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第34話

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 翌朝八時半の課業開始と同時に本部庁舎で中隊長に着任申告をすると、第二補給中隊長のロイク=アルダン大尉は胡散臭そうに霧島と京哉を見た。

「補給幹部が一人もいないと思えば、次には二人もいる。どういうことだね?」
「それは訊かれましても……」
「まあ、仕方ない。職場は第二補給倉庫だ。行け」

 横柄な中隊長だが職場が違うので構わない。とっとと辞して裏門に近い補給倉庫まで歩いた。十分ほどで辿り着く。すると倉庫前には第一と第二補給中隊の全隊員が整列して二人を待っており、ニコル=エッカート中尉の号令で敬礼を受けた。

 そこでニコルによって二人は紹介されたが幸い何度か敬礼しただけで済んだので、京哉の超怪しい英語もモロバレしなくて助かった。

 皆が散ると二人は第二補給倉庫の事務室で事務員たる下士官以下の自己紹介を聞く。そしてようやく仕事の開始だが、当然ながら補給幹部用のデスクはひとつしかなかった。

 今度はアミダでなくジャンケンをしたが、これも霧島が勝ち京哉は唇を尖らせる。そんな年下の恋人の表情でさえ愛しいと思ってしまう霧島だったが、勝ちを譲ることはない。
 勝った権利としてデスクワークの苦手な霧島は補給倉庫内へと散歩に出て行った。

 仕方なく霧島の背を見送った京哉はデスクでスペックの低いノートパソコンに向かい、英語表記を翻訳サイトで解読しつつ本当に仕事を始める。根が真面目なのだ。だがそれだけでは任務が終わらないので、時折ネットを泳いで情報収集にいそしんだ、

 昼前になって京哉は席を立つ。しかし探し当てた霧島が物資を受領に来た業務隊の女性兵士群に囲まれているのを発見し、急激に機嫌を悪化させた。

「忍さん、ご飯!」
「そんな、犬のポチを相手にするような言い方をしないでくれ」
「だって僕は真面目に決裁してたのに」
「私だって真面目に出入庫の記録をしていたぞ」
「もういいですから、食堂に行きますよ!」

 キリキリと怒りながらも京哉は霧島の腕を取り、しっかりと親密度を女性兵士らにアピールしながら倉庫を出た。背後で黄色い声が上がったが、構わず更に躰を密着させる。

 士官食堂でメンチカツサンドがメインのランチを摂りながらも京哉の機嫌は直らない。プリプリと怒りつつ文句を垂れてはサンドを食うという器用な技を見せていた。

「仕事、プラスアルファ、僕は励んでたのに忍さんったら!」
「あれも情報収集だ。で、プラスアルファとは何なんだ?」

「パソコンの帳簿で物資納入記録を見たんです。それにアルペンハイム製薬からの納入分も勿論、載ってました。この駐屯地もこれまでと同じく戦闘薬を桁違いに買ってますね。あともう少しでアルペンハイムの工場の構造図に辿り着けるかも。で、貴方の情報は?」

「こっちは反先進諸国武装戦線だ」
「フォーサイス少佐たちやイーサン=ハーベイ中尉の?」
「ああ。どうやらここにも支部があるらしい。何かに使えるかも知れんと思ってな」

 言いながら霧島は匂いの気に食わない野菜を京哉のプレートにひょいと移した。

「ふうん。ところで爆弾はありましたか?」

 訊きつつ京哉はサラダの正体が分かっている部分を霧島のプレートに戻す。

「ちゃんとビタミンを摂らないと大きくなれませんからね」
「百九十近く育った挙げ句二十八歳にもなった男が、大きくなるのは一ヶ所だけだ」
「それも大きくなれませんよ」

「分かった、食えばいいのだろう、食えば。ふん、もっとデカい方が好きなのか」
「もう充分です。大体、それ以上大きいと本気で入らなく……って、違う、爆薬!」

「分かっているから喚くな。倉庫にはミサイルから投下用、可塑性爆薬。色々あったがシステム的に必要量をチョロまかすのは無理がある。盗むならそのまま仕掛けて爆破、あとは一目散に空港に逃げてこの国を離脱。そのくらいの勢いで実行せんと」

「だからって問題は爆破ですよ、ミサイル一基なんて盗んでも扱えませんし。大体、僕らが爆発物に詳しくないことは一ノ瀬本部長だって知ってるんですから、メールして専門家を回して貰えないんでしょうか。せめてアドバイザー的な誰かを」

「アドバイザーか。カネの出し惜しみの挙げ句が我々二人だ、更なる人員の派遣は考えづらいが二人きりで煮詰まっているよりは一考の余地ありだな。それと明日だが、アルペンハイム製薬へ物資を取りに行く輸送便が出る筈だ」
「えっ、それ本当ですか?」

 野菜をパリパリと食い終え、霧島はフォークを置いた。

「補給ではなく業務隊扱いの物品納入なんだが、下見には丁度いいと思ってな。それに私たち二人も便乗できるようにお前、パソコン上で操作できるか?」
「無理でも捩じ込んでみせますよ。確か明日は戦闘薬の納入があった筈ですから、それをこっちから取りに行くように変更すればいいですよね?」
「ああ、頼んだぞ」

 食事を終えて倉庫に戻ると早速京哉は煙草を吸いながらアルペンハイム製薬側と業務隊の予定変更をパソコン上で細工した。見届けた霧島は再び倉庫に消える。
 午後もそれぞれ仕事に励み、課業終了間際になって二人が事務室で部下の淹れてくれたコーヒーを飲んでいると隣の倉庫からニコルが顔を出した。

「今晩、予定あるか?」
「こんな所である訳ないだろう」
「PXで一杯やらないか? ささやかながら、あんたらの歓迎会だ」

 自分たちが主人公とあっては蹴飛ばす訳にはいかない。二人は頷いた。
 PXとは『post exchange』の略で、ここでは売店・酒保のことである。

 夕食を摂り、部屋に一旦帰ってシャワーを浴び、Tシャツと戦闘ズボンに着替えてからもう一度士官食堂に向かった。食堂の隅にあるPXエリアのテーブル席には、既に戦闘服姿のニコル=エッカート中尉の他、制服を着た二人の男が座っていた。

「おっ、来たな」
「すまん、待たせたか」
「いや。ところで紹介したいメンバーがいて勝手だが呼んでおいた。こっちの金髪がルーカス=スペンサー中尉、業務幹部だ。そっちが輸送課のスティード=ダルマス中尉。直接補給と繋がりがあるから、顔を覚えておいた方がいいと思ってな」

 ルーカスは細身で小柄、青い目をしていて、いかにも知性派といった風貌である。スティードは茶色い髪でどっしりとした筋肉質の大男だった。こちらも士官で体格だけが売りではなさそうだった。加えてニコルの中堅幹部三人組はかなり親しそうに見受けられる。

 霧島と京哉も如才なく自己紹介した。小難しい話は霧島が双方向通訳だ。

「キョウヤ=ナルミ中尉です、宜しくお願いします」
「シノブ=キリシマ中尉だ。霧島に鳴海と呼んでくれ」
「じゃあ、わたしもルーカスと呼んで下さい」
「俺もスティードでいいぞ。ビールとウォッカしかねぇが、まずは飲め」

 腰掛けた二人にPXの親父がビアジョッキを運んできた。皆で乾杯し、ジョッキに口をつける。そこでニコルが口火を切って不意打ちを食らわせる。

「で、だ。日本国なんて豪華客船の住人が、こんな所に何をしにきたって?」

 三人の窺う目つきに晒されながら、普段と変わらぬ涼しい顔で霧島が切り返した。

「小型機爆破までやったあんたとこの面子は全員、反先進諸国武装戦線か?」
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