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第41話

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「ライアンには少し、悪い気がするけどね」
「だからって遠慮してると、いつまで経っても俺たちは任務完了にならねぇぞ」

「分かってるよ。でもファラデー社、牽いてはラプシン幹部の言質を取って当局にタレ込んじゃえば、ライアンたちもスポンサーを失くしちゃうんだよね」
「まあな。けど、やっとここまできたんだ、逃す手はねぇよ」

 じつはここまでの流れは計算済みなのだ。【資金源を断って】【今後のテロ行為を阻止】するために二人は『手打ち式』などという酔狂な舞台へと事態を持ち込んだのである。

 夜の日の夜、今晩に手打ち式を控えて、二人はバー・アイリーンへの道を辿っていた。昨日に続き雨は降っていないが、中天のナイリは青白く小さな光を雲間に隠しがちだ。

 到着したビルのエレベーターに乗り、五階で降りてコンビニの前を抜けた。
 バー・アイリーンのカウンター席ではエドとライアンが飲んでいた。他はテーブル席がひとつ埋まっているきりで、艶のあるトランペットのジャズが流れる店内は静かだ。
 先客のいるカウンター席に二人が着地するとバーテンがシドの前にジントニックを黙って置く。ハイファはノンアルコールのサラトガクーラーを頼んだ。

 先客、テキーラ・サンライズを飲んでいたエドが口を開く。

「飲みに来るほど余裕があるとは、その若さで本当に場数を踏んでるらしいなあ」

 そう言うエドの口調こそが暢気だった。まるでシリアスさに欠けている。

「ソーダ水のライアンはともかく、あんたこそ余裕じゃねぇか」
「焦っても仕方ないからな」
「尤もだ」
「で、あんたたちはこれが終われば傭兵にでも戻るのかい?」

「悪いが、そのつもりでいる」
「悪くはない。充分、貢献してくれたよ」

 グラスを半分ほど干してから、シドは煙草に火を点ける。

「あんたらはずっと続けていくのか?」
「俺はそのつもりだが……」

 と、エドは左隣のライアンを窺った。ライアンはストローを吸いながら黙って頷く。女房役としてエドと苦楽をともにしてゆくつもりらしい。

「どうしてもテロという形でしか訴えられねぇモンなのか? ライアン、あんたのやり方だって傷つく人間がいることは、分かってんじゃねぇのかよ?」

 グリーンのソーダ水を空にして赤いソーダ水に取り掛かりながら、ライアンは頷きつつも持論を述べた。

「この星系は開発独裁で急成長した。だが内情はまだ発展途上で未熟なんだ。そんな混沌状態からシフトさせ、秩序ある何かを生み出すためには、ある種のダイナミズムが必要だと俺は思ってる」
「そいつはある意味、神の視点ってヤツに聞こえるんだがな」

「その通りだ、俺は神になろうとしている。傲慢に他人の人生を左右して、なお平然と在り続ける、それの何処が人なんだ? 悪の神で充分だ」
「何で悪の神を目指してるんだよ?」
「昔から俺は他人に一線を引かれてきたからな」

 テレポーターというサイキと、周囲と違う歳月の積もり方のことを言っているのだろう。

「だからっつって、テロに走る意味が分からねぇんだがな」
「『一暴れ』のあんたがよく言う……長い時間を、この力を、何処まで利用できるのか、そればかり昔は考えていた」
「この辺りでもチカラに対する差別は酷かったのか?」
「そこそこには、な」

 約十世紀前の出現当初は異能、容貌、長命への恐怖と妬みで人々は白眼視し、サイキ持ちへの風当たりは強かった。公には差別もなくなったとされているが、人の感情は御しがたい。

「それで降って湧いたのが、軍事クーデターとセシリオ=レアルの大統領就任か」
「そういうことだ」
「普通に他星で軍人やってりゃよかったんじゃねぇのかよ?」
「この星系では通常のやり方が通用しないんだ。他の手段があれば俺だってそうしたい。だがこれしかない。そして俺は戦う能力が、時間がある。軍に入ったのもその能力を補強するためだった」

「ずっと戦っていくんだな」

 頷きつつライアンはエドの飲む朝焼け色のグラスを見つめた。

「人が作ったこの暗い世界に最初の光が差すときまで、そうありたいとは思っている」
「それなら糖尿にならねぇよう、気を付けるんだな」

 ブルーのソーダ水のグラスを手にしたライアンを残る三人がじっと眺めた。静かに沈んでライアンはチェリーの茎をストローに通し始める。

 このメンタルで「悪の神」と言い張っても、大抵の周囲の人間は溜息を押し隠すか、中二病認定するだけだろうと思われた。大体、センシティヴすぎてサイキを使いこなせていないのだ。普通のサイキ持ちならば本能で自分に出来ることと出来ないことの区別がつくらしいが、この男の場合は命の懸った場面でしかその本領を発揮できない。

 逆に言えば命懸けの場面でもサイキは発動しないかも知れないのである。
 静かに落ち込んだ男に掛ける言葉も無く、淡々と飲んだ。

 シドは二杯目のジントニック、エドも二杯目のテキーラ・サンライズだ。ハイファはジンジャーエールベースの清涼飲料水を舐めるように飲みながら、つまみに出された小皿の上のピーナッツを執拗に割った上に、左右を組み合わせることに励み始めていた。

 やがて二十四時が過ぎ、四人は腰を上げた。
 エドとライアンが乗ってきていた個人コイルに四人は収まった。ライアンが手動運転で発進させる。場所はハキム側の廃ビルの人つだ。

「どのくらい掛かるんだ?」
「三十分もあれば着く」

 相変わらず中天のナイリは雲から出たり入ったり、だが雨が降っていないだけマシだった。何があるか分からない『手打ち式』だ、見通しがいいに越したことはない。
 何事もなく指定されたビルに辿り着く。降車しシドが見上げたそのビルは元はオフィスビルだったらしく、電子看板の残骸がくっついている。しかしそれは本当に残骸だった。

「うーん、ボロいかも」
「本当に入って大丈夫なんだろうな?」

 誰も住んではいないらしい廃ビルは、どの窓にも明かりは点いていない。どころか窓という窓の透明樹脂は殆どが割れて素通しになっている。壁も低い所は隙間もないほど落書きで埋め尽くされていた。外壁にはヒビというより大きな亀裂が幾つも入り剥離し崩れかけている。

 ビル周囲は割れ落ちた樹脂窓の破片と飲料の空きボトルなどのゴミでいっぱいだ。
 それらを避けてエントランスまで四人は歩いた。エントランスの扉も破れ、当然ながらリモータチェッカのパネルも壊れて用を成さなくなっている。

「崩壊寸前って感じ……電気は通ってるのかな?」

 リモータのバックライトでロビーを照らすハイファの心配も尤もで、指定場所はここの屋上なのだ。延々階段を上るのは骨が折れそうだった。

「大丈夫だ、こっちにシステム管理室がある」

 過去にも来たことがあるのか、エドはバックライトを頼りにロビーを抜け、廊下を曲がってすぐの一室に足を踏み入れた。スイッチひとつで天井のライトパネルが灯る。
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