ヘリとは全然違って、わあっ、何か飛んできた!」

 かつての特別任務で他国の軍に放り込まれた挙げ句にヘリの操縦まで覚えてしまった小器用な京哉である。アミダクジで霧島に負け、機長役を押し付けられたのだ。
 重たそうな役目を押し付けた霧島はそのときFCS、火器管制システムのコントロール役だったため、それこそゲームのようにロケット弾だの二十ミリバルカン砲だのを景気よく撃ちまくっていたので京哉と違いヘリの操縦はできない。

「良かった、何か知らないけど避けたって、えええ、どっちが空でどっちが地面?」
「空間識失調、いわゆるバーティゴというヤツだな」
「わああっ、逆さまだった!」

 何度も奇声を上げながら京哉はカタカタ震えるコントローラをしっかり持ち直してオートパイロットに戻し、バザールから岩砂漠に出てきたテロリストをハイドラロケットで狙い撃ちするという任務を他人事の如く眺めオートパイロットでRTB――リターン・トゥ・ベース――するまでの一連のオペレーションを体験した。

「ふう……ギボヂ悪い」
「だから言っただろう。ちょっとそこで横になっていろ」
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