Pair[ペア]~楽園22~

志賀雅基

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第32話(エピローグ)

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 キースとロタールがコルダの仮宮に落ち着くのを見届けたシドとハイファは、ローマン王死亡の報が流れると同時にイオタ星系第四惑星ラーンを発った。

 テラ本星の自室に帰り着いた日の翌日シドはセントラル・リドリー病院に再入院し、再生槽の住人となって培養済みの左腕接合手術を受けた。

 手術後は丸三日間意識を落とされて再生槽の中で過ごし、ハイファもその間は却って安心できたものの、引き上げられるなり不良患者が徘徊を始めたので、ひとときも目が離せなくなった。

 再生槽から上がった翌日にはハイファがリフレッシャを浴びているうちに病院の外まで出掛けていて、連れ戻した看護師や担当の医師に呆れられる始末である。

「全く、あーたは僕にリフレッシャも浴びさせないつもりですか?」

 バスルームから飛び出してきたハイファは、やっと乾いた髪を銀の金具で留めながら、喫煙室で涼しい顔して煙草を咥えているシドを睨めつけた。

「大体、この夜に何処に行こうとしたのサ?」
「ちょっとリハビリにだな……」
「貴方の受けた高度現代医療はリハビリ要らずの筈ですが」
「だあってよ、ヒマでヒマで……」

「TVでも視てればいいでしょ。イオタ星系ラーン遷都の話題やってるじゃない。おまけにロイヤルウェディングが男同士のサイキ持ち同士だよ?」
「あいつらなあ……けどニュースなんか一度視れば充分だって。なあ、お前がいいなら退院オッケーだってよ」

「嘘ばっかり。入院は一週間、あと三日あるんだからね。毎日点滴もあるんだし」
「嘘じゃねぇって、言質取ったぜ? 詰め所行ってみろよ」

 渋々ナースステーションを訪ねてみると、顔見知りとなった看護師の苦笑いでシドの言い分が事実だと知る。こうなれば割り切って自宅軟禁した方が見張りやすい。さっさと手続きをして退院させると荷物を担ぎシドをタクシーに押し込もうとして抵抗された。

「何で……まさか歩いて帰るつもり?」
「せいぜい三、四十分だろ。メシもフロも済んでるんだ、ゆっくり帰ろうぜ」
「だめっ! 転んで腕が取れたらどうするのサっ!」
「ンなワケねぇだろ。そんなに心配なら、ほら」

 左手を差し出されてハイファはその手を見つめた。怖くてまだ触ることもできなかったその手がふいに伸びてきて右手を掴み、躰ごと引き寄せられる。
 力強く温かな両腕がハイファの腰と背に回され、しっかりと抱き締められていた。

「……シド。ここって病院の来訪者窓口の傍だよ」
「そうだな」
「人がいっぱい見てるし、ここは七分署管内だし」
「分かってるさ」

「知ってる誰かに見られたら、貴方また――」
「俺はずっとこうしたかったのにお前は逃げるし、我慢も限界だぜ……泣くなよ」
「泣いて……ない」

「やっぱりタクシーで帰るか。どうせ泣かすなら早くベッドで鳴かせたくなってきた」
「泣いてないってば」

 若草色の瞳を見開いたまま、ハイファは愛し人の胸に頬を擦りつけた。


                          了
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