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第3話
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それにある意味『上』とパイプのできた『知りすぎた男二人』は便利に使われ、最近は機捜にいるより極秘の特別任務に就かされている方が多いくらいだ。本部長を通して降ってくる特別任務はとうに県警案件など超えて、依頼主は自衛隊だったり某大国だったり、時には国連安保理事会などという状況だ。『あんたら正気か?』と襟元を掴んで揺さぶりたくなることすらある。
理不尽な命令で首を捻りつつ国外にトバされ、殺さなければ殺されるというシチュエーションにも晒されてきた。心に傷があろうと人を撃つことに慣れた京哉はともかく、霧島にとって他者の命を叩き折らねばならない状況は厳しかったに違いない。警察官の霧島は何より人命を尊び、信念として実践してきた男である。
その霧島を巻き込んだのは自分だと思い込んでいた京哉は申し訳なく切なかった。だが任務を重ねる中で霧島は京哉の前で宣言したのだ。『この先どれだけ背負うか知らんが、何があろうとお前と二人で生きる側に回ると決めた。納得して生きる』と。
更に『俯かず堂々と真っ直ぐ前を向いていく』『私の選択までお前は自分の責任のような気でいる、失敬だぞ』とも。京哉の負い目を失くすためだけの言葉ではなく、霧島は口に出し京哉に聴かせることで自らに誓ったのだ。誰にも恥じない生き方をすることを。
今では京哉も負い目など感じているヒマなどなく二人で二人分を背負ってゆくのだと誓い合った通り、霧島と対等な気持ちで背を預け、命を預け合い、敵を撃つ。
折られるくらいなら折る。霧島曰く『二人でならば人生は生きるに値する』のだ。
じっと見られ、チラリとハーフの生みの母譲りの灰色の目で見返した霧島忍は二十八歳。この若さで機捜隊長を拝命し警視という階級にあるのは最難関の国家公務員総合職試験を突破したキャリアだからだ。更に霧島カンパニー会長御曹司でもあった。
霧島自身が機捜を指揮って明るみにした件で霧島カンパニーはメディアに叩かれ株価が暴落し企業体として一時は窮地に陥ったが、何とか数ヶ月を耐え抜いて現在は株価も回復し却って上昇傾向にある。
それ故にもし警察を辞めたら霧島カンパニー本社社長の椅子が待っているのだ。
だが本人は勝手にキャリアになり、本来進むべき『偉くなるための準備としての内務』ではなく現場を強く望んだ。キャリアの同期入庁者中、成績はトップだ。上は迷っただろうが結局は希望通り現場指揮官として首都圏下の、この県警本部に出向配属が決まった。
思い通りにならない息子に対し、霧島会長は幾度も策を弄し誘惑してくる。しかし霧島は実父を毛嫌いし『クソ親父』扱いだ。篭絡される気など微塵もない。京哉の方が会長とは気が合い『御前』と呼んで親しんでいるくらいである。
暗殺肯定派の首魁一味として本来なら検挙すべき人物で、京哉は五年間も暗殺者として利用されていたのに何故ああも仲良くできるのか理解に苦しむ霧島だった。
裏での悪事の証拠さえ挙がれば逮捕も辞さないと本人に対しても明言しているが、京哉と出会い暗殺スナイパーをしていると偶然知った時点で霧島が慎重に組み上げた暗殺肯定派総員検挙作戦にも引っ掛からなかったのだ、霧島会長は。あれこそ本当の悪人だと自分の父親ながら霧島は歯噛みする思いである。
けれどあの日本中を震撼させ、与党政権も転覆まで秒読み段階と報道された一連のシナリオは霧島が一人で書いて実行したのだ。親が親なら子も子である。
それはともかく霧島がキャリアになったのは、どうせ何かを背負うなら選んで背負いたいと思ったからだ。このまま霧島カンパニー本社社長になっても背負うものは大きく重いと理解していた。だからといって逃げたのではなく、より自分の心が動かされる方を選んだだけだ。
警察の現場で這いずり駆けずり回って寝食すら忘れ捜査に邁進するノンキャリア組を背負うと決め、実現可能な所に配置もされた。だが機捜隊長などと持ち上げられても実際には殆どの部下が自分より年上である。彼らのためにできることは非常に少ない。けれど今は嘆くのではなく部下から学ぶことこそが大切だと思っていた。
彼らに必要なのは何か、今のうちに見極めておくのだ。そういう視線で現場捜査官たちを見ていると、諦めない姿勢は目にするたびに身が引き締まる。
その『諦めない姿勢』は形を変えたが霧島の中で活きていた。こちらが表とすれば特別任務は裏、裏では絶対に護りたい二人の命をどうすれば手放さずに済むのか常に考えることを諦めず、足掻き藻掻いて命ふたつを抱き締め続ける。
そんな風に意志こそ非常に強い霧島だが、時に思い詰めるほど真面目な京哉に比べて、割と手の抜き処も心得ているタイプである。ネチネチと悩むだけ無駄と口で言うのは簡単だが、実行するのはもっと簡単に素でやらかす、かなりの天然でもあった。
霧島忍という人間を良く知る周囲は『天然どころか、残念だ』とまで言って笑うが、あまり知らずに見た目だけを評するなら見事な男である。切れ長の目が涼しく、端正な顔立ちは怜悧さすら感じさせた。百九十近い長身でスリムに見えるが、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っている猛者でもある。
まさに眉目秀麗・文武両道を地でゆく、他人からすれば非常に恵まれた男だ。これだけ揃ってオーダーメイドスーツを翻し颯爽とした姿は当然ながら女性の目を惹く。事実『県警本部版・抱かれたい男ランキング』ではここ数期連続でトップを独走していた。だが根っからの同性愛者で隠してもいない。お蔭で京哉もやや安堵していられるのだ。
理不尽な命令で首を捻りつつ国外にトバされ、殺さなければ殺されるというシチュエーションにも晒されてきた。心に傷があろうと人を撃つことに慣れた京哉はともかく、霧島にとって他者の命を叩き折らねばならない状況は厳しかったに違いない。警察官の霧島は何より人命を尊び、信念として実践してきた男である。
その霧島を巻き込んだのは自分だと思い込んでいた京哉は申し訳なく切なかった。だが任務を重ねる中で霧島は京哉の前で宣言したのだ。『この先どれだけ背負うか知らんが、何があろうとお前と二人で生きる側に回ると決めた。納得して生きる』と。
更に『俯かず堂々と真っ直ぐ前を向いていく』『私の選択までお前は自分の責任のような気でいる、失敬だぞ』とも。京哉の負い目を失くすためだけの言葉ではなく、霧島は口に出し京哉に聴かせることで自らに誓ったのだ。誰にも恥じない生き方をすることを。
今では京哉も負い目など感じているヒマなどなく二人で二人分を背負ってゆくのだと誓い合った通り、霧島と対等な気持ちで背を預け、命を預け合い、敵を撃つ。
折られるくらいなら折る。霧島曰く『二人でならば人生は生きるに値する』のだ。
じっと見られ、チラリとハーフの生みの母譲りの灰色の目で見返した霧島忍は二十八歳。この若さで機捜隊長を拝命し警視という階級にあるのは最難関の国家公務員総合職試験を突破したキャリアだからだ。更に霧島カンパニー会長御曹司でもあった。
霧島自身が機捜を指揮って明るみにした件で霧島カンパニーはメディアに叩かれ株価が暴落し企業体として一時は窮地に陥ったが、何とか数ヶ月を耐え抜いて現在は株価も回復し却って上昇傾向にある。
それ故にもし警察を辞めたら霧島カンパニー本社社長の椅子が待っているのだ。
だが本人は勝手にキャリアになり、本来進むべき『偉くなるための準備としての内務』ではなく現場を強く望んだ。キャリアの同期入庁者中、成績はトップだ。上は迷っただろうが結局は希望通り現場指揮官として首都圏下の、この県警本部に出向配属が決まった。
思い通りにならない息子に対し、霧島会長は幾度も策を弄し誘惑してくる。しかし霧島は実父を毛嫌いし『クソ親父』扱いだ。篭絡される気など微塵もない。京哉の方が会長とは気が合い『御前』と呼んで親しんでいるくらいである。
暗殺肯定派の首魁一味として本来なら検挙すべき人物で、京哉は五年間も暗殺者として利用されていたのに何故ああも仲良くできるのか理解に苦しむ霧島だった。
裏での悪事の証拠さえ挙がれば逮捕も辞さないと本人に対しても明言しているが、京哉と出会い暗殺スナイパーをしていると偶然知った時点で霧島が慎重に組み上げた暗殺肯定派総員検挙作戦にも引っ掛からなかったのだ、霧島会長は。あれこそ本当の悪人だと自分の父親ながら霧島は歯噛みする思いである。
けれどあの日本中を震撼させ、与党政権も転覆まで秒読み段階と報道された一連のシナリオは霧島が一人で書いて実行したのだ。親が親なら子も子である。
それはともかく霧島がキャリアになったのは、どうせ何かを背負うなら選んで背負いたいと思ったからだ。このまま霧島カンパニー本社社長になっても背負うものは大きく重いと理解していた。だからといって逃げたのではなく、より自分の心が動かされる方を選んだだけだ。
警察の現場で這いずり駆けずり回って寝食すら忘れ捜査に邁進するノンキャリア組を背負うと決め、実現可能な所に配置もされた。だが機捜隊長などと持ち上げられても実際には殆どの部下が自分より年上である。彼らのためにできることは非常に少ない。けれど今は嘆くのではなく部下から学ぶことこそが大切だと思っていた。
彼らに必要なのは何か、今のうちに見極めておくのだ。そういう視線で現場捜査官たちを見ていると、諦めない姿勢は目にするたびに身が引き締まる。
その『諦めない姿勢』は形を変えたが霧島の中で活きていた。こちらが表とすれば特別任務は裏、裏では絶対に護りたい二人の命をどうすれば手放さずに済むのか常に考えることを諦めず、足掻き藻掻いて命ふたつを抱き締め続ける。
そんな風に意志こそ非常に強い霧島だが、時に思い詰めるほど真面目な京哉に比べて、割と手の抜き処も心得ているタイプである。ネチネチと悩むだけ無駄と口で言うのは簡単だが、実行するのはもっと簡単に素でやらかす、かなりの天然でもあった。
霧島忍という人間を良く知る周囲は『天然どころか、残念だ』とまで言って笑うが、あまり知らずに見た目だけを評するなら見事な男である。切れ長の目が涼しく、端正な顔立ちは怜悧さすら感じさせた。百九十近い長身でスリムに見えるが、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っている猛者でもある。
まさに眉目秀麗・文武両道を地でゆく、他人からすれば非常に恵まれた男だ。これだけ揃ってオーダーメイドスーツを翻し颯爽とした姿は当然ながら女性の目を惹く。事実『県警本部版・抱かれたい男ランキング』ではここ数期連続でトップを独走していた。だが根っからの同性愛者で隠してもいない。お蔭で京哉もやや安堵していられるのだ。
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