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第10話
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「何処の誰があんな宿に砲撃してきたんだ?」
「『あんな宿』ってのは聞き捨てならないけれど、さあねえ。何処の駐屯地か、バルドール人民解放戦線か、アラキバ抵抗運動旅団か。候補は山ほどあるから分かりゃしないよ」
朝食の固く黒っぽいパンとサーヴィスの僅かなジャム、水だけを腹に収めた霧島と京哉は、女将が出してくれた四輪駆動車の後部座席から窓外を眺めていた。
元々スナイパーというだけでなく多少ヲタの気がある京哉は、霧島より武器弾薬や戦場について詳しい。そこでまた双方向通訳に頼って日本語で女将に訊いてみる。
「街ってコンテストエリア、何処のものでもない競合地域じゃないんですか?」
「ホットゾーンって言うんだっけ、あんたたち軍人は」
「戦火を交える最前線のことですね」
「そう、このバルドールに安全な場所なんかありゃしない。全てホットゾーンだよ」
さもあろう。今朝方、二人もそれを実感させられたのだから。
四駆はかなりの年代物だったが、女将の豪快な運転で難なく走ってゆく。
町を抜けるといっそ清々しいほど何もない、黄色い砂礫の大地が広がっていた。
綺麗に晴れた青空と黄色い砂礫の大地のコントラストを霧島と京哉は眺める。他に時折視界に入ったとしても、いかにも貧しそうな小さい集落と灌木の茂みばかりだ。
やがて遠く行く手になだらかな丘が見えてきた。その丘を越えると女将の宿があった町よりも、もう少し規模の大きい街がずっと先に存在していた。
出発して一時間も経った頃、街の中で四駆は停止する。
「この街の大通りを真っ直ぐ行けば、確か第二十七駐屯地だった筈だよ」
二人は四駆から降りた。京哉が代表し片言英語で女将に礼を言う。
「有難うございました。お代は?」
「しっかりおやりよ。抜けた天井と送迎料金も含めて三千ドルってところさね」
「……えっ?」
一瞬、三千円の間違いかと思ったが、女将の笑いは黒い矢印のしっぽが生えだしたかのように邪悪だった。呆気にとられたまま京哉は持参した現金を全て分捕られる。足りずに霧島を見上げてドル札を出して貰うと、それも女将がワシ掴みにした。
「ああ、これでこの街での食料の買い出しが思う存分できるよ。……いいかい、人を信用しすぎると馬鹿を見るからね。くれぐれも気を付けるんだよ」
そう言い残して女将は四駆に乗り、意気揚々と去って行った。
「前払い経費、殆どなくなっちゃいました。懐もホットゾーンですよ」
「何なんだ、あのクソババア!」
「忍さんにしては下品且つ直截的表現ですね」
「何を暢気に言っている。大体、お前もお前だ。素直に払う馬鹿があるか?」
「だって吃驚して。そんなに言うなら忍さん、貴方が交渉すれば良かったんですよ」
「そんなヒマがあったか?」
「僕にもなかったんですっ!」
黄色い土の道を歩き出しながら二人はプリプリと怒り、それでも二十分ほどで街にへばりつくようにして広がっているバルドール国・陸軍第二十七駐屯地の正門前に辿り着く。
持ってきた身分証で警衛所をクリアし、立哨から場所を聞いて本部庁舎に向かった。
「それでこれからどうするんですか?」
「駐屯地司令に着任申告をする」
幾ら見ても見飽きない、凛々しい霧島の制服姿に早々と機嫌を直した京哉は颯爽と歩いてゆく。その一方で細い体型を強調するような京哉の制服姿に、その下の白くしなやかな躰とその感触を思い出した霧島も少し気分を上昇させていた。
探し当てた本部庁舎は日本の古い小学校のような三階建ての建物だった。三階の駐屯地司令室に辿り着くと、まずは隣の副官室に霧島が声をかけて話を通して貰う。
「どうぞ、今なら閣下は在室しておりますので」
二人は略帽をポケットから出して被り、頷き合って駐屯地司令室に入室した。
「シノブ=キリシマ中尉、入ります」
「キョウヤ=ナルミ中尉、入ります」
ドアを開けて敷かれたグレイのカーペットに足を踏み出す。
「着任申告に参りました」
駐屯地司令はデスクで書類を捌く手を止め、椅子から立ち上がった。
「敬礼。申告します。第三駐屯地中央情報中隊所属のシノブ=キリシマ中尉以下二名は、第二十七駐屯地第五〇二爆撃中隊に配属を命ぜられました。敬礼!」
一糸乱れぬ二人の挙手敬礼に答礼しながら、駐屯地司令は目を細める。
「うむ。爆撃隊は少数ながら精鋭、現戦局の要だ。誠意、励んでくれ」
「了解しました」
駐屯地司令室を出ると、今度は第五〇二爆撃中隊の占めるエリアに向かった。
「また口から出任せの申告ですか?」
「今度の相手は中隊長だ」
全ての予定は貰った資料に書かれていて、それに沿って二人は行動するだけである。
だが第五〇二爆撃中隊は殆どもぬけの殻でバラックのような本部に僅かな人間が残っているだけだった。事務方に訊けば中隊長以下兵士たちは作戦行動中だという。
「明日、〇九三〇時に人員と物資の補給車輌がここから出ますから」
仕方なく業務隊に出向いて兵舎の空き部屋があるのを確認すると、二人はそのまま一番近い食堂を探し当て、早めの昼食にありついた。何せ朝は固いパン一個だけだったのだ。
「大体、私たち二人が爆撃隊に入って何の得があるんだ?」
これも固い肉と格闘しながら霧島が首を傾げて京哉に訊く。
「忍さん。貴方ってその気になると人間離れした超計算能力を発揮するクセに、面倒臭くなると本気でなんにも考えませんよね。今回は自分で挙手したから期待してたのに」
「本部長が『バルドール』を隠し玉にしていたのが知れた段階で、既に私のその気にはヒビが入った。そして今朝の砲撃で完全にこなごなになった。だからお前が頑張れ」
本当にバディにやる気がないのを見取って京哉は口を尖らせた。
「だから『戦闘薬の横流しについて調査し報告』って言われたでしょう?」
「第五〇二爆撃中隊の連中が日本の柏仁会に戦闘薬を流しているということか?」
「さあ、そんな直接的なものどうかは分からないですけど、僕らが投入されることで何らかの動きを見せる人たちも出てくるかも知れませんよ?」
「我々の投入に対し警戒して『自分が戦闘薬の横流し犯です』と明らかに分かるほど行動パターンを変えてくるのか? それは早く帰国できそうで有難いな」
「忍さん! やる気がないだけじゃなくて、もう飽きてるんじゃないですか?」
問いに答えず霧島はフォークに刺した肉に食いつきながらモゴモゴ言った。
「それにしても固い肉だな。顎を鍛えて白兵戦では敵に噛みつくのか?」
「ご飯の美味しい軍隊は弱いってジンクスもあるから、結構なことですよ」
「『あんな宿』ってのは聞き捨てならないけれど、さあねえ。何処の駐屯地か、バルドール人民解放戦線か、アラキバ抵抗運動旅団か。候補は山ほどあるから分かりゃしないよ」
朝食の固く黒っぽいパンとサーヴィスの僅かなジャム、水だけを腹に収めた霧島と京哉は、女将が出してくれた四輪駆動車の後部座席から窓外を眺めていた。
元々スナイパーというだけでなく多少ヲタの気がある京哉は、霧島より武器弾薬や戦場について詳しい。そこでまた双方向通訳に頼って日本語で女将に訊いてみる。
「街ってコンテストエリア、何処のものでもない競合地域じゃないんですか?」
「ホットゾーンって言うんだっけ、あんたたち軍人は」
「戦火を交える最前線のことですね」
「そう、このバルドールに安全な場所なんかありゃしない。全てホットゾーンだよ」
さもあろう。今朝方、二人もそれを実感させられたのだから。
四駆はかなりの年代物だったが、女将の豪快な運転で難なく走ってゆく。
町を抜けるといっそ清々しいほど何もない、黄色い砂礫の大地が広がっていた。
綺麗に晴れた青空と黄色い砂礫の大地のコントラストを霧島と京哉は眺める。他に時折視界に入ったとしても、いかにも貧しそうな小さい集落と灌木の茂みばかりだ。
やがて遠く行く手になだらかな丘が見えてきた。その丘を越えると女将の宿があった町よりも、もう少し規模の大きい街がずっと先に存在していた。
出発して一時間も経った頃、街の中で四駆は停止する。
「この街の大通りを真っ直ぐ行けば、確か第二十七駐屯地だった筈だよ」
二人は四駆から降りた。京哉が代表し片言英語で女将に礼を言う。
「有難うございました。お代は?」
「しっかりおやりよ。抜けた天井と送迎料金も含めて三千ドルってところさね」
「……えっ?」
一瞬、三千円の間違いかと思ったが、女将の笑いは黒い矢印のしっぽが生えだしたかのように邪悪だった。呆気にとられたまま京哉は持参した現金を全て分捕られる。足りずに霧島を見上げてドル札を出して貰うと、それも女将がワシ掴みにした。
「ああ、これでこの街での食料の買い出しが思う存分できるよ。……いいかい、人を信用しすぎると馬鹿を見るからね。くれぐれも気を付けるんだよ」
そう言い残して女将は四駆に乗り、意気揚々と去って行った。
「前払い経費、殆どなくなっちゃいました。懐もホットゾーンですよ」
「何なんだ、あのクソババア!」
「忍さんにしては下品且つ直截的表現ですね」
「何を暢気に言っている。大体、お前もお前だ。素直に払う馬鹿があるか?」
「だって吃驚して。そんなに言うなら忍さん、貴方が交渉すれば良かったんですよ」
「そんなヒマがあったか?」
「僕にもなかったんですっ!」
黄色い土の道を歩き出しながら二人はプリプリと怒り、それでも二十分ほどで街にへばりつくようにして広がっているバルドール国・陸軍第二十七駐屯地の正門前に辿り着く。
持ってきた身分証で警衛所をクリアし、立哨から場所を聞いて本部庁舎に向かった。
「それでこれからどうするんですか?」
「駐屯地司令に着任申告をする」
幾ら見ても見飽きない、凛々しい霧島の制服姿に早々と機嫌を直した京哉は颯爽と歩いてゆく。その一方で細い体型を強調するような京哉の制服姿に、その下の白くしなやかな躰とその感触を思い出した霧島も少し気分を上昇させていた。
探し当てた本部庁舎は日本の古い小学校のような三階建ての建物だった。三階の駐屯地司令室に辿り着くと、まずは隣の副官室に霧島が声をかけて話を通して貰う。
「どうぞ、今なら閣下は在室しておりますので」
二人は略帽をポケットから出して被り、頷き合って駐屯地司令室に入室した。
「シノブ=キリシマ中尉、入ります」
「キョウヤ=ナルミ中尉、入ります」
ドアを開けて敷かれたグレイのカーペットに足を踏み出す。
「着任申告に参りました」
駐屯地司令はデスクで書類を捌く手を止め、椅子から立ち上がった。
「敬礼。申告します。第三駐屯地中央情報中隊所属のシノブ=キリシマ中尉以下二名は、第二十七駐屯地第五〇二爆撃中隊に配属を命ぜられました。敬礼!」
一糸乱れぬ二人の挙手敬礼に答礼しながら、駐屯地司令は目を細める。
「うむ。爆撃隊は少数ながら精鋭、現戦局の要だ。誠意、励んでくれ」
「了解しました」
駐屯地司令室を出ると、今度は第五〇二爆撃中隊の占めるエリアに向かった。
「また口から出任せの申告ですか?」
「今度の相手は中隊長だ」
全ての予定は貰った資料に書かれていて、それに沿って二人は行動するだけである。
だが第五〇二爆撃中隊は殆どもぬけの殻でバラックのような本部に僅かな人間が残っているだけだった。事務方に訊けば中隊長以下兵士たちは作戦行動中だという。
「明日、〇九三〇時に人員と物資の補給車輌がここから出ますから」
仕方なく業務隊に出向いて兵舎の空き部屋があるのを確認すると、二人はそのまま一番近い食堂を探し当て、早めの昼食にありついた。何せ朝は固いパン一個だけだったのだ。
「大体、私たち二人が爆撃隊に入って何の得があるんだ?」
これも固い肉と格闘しながら霧島が首を傾げて京哉に訊く。
「忍さん。貴方ってその気になると人間離れした超計算能力を発揮するクセに、面倒臭くなると本気でなんにも考えませんよね。今回は自分で挙手したから期待してたのに」
「本部長が『バルドール』を隠し玉にしていたのが知れた段階で、既に私のその気にはヒビが入った。そして今朝の砲撃で完全にこなごなになった。だからお前が頑張れ」
本当にバディにやる気がないのを見取って京哉は口を尖らせた。
「だから『戦闘薬の横流しについて調査し報告』って言われたでしょう?」
「第五〇二爆撃中隊の連中が日本の柏仁会に戦闘薬を流しているということか?」
「さあ、そんな直接的なものどうかは分からないですけど、僕らが投入されることで何らかの動きを見せる人たちも出てくるかも知れませんよ?」
「我々の投入に対し警戒して『自分が戦闘薬の横流し犯です』と明らかに分かるほど行動パターンを変えてくるのか? それは早く帰国できそうで有難いな」
「忍さん! やる気がないだけじゃなくて、もう飽きてるんじゃないですか?」
問いに答えず霧島はフォークに刺した肉に食いつきながらモゴモゴ言った。
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