上 下
3 / 59

第3話

しおりを挟む
 それにある意味『上』とパイプのできた『知りすぎた男二人』は便利に使われ、最近は機捜にいるより極秘の特別任務に就かされている方が多いくらいだ。本部長を通して降ってくる特別任務はとうに県警案件など超えて、依頼主は自衛隊だったり某大国だったり、時には国連安保理事会などという状況だ。『あんたら正気か?』と襟元を掴んで揺さぶりたくなることすらある。

 理不尽な命令で首を捻りつつ国外にトバされ、殺さなければ殺されるというシチュエーションにも晒されてきた。心に傷があろうと人を撃つことに慣れた京哉はともかく、霧島にとって他者の命を叩き折らねばならない状況は厳しかったに違いない。警察官の霧島は何より人命を尊び、信念として実践してきた男である。

 その霧島を巻き込んだのは自分だと思い込んでいた京哉は申し訳なく切なかった。だが任務を重ねる中で霧島は京哉の前で宣言したのだ。『この先どれだけ背負うか知らんが、何があろうとお前と二人で生きる側に回ると決めた。納得して生きる』と。

 更に『俯かず堂々と真っ直ぐ前を向いていく』『私の選択までお前は自分の責任のような気でいる、失敬だぞ』とも。京哉の負い目を失くすためだけの言葉ではなく、霧島は口に出し京哉に聴かせることで自らに誓ったのだ。誰にも恥じない生き方をすることを。

 今では京哉も負い目など感じているヒマなどなく二人で二人分を背負ってゆくのだと誓い合った通り、霧島と対等な気持ちで背を預け、命を預け合い、敵を撃つ。

 折られるくらいなら折る。霧島曰く『二人でならば人生は生きるに値する』のだ。

 じっと見られ、チラリとハーフの生みの母譲りの灰色の目で見返した霧島忍は二十八歳。この若さで機捜隊長を拝命し警視という階級にあるのは最難関の国家公務員総合職試験を突破したキャリアだからだ。更に霧島カンパニー会長御曹司でもあった。

 霧島自身が機捜を指揮って明るみにした件で霧島カンパニーはメディアに叩かれ株価が暴落し企業体として一時は窮地に陥ったが、何とか数ヶ月を耐え抜いて現在は株価も回復し却って上昇傾向にある。
 それ故にもし警察を辞めたら霧島カンパニー本社社長の椅子が待っているのだ。

 だが本人は勝手にキャリアになり、本来進むべき『偉くなるための準備としての内務』ではなく現場を強く望んだ。キャリアの同期入庁者中、成績はトップだ。上は迷っただろうが結局は希望通り現場指揮官として首都圏下の、この県警本部に出向配属が決まった。
 
 思い通りにならない息子に対し、霧島会長は幾度も策を弄し誘惑してくる。しかし霧島は実父を毛嫌いし『クソ親父』扱いだ。篭絡される気など微塵もない。京哉の方が会長とは気が合い『御前』と呼んで親しんでいるくらいである。

 暗殺肯定派の首魁一味として本来なら検挙すべき人物で、京哉は五年間も暗殺者として利用されていたのに何故ああも仲良くできるのか理解に苦しむ霧島だった。

 裏での悪事の証拠さえ挙がれば逮捕も辞さないと本人に対しても明言しているが、京哉と出会い暗殺スナイパーをしていると偶然知った時点で霧島が慎重に組み上げた暗殺肯定派総員検挙作戦にも引っ掛からなかったのだ、霧島会長は。あれこそ本当の悪人だと自分の父親ながら霧島は歯噛みする思いである。

 けれどあの日本中を震撼させ、与党政権も転覆まで秒読み段階と報道された一連のシナリオは霧島が一人で書いて実行したのだ。親が親なら子も子である。
 それはともかく霧島がキャリアになったのは、どうせ何かを背負うなら選んで背負いたいと思ったからだ。このまま霧島カンパニー本社社長になっても背負うものは大きく重いと理解していた。だからといって逃げたのではなく、より自分の心が動かされる方を選んだだけだ。

 警察の現場で這いずり駆けずり回って寝食すら忘れ捜査に邁進するノンキャリア組を背負うと決め、実現可能な所に配置もされた。だが機捜隊長などと持ち上げられても実際には殆どの部下が自分より年上である。彼らのためにできることは非常に少ない。けれど今は嘆くのではなく部下から学ぶことこそが大切だと思っていた。

 彼らに必要なのは何か、今のうちに見極めておくのだ。そういう視線で現場捜査官たちを見ていると、諦めない姿勢は目にするたびに身が引き締まる。
 その『諦めない姿勢』は形を変えたが霧島の中で活きていた。こちらが表とすれば特別任務は裏、裏では絶対に護りたい二人の命をどうすれば手放さずに済むのか常に考えることを諦めず、足掻き藻掻いて命ふたつを抱き締め続ける。

 そんな風に意志こそ非常に強い霧島だが、時に思い詰めるほど真面目な京哉に比べて、割と手の抜き処も心得ているタイプである。ネチネチと悩むだけ無駄と口で言うのは簡単だが、実行するのはもっと簡単に素でやらかす、かなりの天然でもあった。

 霧島忍という人間を良く知る周囲は『天然どころか、残念だ』とまで言って笑うが、あまり知らずに見た目だけを評するなら見事な男である。切れ長の目が涼しく、端正な顔立ちは怜悧さすら感じさせた。百九十近い長身でスリムに見えるが、あらゆる武道の全国大会で優勝を飾っている猛者でもある。

 まさに眉目秀麗・文武両道を地でゆく、他人からすれば非常に恵まれた男だ。これだけ揃ってオーダーメイドスーツを翻し颯爽とした姿は当然ながら女性の目を惹く。事実『県警本部版・抱かれたい男ランキング』ではここ数期連続でトップを独走していた。だが根っからの同性愛者で隠してもいない。お蔭で京哉もやや安堵していられるのだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

双極の鏡

葉羽
ミステリー
神藤葉羽は、高校2年生にして天才的な頭脳を持つ少年。彼は推理小説を読み漁る日々を送っていたが、ある日、幼馴染の望月彩由美からの突然の依頼を受ける。彼女の友人が密室で発見された死体となり、周囲は不可解な状況に包まれていた。葉羽は、彼女の優しさに惹かれつつも、事件の真相を解明することに心血を注ぐ。 事件の背後には、視覚的な錯覚を利用した巧妙なトリックが隠されており、密室の真実を解き明かすために葉羽は思考を巡らせる。彼と彩由美の絆が深まる中、恐怖と謎が交錯する不気味な空間で、彼は人間の心の闇にも触れることになる。果たして、葉羽は真実を見抜くことができるのか。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

処理中です...